かがいかつどう。
〜♪
ブー ブー
見知らぬ番号からの着信で目が覚めた。
「…お電話ありがとうございます。…はい…はい。わかりました。それでは、後日直接お話を伺います。はい…。それでは、失礼します」
俺はどこにでもいる普通の人間である。
本当に極々普通。普通中の普通。
願わくばそうありたいと思っている人間なのかもしれない。
俺には狐が憑いている。
憑いているとはいっても憑依したり、使役したりとか言うカッコいいものじゃない。
先生曰く、狐が俺に付き纏っているらしい。
俺を殺さず、苦しめ続ける為に。
俺の先祖の罪によって。
俺自身の罪ではないが、俺の因果ではある。
そういうものらしい。
まだ寝起きでボーッとする意識を奮い立たせ、古びた借家の二階から一階へ降りた。
リビングのソファーには、髭面強面色付き眼鏡のおっさんが座っている。
俺の先生だ。
「先生、おはようございます。仕事の電話がありました。」
「…あぁ。おはよう竜。どんな仕事だ?」
竜は俺の名前。
円居 竜人
先生には竜と呼ばれている。
「無人のアパートの一室で物音が止まない。そんな話でした」
「なるほどな。で、どうしてほしいと?」
「とりあえず、後日詳しく伺うと伝えてあります。何せ寝起きだったもので…」
「ん。おーけー。ところで、お前が熟睡するなんて珍しいな?狐君は大人しかったのか?」
「…いえ。いつも通り、悪夢でしたよ。まぁ僕に狐なんて見えないので狐の仕業なのかはわかりませんけどね。」
「そうかそうか。…見えなくとも、狐はそこにずっといる。お前の魂が消える時まで。それはそういうものだ。」
俺に狐は見えない。
見えなくともそこにいる。
そういうものらしい。
前に自称霊能者と会った時には、焼け爛れた醜い異形の狐の様な物が付いているとは言われた。
真偽の程は定かではない。
だって俺には何も見えないのだから。
「で、どうします?一応番号は履歴に残ってますけど?」
「生憎今日は暇だ。すぐに掛け直して今日中に終わらせる。」
(生憎??)
「わかりました。じゃあすぐに予定を組みますね。」
「ああ、任せる。」
俺はすぐに先程の番号へ電話をかけ直し、とりあえずは先方の最寄の喫茶店で話を伺う、という事で話がついた。
「先生、話はつきました。30分後には出ますが、準備は間に合いますか?」
「ん、あぁ…まぁ大丈夫だろ。とりあえず出るまでにスーツは着ておけよ。」
「わかりました。」
先方からお話を伺う際には基本的にスーツを着ていく。
見た目から受ける第一印象って言うのはどんな相手にも大事な要因になるから。
というのが先生の受け売りだ。
僕はこの日グレーの3ピーススーツを選んだ。
ベストが付いているもので、出来るビジネスマン風に見える。
「竜。準備はできたか?」
先生のスーツ姿はお世辞にもビジネスマンとは言い難いものだ。
強いて例えるなら極道。その筋の人にしか見えない。
「何回見てもやっぱヤクザですね。第一印象はそれでいいんですか?」
「ふっ。いいんだよ。これで。第一印象にも色々あるって事さ。さぁ行こうか。」
「はぁ…。先生的にいいのならいいんですが…。じゃあ行きましょうか」
____
「という訳で、まずは自己紹介から失礼します。私は人見 景願と申します。今回のような人智を超えた存在に対する全般のお仕事を専門にしているものです。」
人見 景願は先生の名前。
いかにもな名前なのは実家が寺だかららしい。
そして先方と相対する時には口調も勿論そういった口調になる。
「こちらは私の弟子の円居 竜人というものです。今回の件は私達2人で臨みたいと思っております」
「円居 竜人です。よろしくお願いします」
「こちらこそ、わざわざ出向いてもらってごめんなさいねぇ…」
今回のご依頼人はアパートオーナーのお婆ちゃんだった。
そしてその横には学生だろうか。若い女性が座っている。
先生が口を開いた。
「そちらの女性は?」
「あぁ、こちらは今回の件があった部屋の住居人ですよ。女の子の一人暮らしなのに怖い思いをしてねぇ…」
