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異世界自転車宅急便  作者: 灰の字
第一章「自転車ではしろう」
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6.おばぁちゃん先生

 この世界の話をしよう。

 ここにはここの常識があり、それを知らねば立ち行かないことも多いだろう。例えば長さや重さの単位。元の世界ではメートル法だのインチ法、ヤードだポンドだ尺貫だのが世に混沌をもたらしていたが、この世界では早い段階から広範囲での交流がなされていたためか、単位は統一されている。


 時間については馴染み深い十二分割の二部制、月の数も大体三十日を十二回で一年。お日様の動きはそう変わらないということだろうか? まあ年齢計算に戸惑うことはなさそうだ。

 しかし十二進数や六十進数で世の中が動いてるわけではなく、数字は普通に十進法。異世界であれ人間の手の指が合計十本であるならそっちが便利っちゃ便利だ。


「なーなー、おっさんなんでおれらにまじって勉強してんの? おとなだろ?」

「キソキソ! これよめるか? ぼくよめるわー、おまえよめないぃーい」


 そして宗教も存在する。空に近いからだろうか、太陽神信仰だ。この街の上層部には神殿があり、司祭が領主に比肩する力を持つ。エーテルは太陽神とその陪神、大気の神のもたらす恵みであるという教えで、虹路そのものを崇める宗派もあるとか。


「おにぃーちゃーん、前みえないよーかがんでぇー」

「キソっていうの? へんななまえー!」

「もー、いじわるしちゃいけないんだよー」


 基本的に山と街は一体で、山の名前がそのまま街の名前となる。俺がたどり着いた山の名前はイニシアドゥ。そしてこの街は鉱山都市イニシアドゥだ。探鉱夫たちの拠点が発展したもので、今でも採掘は行われているらしいが、近年では金属加工品も主な産業らしい。


「キソー、なぁーこれよめるー? なぁみてよー、みてー!」

「おいこいつキソのこと好きなんじゃねーのー? うぅーわーぁ!」

「ちがうよ! いじわるはだめって言ってるだけじゃ、ん、ちが、ちがう、って……」

「あーカリストくんがアイダちゃん泣かせましたー!」


 ふう、と俺は知的活動にひといきついて、


「ぅうるっせえよクソガキどもがぁーー!」


 吠えた。しかしお子様たちは怯むことなく俺に群がる。うわようじつよい。

 俺は今、イニシアドゥの中層階にある子供向けの教育施設にいる。小さな椅子に腰かけ、おそらくは簡単な文言で書かれているであろう教科書を開いている。字が読めないので絵や図を眺めているだけではあるが。

 何故こんなことになったかというと、先日ビダルさんたちに行った宅配業務の提案がきっかけだ。



「キソ、確かにお前の自転車はうまく使えば便利かもしれん。問題はあるだろうが、まずやってみなきゃそれも洗い出せんだろうな。だがその前に、解決しとかなきゃならんことがある」


 ビダルさんと役場へ行き、俺の人相を細かく記録してもらった。尋ね人の届けに一致したものがないか調べるためだ。他の街へもその知らせは送られる。もちろん、記憶喪失だなんて嘘だしこの世界の人間でもないのでまったく意味はないのだけど。

 自転車の特徴と同じ物の盗難届けや窃盗犯の手配がされていないかも確認していたが、これもまた当然のようにない。ビダルさんはひとまず安心したようだった。

 その帰り道で、ビダルさんが言った。


「お前、ちゃんと金勘定できるか? 計算は? 悪い人間ばかりじゃないが、それでも金や品物を誤魔化してくるヤツがいるかもしれん」

「まあバカではないつもりっスけど……」

「読み書きできねえヤツにいわれたってなあ。受け渡しや精算にいちいち俺やイネスやララさんを通さなきゃいけないんじゃ、やってけねえだろ。お前が言い出したことなんだから、最初から最後までお前ができなきゃいけねえ」


 確かにそうだ。言葉が通じるからうっかりしていたが、俺はこの世界の文字を読めないし、数字の単位や繰り上がりの法則もわかってない。


「だから、ちょいとしばらく学校へ行け。これは店主命令だ」


 その命令に逆らう理由はなかった。宅配の仕事を任されればどうなるかっていうと、つまり一日中自転車で走り回っていられるということで、それは元の世界での生活と同じだった。しかもお金まで稼げる。


 そんなわけで俺は最低限の読み書きを学ぶためにここに通うこととなった。この世界には義務教育なんてものはなく、子供のうちから働いている者も多いが、上級学校……いわゆる大学があり、そこへ通わせるために学ばせる家庭も少なくない。

