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冒険者たちの英雄譚  作者: 桜の灯籠
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第四階層 光を失いし都

 『第四階層 光を失いし都』



 「兄さんッ! 大変ですッ!」

 セーブポイントにて、カタリナを探しに外出していたシャーロットが、慌てた様子で店に戻って来た。一方、ジェームズは、サボっていた妹に対してご立腹の様子である。

 「おい、シャーロット、てめぇ、食器洗いを放ったらかしにして、何処に行ってやがったんだ?」

 「そんな事よりも外です! 外を見てください!」

 そう言ってシャーロットは、兄の腕を引っ張って、店の外に連れ出そうとした。

 「お、おい、なんだよ? ったく」

 一体何事だ? 大したことじゃなかったら許さねぇぞ。と思いつつ、ジェームズは、外に出てみるが……夜の帳が下りたメイズシティの上空を見上げた時、信じられないと言わんばかりに目を丸くし、メガネを持ち上げる。

 「こいつはぁ……確かに大変だな」

 ギルドタワーの真上には、町を飲み込むほどの、巨大な闇の渦が浮かんでいたのだ。ジェームズは、あれがポータルであることを理解した。

 「なんなんですか、アレ? もしかして、ポータルじゃないですよね?」

 「もしかしてもクソもねぇ。あれは、ポータルだよ。しかも特大のな。これじゃあ、百年前と一緒じゃねぇか」

 「あ、それ歴史の授業で習った奴ですよね。ダンジョンからやって来た魔物たちが、町をメチャクチャにしたっていう……ええ!? だったら、大変じゃないですかぁ!」

 かつて、メイズシティを襲った災厄が再び訪れようとしている。そんな状況が迫っていることを知ったシャーロットは、どうしたらいいのか分からず、右往左往し始めるが……

 「おい、落ち着け! あの時と違ってよ、今の俺達には、冒険者たちがいるんだ。あんなもん、あいつらが何とかしてくれる」

 「そ、そうですよね。あの人たち、めちゃくちゃ頼りになりまくりですもんね」

 シャーロットは、なんとか落ち着きを取り戻した。

 そういや、ローガンさん、あんた、これから姫様を連れ戻しに、ダンジョンに向かうって言ってたよな? 無理すんなって言ってもあんたはするんだろうけどよ……無事に帰って来いよな。ジェームズは、心の中で友の無事を祈った。


 かつて、光の都と呼ばれたドーンバルドは、周囲三キロ、高さ二メートル程の城壁に囲まれた城塞都市である。それは、見る者を圧倒するほどの巨壁であり、侵略を躊躇わせるには、十分な程であった。

 しかし、そんな難攻不落の巨壁を、僅かな人数で乗り越えようとする者たちがいた。

 巨壁に鉤爪のようなものが引っ掛かったかと思うと、間もなくして何者かがよじ登って来たのだ。この者は、特殊な繊維で作られたスーツを纏い、目元をバイザーで隠すなど、明らかにこの世界の者でない出で立ちをしている。彼は、辺りの様子を見回り、敵の姿が見当たらないことを確認した後、下で待機している味方に向けて合図を送った。

 すると、巨壁に次々と鉤爪が引っ掛かり、合わせて六人の仲間たちが登って来たのだ。メルセデス率いるアーチボルト社の傭兵たちである。そして、その中には、アルベルトの姿もあった。ついでに、フードの中には、ブリちゃんが収まっている。

 「こうも易々と侵入を許すなんて、随分と不用心だね」

 アルベルトはそんな軽口を叩く。

 「さてと……」

 第四階層とは、どんな所なのか? アルベルトは、辺りの様子を見回ってみる。

 そこは、この冒険の終点、ドーンバルドの都市であったが、ギルドからの報告通り、町全体が黒マナで覆われているような状況であった。また、町の様子も酷い有様であり、原型を留めている建物が一つもない程に荒されていたのだ。唯一、あの城を除いては……

 「あれは……?」

 アルベルトが城の方に目を向けた時、そこには、異様な光景が映っていた。城は、黒き霧に取り憑かれていたが、そこから一閃の赤い光が天に向かって伸びている。その先に目を向けてみると……空を覆い尽すどんよりとした暗雲には、更に深い闇が渦巻いていたのだ。

 「異界のエネルギーを検知……恐らく、あれはポータルでしょうね」

 計測器を片手に、メルセデスは、そう考察する。

 「あれがポータルだって? 随分と大きいけど、何処に繋がっているんだい?」

 「さあ? そこまでは。でも、異世界に移動するだけなら、あそこまで大きなものは、必要ないはずなんだけどね」

 「確かに。よっぽどの大規模な人数を移転させる気でもなければ……」

 そこまで言った時、アルベルトの頭の中にある懸念が浮かぶ。

 霧の軍勢が、大軍を率いて、何処かの異世界に攻め込もうとしているのだとしたら? しかも、その先がメイズシティでないとは言い切れない。

 「あの先がメイズシティだったら、どうする?」

 「だとしたら、放っておけないわね。それに、見て」

 メルセデスが赤い光の根元の方を指差す。光は、ドーンバルド城の屋上から放たれているようだが、そこに何者かが立っていたのである。

 「あいつは……」

 「ねえ、あの子ってもしかして……」

 メルセデスは、アルベルトに気を遣ったのか、それ以上言わなかった。

 黄金色の髪を持つ騎士……アルベルトは、その姿に見覚えがあったが、彼がよく知っている人物とは、どことなく雰囲気が違ったのだ。赤いコートに黒い鎧という格好もそうだが、何よりも禍々しかったのである。

 「姫さん……あんたなのか?」

 アルベルトは、信じられないと言わんばかりに首を横に振る。騎士は、赤き刃を持つ魔剣の力を持ってして、あのポータルを開こうとしているようだが……もし、あれが本当に姫さんであれば、あいつ、なんであんなことを?

