35話 動機
◆二階堂薫◆
石動通を殺す。
そのために俺は悪魔と契約した。
『武装』があれば殺すのは容易なのだが、探しだすというのが面倒だ。
しかし、今探す手間が省けた。
そして、石動が契約者だったことで、コイツを殺すことが彩香を生き返らせるための一歩になる。
願ったり叶ったりだ。
「おいおい。 通ゥ! あの二人逃げてくぜぇ」
「どうせ、殺すときは一人ずつだろ? まあ後で探せば良い」
随分余裕だな……。
「……殺す」
「あ?」
「サーニャ!!!! 早く出せ!!!!」
もう我慢できない。
小早川がいれば確実に横槍を入れてくるのであいつはこの場から逃がした。
これで心置きなくぶっ殺せる。
「待って薫! ここで奴を殺せばあなたの『武装』は必ず弱体化す──」
「うるせぇよ。 サーニャ、てめぇと契約したのは今のためだ。 とっとと出せっ!」
「通ゥ。 怒ってるみたいだが、お前何したんだァ?」
「知らねぇ。 会ったことあるかもわからねぇ。 誰だお前?」
石動はそんなことを言っていた。
彩香が殺されたとき、その近くに俺はいなかった。
俺の顔は見たことなくて当然だろう。
「……斎藤彩香」
「誰だ、そいつ?」
そりゃそうだよな。
通り魔なんだ。
名前なんか覚えちゃいねえし、知りもないだろうさ。
こいつにとっては彩香は殺した人間の一人。
ただそれだけで、その人間のことなんか考えちゃいない。
こいつは彩香の人生を踏みにじった。
これだけは確かめたかった。
こいつが糞野郎ってことを。
小早川と相対した時、小早川が嫌なやつである事を願った。
実際その通りで、俺は怒り、その感情のままただ剣を振るった。
そうしなきゃやってられなかった。
人を殺すってことが重いのは見に染みてわかってる。
だから、今回も考えなくて良い。
ただ殺せ。
本能に身を任せろ。
怒りのままに
──殺せ。
「あ、もしかして復讐か」
「ああそうだッ! お前を殺すために悪魔と契約したッ!!!」
石動は口を開け、唖然としていた。
そうだろう、自分より弱い女ばかりを狙っていた石動にとって、自分が狙われるとは思わ──
「ククク……。 ハッハッハッハッハッハッ!!!!!!」
「……何がおかしい?」
「復讐か!! そうか!!! ハッハッハ!」
「殺すだけのお前にはわからねぇだろうな……ッ!!」
「すまねぇな、いきなり笑っちまって! いやいや、俺にはわかる」
「わかる……だと……? てめぇ、どの口が──」
「いや、ホントにわかんだよ! 俺もな、妻が死んでんだ」
「なっ……」
何を言ってるんだ?
「娘もいるんだぜ。 ついこの間な、俺の妻は交通事故で死んだんだ。 トラックになぁ轢かれたんだわ」
「……下らねぇ身の上話はやめろ」
こいつの妻が死んでようが、彩香死んだことには変わりないし、なんの関係があるっていう。
「まあ待てよ! 俺もなぁお前と同じように恨んだんだぜ、トラックの運転手。 でもなぁ死んじまったんだよ。 勝手に! 自分の首つってなぁ」
「可哀想だなァ、通」
「俺は困ったんだ。 この怒りを何にぶつけりゃいいんだって。 誰も俺の気持ちをわかっちゃくれねぇんだ。 でさ、考えたんだよ……」
「お前……」
「あぁ。 俺とおんなじ目に会わせてやろうってなぁ!! 街中で幸せそうにしやがってよぉ! 俺の妻は死んでんのによぉ?! 俺だけこんな目に遭うのは理不尽だよなァ!?」
顔が歪み、汚ならしい笑みを浮かべていた。
「でよ! 特に幸せそうにしてたやつ!! 婚約指輪貰ったんだろうなぁ。 薬指擦ってニヤニヤして歩いてる女が居たんだ!!! ぶっ殺したぜ!!! すぐ!!! こいつの男は悲しむだろうなぁ、俺とおんなじ気持ちになるんだろうなぁって!!! あぁ、理不尽な世にしてやったぜ!って感じだ!!」
彩香が死んだのは婚約指輪を渡した次の日……。
そうか。
「……そんなことのために彩香を殺したのか……よ」
「あぁ!!! だから嬉しい!!!! お前が俺に復讐したいほど恨んでるのがッ!!!! わざわざ悪魔に魂も売ったんだろ!!! 傑作だ!!!!!」
「クソ野郎がァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!」
「──開け」
「ああ、来いよ同士!!!! わかってもらえて嬉しいぜ!!!! 俺の気持ち!!!!」
「──開けェ!」
嫉妬ってのはそういう意味でした。
(13話 参照)




