45話 正義
◆日野秋奈◆
「シェロ……。 レーダー見てなかったの?」
「……ごめんなさい」
シェロは私の癪に触るような軽口をいつも叩いていたが、なんだかさっきから変だ。
駅のあたりからか?
まあ、静かで煽ってこないのは全く問題ないし、好都合だが仕事までしないのではゴミ極まりない。
さてどうするか。
シェロは悪魔に魔術は使えないというが、この糸使いが寝たフリ、死んだフリをしているというのは正直考え辛い。
というかシェロを信じた私がバカだったのだ。
そして、今来たボロボロの男二人。
片方は銃を構えていて、もう一方は日本刀を携えている。
まあ糸使いは放っておいて二人を殺すか。
銃声が先ほど鳴ったが私に痛みがない以上、威嚇目的なのか、当てるつもりなのに外したか。
その上、ボロボロなカッコ。
どう考えても、強くはないだろう。
「なあ、聞きたいことがある」
「……ッおい! 小早川!」
銃を構えている方はふと銃を降ろし、話しかけながら近づいてきた。
「……何?」
バカだこいつ。
鎌を持ってる私に銃を降ろして近づくのは自殺行為となんら変わらない。
「この近くの駅で電車の乗客が死んだのを知ってるか? それをやったやつを探してる」
なんだ?
契約者を探してるんじゃなくて犯人探し?
正義感面。
嫌いだ。
昔から嫌いだった。
こういう正義感を振りかざす奴は何もできない癖に口調だけが強かったりする。
私の見てきたのはそういう奴ばかり。
こいつもどうせ何もできない。
だから、ボロボロなんだろう。
「あぁ、知ってるよ」
グッと力を込め。
「私だもん」
後ろから撃ってれば死ななくて済んだのに。
バカなやつ。
鎌を振り──
「そうか」
「……えっ」
急に力が抜けて倒れ──。
血?
「無駄撃ちに……ならなかったな」
あれ、私死ぬんだ。
何人も殺したから?
嫌だなぁ。
妹の顔が一瞬、頭に浮かんだ。
ただ私は妹を助けたかっただけなのに。
どこで間違えたんだろう。
意識はそこで途絶えた。
◆ロック◆
小早川の首に鎌が到達するより早く、契約者の少女は頭から血を吹いて倒れた。
「最初のやつ、威嚇じゃなかったのか……?」
「ん? ……ああ、当ててたよ」
そう言いのけた。
「……誠、まだ終わってない。 そこに倒れてる女も契約者よ」
確かに、契約者であろう黒髪の少女とそれに寄り添う悪魔がいた。
「ま、待って!!!」
「?」
「私は暗子の、ここで倒れてる子が起きたら契約を破棄する!! だから、お願い……この子の命は取らないで……」
悪魔が人間を庇っている。
いや、これは何かの企みに違いない。
悪魔は自分勝手な生き物だ。
「知ったこ──」
「わかった」
小早川は頷いた。
「は?! おい小早川!」
小早川の襟元を掴む。
「嘘に決まってるだろこんなの!」
「嘘じゃないってば!!」
「……嘘を言ってるようには見えないだろ」
そう、小早川は俺に言った。
「ホントよ、それ」
もう一人、いやもう一体の悪魔がそう言った。
この悪魔はさき、小早川が殺した人間と契約していた悪魔だ。
「……その悪魔と契約者は誰一人殺しちゃいないわよ、多分。 駅の人間殺したのも私の契約者だもの」
死体となった自分の契約者を見ながらそう言った。
「お前……」
「……別にもう秋奈は死んだから、あんたらが生きてても不利益はないもの。 ……ただの気紛れよ」
そう言うと悪魔はゲートを開き魔界へと帰っていった。
「ね?! 暗子は悪いことなんかしてない! だから、お願い……」
「……だから、なんだって──」
「ロック。 お前は何がしたいんだ?」
「何って……!」
俺はエクソシストだ。
悪魔や魔術のルールを決めている秘密組織『dd』は契約者を悪魔と取引した大罪人としている。
その大罪を犯したものはエクソシストが死刑にする決まりなのだ。
だから、俺は契約者は殺さねばならない。
だが、今矛盾を抱えている。
小早川を殺していない。
殺そうともしていないし、傷の治療までした。
もちろん、これは俺の頭に銃弾が撃ち込まれて、こいつに今現在、命を握られているという理由からだ。
──本当にそうか?
殺したくないからそう落としこんでいるんじゃないのか?
こいつが間違った人間でないとそう思ったのも事実だ。
契約者だから殺すことが本当に正しいのか?