「なるほど、では今回の件は人の住んでいる部屋での出来事なのですね?」
「えぇ、えぇ…ただ、音がなるのは部屋に誰もいない時なんですよ。少し話が長くなってしまうかもしれないけど、よろしいかしら…?」
「構いませんよ。今回の出来事、些細なことでも気になることがあれば全て教えて下さい」
「わかりました。…ではまずは事の発端から…あれはそうねぇ…1ヶ月くらい前だったかしら。この子の部屋からね大きな物音がずっと聞こえると隣人から苦情が入ったんです。それが何度も続いて、一度この子に確認をしたんですよ。するとね、この子はその時間学校があるので家には居なかったと…」
「なるほど。つまり不在の際にだけ無人の部屋から物音が聞こえると、そういうことですね?」
「えぇ、えぇ。そうなんです。一度私も確認に行ったのですが、たしかに部屋の中から音が聞こえまして。合鍵を使って開けてみたのですが…扉をあけて中を覗き込んだ瞬間に、ピタッと音が止んでしまってねぇ。ただ私はもう気味が悪くて…」
「ちなみにそれはどういった音だったんですか?」
「そうねぇ…大きな足音…何人もの子供が走り回っているような音だったわねぇ…」
「なるほど。足音ですか…因みに部屋の中に何か異変は?家具が動いていたり、何かが落ちていたり、そうういった些細な変化はありませんでしたか?…これはお嬢さんの方に聞いた方がよろしいですかな?」
「あ、あの…そういったことは特には…なかったと思います…」
単に人見知りなのか、恐怖によるものか、女の子は俯いたままで応えた。
「そうですか。では早速ですが、お部屋の方に案内して頂けますか?」
「えぇ、勿論ですとも。…ちなみにこれは…やっぱり幽霊の仕業なのでしょうか…?」
「それを今から確かめに行きます。が、人間以外の何者かがいる、というのは十中八九間違いないと思っていただいて結構かと思います。」
神妙な顔つきの先生だが、これは建前だという事を俺は知っている。
俺たちの仕事はボランティアではない。
対価を払って頂き、その上で行為を成す。
等価交換の考え方にも似ているが、これは因果の問題らしい。
俺たちの業界ではそう言ったものが非常に重要になる、と先生から常々聞かされている。
例えその何かが存在しても存在しなくても。
そういうものらしい。
「そうですか…。では早速向かいましょうかねぇ。本当にすぐそこなので歩いてすぐですよ。」
_____
「なるほど。ここが現場ですね。」
難しい表情でなにかを感じ取るような先生につられ、俺も表情を作る。
俺は別に何も感じないし、ただの綺麗な女の子の部屋って感じでむしろ少しドキドキしていた。
「竜。あれを」
「あ、はい。どうぞ」
俺は持ってきた荷物の中から袋に入った白い粉を手渡した。
見た目は怪しいが別に薬とかそういうのではない。
中身は片栗粉だ。ただの片栗粉ではないんだけど…
片栗粉に塩やら何やら色々と混ざっているものである。
「では、今からこの粉を床一面に薄く撒いていきます。この粉に何か異変があるかを見ます。一度全員御退出願えますか?」
「えぇ、わかりましたとも。」
オーナーのおばあちゃんと女の子はそのまま部屋を後にした。
静まる女の子の部屋に先生と俺2人だけの息遣いが響く。
「さぁ、やるぞ」
そう言って先生は床一面に粉を薄く撒いていった。
「竜。今回の件は十中八九、戸鳴だろう。お前1人でも十分なはずだ。やってみないか?」
「え…でも俺、一人でなんてまだやったこと…それに僕には狐が…」
「ふっ。まぁ戸鳴程度なら問題ないだろう。俺はこれを撒き終わったら帰る。あとは一人でやってみろ。」
「はぁ…わかりました」
「ん。じゃあさっさと撒いて帰るわ。あとは任せたぞ」
____
粉を巻き終わり、先生が帰った後
俺はスーツから薄汚れた袈裟のような真っ黒い服に着替えた。
そのまま場所を移し、夜が更けるのを待つ。
この2つには相手と立場を近づける意味と、彼等のゴールデンタイムを待つ意味がある。