 まさか、霧の軍勢の手に堕ちたとでもいうのか?

 しかし、アルベルトは、すぐさまその考えを否定する。あの正義感の強い姫さんに限ってそんなことはないだろ。いずれにせよ、直接会ってみれば分かることさ。アルベルトは、自分にそう言い聞かせる。

 「それで、どうする?」

 メルセデスがそう尋ねるが、答えは決まっているようなものだ。

 「姫さんに会いに行こう」

 それで、あの城に近付くには……アルベルトは、ざっと周囲を見渡して、道を確認する。

 「この回廊を伝って行けば、あの城に辿り着けるはずだ。急ごう!」

 「分かったわ。さあ、皆、出発するわよ」

 アルベルトは、アーチボルト社の傭兵たちと一緒に、城へと向かって走り出す。

 しかし、敵も侵入者に気が付いていないわけではなかったようだ。アルベルトたちの行く手を塞ぐように黒き霧が漂い始め、そこから黒き騎士が姿を現わす! 以前、彼らは、この無敵の騎士に対して、なす術がなかったわけだが……

 「私がやるわ」

 メルセデスが飛び出す! 彼女は、矢をつがえながら素早く弓を構え、相手が動き出す前に放つ。矢は、騎士の心臓を目掛けて一直線に飛んで行くが……黒き鎧の前では、如何なる攻撃も通じなかった。ところが、メルセデスが放った矢は、鎧に弾かれることなく、なんと、背中まで貫いてしまったのだ。騎士は、絶命したのか、ピタリとも動かなかったが、やがて砂のように崩れ去ってしまった。

 「貫通した? あんた、どんな手を使ったんだい?」

 アルベルトが尋ねると、メルセデスは、こう答える。

 「矢尻に結晶化した黒マナを埋め込んだのよ。アイツらには、マナを利用した武器や魔法が一切効かないってことは、身をもって知ったけど、その後のリサーチで黒マナなら通じることが分かったのよ。毒を以て毒を制す、ってわけね」

 そう言って彼女は、得意気に矢を見せてくれた。一方、アーチボルト社の傭兵たちも対策済みらしく、彼らは、黒マナの結晶を先端に取り付けたボルトを装填した、クロスボウや近接戦闘用のマチェットを装備していたのだ。

 「対策は万全ってわけだ。さすがだね」

 アルベルトは感心するが……この時、前方から黒き騎士が二人現れたのだ。

 「じゃあ、今度は、僕の新しい力も見せてあげないとね」

 そう言って今度は、アルベルトが前に出る。彼は、杖を構えることなく、なんと、左腕に魔力を溜め始めたのだ。しかも、これまでとは違って、黒マナを取り込み始めているのだ。しかし、黒マナは容易く扱えるものではない。魔力が暴走し始め、今にも腕が弾け飛びそうなくらい震え出すが、アルベルトは、それを右腕でグッと押さえ込む。そして……

 「吹き飛ばせ! ダーク・エクスプロージョン!」

 アルベルトが左腕を前に突き出し、魔力を解き放つと、それは、炎の塊となって、矢の如く勢いで敵に向かって飛んで行く。そして、着弾した瞬間、まるで火山が噴火した時のような凄まじい爆発が巻き起こり、辺り一帯を端微塵に破壊してしまったのだ。煙が晴れた時、そこには、黒き騎士の姿はなかった。

 「はっはっは、どうだい? 偉大な魔導士である僕に掛かれば、あんな奴らなんて大したことないのさ」

 この前は、手も足も出せず、悔しい思いをした反動か、すっかり調子に乗るアルベルトであったが……

 「ちょっと危ないじゃない! 私たちも巻き込まれたらどうするのよ? さっきの魔法は、禁止よ! いいわね?」

 「……すんません」

 メルセデスに怒られ、しゅんとなってしまった。

 とは言え、黒マナを使った魔法は、そう何度も使うことは出来なさそうであった。というのも、黒マナを取り込んだせいか、破裂しそうな程の強い痛みを左腕に感じていたのだ。連続して使用するには、もう少し威力を抑える必要があるだろう。

 ましてや、奥の手なんて使おうものなら、僕の体はどうなることやら……

 「ローガンさん、また来たわよ!」

 我に返ったアルベルトは、前方に集中する。すると、今度は、黒き騎士たちが次々と姿を現わし、大挙して押し寄せてきたのだ。どうやら、これまでは、単なる様子見だったらしく、本当の戦いは、これからのようだ。しかし、この程度で臆する冒険者たちではなかった。

 「よし、正面突破するぞ! 援護を頼んだよ!」

 アルベルトは、大軍相手に怯むことなく、我先にと敵陣に突っ込む。

 「もう、身勝手なクライアントね。まあいいわ。援護は、私たちに任せなさい」

 メルセデス達は、アルベルトの後に続く。

 黒き騎士たちは、数で押し潰そうとアルベルトに襲い掛かるが、後方から飛んで来たクロスボウのボルトが次々と命中し、倒れていったのだ。その隙にアルベルトは、杖に黒マナを溜めて黒き刃を形成する。その見た目は、まるで魔力で出来た槍のようだ。黒き騎士は、向かって来た敵を叩き潰そうと剣を振り下ろすが、アルベルトは、スルスルと躱しつつ、合間を縫うように駆ける。そして、すれ違いざまに槍を振り回し、一体、また一体と次々と撃破しつつ、突破していったのだ。

