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その公爵令嬢、祓い屋につき。―――婚約破棄の場合

作者: あかり

今連載している長編がシリアス続きなので、息抜きに短編を書いてみました。

巷で噂の婚約破棄を書いてみたのですが………どうしてこうなった。


設定を深くまで練り込めたので、機会があれば同じキャラクターで別のテンプレパターンと書けたらいいなぁ。

書いてて面白かったです笑


少し振り切れた設定ですが、楽しんでいただけたら幸いです。


「シエスタ!!もう我慢できない!!!今この時をもって私はお前との婚約を破棄する!!」


 先ほどまでの煌びやかな空気と騒がしかった大広間の雑音が、青年の声に反応するように一斉にかき消された。

 まるで人の声が波を打つように、声を上げた青年を中心に緩やかに静まっていく。去っていた静かな波の代わりに、次には人々の好奇の瞳が波となって中央部分へ戻ってきた。


 張りつめた空気が支配した場の中心に立つのは一人の青年と二人の少女達。


 婚約破棄を宣言したのは名のある伯爵子息。そしてその目の前には、驚愕に目を見開き、悲しみに顔の色を消した子爵令嬢が立ち竦んでいた。そこだけを見れば、もしかしたらまだ真っ当な婚約破棄が行われると思えたかもしれない。


 しかし、彼らを見守る人々の表情が驚き以外にも多数の感情を含んでいたのは、そんな伯爵子息の腕に、美貌の少女が張り付いているからに他ならなかった。

 

 噂は本当だったのかと、人々は一斉に思い当たった事があった。

 少し前から人々の間で交わされていた話題である。それは、この国でも歴史の長い学識ある学園で、男女のいざこざが増えているというもの。

 その中には、婚約破棄をした男女が幾人も出たほどだという。


 噂に共通する事が一つ。それはすべての問題の中心に、庶民の麗しい少女の存在があったということだ。


「な、何故ですかオスカー様!!わ、わたくしが何か御気に障ることをしたと!?」


 銀髪の長い髪が特徴的な、花開く直前を思わせる儚げで美しい子爵令嬢が、追いすがるように声を上げた。

 悲痛なその声音に、周りの人々の大半が同情的な瞳を彼女に向ける。


 そんな彼らの表情に気づいていない様子の伯爵子息は、ただ鼻で笑っただけだった。


「はっ、白々しいことだな、シエスタ。気に障ることだと。お前は、この娘にした数々の事を忘れたとでも言うのか!」

「オスカー様ぁ」


 オスカーの煩わしささえ感じさせるその強気な声音に対して、彼の腕に縋りついていた少女が初めて口を開いた。それはまるで花の蜜のような甘さを持っていた。甘すぎるねっとりとしたそれは、どこか不安な気持ちにさせる。


「わ、わたくし、その方なんて知りません!」


 シエスタ嬢の方といえば、瞳から零れ落ちる大粒の雫の止め方を忘れたまま、ただ目の前の男を見つめている。愛していた婚約者の腕に、見知らぬ女が寄り添っているのだ。

 その上、云われなき罵倒を受けていれば、普通の世間知らずの令嬢であれば泣き出すのは至極当然の事だと言えよう。


「嘘をつけ!お前はこの娘………心優しきリサに対して、中傷する手紙を送り付け、学園では罵倒し、持ち物に傷をつけ、挙句の果てに彼女に危害を加えようとしたらしいではないか!」

「うぇーん、リサ、怖かったんですぅ」


 リサという少女が口を開く度に、周りの女性達の纏う空気がどんどん下がっていくのを、果たしてオスカーは気づいているのか。彼女達の視線は、鋭い刃物のようにオスカーとリサに向けられている。


 視線が物理的なものに変わることが出来れば、今頃二人は串刺しだ。

 しかし、幸か不幸か、自分達の甘い雰囲気に酔っているであろう彼らがそんな事気づくはずもない。


 そんな中、その場にいる女性達のパートナーは、半ば泣き顔でこの茶番が早く終わることを祈らずには居られなかった。被害者は、女性達の一番近くに居る彼らなのだ。

 燕尾服は長袖で、寒さなど感じさせない造りになっているのにはずなのに、彼らの感じる寒さは足元から容赦なく襲ってきていた。


「そのような恐ろしい女が私の将来の妻など冗談ではない。私の妻はここにい「そこまでですわ!!


