第12話 山中
第12話 山中
「あ…」
「これこれ、らめーんさんも見てよ」
サーニャはあんたの写真を1枚取り上げ、らめーんさんに見せた。
「島さんの彼女…な訳なさそうやな、なんや家族旅行みたいやし」
「でもすごい訳ありぽいだよね。ね、島さん、ほんとに誰?」
俺は無言でサーニャの手から写真を抜き取った。
「友達だよ、もう亡くなっている…その形見分けで写真をもらった」
「あ、ごめん、そんな大事なものだったなんて…」
「いいさ」
俺はアルバムごとサーニャとらめーんさんに差し出した。
すると、それを見たらめーんさんが医師らしい事を言った。
「最後の方は相当きっつい薬飲んではったんやろね…何や顔とか肩とかそんな感じ」
「さあね、俺にはさっぱり」
「彼女、なんて名前? 島さんとは何友達だったの?」
確かにそうだよな…同級生でもない、男女の関係でもない、確かに一体何だよな。
あんたは本当に説明しづらい人だよ。
「島村左近…前にいた連合の盟主で、もともとは俺の敵」
「…『島村左近』! 島さん、それて…!」
らめーんさんが丸い目をいっそう丸くした。
彼の目は丸いだけでなく、四白眼だから、動きでしかその驚きを読めない。
「ムカついたから、リアルでケンカしに行ったら友達になってしまった。
今の俺らみたいにバカばっかやってたよ、でも亡くなってしまった。
「はーん、要するに島さんと連合の『山中』だね」
サーニャが腕を組んで、ひとりうんうんと納得していた。
「何やのん、サーニャ。その『山中』て?」
「あ、俺、本名を『山中アレクサンドル』て言ってね…」
前に俺にしてくれたのと同じ説明を、サーニャはにこにこしながら、
らめーんさんにも話して聞かせた。
「連合の『山中』ちゅう事は、彼女は俺らにとっての『山中』にもなるな!」
「そそ、そういう事」
「なあ島さん、俺らの『山中』てどんなプレイヤーやったのん?」
「絶対『ケミー』さんみたいなすごいプレイヤーだよ、俺らの『山中』だし」
「『ケミー』さんとはかなり違うプレイヤーだな、前衛だったし。
…いや、同じタイプかも? 嫌なプレイヤーてところは共通している」
そう言いながら、爪研ぎ板3号のらめーんさんに飽きて、
ベッドの上で枕を背もたれに、脚を広げておっさんのように座ってくつろぐ、
あのケミカルな猫に視線を流した。
すると彼女は耳をぺたりと寝かせ、顔をしかめて、「しゃー」と敵意をむき出しにした。
「にゃあ」とか可愛い鳴き声なんか聞いた事がない。
あのケミカルな猫の鳴き声は、いつだって「しゃー」だった。
「そ…そうなんや?」
「コンボ切りとか、低空飛行してマッチング調整とかも平気でするような人だし。
延長時間突入で勝負の、その一瞬のためだけに、
30分間いっさい動かずに、ただただ潜伏し続ける事も厭わない人だ」
「お、おう…それは嫌な『山中』だな」
サーニャがドン引きして、渋いような、何か不味い物でも食べたような顔をした。
彼は見た目が完全に外国人だから、
こういう顔ををするとまるで映画の登場人物のようだ。
「あと、敵の下げが効かないどころか、がんがん下げに行ってたね」
「島さん、確かその人前衛だよね? なんで後衛にやらせないの?」
「そこなんだよ、サーニャ」
首筋に出来た新しい傷から流れる血を拭って、俺は言った。
「あの人は悲しい人なんだよ」
あんたは誰の事も信じていない。
デッキが、攻撃スキルが、計略スキルが、補助スキルが、それを物語っていた。
「当時あの人はまだ新人でやる気もあったし、実際努力もしていた。
でも俺を含めた連合があの人に合っていなかった。
要求する参戦率も0.5、古参と身内だけで固まったようなところだから、
勧誘もほとんどしない、当然後衛なんかいるはずもない」
「俺も最初そうやったしわかるわあ…で、合戦もほとんどひとり参戦やねんな。
そやからステータスの管理も自分でせなあかんて事、ほんま悲しいわあ」
らめーんさんの見開いた丸い目が赤くなって潤んだ。
彼は今すぐ上位10位以内の連合でも即戦力だし、
プレイ日数も少ない、驚異の新人でもあったから、
ずっと大勢に囲まれて来たとばかり思っていたけれど、意外だな。
「あの人自身は少し上の連合から流れて来た、復帰者だったし、
別のゲームで上位チームを率いた経験もあったみたいだけど…」
悲しい人はあんたで終わりでいい。
それが「INTERSECTION」を立ち上げた理由だった。
「ふうん…となると、最初から『INTERSECTION』の俺は恵まれてるのか」
「サーニャはかなり運がいいと思うで?
俺が始めた頃にはもう、すでに二極化が進んどって、
下位連合は俺や島さんらがおったようなとこばっかやったし」
「『戦国☆もえもえダンシング』、もう10年近いんだっけ?」
サーニャの言葉に、ギースの言葉がよみがえる。
気付きたくはないし、認めたくもないけど、それが現実なのだ。
「来年の春に9周年て事になるけど…サーニャにらめーんさん、
ふたりはあのゲームが来年には終わるんじゃないか、
運営自体がもうやばいんじゃないかって噂、知ってる?」
「えっ、そうなんだ?」
サーニャが驚く隣で、らめーんさんが声を低めて言った。
「…俺は聞いた事あるで」




