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異世界自転車宅急便  作者: 灰の字
第一章「自転車ではしろう」
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5.疑惑からでた嘘

「えー、本日は貴重なお時間を割いていただきありがとうございます。さて、御社、バンデラス商店とですね、当方のアライアンス、業務提携についてのご提案ということでお話させていただこうかな、ということなんですね」


 イネスに忘れ物を届けてから店に戻り、その日の仕事を始めた。ビダルさんは忙しそうで、俺に視線を向けわずかに頷くのみだった。俺もララさんの指示であっちこっち動き回り、ろくに話すことはなかった。

 そして仕事が終わってからは、昨日と同じならば夕飯を食べて風呂に入って寝るだけなのだが、疲れた体をおして俺はビダルさんとイネスとの話し合いの場を設けた。


「業務提携……?」

「ハァイ。御社のこの街におけるシェアはかなりのものとお見受けしますが、職人さんの使う小物の一括注文や、飲食店の食材の卸しが主で、実際に店舗に足を運ぶユーザとなるとここ中層階の方々のみですね?」

「ゆ、ゆーざ……? まあ、わざわざ上層階や下層階から来る客はそういないわな。ウチは色んなものを幅広く扱ってるが、別に夕飯のおかず買うなら近所に店くらいあるだろうさ」


 店の手伝いをしている時に取り置き品や荷馬車での輸送待ちの商品を見たが、ウェスだの機械油の缶だのといった消耗品や大量の食材などで店舗や倉庫のスペースは埋まっている。

 棚に他にも商品は置いてあるし、直接それを買いに来るお客さんもいるが、店の規模や扱う品物の量を考えると少ない。つまりここは、商店街によくある古い鍋やら包丁やらが置いてあるが客の気配はほとんどない、何故潰れてないか分からないお店みたいなものなのだ。公共施設や企業へ品物を大量に卸し、それがメインの収入となっているああいうやつ。


「はいそれアグリー。そう、ここじゃなくても必要な物は手に入る。でもここに隠れたベネフィット、利益が埋まっているかもしれません。そのあたりのスキームについてが今回のアジェンダですね」


 指を鳴らしてビダルさんに百てんまんてんの笑顔を向ける。


「キソさん、ちょいちょい何言ってるかわからん……壊れちゃったの?」

「否定せず受け入れるんだイネス。それがブレインストーミングでありソリューションに繋がるぼくらのイノベーション」


 自分でも分からんのだけど、なんかこういう言い回しするものなんだろう、仕事っていうのは?


「バンデラス商店は幅広い商品を扱っており他の都市とのツテも多い。一般のカスタマーにとっても様々な種類の品物をまとめて買えるという点は魅力なわけです、面倒を減らせるのですから」

「あー……。来店者を増やせってことか? つっても長いことここでやってるんだし、今さらそんな大きく変わることは……」

「ですから、上層階や下層階の潜在的お客様をかっさらおうというわけです。虹路を使って、こちらから商品を届けに行くというカタチで!」


 じゃんっ、と手を広げ述べる俺に、ビダルさんの反応はというと。


「いや、やってるぞ普通に。宅配は。同じ地区を回る荷馬車に乗せて」

「荷の駄賃がかかるでしょう? 自前でやればそれが浮くわけで。それに、大きな荷を引いた馬がついでとばかりに巡回するより、虹路をぴゃーっと走った方が早いじゃないですか。そう、例えば、俺の自転車などで」


 イネスは実際に虹路を利用して上層街への移動を行っている。結構な距離ではあるが、長い階段の登り下りを思えば楽なものだ。

 ビダルさんはしばらく考え込むように目を閉じた。そして、目と同時に口を開く。


「そういうのも考えたことが無いでもない。簡単な使い走りならイネスにやらせてるしな。だが、上下階層まで走らせて長時間店を空けさせりゃ人手不足になるし、新たに雇うとしたって利益出せるかどうか微妙だからなぁ。なにより」


 ――『靴』が足りない。


 ビダルさんはそう言って、俺の目をまっすぐに見る。何かを探るように、深いところまで射抜くように。


「なぁ、この街はそこそこデカい。色んなヤツがいる。どこからかふらっと流れてくるやつも多いさ。そのまま居ついたり、またいなくなったりな。今のお前みたいにここで働いた若い奴なんて大勢いる。家出だなんだ、色んな理由でな」


 あっさり受け入れられたのはそういう事情か。はるかな昔より人の流動が激しかったからこそ培われた、来るもの拒まず去るもの追わずの精神。


「だがお前みたいなのは初めてだよ。俺からすすんで事情を訊くことはめったにしないんだが、それでも気になるさ。あの妙な車とかな。何で、虹路の上を走れるんだ?」

「え?」


 意外な言葉だった。この世界にやってきた時点でその上を走っていたので、ああこの世界は雲に乗って空を翔けるメルヘンでファンタジィな世界なんだな、と思っていたんだけど。


