第11話 形見分け
第11話 形見分け
俺があんたの唯一の友達…どういう事だろう。
あんたは決して嫌われるような人じゃないどころか、人をたらし込むようなやつだ。
「謎の連合員」の重い口を簡単に開かせたように。
「以前は友達も大勢いたのですけど、みんなお嫁に行って、子供が生まれて…。
それで最後は武本さんだけになってしまいましたの」
「ああ、そういう事ですか…」
そうだよな、あんたは女だもんな。
友達がいたって、嫁に行ったり子供が生まれたりしたら、
独り者のあんたとは時間も話も合わなくなるよな。
正直、俺もギースとは話が合わなくなったところがある。
新しく出来る友達も限られてしまうよな…ちょうど同じ独り者の俺みたいな。
「武本さんの事はあの子からよく聞いておりましたのよ…。
あ、私は少し失礼しますけれど、どうぞゆっくりお選びになって」
あんたの母親はうふふと笑いながらそう言って、部屋を出ようとした。
「あ、それじゃ…もしよかったら、左近さんが写っている写真を…。
写真を何枚かいただけたらと思います」
「あら、そんな物でよろしいの? 」
「はい、実は左近さんとは今まで写真を撮った事がなくて…」
「それなら、最近の物がいいわね…ちょっとお待ちになってて」
彼女はすぐにアルバムを持って戻って来た。
写真屋がおまけでくれるような、袋式の簡単な物だった。
「大人になってからの写真は数が少ないので、
どうぞ、良かったらこのままお持ちになってくださいな」
「ありがとうございます」
「それからこれも…」
あんたの母親は元勉強机の引き出しを開けて、
1台の見た事あるスマートフォンを俺に差し出した。
「私どもは機械に疎くて、解約が精一杯でしたけれど、
こちらにも写真が残っていると思いますので」
自宅には戻らず、そのまま店に出勤し、もらったアルバムを開いてみた。
家族旅行なのだろうか、海を背景にした物や、
地元の祭りらしい、浴衣姿の物、正月の晴れ着姿、会社の花見と思われる物…。
いろんなあんたが、俺の知らないあんたが写っていた。
驚いたのは、あんたがふっくらと張りのある身体をしていたのは、
ほんの最近の数年だけだったて事だった。
それ以前のあんたは可憐なほどほっそりとしていた。
あんたがどれだけ強い薬を飲んでいたのか、
その闘病生活の壮絶さをよく物語っていた。
写真はずっと欲しいと思っていた。
あのゲームが終われば、それでどこかへ電脳の波間へ消えていく人ではなく、
姿も形も質量もある、生きた生身の人間であった事の証しとして欲しかった。
今日、偶然がなければそれも叶わなかっただろう。
あんたは母親に俺の事を何と話していたのだろうか。
やはり「友達」なのだろうな…。
もし当時の俺に、恋や愛なんて気持ちがあったとして、
あんたに交際なり結婚なりを言い出してみても、きっと断られただろう。
俺と出会った時点ですでに、あんたの残りの人生がわずかだったのだから。
友達と言えば、らめーんさんはあれからも東京には来て、
サーニャと3人で集まってはバカばっかりやっている。
「…驚異の新人『ケミー』さんも、そろそろ定着してきたて思うねや」
その日は俺の部屋に集まっていた。
22時合戦終わり、らめーんさんがあのケミカルな猫の爪研ぎ板になりながら、
合戦結果を見ながら言った。
今日も「ケミー」さんがスキルランキング1位、
もちろん合戦最大ダメージ、同時に最大応援効果を叩き出している。
…後衛なのに。
「そうだなあ」
爪研ぎ板2号の俺も「ケミー」さんの端末から、連合掲示板に「お疲れさま」を、
ぶりぶりと女子くさい顔文字満載で書き込み、頷いた。
「一度『けみけみ☆ているず』と戦わせてみたいよな、同じ『ケミカル』だし」
すでに使い古されて、ぼろぼろになった爪研ぎ板1号のサーニャが、
あのケミカルな猫かららめーんさんを救おうと、よろよろと起き上がりながら言った。
そんな彼の言う「けみけみ☆ているず」とは、正式名称を「ケミカルテイルズ」と言って、
運営連合との噂高い、ゲーム最強の連合の事だ。
「そこでやね、まずは『ケミー』さんを、まずは『INTERSECTION』無双にやね」
「あと、全体ダメージランキング覇者がまだだよな?」
「ちょうど『ケミー』さんのアカウントはまだ新しい。
今のうちにクエイベ走って、たくさんガチャ引いとかないとね」
ぼろぼろの男3人の意見はまとまり、じょじょに形になっていく…。
「ええな、突如として現れた驚異の超新星…その名も『ケミー』さん、
しかも女子ですらある、どや? 男わんさと釣れるで?」
「超新星とかダメだろ…あ、ばあさんだからいいのか。
ま、板や外部チャットなどの書き込みとクエイベは、俺がなんとかしよう」
「んじゃ、俺もクエイベと…それから機材とガチャね。
らめーんさんはデッキとトレーニングよろしく」
そう言って、サーニャが持ち込んだ酒を冷蔵庫から取り出し、
俺たちの真ん中に置こうとした。
その時、彼は副業用のパソコンが置いてある机に目をとめた。
「…ところでさ、島さん。あの机の上の写真の女の人、誰?」
しまった。
写真を出しっぱなしにしたままだった。