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異世界自転車宅急便  作者: 灰の字
第一章「自転車ではしろう」
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8.コーナーで差をつけろ

 イニシアドゥの下層街から外に向けて延びる虹路は、蛇行しつつ大きなカーブを描いて街の方へ戻っていき、山肌をなめるようにして中層街に至る。その中間地点、山の斜面を見下ろす一帯がルナたちのシマらしい。

 幅広い虹路なので十人近くの人間がたむろしても窮屈さはない。だが虹霓石がなければその上に立つことすらできないので、めいめい楽な姿勢でくつろぐため山に下りていた。今、虹路に残っているのは俺とルナの二人だけ。

 比較的なだらかな斜面にルナの子分たちが飛び移る際、虹霓石がしこまれていないであろう部位が虹路に触れるところを見たが、本当に雲や霞にでも触れるように透けていた。俺なら寝転び逆立ち自由自在だ。直立姿勢しか見せていないので、ルナたちは俺の靴にも虹霓石がついていると思っているのだろうけど。


「急な坂は無いけれど、とにかく長い(みち)だ。下層街の近くに着く頃にゃけっこうな速度がでてる」

「そこにどっちが速く着くか、だな? あんたの手下が判定すんのかよ」


 配達人とお届け先という体面をとっぱらい、俺の口調は大分砕けていた。これから競う相手にへりくだっているのは据わりが悪い。


「おや、不正はないから安心しな。そんなの命じたらあたしがあいつらにナメられるしね。まあもっとも、大差がついちまったらそんなのする意味はないがね?」

「そりゃそうだ。しかしほんと長いな……」


 虹路の先を見下ろす。全体が大きくカーブしながら下層街の方へと続いているが、その途中も何度か曲がりくねっている。そのため正確な走行距離は察しもつかないけれど、五キロ以上はあるだろう。

 街中の移動のため使うにしては長い。ルナたちはここを単なる道ではなくコースとして定め、あのソリで滑っているのだ。

 彼女のソリは木製だが、どんな材木なのか黒光りしており頑丈そうだった。ルナは片 手で引いてスタートラインまで来た。見た目より軽いのか、彼女の腕力が強いのか。低い姿勢のとれる座席にまたがって乗るもののようだ。先端からハンドルのような突起が伸びており、それは根元を軸としてある程度上下に動く。姿勢を変えるためだろうか? どことなくジェットスキーを思わせる形だった。


「でも、いつも何でそんなことを? ここはまだ山に近いからいいけど、場所によっちゃ虹路を飛び出したらそのまま真っ逆さまだぞ?」

「あんたもそんなこと訊くんだ? ふん、そんなの楽しいから以外に答えようがあるのかなぁ? 地べた這うよりうんと離れてた方がむしろ良い。まるで空飛んでるみたいな快感だよ」


 にい、と蠱惑的な笑みを浮かべてルナは言った。訊いておいてなんだが、その答えは予想していた。何故って、俺も同じように思ったからだ。長い下りを前にして、「ああすごく楽しそう!」って。


 だから。

 まさか自分がそんなふうになるなんて、まったく思ってもみなかったんだ。




 正直に言うと、実はなめていた。ルナたちを、彼女らのソリを。だって、こちらは自転車だぞ? ギアを重くしてペダルぶん回せばどんどん加速する。ただ重力にしたがい滑り落ちていくだけのものよりずっと速い、そう思うだろう。


(は、速い!)


