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Sabbat・Servant(サバト・サーヴァント)  作者: ゆにろく
6月10日 日曜日
51/61

42話 ひとつの『想い』

◆黒木暗子◆


「……どこに隠れてる?」


「……距離が近すぎて具体的な場所まではわからないわ。 少なくとも前方にいる」


「チッ」


契約者とその悪魔が駐車場に入ってきたようだ。

契約者は私と同じくらいの背丈の女の子だった。

でも髪は明るくて、学校でも私が苦手とするタイプそっくりだった。


「暗子、本気?」


「ど、どうしようもないもの。 とりあえずやってみるわ」


私には魔術がある。

これを使ってなんとか追い返す。


「燃えよ、地を焦がせ。 燃えよ、風を焼け。 『炎塊ファイヤーボール』」


掌にはふわりと炎でできた球が浮かんだ。

計6発。

柱の影から、飛び出す。


「……?。 シェロ、何あれ」


「あれ、……魔術ね」


行けっ。

そう念じると、炎の球は契約者の近くにある柱へ飛んで行った。

柱に当たると弾け、当たった場所は黒く煤け、煙が立っていた。

そう、カノと契約している今、魔力は充分。

これがもし人間に当たれば火傷、いや大火傷を負うだろう。

当たりどころが悪ければ最悪……死んでしまうかもしれない。


「次は、あ、当てるわよ……」


「……ご自由に」


契約者はズンズン歩き、距離を詰めようとする。

もう一発。

次は契約者の三歩先の地面に当てた。


「ほ、ほんとに……ホントに! 当てるわよ……!」


「……どうぞ」


ヤバい、ヤバい、ヤバい。

私が焦っていると、契約者は鎌を投げてきた。

大急ぎで地面に転がり、柱の後ろに隠れた。


「……暗子。 ダメだよ」


「え?」


「アイツ、人を殺すのに全く躊躇いがない。 それに、下手な脅しは聞かないみたい」


「いや、でも、当たったら死ぬかもしれないのよ……?」


「分かってるんだ、こっちが当ててこないのを。 それに、『武装イスティント』を使えば多分防げる」


「そ、そんな」


「……待ってて」


カノは柱から出ていった。


「取引しない?」


契約者の足が止まる。


「取引?」


「そう、私達はあなたに手を貸す。 だから、暗子の命は取らないでほしい」


「……」


「見ての通り、私の契約者は闘えない。 でも、私のレーダーは多分そこの悪魔より優秀だと思う」


「……シェロ、あんたは何km?」


「2kmね」


「私は10km。 それだけの範囲を見れる。 悪い条件じゃないと思うけど……?」


カノ……。


「……秋奈どうする?」


「ダメだね」


契約者はまた鎌を構え直した。


「なっ! なんでさ!?」


「なんでって、芝居かもしれないし」


「いや! どうみても芝居には見えないでしょ?! 暗子は闘えないんだって!」


「知らないよそんなの。 それに、その契約者にも何か願いがあるんでしょ? すぐ諦めるとは思えない」


「暗子は私が巻き込んだだけで! 暗子には──」


「そ。 なら私の気持ちもわからないだろうね。 私は勝つために必死なの」


秋奈と呼ばれた契約者はまた歩みを進めようとしている。



「それに第一、闘えないそいつが悪い」



……。

そうだ。

私には何か必死になるものもなければ、叶えたい願いも……ない。

武装イスティント』は出ないし、戦う勇気だってない。

俯いた。

そして、今が気がついた。


血痕。


服に、べっとりと血がついてた。

走っていたときは気にする余裕もなかった。

私のじゃない。

こんな血が出ていれば痛むはずだ。

じゃあ、どこで?


「……ていうか、あんた電車で私の攻撃避けたよね? ホントに闘えないの? やっぱ芝居でしょ」


「あれは、私のレーダーで気づいて……。 あっ……」


攻撃……?


──気付かないフリ。


電車が急停止して……。


──わからないフリ。


それでカノが私に目隠しをして。


──目を背けてきただけ。


歩く度ピチャピチャと音がした。


──カノが隠してくれただけ。


この血痕は。


電車の中で何が起きていたのか。

頭に思い浮かんでしまった真っ赤な情景。


「あ、あぁ……ああああああああ!」


「……ッ暗子! 落ち着いて!!」


「……嫌、そんな……!!!」


「暗子!! 大丈夫!! 私がついてるから!!!」


カノは私のことを覆い被さるようにして抱き締めた。


これは殺し合いなのだ。

私以外の契約者には何かの願いがあって。


「暗子……! 避けてッ!!」


カノは私を蹴り飛ばした。

蹴り飛ばされなければ、柱と共に真っ二つになっていた。


「……秋奈、提案を受けても良いんじゃない?」


「は? レーダーがあってどうすんの? 2kmで充分でしょ」


「……」


「それに見逃すって危ないじゃん。 契約を破棄する儀式って時間掛かるんでしょ?」


「……そうね」


「隙をついて何するかわかんないし。 あんたでしょ? 隙を見せたらダメって教えてくれたの」


秋奈とその悪魔──シェロ──は私には目も暮れず話していた。


私以外の契約者には『想い』がある。

それは私にはない。


だからと言って人を殺していいわけじゃない。

そこまでして叶えたい願いがあるのか?