迷っていた。
「俺は正しいと思ったことをしている」
小早川は俺の目を見て力強く言った。
「契約者は警察にだって止められない。 その契約者が暴れたら何人も死ぬ。 俺はそれを止めたい。 お前らエクソシストもそうじゃないのか?」
「そうさ……。 そうさ! でも、契約者は殺すのがルールなんだ!!」
「ルールだからといって、悪魔と契約したからといって、他人を傷つけてもいないような人間を殺すのか?」
「ああ、そうだ!」
俺はどこか吹っ切れたように言った。
「この国も、世界だって法の上に正義がある! 人の物差しで正義は決まらない!! お前のやっていることは……! わがままでエゴだろう!!」
そうだろう。
誰かが基準を決めて、法を作り、人を裁く。
それが、人間の中で安定して保持しておける正義なのだ。
それを破るのは、ただのエゴだ。
小早川は目を見開き、そのあと、何か唇が少し動き、その口からはなにも言葉は発されなかった。
俺だってこいつのやりたいことはわかる。
俺がエクソシストになったのは悪人をこらしめるためだ。
だが、法は絶対だ。
「わかってるさ……俺だって。 そうだ、これは自己満足に過ぎない」
小早川はもう一度口を開いた。
「……」
「それでも」
小早川は苦しそうに、吐き出すように言った。
「それでも、俺は目の前で失われる命を……、見てみぬフリはできない……」
「……」
「そのために殺した。 二人も」
ハーデンバルトさんを殺したやつも、今死んだ少女も放っておけばさらに死人はでただろう。
「だから、殺した二人の責任を取って、俺は俺の正義を貫く」
「……その正義は必ず、お前を苦しめることになる。 それでもか?」
俺は、法に従ってエクソシストとして裁きを下す。
だから、責任も重みも法が持ってくれる。
最初は、人を殺すことにとても苦しんだ。
しかし、もう慣れた。
吹っ切れることができたのは法が俺の正しさを証明してくれるから。
こいつの正義はその後ろ楯がない。
「……あぁ。 俺はどうなっても良い」
「……」
そう今倒れている少女を殺すのは簡単だ。
契約者だから、法で悪と決められているから殺す。
「ロック。 もう一度聞くぞ。 お前は何がしたい?」
俺がとっくに放棄した選択肢が今、目の前にあった。
人を殺す仕事をする上で自分の中で考えることを恐れた。
もし、ここでこの少女は殺すべきでないと自分で考え、決断すれば俺は苦しむだろう。
今まで法に身を委ね殺してきた、魔術を悪用する人間達。
その呪いが俺を苦しめることになるだろう。
「俺は……」
小早川は俺を見ていた。
こいつはなぜ、ここまで真っ直ぐでいられる?
澄みきった水に魚が住めないように、純粋な正義の中に人は生きられない。
俺の本心。
俺の原点は。
「俺の負けだ」
少なくとも今はこいつが正しい。
ダメだな。
俺も。
ハーデンバルトさんなら意思を貫けたんだろうか?
多分貫けたんだろうな。
俺には少なくとも今は無理だ。
いや、どうなんだろう。
ずっと無理かもしれない。
この疑問を抱え続けるのかもしれない。
ハーデンバルトさんには届かな──
何があっても自分を信じろ。
君は私の認めたエクソシストだ。
あの人の最後の言葉が甦った。
そうだった。
自分を信じろと言った。
今やっと理解した。
私を信じろではなく、お前の正しいと思うことをしろとそう言ったのか。
少し、肩の重荷が減った気がした。
本当にハーデンバルトさんには助けられっぱなしだ。
「しかし、俺もエクソシストだ。 悪魔を先に祓わせてもらう。 それはいいよな?」
「……正直、暗子にお別れは言いたいけど、そこまで贅沢は言えないよね。 わかった」
俺は悪魔に近づき、背中に触れた。
「ここは人の世。 人在らざるもの退散せよ。 ここは人の國。 人在らざる魔よ帰還せよ」
この魔術は人と悪魔の関係を無理やりひっぺがし、悪魔を魔界に送り返すものだ。
これを行う際は完全に無防備となるため、基本契約者持ちの悪魔には打てない。
「『魔還送々《ヴァンデルン》』」
「……じゃあね、暗子。 楽しかったよ」
悪魔はそう呟いた。
バチンという弾ける音で、契約は解除され、次の瞬間には悪魔はそこから消えていた。
「さて」
俺は小早川に背を向けた。
「どこへ行くんだ?」
「あぁ。 俺はハーデンバルトのとこへ戻る。 弔ってないからな」
「そうか」
「なぁ」
「なんだ?」
「俺が、もし俺があの子を殺すって言って聞かなかったら、頭の弾丸を発現させてたか?」
「……」
小早川は少し黙りこんだ。
「あぁ。 そういえば当ててたな」
「は?」
「すっかり忘れてた。 悪かった、消しとくよ」
「……」
「なんだよ? 悪かったって。 申し訳ない」
呆れた。
「ね? 言ったでしょ? こいつバカなのよ」