 進撃を続けるアルベルトを逃がすまいと、背後から黒騎士が襲い掛かるが、後方からの援護射撃により、呆気なく倒されてしまった。冒険者たちは、見事な連携で黒き騎士の軍団を突破していったのだ。ところが……

 「面倒そうなのが来たよ!」

 前方からやって来たのは、大盾と槍で武装した重装兵の軍団である。しかも彼らは、全身を覆い尽す程の大盾を構え、隙間なく隊列を組んで徐々に迫って来るのだ。強引に突破を試みようものなら、鋭い一突きで串刺しにされるのがオチだ。

 「一斉射撃を仕掛けるわよ!」

 メルセデスの指示と共に、アーチボルト社の傭兵たちが、クロスボウによる一斉射撃を開始する! 鎧を貫くボルトの雨が重装兵たちに降り注ぐが、大盾の前に全て弾かれてしまったのだ。

 「うそ? 効いてない?」

 「ならば魔法で!」

 アルベルトは、左腕に黒マナを収束し、人差し指から貫通力を高めた一撃を放つが……まるで通じない! あの大盾は、一体なんなんだ? よく見てみると、盾の表面に魔法陣が描かれていたが、あれは、あの魔導要塞の強固な鉄門に施されたものと同じものだったのだ。

 ここは、一旦、下がるべきか? そう考えたアルベルトは、後ろを振り返ってみるが、なんと、背後からも重装兵たちが迫っていたのだ。挟み撃ちである。逃げ場は何処にも無い!

 「くそっ、こうなったら、辺り一帯を吹き飛ばして……」

 「ちょっと早まらないで」

 メルセデスは、自棄になりかけたアルベルトを制止すると、こう続ける。

 「こんな時の為に、『切り札』を用意していたのよ」

 そう言って彼女は、拳銃のようなものを取り出し、その銃口を天に向け、引き金を引く。すると、そこから花火のようなものが打ちあがり、上空に小さなポータルを作り出したのだ。間もなくして、そこから大きな塊が落ちてくるが、それは、アルベルトたちと騎士たちの間に着地すると、地面を大きく揺らしたのだ。

 アーチボルトさんは、一体何を呼び寄せたんだい? アルベルトは、目の前に落ちてきた塊に目を向ける。それは、鋼鉄で出来たもののようであったが、本体に埋め込まれた宝玉が光り出すと、地鳴りのような音を立てながら動き始めたのである。そして、それがゆっくりと立ち上がり、三メートルを超える高さに達した時、アルベルトは、この謎の物体の正体を知る。

 魔導のエネルギーと蒸気機関で動く、二足歩行の機兵『ゴーレム』だ。

 「へえ、これは、随分と頼もしい援軍じゃないか」

 「言ったでしょ? 最大限の支援を約束するって」

 メルセデスは、得意気にウインクする。

 「さあ、ゴーレムよ。アイツらを蹴散らして頂戴!」

 命令を受けたゴーレムは、巨体で威圧するように、騎士たちの前に立ち塞がる。そして、頭部に取り付けられたモノアイが敵を捉えると、警告を意味する赤い光を放ったのだ。

 しかし、心を持たぬ黒き騎士たちには、恐れという感情がないらしく、目の前の巨人に動じることなく進撃し続けてきたのだ。

 そんな敵を排除するため、ゴーレムが動き出す!

 ゴーレムは、鋼鉄の剛腕を振り回す。騎士は、大盾を構えて防ごうとするが、そんなもので何十トンにも及ぶ衝撃を受け止められるはずもなく、まとめて宙にブッ飛ばされたのだ。中には、城壁の下へと叩き落とされた騎士までいた。

 かろうじてその場にとどまった騎士たちは、槍を構えて突撃してきたが、ゴーレムは、そんな彼らに右腕を向ける。そこには、三本のクロスボウのボルトが装填されていたが、近づいて来た騎士たちに向けて発射する。ボルトは、一瞬で騎士たちの装甲を貫き、しかも勢い余って背後の壁に貼り付けてしまったのだ。

 ゴーレムは、圧倒的な戦闘力で黒き騎士たちを蹴散らしていき、道を切り開いていく。アルベルトたちは、順調に前に進むことが出来、間もなくして、城に至る道の途中に建てられた物見の塔に辿り着こうとしていたのだ。ところが……

 ズゥーンッ! ズゥーンッ!

 城壁全体を揺るがすような地鳴りがしたのだ。一体、何事だ? と、その場に居る皆が構えるが、間もなくして、物見の塔からゴーレムを超える巨大を持つ魔物が姿を現わしたのだ。

 一つ目の巨人『サイクロプス』だ。

 ギョロリと大きく見開いた目は充血しており、口からは絶え間なく涎を垂らすなど、狂気が感じられる。しかもこのサイクロプスは、魔装召喚によって大幅に強化されている上、大口径の大砲を担いでいたのだ。

 「へえ、随分と大きいのが来たね。でも、おたくのゴーレムなら何とか出来るんだろ?」

 それに対するメルセデスの答えは……

 「……無理じゃないかしら?」

 「へ?」

 それってどういう意味だよ? とアルベルトが問う前に、サイクロプスが大砲をぶっ放してきたのだ。飛び出した鋼鉄の塊は、放物線を描きながら落下してくる! 砲弾の重量と打ち上げられた際の高さを考えれば、城塞さえも粉々に砕く程の威力に達するはずだ。

