44話 カノ
◆カノ◆
「暗子ッ! ……暗子ッ!!!」
暗子は首から血を大量に流していた。
暗子の顔からは血の気は引き、目に光は消え、体温も冷たくなり始める。
そして、秋奈を縛っている糸は緩み始め、彼女は立ち上がった。
「……痛っ。 ペッ」
秋奈は血が混ざった唾を吐き捨て、舌をベーっと出していた。
あの口から吐いた血は舌を噛んで、吐血を装っただけか。
多分、縛られる時みせた小さな抵抗。
あれは鎌で小さな残像を残すためにやっていたのだ。
それに気づかず、暗子は近寄り、見えない刃は深く深く彼女に突き刺さった。
暗子は元々、秋奈を殺すつもりなんてなかった。
それなのに……。
「そこまでして……ッ! そこまでやって勝ちたい──」
「うん。 勝ちたい」
秋奈はただただ、私と暗子を見下ろしそう言い放った。
「その契約者はあなたにとっては大切かも知れないけど、私にはとっては死のうが生きようがどうでも良い」
「ふざけんなッ!」
「私も大切な人のために戦ってるの。 この気持ちはわかるでしょ? じゃ」
秋奈は私達に背を向けた。
ふざけんな。
暗子は頑張った。
私のために怒ってくれて、血を見るのすら苦手なのに、運動も苦手なのに、必死に頑張って。
それで、最後にかけた優しさが暗子の負けに繋がった。
なんだよ。
暗子が悪いのか?
優しさを闘いに持ち込んだ暗子が悪いって?
おかしい。
暗子はなんにも悪くない。
人間も悪魔も関係ない。
これは間違ってる。
「いやだよ……こんなの……」
止めるべきだったのか。
最初から。
元はと言えば私が誘ったのが。
やめろ。
後悔してる場合じゃない。
後悔するのは全部終わったあとで良い。
まだ契約が生きているし、魔力はまだ彼女の元に流れている。
まだ暗子は生きてる。
止血。
いや首の止血ってどうやる?
わかんない、わかんない、わかんない。
諦めるな。
私は暗子と一緒にいるって約束した。
最後まで付き合うって決めた。
こんなお別れは論外だ。
暗子の血は地面を赤く染め、バックに染みだ──。
「バック……!」
暗子のバックを開けると、少しだけ血に染まった魔術書が入っていた。
魔術。
魔術は悪魔には使えない。
でも、これしか、もう普通の方法では助けることはできない。
ページを捲る。
傷を治す魔術『治癒』。
「天の光よ、傷を癒したまえ『治癒』ッ!!!」
何も起きない。
「シェロ。 あれほっといていいやつ?」
「……悪魔に魔術は使えないのよ。 大丈夫よ。 それより」
うるさい。
悪魔と人間は根本的にわかりあえなくて。
それで、人間の魔法である魔術は使えない。
うるさい。
暗子と私はわかりあえた。
人間と分かりあえないとか、勝手に決めつけるな。
「天の光よ、傷を癒したまえ『治癒』ッ!!!!」
……。
「天の光よ、傷を癒したまえ『治癒』ッ!!!!!」
……。
無理なのはわかってる。
でも、暗子はあの希薄な『想い』を私の事を大切に思うことで、強大な、他の契約者と戦える『武装』を出すまでにした。
私にだって。
「天の光よ、傷を癒したまえ『治癒』ッ!!!!!!」
暗子を大切に思ってる。
「天の光よ、傷を癒したまえ『治癒』ッ!!!!!!!」
負けないくらい。
「天の光よ、傷を癒したまえ『治癒』ッ!!!!!!!!」
他の契約者にだって負けないくらい想ってる。
「天の光よ、傷を癒したまえ『治癒』ッ!!!!!!!!!」
大好きなんだ。
「天の光よ、傷を癒したまえ『治癒』ッ!!!!!!!!!!!」
パッと手元が明るく光った。
その光は暗子の首にまとわりつき、傷が塞がっていく。
「やった……。 やったっ!!!」
「……うっ」
暗子は苦しそうに喘いだ。
これで、一命はとりとめた……はずだ。
大量の出血だったが、思ったより顔は白くなく、少し赤みを取り戻している。
傷を塞ぐだけでなく、血も増えているみたいだ。
「暗子ぉ……。 良かった……、良かったよぉ」
まだ目を覚まさないようだが、死ぬことはないだろう。
暗子を強く強く抱き締める。
心臓の鼓動が聞こえる。
生きてるんだ。
「秋奈、警戒して」
声にハッとして振り返る。
「使えないんじゃなかったの?」
「使えないわよ!! つまり、こっちも一芝居打たれたのよ。 あの契約者が生きてる」
「チッ……。 しぶといなぁ。 首はねれば流石に死ぬよね?」
秋奈とシェロはまだどこかに行ったわけじゃない。
「違うって! ホントに私が魔術を使えたんだ!!!」
マズイ、マズイ、マズイ。
奇跡が起きたのに。
ここで、また暗子が怪我したらなんにもならない。
そんなの嫌だ。
暗子に覆い被さり、秋奈から暗子を守る。
「ねぇ……お願い……。 見逃してよ……」
「嫌」
鎌を振りかぶる秋奈。
こんな、こんなのって……!!
次の瞬間、地下駐車場に銃声が響き渡った。
「?!」
秋奈は手を止め、入り口の方を振り返る。
「動くな」
そこにはボロボロの男が二人立っていた。