……でも、私には強い『想い』がないからそんなことを言えるのかもしれない。


いやいや、人殺しは絶対しちゃいけない。


でも。

私は結局、秋奈や他の契約者と同じ場に立っていないから、中途半端な人間だから、それを止める力がない。

私のせいじゃないか。

全部。


「まあ、契約者も悪いけどさ」


秋奈はまた口を開いた。


「あの悪魔も大概だよね」


……。


「あんな闘えもしない人間選んでさ」


それは違う。


「挙げ句の果てに命乞いまでしてるし」


恐怖や後悔、色々な感情が逆巻いていたが、秋奈の言葉には強烈な違和感を覚えた。


「……がう」


「暗子……?」


「……何?」


秋奈はこちらを睨み付けた。


「違う」


「……は?」


「私は……、私は闘えない何もできないし、ダメダメだし……」


……でも、カノは違う。

カノは。


カノは私を選んでくれた。


私を引っ張って外へ連れ出してくれた。


私のために怒ってくれた。


私のために見たくないものを隠してくれた。


私の手を取って勇気をくれた。


今だって私を守るために交渉までしてくれた。


いつだって彼女に助けられて。


それで、こんな私を。


こんなダメダメな私を


──友達だって言ってくれた。


私が何を言われようが耐えることはできる。

ただ。


「カノを侮辱するのは……許さないッ!」


秋奈を精一杯睨み付ける。

私はそこまでにあった恐怖や様々な感情を取っ払えるほどに怒っていた。

ここで黙っていたら、私は何か大切なものを失う気がする。


「……許さないって、あんたに何ができんのさ?」


「行けッ!」


火の玉を投げる。

秋奈は鎌を回転させ、自分の前に残像でできた盾を作った。

その盾に火の玉は弾かれ消えた。


立ち上がる。


「やめて! 暗子。 気持ちだけで充分だよ!」


「……カノ。 学校で会ったこと覚えてる? あなたは私のために怒ってくれたわよね? 今、 やっと分かったのよ」


あの時、カノが怒ってくれて嬉しかった。

けれど、嬉しかったのは私の事を友達だと思ってくれたから。

正直、彼女が私のために怒ったのはいまいちピンとこなかった。

私には今まで友達がいなかったから。

でも、今は違う。


「友達がバカにされたらムカつくって。 純粋にそう思ったの」


友達カノがいるから。

あの時怒ったカノの気持ちがわかる。


「暗子……」


「今ので終わり? 」


盾と煙は消え、契約者はなおそこに立っていた。

表情には苛立ちが伺える。


「『武装イスティント』を出せない。 強い『想い』もない。 それで私に勝てると思ってんの?」


「確かに、私には強い『想い』はないかもしれない。 いや、無かったが正しいわね」


難しく考えすぎていたのだ。


『想い』。

秋奈は自分の『想い』のために人を殺した。

私には人は殺せない。

じゃあ、カノへの『想い』は偽物か?

カノとの思い出も、友達という関係も偽物か?


違う。


何ができるから、何をしたからじゃない。

そんなことで人の『想い』に大小を付けられてたまるものか。


ただ自分に正直になれば良い。


「私の『想い』はただひとつ」


──カノとまだ一緒にいたい。


「……秋奈。 『武装イスティント』出るわよ」


「別にいいよ。 こいつに負けるくらいならどうせ、この後勝ち残れないだろうし」


舐められてるわね。

まあ、今まで逃げてばっかだったし。

……思えば人生ずっとそんな感じだったかもしれない。


これは人生で最初の大勝負だ。


カノと半日遊ぶって約束したときに危ないことになるのは了承したはずだ。

もう逃げない。


「……わかったよ、暗子。 とことん付き合うって約束したもんね。 ……ほんと、頑固だなぁ」


カノを見るとボロボロになっていたし、私の服もボロボロだった。

それがなんだか可笑しくて、少しだけにやけてしまった。

カノも少し笑っていた。


「──開け」


カノの声に呼応して、手元が光に包まれる。

今なら発現する。

秋奈や他の契約者に対抗できる強い『武装イスティント』が。


「……『蜘蛛アラクニド』」


真紅に染まる、真っ赤な真っ赤な糸。

それが私の『武装イスティント』だ。


「……てか、怒ってるのは暗子だけじゃないよ。 私だってこいつに友達を滅茶苦茶言われてムカついてる」


「覚悟しなさい」


「「ぶっ飛ばすから」」

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