第1話 器官
第1話 器官
「島左近」という名前もだんだんに知られて来たように思う。
連合「INETRSECTION」の盟主と言えばわかるだろうか。
「戦国☆もえもえダンシング」という、スマホ全盛期の現在では、
もはや希少種と言っていいほど、時代遅れなソーシャルゲームは、
まずプレイヤー人口そのものが少ない。
ごく一握りの重課金者が、他のタイトルではありえない額を投じ、
それでゲームの存続と不名誉な知名度を保っているだけだった。
ネットの掲示板サイトでも、このタイトルが「謎ソシャゲ」と呼ばれているのは、
俺でも知っているくらいだったし、他のやつらもそうなのだろう。
きっと、このゲームをプレイしているやつなんか、
身内以外はリアルで見た事もない、そういうやつがほとんどだと思う。
「戦国」とか、すり切れてしまいそうなほど、さんざんに使い古されたテーマ。
ただただひたすらに、画面のボタンを連打するだけのカードバトルという、
化石をとっくに通り越した、ソーシャルゲーム黎明期の石油システム。
戦国武将がなぜか美少女に描かれているなんてのは、もう説明しなくてもいいだろう。
このゲームがいやらしいのは、GvGというチームバトルであることだった。
プレイヤー同士、最大20人で「連合」なるチームを組んで、
「合戦」なる団体戦で他の連合と戦う、これまたありがちなシステムだが、
その時間も12時、19時、22時の3回も固定であるうえ、
全てのプレイヤーが、必ずどこかの「連合」に配属されるなんて最凶最悪だった。
「INTERSECTION」という連合は、その中でも比較的新しい連合だった。
連合も「島左近」という盟主も弱くはないが、特別強いって訳じゃない。
だが、その知名度は上位連合にも劣らない。
なぜかと言うと、「島左近」はブログを持っていたからだった。
プレイヤー人口の少ないこのゲームで、ブログをやろうって人はさらに少ない。
そのうち、今も更新が続いているブログとなると、10あるかないかだった。
俺はそこに目をつけた、連合員を集めるための宣伝に始めたのが最初だった。
記事の内容なんか何だって良かった。
すでに何人もが書き古しているような、攻略や考察だって良かった。
競合なんていないに等しいのだから。
でも俺はそれをしなかった。
ただただ、連合内の出来事と記録を、連合員名だけぼかして淡々と綴るだけだった。
俺個人の感情を挟む事は決してなかった。
俺は「島左近」、連合「INTERSECTION」の盟主。
手でありながら目と口、肉体を構成する器官。
ただそれだけだった。
あんたの事を知っているのは、ギースと当時の連合員のごく数人だけだった。
ギースは高校時代の同級生であり、俺をこのゲームに誘った張本人で、
当時いた連合の実質的な盟主だった。
俺とあんた、それからギース。
俺たちは「Sakura Breeze」という、別の連合に3人一緒だった。
俺が「謎の連合員」で、ギースが連合最強の「無双」で、
あんたは一気に盟主にまでのし上がった驚きの新人だった。
しかしあんたがどこかから自動認証で流れてきた頃には、
連合はもう末期で、あんたがどんなに頑張ってもムダでしかなかった。
ギースは仕事がいっそう多忙になり、あんたもまた少し上の連合に引き抜かれ、
「Sakura Breeze」は解散した。
「…ペルソナ、まだあのゲーム続けてるんだ?」
盆休みに帰省した地元の小汚い飲み屋で会ったギースは、
煙って脂ぎった薄暗がりに、ぼうっと人魂のように浮かび上がる俺のスマホの画面に、
「戦国☆もえもえダンシング」のアイコンを見つけて笑った。
彼はとっくに引退していたが、ゲームそのものにはまだ未練があるらしい。
そして俺の事を「ペルソナ」と昔の名前で呼んだ。
「ペルソナ」というプレイヤーは今も、「謎の連合員」とみんな思っているだろう。
なぜか最初から連合にいて、合戦にもほぼ参戦しているくせに、
連合掲示板の書き込みも必要最小限、決して自分の事を語らない。
「島さんはどうしてる? まだ一緒にいるの?」
ギースはあんたの事をやっぱり昔と同じ、「島さん」と呼んだ。
今はみんな「左近さん」だ、「島さん」は俺とギース、
それから当時「Sakura Breeze」にいた人、かにさんと兼光さんだけだった。
「いるよ、相変わらずだよ…」
そうとしか言えなかった。
「Sakura Breeze」の解散で、俺は秘密を抱えた。
誰にも言うことの出来ない、大きな秘密だった。
俺は身内以外の人間で、あのゲームをプレイしているやつをリアルで1人知っていた。
過去形なのは、そいつがもう二度と俺の目の前に姿を現さないから。
春近い休日の待ち合わせに来ないまま、それきりだった。
そして花びらのような、しっとりと重みのある大きな雪ひらが舞う午後、
小さな荷物を受け取って、その手触りで全てを知った。
そしてそれがそのまま、俺の秘密になった。
歴史こそ浅いが、一番よく会う友達だった。
高校時代の同級生でも、仕事で全国を飛び回って、
めったに帰らないギースなんかとは比べ物にならない。
空いた時間になんとなく集まって飲み食いし、くだらない話に花を咲かせ、
遅くまでバカばっかやって遊んでいた。
そいつは島村左近、ゲームでは「島左近」と言った。
それがあんただった。
「お前も相変わらずだな」
ギースは俺の手からスマホを抜き取り、ゲームを立ち上げて笑った。
「まあ、あれからだいぶ経つし、さすがにちょっとは戦力上がってるけど、
これはクエイベさぼりすぎじゃね?」
「とっくに引退したギースに言われたくないね」
それから彼は連合ページを呼び出した。
「へえ、島さんはやっぱりすごい人だったんだ…くあ、俺なんかとっくに抜き去ってる。
ペルソナもちょっとは島さん見習えよ」
「くそ…」
言い返せる訳もなかった。
「ペルソナ」はもう亡霊でしかないって。
あの雪の午後、生と死が交差したって。
「おっ、連合は今19人か、ひとり空いてるな…よしよし」
連合ページを眺めるギースはそう言うと、ぬるくなったビールを少し舐めて、
にやにやしながら別のページを呼び出した。
それはギース本人のプロフページだった。
「俺、復帰するから」
彼はページ内にある「連合勧誘」のボタンを押した。