 広間に居る女性達が、次から次へと伝承として伝えられている『雪女』なるモノに変貌し、大広間を雪の吹き荒れる雪山へと進化させていることに気づけない伯爵子息が、泣き崩れる己の元婚約者を一瞥して、更に言葉を続けようとした。

 しかしそれも、緊張を孕んだこの場に相応しくない朗らかささえを感じさせる涼やかな声によって遮られる。


 薄暗い雪山に太陽が射すかのごとく、その男女は現れた。


 海が二つに割れる様を忠実に再現するように、人だかりの間がパックリと別れる。

 まるで導かれるように、その道から、蜂蜜色の髪が特徴的なたれ目の青年と鮮やかな群青色の髪を靡かせた勝気美人の令嬢が姿を現した。


「さて、茶番はそこまでにしておいてもらおうかな」


 青年がオスカーに声を掛ける。すると、オスカーの表情がそこで初めて、人を見下すものから驚いたそれに変わった。


 それもそのはず。

 蜂蜜色の彼は、この国ではちょっとした有名人だったからだ。


「何故、王子が?」

 彼の名はユアン・オーディアール。国の第二王子である。


 オスカーの驚いた顔に満足したように頷くユアンは、相手を威圧している間に本題に入ろうと口を開いた。

 しかしその口から言葉が紡がれる前に、彼の邪魔をする者が現れた。


「あぁ、可愛い人、どうぞ泣くのをお止めください。あなたに涙は似合いませんわ」


 いつの間にか彼の傍を離れ、悲嘆に暮れる子爵令嬢の傍に膝を着き、甘い言葉を投げかけている連れの令嬢である。


「ちょっと待って、アレク!!なんか打ち合わせと違うんだけどっ!」


 先ほどまで余裕綽々で口元に笑みまで浮かべていたユアンの顔が、パートナー女性の冷気にやられた直後の男性達と何ら変わらない情けないモノにすり替わってしまった。


 一方の子爵令嬢といえば、驚きのあまり流れ落ちる雫が瞳の奥に引っ込んだようである。

 それを見た令嬢アレクは笑みを深め、シエスタ嬢の旋毛に小さく口づけを落とした。


「それでいい。どうか笑っていてくださいませ、私のために」


 令嬢らしく真紅のドレスを着ているものの、顔だけみれば、アレクは勝気で精悍な顔をしている。そしてそれは、美貌の男性とあまり変わりがない。

 アレクを見上げていたシエスタ嬢の目には、そんな美貌の顔しか見えないため、口付けを受けた直後の彼女の顔は一瞬にして茹蛸のように茹で上がってしまった。


 令嬢の反応に満足したように頷いたアレクは、優雅にすら見える動作で立ち上がり、ユアンの元に歩み寄った。腕を組んで、目の前に棒立ちになる男女を見つめて、ユアンを見上げた。


「さて、どこまでいきまして?」

「………うん、君がそんな奴なのはわかってた。わかってたけども、仕事はちゃんとやろうよ」

「泣いている女性を放っておけと?」

「止めてっ、そんな顔で見ないで!!俺悪くないのになんか一瞬にして悪者になっちゃうから!」


 まるで聞いたことのない言語を聞かされた時のように、わざとらしさすら感じさせるほど,目を極限にまで見開いて驚きを表現するアレクに、ユアンは顔を覆って泣き声を零す。


 まるでコントのような二人の傍に、何時の間にか一人の人物が立っていた。


「ユアン様の常識はアレク様の足元にも及びません。所謂、数年前までは図書館で寝泊まりしていた本の虫です。驚くだけ無駄というものでは」


 茶髪のくせ毛を一つに結い、落ち着いたデザインのメイド服に身を包んだ彼女が、至極冷静な様子でユアンとアレクを見上げていた。アレクシアの侍女、名を、ミラという。

 背丈こそ同じ女であるアレクの肩にもいかないほど小柄な彼女であったが、態度は尊大で、第二王子としての肩書も彼女の前では形無しである。


「ミラちゃんさぁ、ちょっと言葉をオブラートに包んでもらえない?ここ大勢の人居るし、ほら、一応第二王子なわけだしさぁ」

「なるほど。この国の第二王子は、たとえ全うな意見であっても自分の間違いを否定されることを良しとしない自尊心の高い方でありましたか。これは失礼を」

「今オブラートに包んでって言ったのに!包むどころか色んなものがはじけ飛んだ!!」


 足元をよろめかせて、ユアンが文字通りその場に両手と両膝を付いて悲嘆に暮れはじめる。それを見下ろすミラの瞳には信愛の欠片すら見つけることはできない。


「あのぉ………そろそろ依頼の方終わらせたほうがよくないっすか?」


 いつの間にか、四人目の人物が現れていたようである。

 蹲る主の傍に膝を抱える形で寄り添うのは、赤胴色を坊主頭にしたユアンの側近、カルロス。

 しかし、可哀想な目で見守られるだけで放置されている辺り、ユアンが不憫王子と呼ばれる云われを、人々は垣間見た気がした。


「そ、そう!!俺達はちゃんと依頼を受けてだね!」

「これですわね。問題のネックレスというのは」

「きゃ!!」

「リサ!?貴様、何を!」


 ユアンが立ち上がり場を取り繕おうと言葉を発した最中、アレクの声に続いて、リアの悲鳴とオスカーの怒号がした。


 見れば、手に掴んだ大きなルビーが中央に光る大振りなネックレスを宙に掲げ、しげしげと眺めるアレクが居た。その隣には、自分の命よりも大事なネックレスを許可もなしに奪い取られ慌てふためくリサと、令嬢にしては野蛮な行為に批判の声をあげようとするオスカーも居る。