 「みんな! にげろおぉーっ!!」

 アルベルトが叫ぶと、その場にいる者たちは、一斉に散り散りになる。しかし、図体が大きく、咄嗟に動けないゴーレムだけがその場に残ってしまったのだ。ゴーレムは、両手を前に出し、落ちてくる砲弾を受け止めようとするが……砲弾は、まるで落下する隕石のような勢いであり、さすがのゴーレムですら受け止めることが出来ず、意図も容易くスクラップにされてしまったのだ。砲弾に押し潰されてしまったゴーレムは、それでも動き出そうとするが、全身がショートしているなど、半壊状態になってしまったようだ。

 「うそ……修理費の見積もりをしないと……」

 メルセデスは、予算のことで顔を真っ青にしていたが、今は、それどころではなかった。サイクロプスの大砲は、背負っているサーバーから直接、砲弾を装填出来る仕組みらしく、既に二発目を発射する準備が整っていたのだ。

 「もう一発来るぞおぉーっ!!」

 二発目の砲弾が発射される。天高く打ち上げられた砲弾は、再びアルベルトたち目掛けて襲い掛かって来るが……この時、アルベルトのフードの中に収まっていたブリちゃんが飛び出したのだ。ブリちゃんは、本来の姿へと変身すると、素早く魔装召喚で鎧を纏い、手に持った鉄槌を構えたのだ。そして、落下してくる砲弾に合わせて鉄槌を振るう。

 タイミングは、バッチリだった。槌の先端が砲弾の芯を捉えると、ブリちゃんは、力いっぱい振り抜き、快音と共に城壁の外へと弾き返したのだ。

 「やるじゃないかい、ナイスプレーだね」

 アルベルトに褒められて、ブリちゃんは、得意気に鼻を鳴らす。一方、一部始終を見ていたメルセデスたちは、目を丸くして見ていた。

 「あれって、ミノタウロス……よね? なんでここに? そもそも、犬じゃなかったの?」

 どこからどう突っ込んでいいのか分からない。そんな様子であった。

 砲弾を撃ち返されたことに腹を立てたサイクロプスは、大砲を地面に叩きつけると、地面を揺らしながらこっちに向かって来る。対するブリちゃんは、鉄槌を振り被りながらサイクロプスに向かって走り出す。

 しかし、ブリちゃんが鉄槌を振るう前に、サイクロプスが張り手を繰り出し、吹き飛ばしてしまったのだ。一見、愚鈍そうに見えるが、動きはなかなか素早いようだ。ブリちゃんは、体勢を整え、もう一度立ち向かおうとするが……

 この時、半壊状態であったゴーレムがゆっくりと身を起こし、立ち上がったのだ。赤く光る目には、魔力の光が集中していたが……

 「我が社の製品を甘く見ないでよ。魔導レーザー、発射!」

 次の瞬間、そこから一閃の光が放たれたかと思うと、それは一瞬にしてサイクロプスの胴体に着弾したのだ。ゴーレムからの攻撃を受けたサイクロプスは、ぐらりと体勢を崩す。

 今がチャンスだ!

 ブリちゃんは、鉄槌を振り被りながら大きく跳躍する。そして、目下にサイクロプスを捉えた時、鉄槌を一気に振り下ろす! そして、サイクロプスの頭部に鉄槌が炸裂した瞬間、槌から蒸気が溢れ出し、内蔵されたピストンが連動して、更なる衝撃を叩き込んだのだ!

 巨岩をも叩き割る強烈な一撃! しかし、強靭なサイクロプスには通じなかったのか、頭をボリボリと掻いているだけ……と思いきや、脳天を殴られたことを思い出したかのように、背中から地面に倒れ込み、辺りを大きく揺らしたのであった。サイクロプスは、ピクピクと僅かに痙攣していたが、しばらく起き上がることはないだろう。

 「やった! よくやったぞ、牛!」

 そう言ってアルベルトは、ブリちゃんの元に駆けつけ、一人と一匹ではしゃいでいた。

 一方、ゴーレムは、魔導レーザーを発射した際の負荷に耐え切れなかったらしく、頭部が小さな爆発を起こす。それからピクリとも動かない。どうやら完全に壊れてしまったようだ。

 「これで完全に赤字ね……」

 メルセデスは、動かなくなったゴーレムを見て呆然としていた。そんな彼女に向かって、アルベルトは、こう声を掛ける。

 「グリモワールさえ手に入れば、それくらいの赤字なんてすぐに吹き飛ぶさ。だろ?」

 「そ、そうよね」

 「よし、じゃあ行こう」

 アルベルトたちは、物見の塔を抜けて、その先へと進む。

 黒き騎士たちの襲撃を凌ぎ、強敵であるサイクロプスも倒した。目的地である城もあと少しの所まで来ていた。ところが、これまでの激しい戦いが嘘であったかのように、敵が一人も出て来なくなったのだ。それがかえって不気味であることは、言うまでもないが……

 「え?」

 アルベルトは、立ち止まる。前方に人影が見えるが、ただ一人だけである。しかも、この者は、アルベルトが探し求めていた者……

 カタリナ・ナイトレイである。

 しかし、彼女は、変わってしまったことを知る。あの青く美しかった瞳は、今では、禍々しい程までに真っ赤に染まっていたのだ。

 「姫さん……」

 豹変したカタリナの姿を見て、アルベルトは、立ち尽くしていたが……

 「あんた、何でそんな恰好しているんだい? 全然似合ってないよ」

 アルベルトは、いつもの調子でそう話し掛け、近付こうとするが……カタリナは、ぬるりと剣を引き抜くと、その切っ先をアルベルトに向けたのだ。アルベルトは、思わず歩みを止めてしまう。

 「姫さん、あんた……一体、どうしたんだよ!?」

 アルベルトが叫ぶが、カタリナは何も答えない。この時、アルベルトの脳裏にあの予言が思い浮かぶ。

 黒き太陽の印を持つ者は、闇に飲まれる運命にある

 まさか、あの不吉な予言が現実のものに? いや、そんなはずはない。あいつに限ってそんなことは……

 「ちょっと、ローガンさん、ボーっとしてないで前を見て!」

 「え?」

 我に返ったアルベルトは、言われた通りに前に目を向ける。

 カタリナは、無言のまま、剣をゆっくりと振り上げたのだ!

