第10話 永遠
第10話 永遠
「えっ…」
あのゲームが終わってしまうかも知れない、ギースのその言葉に俺は愕然とした。
「こないだ運営がやってる別のゲームが、半年持たないで終了したじゃん?」
「ああ…あれな」
「戦国☆もえもえダンシング」の運営会社である「アプタイト」は、
今年の春頃に「戦国地獄道」という、別タイトルをリリースしていたが、
半年もしないうちにサービスを終了してしまった。
「戦国☆もえもえダンシング」は、プレイヤーこそ少ないが、
俺らのような、ソシャゲの黎明期を知る年齢層には一定の需要があり、
それゆえに収益も高く、「謎ソシャゲ」ながらも10年近くに渡り続いて来た。
「アプタイト」はその二匹目のどじょうを狙ったのだろうが、
「戦国☆もえもえダンシング」があまりにも大き過ぎて、霞んでしまったのだろう。
「あれの開発にかかった費用が回収できなくて、
会社そのものもやばいらしい、そっち方面の仕事してる友達が言ってた」
家に帰ると、キーボードに座ろうとする、あのケミカルな猫を追い払い、
新しい傷からどくどくと血を流しながら、副業用のパソコンで調べてみた。
噂は本当らしい、あのゲーム関連のサイトやスレッドではなく、
ソーシャルゲーム開発や求人関連のスレッドにあった。
ゲームが終わってしまうかも知れない。
わかってはいるけれど、ソーシャルゲームはいつか終わってしまう。
あの雪の日、あんたが俺に「島左近」という命をくれて、
永遠になった気がしたけれど、それは永遠じゃなかったんだね…。
ちょうど21日だったので、車で横浜まで出かけてみた。
その日は朝から霧のような細かい雨が降っていた。
市内を南下して鎌倉に近づくにつれ、小さな山が増えて来る。
公共の交通と徒歩では、大人の男でもなかなかに厳しい。
そんな小さい山を切り開いて、住宅や団地、墓地が造られてある。
俺は墓地に入って、濡れた芝生を踏んで、墓石の間を歩いた。
そして目的のひとつに白い花束を供え、しゃがみ込んで祈った。
「あのう…もしかして、武本哲生さん?」
祈る背中に人の声がかぶさった。
振り返ると腰の曲がり始めた老女が立っており、やはり花束を手にしていた。
「はい、そうですが…?」
「初めまして、島村左近の母でございます」
俺はあんたの母という人を車に乗せて、
あんたの家の近くの喫茶店で向かい合った。
「…月命日を覚えていてくださって、お参りくださりありがとうございます。
あの子もきっと喜んでいることでしょう」
「いいえ、友達ですから…当然です」
「武本さんには偶然でもお目にかかれて嬉しゅうございます。
あれから荷物は届きましたか?」
「はい、大変な中わざわざありがとうございました」
あんたの母親は紅茶のカップを両手で包み込んだ。
「失礼とは思いましたが、あの子が何度も何度もしつこく頼むものですから…。
それで武本さん、この後お時間ありますか?」
「大丈夫です」
「実はまだ形見分けが終わっていませんの。
よかったらうちに取りにいらっしゃらない?」
「形見…?」
あんたの家は、よく迎えに行っていたから場所は知っている。
比較的新しい住宅街の中央を通る、勾配の急な坂道の中程にある、
L字型をした青い屋根の古い住宅だった。
けれど中に入るのは初めてだった。
通されたあんたの部屋は1階の、玄関脇にあった。
たぶんかつては応接間だった部屋なのだろう。
ベッドがあって、学生時代の名残の勉強机がある至極普通の部屋だったが、
なぜか少しも女の部屋という感じがしない。
中年男があのケミカルな猫と暮らす、
俺の部屋の方がまだ少しは女の部屋に近いと言えよう。
「あれからそのままにしておりますの、散らかっていてごめんなさいね」
部屋は確かに散らかってはいるが、何だろうこの妙な男臭さは…。
あんたの母親がお茶をいれに行っている間、
俺はしばらく部屋をぐるぐると眺めていた。
そして、ある結論にたどりついた。
この部屋はデジタル物が多い、ゲームのための部屋だと。
パソコンや据え置きのゲーム機もある事はあるが、
机の上に広げてあるファイルの中身は、
あのゲームの奥義の時間と効果の一覧表や、応援効果やコンボの倍率表だし、
どこで入手したのか、装飾品はゲーセンのPOPだけだ。
極めつけはコードの配線だった。
大量のコードが複雑に絡み合って、床を這ってはいるけれど、
元勉強机の上に、スマホ用のアダプタがついたLANケーブルの端があった。
それを見つけて、俺は思わず吹き出してしまった。
…専用機でしかもLAN直結かよ、あんたらし過ぎる。
そこへあんたの母親がお茶とお菓子を運んで来た。
「欲しい物があったら、何点でも遠慮なさらずにお持ちくださいね。
…あの子の友達は武本さんだけなんですから」
「えっ…」
俺があんたの唯一の友達…!




