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第13話 帝国

第13話 帝国


「そんな事、なんや上位の人が言うとったな…島さんはどっから?」


らめーんさんは今すぐ上位連合でも即戦力として通用する人材だ。

そんな彼を引き抜こうとする連合は多い。

だからそんな噂も聞こえて来るのだろう。


「…俺はギースから、ギースの友達がそっち方面の仕事をしているらしい」

「その噂、かなり信憑性高いっちゅう事やな」

「えーっ、マジかよ…俺らまだ『ケミー』さん完成してないのにさ」

「ほんまやな、これは何としても『ケミー』さんを覇者にせんとな!」


サーニャとらめーんさんは、再びおっさん座りに戻ってうとうとしている、

あのケミカルな猫に目をやった。


「見るな、見るだけでやられるぞ」

「しもた」

「しまった」


案の定、俺たちはまた新しい傷を重ねた。

あのケミカルな猫は本当に嫌な猫だが、

戦力が上がるにつれ、その得点力はいよいよやばくなってきた。

かつては絶対を誇っていた、「らめーん王国」などとっくに滅亡させ、

今では「ケミー帝国」をゆるぎない物にしている。


「『ケミー』さんマジでやばいなあ、そろそろ上位から引き抜き来るんじゃね?

てか、島さんとらめーんさんの知り合いてのはわかるけど、

なんで新人のサーニャまで? 一体どういうつながり?」


ある22時合戦終わり、補佐の「あぇるぅす」さんが、

連合掲示板で発言した。

しまった、サーニャはまだ新人なのを忘れていた。


「らめーんさんと島さんとは別で、俺は他ゲーでの知り合いだね」


サーニャが助け舟を出してくれたけれど、

彼もさすがに「ケミー」さんがまさか猫とは言えまい。

しかも未だに名前すらついておらず、

その容貌から、「あのケミカルな猫」とだけしか呼ばれていない、

鳴き声も「しゃー」がデフォルトで、見るもの全てが敵な、あの嫌な猫とは。


彼女を拾って来た名波さんは超がつく猫好きで、

部屋に何匹もの猫を飼って、住人らがバカかと思うほど溺愛しているけれど、

その名波さんをもってしても、あのケミカルな猫はお手上げだった。

もちろんアパートの誰も、あの嫌な猫をかわいそうだなんて思わない。

ただただ嫌な猫、それだけだった。


「俺はこのゲームで島さんに紹介されてん。

ケミーはもともと島さんのリア関係者やってん、しかもむっちゃ仲悪い」

「ケミーは同じアパートの住人だけど…確かに仲は悪いな、最悪でしかない」


同じ部屋にはいても、一緒に遊ぶ訳でもなく、

ましてや抱いて、撫でて可愛がるなどありえない。

あのケミカルな猫が、その凶悪さで偶然俺のプライバシーを守っているから、

俺は彼女を部屋に置いて、餌とトイレを与えているだけに過ぎない。


らめーんさんが大阪に帰ってからも、近くに住むサーニャとは頻繁に会っている。

「ケミー」さんのクエイベを走るため、タブレットをやりとりする必要もあった。


「ところで島さんさ、引っ越す気ない?」


ある日、タブレットを取りに部屋へやって来たサーニャが、

あのケミカルな猫の視界から隠れるようにして、柱の陰から言った。

俺はあくびに盛り上がる、カラフルな幾何学模様の背中をぎろりと睨みつけた。


「あれが死んだらな」

「うちのマンション、ペットOKで単身者向けの賃貸物件あるよ?

島さんなら副業を法人化して、事務所と兼用にしちゃえば、

家賃もうんと安く出来るし…何もよりによってこんな限界集落みたいな、

プライベートもないボロアパートに住まなくても…」


下宿屋と激しく混同しているこのアパートで、見た目が完全に外国人なサーニャは、

住人たちの噂の餌食だった。

俺の部屋を訪ねるたびに、ある事ない事でっち上げられてさぞ苦痛だろう。


「…サーニャよ、想像してみてくれ。

あのセレブマンションに、あんなケミカルな猫なんかを住まわせたらどうなるかを」

「うっ、確かに…」


サーニャは皮膚もパーツも、顔面の全てをぐっと中央に寄せた。


「あと少しの辛抱だ、あれが死んだらすぐ、

こんな限界集落なんか出て行ってやる、待ってろ」

「…て、あれ何歳なの?」

「最初からばあさんだ、もうすぐ死ぬ」

「えー、それじゃあのゲーム終わっちゃう前に、あれが死んじゃうって事もあるよね?

俺らいよいよ時間ないじゃん」


ゲームにも、あのケミカルな猫にも、それから入院しているギースにも、

時間は等しく残り少なかった。


「あのさ…サーニャは奥さん亡くなった時どうした?

どうやって自分の心に折り合いをつけた?」

「島さん…」

「俺は未だに折り合いがつけられない」


あんたが生きていた頃より、亡くなってからの方が、

より多くあんたの事を思い出すようになった。

「INTERSECTION」を立ち上げてからの方が、連合内で何かあった時の方が、

より強くあんたの事を思い出すようになった。


「俺も折り合いなんかついてないよ…」


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