 その刀身には、禍々しい黒き霧が宿っていたが、突然、黒き霧が業火の如く噴き出し、辺りの景色を一瞬にして暗黒に染め上げてしまったのだ。あの刀身から放たれる禍々しい力は、離れた位置に立っているはずのアルベルトにも伝わる程であった。

 カタリナは、何を仕掛けてくるつもりだ? アルベルトは、注意深く見守っていたが、彼女が剣を振り下ろそうとしていることに気付き、こう叫ぶ。

 「マズい!? 今すぐ散れ、散るんだぁッ!」

 カタリナが剣を振り下ろした次の瞬間、その刀身から嵐の如く凄まじい斬撃が放たれ、城壁の道を走る! その斬撃は、慌ててその場から離れようとするアルベルトたちの傍を通過していったが、通り抜けた跡には、深くて底の見えない溝が出来上がっていたのだ。アルベルトが振り返ってみると、斬撃は物見の塔の方まで進んでいったようだが、なんと、塔を真っ二つに引き裂き、破壊してしまったのだ! たった一振りの剣でこの威力。まさに……

 人はおろか、魔物すら超越した、神の域に至る力である!

 幸い、誰も巻き込まれずに済んだようだが、アルベルトが気付くのが遅れていたら、今頃全滅していたに違いない。その場にいた皆が騎士の持つ桁外れな力に畏怖の念を覚える。

 「あ、あの子……あんなに強かったのね? ば、化け物じゃない……」

 メルセデスは、声を震わせながらそう言った。化け物呼ばわりしたことに対してアルベルトは、何か言い返そうとしたが……何も言えなかった。何故なら、彼自身も今のカタリナが恐ろしく思えたからだ。

 それでも……!

 「姫さん、あんたの身に何があったのか知らないけど、こんなのって、僕の知っている姫さんじゃないよ……」

そう呟くと、アルベルトは、豹変したカタリナを真っ直ぐ見据える。

 「僕があんたの目を覚まさせてやる。絶対にね!」

 アルベルトは、杖を握り締めた。

 しかし、そんな彼の思いを邪魔するかのように、辺りに黒き霧が漂い始め、黒き騎士たちが次々と姿を現わしたのだ。しかも、後方からは、ゴーレムを犠牲にしてようやく倒すことの出来たサイクロプスが、二体も現れたのだ。これまでがただの小手調べだったと言わんばかりの軍勢である。

 「こんなのって……私たち、ここで死ぬの?」

 メルセデスは、すっかり弱気になっていた。勇敢な彼女の部下たちもかつてない大群を前にして怖気づいているようだ。しかし、アルベルトは、決して諦めていなかった。この状況を打破するには、軍勢を指揮している者、つまり、カタリナの目を覚ますしかない。

 「アーチボルトさん、悪いけど、何とか奴らを引き付けておいてくれないかい?」

 「え? ちょっと、あなた、私たちを置いて逃げるつもりじゃあ……」

 「そんな事するわけないだろう? 今、皆が生き残るためには、あいつらから姫さんを取り戻すしかないんだ」

 アルベルトの提案を飲むべきかメルセデスは迷っているようだったが、やがて覚悟が決まったらしく、こう言ったのだ。

 「分かったわ。ここは任せて頂戴。ただし、あまり長くはもたないと思うから、出来るだけ早く済ませるのよ」

 「ありがとう、僕を信じてくれて」

 とりあえず、メルセデスは、了承してくれた。あとは……アルベルトは、ブリちゃんに向かってこう言った。

 「おい牛、僕を姫さんの所まで連れて行ってくれないかい?」

 すると、ブリちゃんは、コクリと頷き。アルベルトをヒョイと摘まみ上げると、自身の背中に乗せた。そして、敵陣に向かって突っ込んで行ったのだ。

 前方からは、ミノタウロスの突進を防ごうと黒き騎士たちが向かって来るが、背後から飛んで来たクロスボウのボルトが、邪魔する敵を蹴散らしていく。アーチボルト社の傭兵たちが援護射撃してくれているのだ。ブリちゃんは、彼らが敵を抑えてくれている隙に前進する。

 しかし、今度は、空からサイクロプスが下りて来て、行く手を阻んだのだ。どうやら、大きく跳躍して回り込んできたようだ。ブリちゃんは、一旦、その場で急停止するが、やがて何を思いついたのか、アルベルトを右肩に担ぎ出したのである。

 「お、おい? 何をするつもりだい?」

 戸惑っているうちに、ブリちゃんは、アルベルトを思いっきり放り投げたのだ。宙に放り投げられたアルベルトは、その場にとどまった相棒の方に目を向けるが、自らよりも一回り大きな巨人相手に果敢に立ち向かっていたのだ。