 俺が紹介されたところは隠居した老人が半ばボランティアでやっているもので、小さな子供向けに教えている。二十人ほどの子供たちにまじって話を聞いている自分の姿についてはひとまず置いておこう。恥じることはない、これは必要なことなのだ……うん。


「こらこらキソ君、怒鳴っちゃだめですよ。みなさんも静かに、席について!」

「……すみませんグロリア先生」

「はいどーも。ほーらみなさんも、キソ君にいじわるしないの。あとカリスト君はアイダちゃんに謝りなさい。女の子を泣かせるなんてまだはやいわよ」


 教壇から柔らかな声音で叱責しているのがこの教室を運営しているグロリア先生。七十は超えているようだが背筋がしゃっきりしていて若々しい。人柄も優しく、周囲の人望が厚いという。

 カリスト君がアイダちゃんに謝るのを確認して、グロリア先生は満足げに頷くと再び授業に戻る。


「では次に世界地図をみてみましょう。世の中にはいろいろな国、いろいろな人々がいます。さあ、どの国がどの国旗かわかるかな?」


 子供たちがさかんに手を挙げ、しかし指名される前にめいめい勝手に答えを述べている。

 似たようなことを、俺も子供の頃やらされたおぼえがある。しかしそれに比べると大分シンプルだ。なにせ、国の数は十個しかなかったのだから。

 世界地図によると、中央に大きな大陸がありその四方に島がひとつずつ。このイニシアドゥは大陸の南方にあるイルスールという国に属しているそうだ。隣の席のセシリオ君が答えていた。

 大陸は六分割に色分けされ、四方の島もそれぞれ別な色が塗られている。


「むかーし昔、太陽神さまのこどもたちが、それぞれに自分たちの国をもったのがこの世界のはじまりです。みなさん神殿にある十二体の石像におまいりしたことがありますね? あれらがそのこどもたち、十二氏族の最初のひとです」


 シゾク。氏族か。ビダルさんがそんなことを言っていたような。


「先生、ではなぜ国の数が十二ではないのですか?」


 隣の席のセシリオ君が質問した。聡そうな顔をした眼鏡の少年で、他の子供たちからは「ハカセ」と呼ばれていた。ネーミングセンスがジャパンかよ。


「はい。それはですね、大昔にあった戦争でひとつの氏族はなくなってしまい、もうひとつは国をもたないことを選んだからです。それは今では麓の民、コステロといって……」




 居眠りすることなく授業を終えられたのは、文字の書き写しでひたすら手を動かしていたからだけではなく、それなりに興味深い話ばかりだったからだ。グロリア先生の語り口は聞きやすく、すんなり理解できた。

 子供たちは大急ぎで帰り支度をする。昼時になったところなので腹も空いているのだろう。教室を出る際に何故か俺の尻に笑いながらパンチをいれてくるやつが結構いた。可愛いねえ。可愛いよ。逆さ吊りしてあげたくなっちゃう。


「キソ君、少しいいかしら?」

「はい?」


 俺もバンデラス商店に帰ろうとしたところで、グロリア先生が話しかけてきた。


「ビダル君に聞いたのだけど、あなたお届け物のお仕事をされるそうねえ? それも虹路を使ってとか?」


 ビダル君……ビダルさんも、ここの生徒だったらしい。


「そのためにはまだ勉強しなきゃいけないこと多いんですけどね」

「そう、勉強は大事よぉ。ここでしっかり学んでいってね。それでね、そんなあなたに頼みたいことがあるのだけど」


 そういって、グロリア先生が布に包まれた箱のようなものを差し出した。


「孫がねえ、お弁当を忘れていっちゃったのよ。ちゃんとお礼はするから、届けてもらえないかしら?」

「弁当、ですか?」

「もうあの子ったら、本当にそそっかしいったら。若いうちはご飯たくさん食べないといけないのにねえ」


 俺の婆ちゃんも、やたらたくさん食わせたがる人だった。ちょっとだけ郷愁の念にかられ、俺はその弁当箱を受け取る。


「ビダルさんからは読み書き計算ができるまで届け物の仕事はしないよう言われてはいるんですけどね」

「やだもう、ビダル君には後でいっておくわよぅ。大丈夫、あの子、昔から物わかりの良い子だったから。わたしがお客さんっていうなら安心よ」


 意外なところから初仕事の話だ。荷物を一度受け取ってしまった以上、放棄はできない。自転車で走りたくなってもきたところだし。


「はは……で、どこへお届けすればいいんです? まだ街の地理には詳しくないんですけども」

「ああ、それなら大丈夫。ちょっと遠いけど、ここからも見える所よ」


 そう言って、グロリア先生は教室の窓から外を指さした。その先にあるのは街の外れの山肌。そしてその付近にかかる虹路のみだった。

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