 最初こそ俺が先行していたが、スピードが乗ってきたのか追いつかれ、今ではルナがやや前に出ている。ルナは体制を低くして空気抵抗を抑える。ソリの流線形とあいまって弾丸のようだ。あるいは流星か。ソリの底部からは虹色の煌めきが迸る。

 ソリと自転車、その地面に対するアプローチはまるで逆といっていい。すなわちソリは滑り、自転車のタイヤは路面を噛むことで前進する。摩擦のあるなし(・・・・)だ。しかしこの場ではそのふたつが共存している。エーテルというものは、やはり通常の物理では計れないらしい。


「しゃかしゃか動かして大変だねえ。まだ先は長いよ、バテちまわないよう気をつけな」


 舌戦にはのらないが、確かに乗り手の運動量には大分の差がある。しかし、こちらは動かせば動かすほどスピードは増すのだ。引き離すチャンスはある。


 前方にカーブがみえた。ここからは何度か続く。しかしスピードを緩めてはいられない。このまま突っ込む――。

 突っ込、

 突っ込もうとしたのに、俺はブレーキレバーにかけた指を、ほんの少し動かしていた。それにより一瞬、ブレーキシューがホイールを挟み込み、スピードが緩む。ルナがさらに先行した。


 あれ? なんで、俺はブレーキをかけたんだ? そこまでスピードが出ているわけじゃないのに。そのまま曲がれただろうに。何故?

 頭ではそう思いつつ、また一握り。また差は開く。ルナが訝しげにこちらへ振り向く。俺はペダルを回す脚に力をこめた。

 しかし、踏み込めない。

 思い浮かぶのはこことは違う山の風景。木々が生い茂り湿った空気が肌にはりつくあの道。ここへ来る前に走っていた、織部山だった。カーブに近づくほどそのイメージは強烈なものとなり、同時に崖へと飛び出したあの瞬間まで呼び起こされた。


 一瞬の回想と恐怖。足が震えて動けないとか茫然自失となるだとかではなかったが、それならまだよかったかもしれない。勝ちたいと思っていながら負けに繋がる行動をとる。意思と体が不協和となる感覚の気持ち悪さ。

 あの落下体験は、大きな影響を及ぼしていたようだ。これまでは何も問題なく走れていたので気づかなかったが、下り道と高まる速度が結びつき俺の中から恐怖心を引っ張り上げた。


「おいおいおい? 勝つ気ないのか!?」


 ルナが叫ぶ。俺はなんとかペダルを回し速度を上げる。しかし追いつけない。カーブへはルナに遅れて進入するだろう。その際、彼女も速度を落とすかもしれない。ならば曲がってからの立ち上がりで抜くことも――

 と、そこまで考えて気づいた。ここは自分らのシマだといい、自信満々だったから今の今まで思い至らなかったけど。


「それ、どうやって曲がるんだ!?」


 そう。ソリなのだ。自転車のように舵をきる前輪が付いているわけではない。それどころかブレーキさえない。それでどうやって曲がったり止まったりするつもりなんだ? 俺は恐怖心に蓋がされるほど混乱した。

 しかしルナは、僅かにこちらを振り向きその笑みを見せつけるのみで答えはしない。もうカーブはすぐそこへ迫っている。俺は目を閉じることもできなかった。ルナの後を追うことになってしまうからだ。

 落ちる――


「オラァッ!!」


 その声とともに、ルナは体重移動でソリを傾かせると同時に、虹路を蹴った。ソリの機首が向きを変え、難なくカーブを曲がる。それで若干スピードは落ちたようで、少し差は縮まったのだが。


「はぁぁ!?」


 その曲芸じみた動きに動揺し、せっかく縮まった差をさらに詰めることができず、また徐々に離されていく。

 目が離せなかった。ロデオのように無茶な挙動で暴れるソリを立て直し滑り行くルナの姿は、なんというか単純に恰好良かった。


「期待はずれだねえ! せっかく面白い勝負ができると思っていたのにさ。ビビってるんじゃあないよ!」


 少し怒気をはらんだルナの言葉が刺さる。めちゃくちゃな走りを……滑りをする彼女に、俺は呆気にとられもするがどこかこみ上げるものがあるのを感じた。こうして走っている今も恐怖心はあるが、それとはまた違うなにかが。

 そいつをもっと引き出さないと勝てない。引き出せば、勝てる。


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