今回の件は事の発端が昼間の出来事ではあるが、それは夜間に部屋が無人ではなかったからだろう。
汚れた袈裟には、穢れを纏う事で人間感のような物を薄め、立場を合わせる意味があるらしい。
そんなこんなで夜も更け行ったころ、俺は一度部屋へ確認に行った。
トントントン…
ドンッ ドンッ
部屋の前に立つとたしかに足音のようなものが聞こえる。
ガチャガチャ…
カチャ…
そっと扉を引き開けた。
部屋の中からは生温い空気が流れてくる。
寒くはない、温かい空気なのに寒気を催す。
複数の視線を感じながらも部屋の電気をつけた。
部屋に撒かれた粉には、足跡など大きな痕跡は見られなかった。
ただ、所々紐を擦った様な痕が見受けられた。
そして同じような痕が粉がついていなかった壁や天井にも付着していた。
「あー、これは…うん。ビンゴだな。戸鳴だろう」
戸鳴は所謂、妖怪の一種だ。
ただ、よくあるアニメや漫画の様に決まった姿形と言うものは俺たちの世界ではあまり存在しない。
幽霊には足がない。
なんてのはよく聞くかもしれないが、それは比喩表現の一種だ。
つまり力がないって事。
霊力とかそういった事ではなく、物理的な力の話。
つまり、物を動かしたり物理的な痕跡を残す事はない。
心霊現象の多くは人間側の恐怖心などを利用した幻覚の一種になるらしい。
つまり足跡、手形など物理的な痕跡を残すのは霊体ではなく、生きている 妖怪 の類になる。
という事らしい。
らしいと言うのは全て先生から聞いた事だからだ。
ちなみに俺たちの間ではこういったもの達の事を、
化外の者
と呼んでいる。
この呼び方にも色々意味があるらしいが、それはまぁ追々でいいだろう。
まずはこいつらに帰ってもらわないとな。
もう一度電気を消し、部屋を暗くする。
その後、部屋の入り口に蝋燭を立て火をつけた。
これからやる事は退治ではない。
交渉なのだ。
化外は人間とは違う。
奴らはもっともっと単純で実直なんだ。
人間のように様々な欲も思考もない。
ただそこにいて、事象を起こす。
そこに善意も悪意もない。
簡単に例えるなら台風なんかの自然災害みたいなものだ。
悪戯が好きなやつもいるが、そこに思考なんかはない。
そういうもの、そういう存在であるだけなんだ。
蝋燭の前に立ち、祝詞を詠い上げる。
「____○#?$〜…」
害を与えるものではない。あなたと交渉がしたい。そういった内容の詩らしい。
目の前の蝋燭の火が風もないのに大きく揺らぐ。
だが決して消えることはない。
準備完了。お出ましだ。
部屋の空気が少し張り詰める。
化外が現れ、交渉の場に着いたことを意味するらしい。
交渉が出来ない相手だった場合、そのまま揺らいだ火は消える。らしい。
また別の祝詞を詠う。
「____〜」
次は挨拶。
来てくれてありがとう。
此方はこういうものです。
みたいなもの。らしい。
再び蝋燭の火が揺らぐ、だが消えはしない。
ここまでで交渉の準備が出来た。
ここで床一面に米を撒く。
これもただの米ではなく、泥や塩、その他色々を混ぜた水に浸し乾かしたものだ。
そしてまた別の祝詞を歌う。
「____〜」
今回の内容は
突然の申し出ですみません。
あなた達にはもっと大きく素敵なお家があるはずです。
今回あなたたちにお食事をご用意しました。
これに免じて、別のお家に行って下さい。
そうすればまたお食事を用意して伺いたく思います。
そんな内容の詩だ。
詠い終わると蝋燭の火が大きく揺らぎ一瞬火が消えた。
そしてまたジワリと燃え上がった。
承諾の合図。らしい。
蝋燭に近づき、ふぅっと火を吹き消した。
これで一連の交渉は終わりだ。
化外に食事を与え、出て行ってもらう。
そしてもっと立派なお家に行き着いた化外はまた現象を起こす。
そこでまた俺たちの出番になる。
大きなお家になれば礼金も増える。
化外は食事が貰える。
前にも言ったがボランティアではないんだ。
所謂どちらにも得があるwin-winの関係の出来上がり。
一時凌ぎとはいえ、
無駄な因果を産まず、解決する。
これが俺たちの仕事だ。