 「あいつ……あんたの思い、確かに受け取ったよ。後は、僕に任せて」

 アルベルトが地面に到達すると、目の前には、カタリナが立っていた。彼女は、相変わらず虚ろな目でこっちを見ているだけだ。

 「姫さん、いい加減にしなよ。こんなこと、もうやめるんだ! それとも、あんた、本当に闇に飲まれてしまったのかい?」

 アルベルトの問いに対して、カタリナは、何も言わずに、ただ剣先を向けてくる。それが答えだとでも言うのだろうか? しかし、アルベルトは、認めたくなかった。決して、諦めたりしなかった。

 あいつは、闇に屈したりしない。そう信じていたからだ。

 カタリナの目を覚ますには、恐らく、彼女の体に纏わり付くあの魔装を解く必要があるだろう。そう考えたアルベルトは、早速、杖を構えた。

 「荒治療になりそうだけど……やるしかないのか」

 そう呟くと、アルベルトは、杖の先端に魔力を溜める。

 アルベルトは、これまで何度かカタリナの力を目にしてきた。超越した身体能力から繰り出される技は、いずれも速く、力強いが、特に気を付けるべきは、瞬きする間もなく無数の斬撃を浴びせる奥義、光速烈斬だろう。流石のアルベルトでも、あの速度には追いつけない上、苛烈な斬撃の嵐を防ぐ術はない。しかし、あの技には、発動までに『溜め』が必要であることも把握していた。その隙さえ与えなければ……

 「行くぞ! 姫さん!」

 アルベルトは、先手必勝と言わんばかりに杖の先端を向け、炎の魔法を放つ。だが、一発だけなら容易く避けられてしまうだろう。そこでアルベルトは、立て続けに炎を放っていったのだ。それらは、まるで嵐の如く勢いでカタリナに襲い掛かるが……彼女は、左手の盾で全ての炎を弾き返してしまったのだ。しかし、これも想定済みである。アルベルトは、更なる攻撃を畳み掛けるために、魔法を放ちながら接近していく。そして、十分に近づいたところで、杖に最大限の魔力を集める!

 「この一撃で……!」

 杖で殴りかかったところで避けられるか受け止められるかのどちらかだろう。しかし、地面に向かって魔法を放ち、辺り一帯を炎上させれば、流石の伝説の騎士団長といえども避けられないはずだ。そう考えたアルベルトは、杖を地面に突き立てたのだ。

 「ボルカニック……」

 そこまで言い掛けた時、さっきまでそこに立っていたはずのカタリナの姿が消えたことに気が付く。

 「なっ? そんな? 何処に!?」

 アルベルトは、魔法の詠唱を中断し、慌てて辺りを見回す。光速烈斬の兆候を見逃したつもりはなかったのだ。それに、いくらカタリナの身体能力が高いとは言え、マナの力を借りずに姿を消すことなど出来ないはずだ。もし一つ可能性があるとすれば……

 彼が知るカタリナではない、ということだ!

 今のカタリナは、マナを溜めることなく、光速で移動することが出来る……すなわち、いつでも光速烈斬を放てるということだ。そのことに本能的な恐怖を覚えたアルベルトは、ゾッと背筋が凍る思いをする。そして、次に思ったことは……

 殺される!

 「っ!?」

 背中に凄まじい殺気を感じる! なんと、カタリナは、いつの間にか背後に回り込んでいたのだ。アルベルトは、慌てて振り返るが、気が付くのが遅かった。カタリナが繰り出す左腕がアルベルトの首根っこを捉え、恐ろしいまでの怪力で持ち上げたのだ。

 「は、離せよ……」

 アルベルトは、必死にもがいて拘束を振り解こうとするが、どうにもならない。

 勝負は一瞬であった。いくらアルベルトが優れた魔導士であるとは言え、真の力に目覚めた伝説の騎士相手では、まるで歯が立たなかったのである。

 まさか、これ程までに力の差があったなんて……

 首筋に掛かる圧力が強まるにつれ、息が苦しくなり、体の力が抜けていく。抵抗する力を失ったアルベルトは、カタリナに目を向けるが、彼女は、冷酷な目でアルベルトを見ているだけだ。

 「姫さん……やめてくれ……頼む……」

 アルベルトは、カタリナの目を見て懇願するようにそう言った。これは、命乞いなどではない。カタリナが何か得体の知れない恐ろしいものに変わり果てようとしている、そう感じた彼は、彼女に正気に戻るように訴えかけているのだ。しかし、そんな彼の思いとは裏腹に、カタリナの心は既に闇に染まり切ってしまったのか、右手に握った赤き刃で、今にもアルベルトを貫こうとしていたのだ。

 それでも、アルベルトは、彼女を諦めたくなかった。戻って来て欲しかったのだ。正義感が強く、何処か無邪気な、あの姫騎士に……

 薄れゆく意識の中、アルベルトは、残った力を振り絞り、そして……

 「目を覚ませッ! カタリナァーッ!!」

 この期に及んで、アルベルトは、これまで一度も呼んだことのなかったカタリナの名を叫んだのだ。何か考えがあったわけではない。ただ本当の彼女にもう一度会いたい。そんな気持ちで一杯だったのだ。しかし……

 赤き凶刃は、無慈悲にもアルベルトの魔装を貫く。

 アルベルトは、時間の流れが遅くなっているのを感じていた。死期が迫ると、これまでの思い出が走馬灯のように蘇ると言われているが、心残りがあるためか、そのようなことには、ならなかったのである。

 遂にカタリナの目を覚ますことが出来なかった。自分は、ここで終わるのだろうが、闇に囚われたままの彼女は、これから先もずっと霧の軍勢の一部となり、破壊を続けていくのだろうか? そう思うと悔しい気持ちで一杯だったのだ。