「イネスからお前を見つけた時の話を聞いたが、冗談か例え話の類だと思ってたんだがな。エーテル定期便から落ちただけとかよ」

「お父さん、やっぱり真面目に聞いてなかったんだ! 言ったじゃない、エーテル塊に寝そべって慈愛顔して漂ってきた人がおっこちたって」

「それをどう真面目に受け止めればいいんだ……」


 溜息をつくビダルさん。イネスは俺に不安げな視線を送る。


「キソさん、本当に何も知らないの? ……えっとね、エーテルはふつう、そこにあってそこに無いモノなの。虹霓石(こうげいせき)だけがエーテルに触れて、その実体をこの世界と、繋げる……? とかなんとか」


 イネスはたどたどしく聞きかじりらしきことを言うと、席を立ち居間を出て行った。戻ってきた時には、その手には靴が下げられていた。

 頑丈そうな革のブーツにみえるが、パーツが分割されて足首まわりの可動域は確保されている。ブーツというか、重装サンダルとでもいおうか。靴紐ではなく革ベルトと金具でしっかりと固定するもののようだ。

 これがそうだよ、と靴底を見せる。親指くらいの大きさの、よく磨かれ光沢をもっているけれど見た目ふつうの石が爪先のあたりに三つ、それより大きい石が踵に一つ、埋め込まれている。


「これが虹霓石。すごく貴重でたっかいんだ」

「昔、俺の親父が見栄で大枚はたいて買ってよ。それでもこんなに小さいんじゃエーテル定期便の足場みたいなものは作れねえからな、娘のオモチャ兼便利な足として使っていたわけだ。けして一般的なものじゃあない」

「これが無いと、エーテルの上に乗ろうとしてもストーンって落ちちゃうのよ。私はもう慣れてるけど、間違って手や尻餅なんてついちゃったらそのまま通り抜けちゃう」


 でもちょっと怖いから、実は今日も街から遠く離れる前に地面に移動して上層階に行ったんだけどね、とイネスは付け足した。

 靴の裏にこの石が仕込まれているから虹路の上を走れる? 定期便にも同じような石が使われているらしい。そしてそれはとても高価なものだと。それで虹路に俺以外の人間が見当たらなかったわけだ。


「シゾクの坊ちゃんには見えねえが、どこぞの金持ちの道楽ってふうでもなさそうだ。読み書きできねえんならマトモな境遇じゃあないんだろう? そんなヤツが虹霓石を持ってるなんて、厄介ごとの種にしか思えん。つまり……あれはどう手に入れた? お前のものなのか?」


 シゾク? 士族? 氏族? それより、ビダルさんの中で俺に対する疑惑が生まれつつあるらしい。読み書きできないのはこの世界の言葉が分からないからで……その割に話す言葉は通じる、おかしなもんだ……でもはたから見ればそんなのはろくな教育を受けていないように思えるようだ。この世界の識字率がどんなものかは知らないけど。

 ともあれ、そんないってしまえば「金持ってなさそうな奴」が貴重品である虹霓石? を持っているとなれば、まず疑うのは盗品ではないかということ。ビダルさんはそれをいっているのだ。

 来るものは拒まないが、それより上に社会のルールを置く。当然の反応だった。

 まずい。やましいことなど何もない俺だけど、どう説明したものか。こことは違う世界からやってきました、なんて言って信じてもらえるか?


 そもそも「こことは違う世界」というものの意味からして不明だろう。元の世界みたいに、様々なメディアを通して本来マニアックな用語である平行世界だの異次元だのといった言葉をすんなり受け入れられる土壌が作られたところと違って、ここにはSFの一本さえあるかあやしい。

 この世界にも宗教があるならば、異界思想はありえるかもしれないけれど。なんにせよ納得のいく説明ができる気がしない。ならば。


「実は……なにもおぼえていないんです。気がついたらエーテル塊の上を走っていて、ワケが分からないままに……。自分の名前と、あの自転車は自分のものだっていうことだけが頭に残っていて」


 俺は神妙な顔つきで、「異世界から来ました」よりはマシって程度のうさんくさい言葉を絞り出した。


「なに?」

「はい。深く思い出そうとすると、ウッ、頭が!!」


 頭をおさえ苦悶の表情を浮かべる俺。わざとらしすぎたか? チラリと二人の様子をうかがう。


「キソさん、無理しないで! ごめんなさい、辛かったよね、不安だったよね。なのに気づいてあげられなくて……」


 その表情は心からの同情に満ちていた。よっしゃ、イネスはチョロい。


「いや、いいんだ。俺の方こそ言い出せなくてごめん。しかも色々疑われるような言動をとってしまったみたいで……みんなが優しかったから、なんとかこの環境を維持したくて」


 これは半分以上本音。さて、ビダルさんの方は?


「……まあ、あんな特徴的なもの、盗品の届け出があればすぐ分かるか。あと尋ね人もな。明日は、俺と一緒に役場へ行ってもらうぞ」


 さすがに半信半疑のようだが、すぐに追い出すというわけではないようでほっと一安心。

 自転車を使ってイネスの忘れ物を届けたのも仕事の提案をしたのも、俺の有用性を示してこの店におけるウェイトを高めようとしてのことだったけれど、とんだ藪蛇になるところだった。

 しかし、虹霓石か。俺がこの世界で生きていくためには、まだまだ知らなきゃいけないことが多いみたいだ。

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