 僕は、キミを助けたかったのに……

 そんなことを思いながら目を閉じるが……この時、アルベルトは、いつになっても自分が死んでいないことに違和感を覚える。それどころか、痛みすら感じていない。自分でも気づかないうちに死んでしまったのだろうか? そんなことを考えながらアルベルトは、ゆっくりと目を開けるが……

 「あ……る……?」

 アルベルトは、カタリナの身に異変が起きていることを知った。彼女は、アルベルトの体を貫く一歩手前で剣をピタリと止めていたのだ。一体、彼女の身に何が? アルベルトがその虚ろな瞳を覗き込んでみると、そこに僅かな光が戻りつつあることに気が付く。

この時、アルベルトは知ったのだ。カタリナは、完全に闇に囚われたわけではない。今も内なる闇と戦い続けているのだと。

 「僕らしくないな……どうやら、諦めるのが早過ぎたみたいだね。キミは、まだ戦っていたというのに……」

 そう言ってアルベルトは、カタリナの手が緩んでいる隙に拘束を解き、再び彼女と向き合ったのだ。

 「姫さん、あんたは、そこから出たがってるみたいだね。待ってな。今、こっちからこじ開けてあげるから」

 そう言ってアルベルトは、左腕に黒マナを蓄積する。失敗すれば彼女諸共殺してしまいかねないが、あの魔装を破壊するためには、こうするしかなかったのだ。

 集中するんだ、アルベルト。お前なら出来る!

 アルベルトは、左腕の暴走を抑えながら、魔力を調整する。そして……

 「あんたの目を覚ましてやる! 行くぞッ!」

 アルベルトは、左手を突き出し、カタリナの胴体に触れる。そして、魔力が解き放たれた瞬間、空気を震わせる爆風が巻き起こり、辺り一帯の地形を吹き飛ばしたのだ。その凄まじい破壊力を持ってしても、カタリナの魔装に対しては、ひびが入った程度であったが……

 「戻って来ぉおいッ!!!」

 アルベルトは、それでも諦めずに魔力を送り続けるが、やがて、魔装が耐え切れなくなったらしく、ひびが入った場所から決壊していき、遂には、完全に破壊に至ったのだ。

 魔装から解放されたカタリナの目に完全に光が宿るが、彼女は、力を使い果たしてしまったのか、そのままフラリと後ろに倒れ込んでしまう。そんな彼女を、アルベルトは、慌てて抱き支える。

 「お、おい、姫さん、大丈夫かい?」

 アルベルトがそう呼び掛けるとカタリナは、僅かに意識を取り戻すが……

 「私は……夢を見ていた……そこは、暗くて、何も見えない闇の中……でも、そなたの声が聞こえてきた。私は、その声に導かれ、戻ってこれたのだ……」

 カタリナは、うわ言のようにそんなことを口にするが、やがて意識がハッキリしてきたのか、虚ろな目に輝きが戻っていき……と思いきや、急に眼を見開き、アルベルトを突き飛ばしたのだ。

 「そなた、私に近づくな!」

 いきなり拒絶されたことに対して、アルベルトは戸惑いつつもこう尋ねる。

 「な、なんだよ、いきなり……余計なお世話だったのかい?」

 「そ、そういうわけでは……しかし……」

 申し訳なさそうにするカタリナであったが、顔を上げると、強い口調でこう言った。

 「そなたも見たであろう? 私の本性を。人並み外れた力を持つが故に、かつての私は、化け物と呼ばれていたのだぞ? そなたは、恐ろしくはないのか? 私は、そなたを殺そうとしたのだぞ!?」

 そう言われて、アルベルトは、カタリナが発揮した力のことを振り返る。たったの一薙ぎで周囲の地形を大きく変えてしまったこと。光速で移動できること。凄まじい力で首を絞められたこと。恐ろしくないと言えば、嘘になる。

 「怖かったよ、さすがにね。それでもね……」

 アルベルトは、正直にそう言ったが……

 「僕は、キミに戻って来て欲しかったんだ」

 これも本当の気持ちであった。

 「たとえ、キミが人並み外れた力を持つ化け物だったとしても、僕は、受け入れよう。だって、それもキミなんだから」

 そう語るアルベルトの眼差しは、決して揺らがなかった。

 「アル……」

 カタリナにもその思いが伝わったらしく、熱くなった目頭から涙が溢れようとする……ところが、彼女は、目を逸らしてこんな話しを始めたのだ。

 「私を助けに来たというが、ここは、霧の軍勢の拠点とも言える場所なのだぞ? そのような危険極まりない場所に来るなど、あまりにも無謀ではないか? そもそも、これは私自身の問題であって、そなたには、関係ないことであって……」

 ウダウダと抗議し始めたカタリナに対して、アルベルトは、段々苛立ちの感情を募らせていく。彼女に対しては、言いたいことが山ほどあったからだ。そして、遂に我慢の限界に達したアルベルトは、カタリナの方にズンズンと歩いていき……

 その小さな肩を、抱き寄せた。

 「あ、アル?」

 あまりにも突然の行為に対して、カタリナは、完全に目を見開き、どうしたものかと戸惑ってしまう。

 「心配させるなよ。この馬鹿……」

 そう言ったものの、アルベルトの口調は、怒りを含んだものではなかった。むしろ、その声は、穏やかなものであった。それに対してカタリナは、神妙な表情を浮かべ、こう返す。

 「しかし、私は、そなたを……」

 何か言い掛けたところで、アルベルトは、彼女の言葉を遮るようにこう言った。

 「もう何も言うなよ。キミは、ただ悪い夢を見ていただけさ」

 その言葉を聞いた時、カタリナの目から堪えていた涙が溢れ出す。それから……

 「すまない……本当に、すまない……」

 それは、己の罪に対する後ろめたさからか、あるいは、そんな自分を許し、受け入れてくれたことに対する感謝の気持ちからか、カタリナは、何度も謝りながらも、アルベルトの体に身を預けた。

 カタリナを取り戻したアルベルトは、もう二度と離すものかと言わんばかりに、ずっと彼女を抱きしめていた。出来れば、このままずっと……

 ゴホン

 この時、二人の背後で咳払いが聞こえてくる。我に返ったアルベルトは、慌ててカタリナから離れ、頭を掻きながら誤魔化し始める。一方、カタリナは、恥ずかしさのあまりに背中を向けるが、内心嬉しかったのか、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべている。

 「あーら、ゴメンなさい。もしかして、お邪魔だったかしら?」

 メルセデスは、少し意地悪い笑みを浮かべながらそう言った。

 「い、いやぁ、別に……」

 アルベルトは、赤面しながらそう答えるが……

 「ん?」

 アルベルトは、メルセデスが目の前にいることに疑問を感じる。確か、彼女は、霧の軍勢と戦っていたはずだが……辺りを見渡してみると、驚いたことに、霧の軍勢は綺麗サッパリに消え去っていたのだ。黒き騎士たちは勿論、サイクロプスの姿もない。

 「もしかして、全部片づけたのかい?」

 「そんなわけないじゃない。勝手に消えちゃったのよ」

 「勝手に? どういうことだい……」

 二人が訝しがっていると、その疑問に対して、カタリナは、こう答える。

 「あの者たちは、私が指揮していたようだからな。恐らく、私が正気に戻ったことで、消え去ったのだろうな。サイクロプスに関しては……まあ、気まぐれな連中だからな。『遊び』に飽きたのだろう」

 「ということは、霧の軍勢は、これで全滅ってこと?」

 アルベルトがそう尋ねると、カタリナは、城の方を向いてこう答えた。

 「いや、ごく一部に過ぎないだろう。あの中にいる『敵将』を討ち取らねば、霧の軍勢の脅威が去ることはないだろう」

 そう話すカタリナの目は、ある決意を宿しているように見えた。彼女は、アルベルトたちの方に向き直ると、そのことを語り始める。

 「私は、これよりあの城の中に向かおうと思う。あの人とは一度対峙し、敗れたが故にあのような醜態を晒すこととなったが……それでも、私は、行かねばならんのだ。それが我が宿命なのであればな」

 カタリナの決意は、固いようだ。

 この時、アルベルトは、ふと二人で映画を観に行った時のことを思い出す。これまでは、眠り姫に憧れるカタリナは、自らの呪われた運命から逃れたいのではないだろうか? と考えていた。しかし、そうではなかったのだ。カタリナは、大切な人を助けるために、勇敢にも竜に立ち向かった、あの王子の姿にも憧れていたのではないか? そう思い始めたのだ。カタリナは、姫であると同時に、騎士でもあるのだ。強くて、誠実で、そして、芯の強い真の騎士である。

 その結論に至ったアルベルトは、自らの役割を悟ったのだ。もし、彼女が王子であれば、自分は、その助けとなる妖精になってやろう。などと思ったのだ。まあ、妖精なんてガラじゃないけどね。と内心、ほくそ笑んだわけだが。

 「姫さん、僕も付き合うよ。一人じゃ無理だったとしても、二人なら乗り越えられることだってあるだろ?」

 その申し出に対して、カタリナは、口元を緩めて、こう答えたのだ。

 「そなたが傍に居てくれれば、どんなに心強いか。では、頼むぞ」

 そう言って手を差し出す。アルベルトは、その手を力強く握り返すが……

 この時、ブオオンという角笛の音が空に響き渡ったのだ。そして、間もなくして城壁を揺るがすような激震が走ったのだ。

 霧の軍勢がやって来る!

 大将を討ち取る前に、この大軍を迎え討たなくてはならないようだ。ところが……

 「後ろは、任せて頂戴。アイツらがあなた達の邪魔をしないように、ここで食い止めて見せるわ」

 メルセデスがそう申し出ると、ブリちゃんも「ここは任せろ」と言わんばかりにコクコクと頷く。確かに、霧の軍勢をここで抑えて貰った方が助かるのだが……

 「でも、キミたちだけでどうにかなるのかい?」

 アルベルトは、彼らのことを心配する。ゴーレムが壊れてしまった以上、劣勢を強いられるのは、必然だと言えたからだ。

 「あら、ハッキリ言ってくれるじゃない。心配しないで」

 そう言ってメルセデスは、信号弾を放って、ゴーレムの投下を要請したのだ。しばらくして鋼鉄の巨人が地面に降り立つが、今度は二体もいたのだ。

 「もしこの二体が壊されたら、会社が倒産するかもしれないわね。だから、何としてでもグリモワールを手に入れるのよ。それと……必ず帰って来なさい。いいわね?」

 頼もしい連中だ。ここは、好意に甘えることにしよう。そう考えたアルベルトは、コクリと頷くと、城の方に目を向けた。城は、黒き霧が纏わり付いており、上空には、相変わらず不気味な異界への入り口が開いたままである。

 世界を救うだなんてヒーローを気取るつもりはないけど……でも、今は、それもいいかもしれないね。僕は、姫さんの力になりたい。それが正直な気持ちなのだから。

 「では、行くぞ。この戦いに終止符を打とう」

 「うん、もちろんだよ」

 アルベルトとカタリナは、全ての決着を付けるために、城の中へと入って行った。

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