「さぁユアン。早く浄化してしまいなさい。これで今回の任務は終了ですわ」

「やめ、止めて!!」


 リサとオスカーの声を、目の前で五月蠅く飛び回る虫を振り払うかの如く顰め面で無視したアレクシアが、ネックレスを持ったままユアン達の元に戻ろうと足を踏み出した。


 伯爵子息の腕に寄り添っていた少女の顔色が変わり、自分のネックレスを持っていこうとする令嬢に飛びつこうと動き出した。リサの手がアレクの腕にかかるものの、その手はネックレスには届かなかった。

 というのも、アレクが持っていたネックレスをユアンに投げつけたからだ。


 それは微塵の迷いもない、球投げの投手も真っ青な模範的で綺麗な投げ方であった――と、後に人々に語り継がれることになる。



「うわ!」


 ユアン第二王子、またの名を不憫王子が、弧を描いて飛び込んできたネックレスを危なげなく受け取った。


 彼の手が触れるや否や、ネックレスのルビーの部分から、黒い靄が抜け出していく。


 といっても、それが見えたのは、アレクシアとユアン、ミラ、そして持ち主だったリサのみであったが。


「う!うぐぐぐぐ」


 怪しげな光を帯びていたルビーがただのガラクタの如くその輝きを失った瞬間、後方に居たオスカーが苦しみだす。

 苦しげな表情のまま、オスカーの瞳はリサではなく、真っ直ぐにシエスタ嬢を射抜いていた。


「なんで、僕は………。しえ、すた。違う………僕は、婚約破棄なんてしたくない!!」

「オスカー様?」


 すでに涙も止まり、頬の雫も乾ききっていたシエスタは訝しげに元婚約者の名を呼んだ。先ほどまでの彼と全く違いすぎて、状況が把握できずにいる。

 それは周りの人間も同じだった。


「まぁ、説明をするとね「この娘が肌身離さず持っていたルビーのネックレスには悪霊が付いていたのですわ。それは、人の心を歪ませ、持っているものに必要以上の魅力を与えるものですの。最近噂になっていた事の発端はすべてそのネックレスによるもの」


 自分が云わんとしていたことを横取りさせて眉を下げていたユアンだったが、アレクの言葉が途切れた所で、自分の出番だと云わんばかりに再び意気込んで口を開いた。


「だ、だから「今までの、そして今回の婚約破棄はすべて、ネックレスによって人の心を操ったリサ嬢が仕組んだことです」

「リサ・モント。あなたへの制裁は、王が取り計らってくれるということ。幾人もの女性を泣かせた罪、きちんと反省なさることね」


 どこに待機していたのか、王宮の護衛をしていたはずの騎士の数名が一気にリサを包囲して、彼女の申し開きの言葉を聞く前に、彼女をどこかへと連れ去って行った。


「………っ」


 満足そうに頷くアレクと、無表情に状況を眺めるミラの斜め後ろで、自分の出番をすべて横取りされたユアンが遠い目をしながら項垂れている。その肩を数度叩き、慰めるのはカルロス。


 オスカーは悪霊に取りつかれていたせいで、ふらつく意識をそのままに、覚束ない足取りで自分が傷つけた令嬢に歩み寄る。今だ床に座り込むシエスタと同じ目線になり、オスカーは頭を下げて許しを乞うた。


 彼らを見守る人々の中には、すでに婚約破棄をしてしまった男女も数人紛れ込んでおり、真相をすべて明かされた後で、必死に自分が傷つけた最愛の人の元へ走り寄る姿が幾つか見受けられる。

 令嬢達の方も驚きに言葉を失い、口元を手で覆いながら、自分の元へ駆け寄ってくる元婚約者達を見つめている。


「やっぱりいいね、幸せな結末は」

「えぇ、本当に」


 ユアンとカルロスが、可愛らしい赤子を見守るような温かい眼差しで、そんな男女達を眺めている。


「そういえば」



 やるべきことを終え、用はもうないと去りかけていたアレクは、再び彼女に道を譲ろうと二つに綺麗に別れた人々の間を歩き出そうとした所で、忘れかけていた事を思いだし振り返った。


 彼女の性質を良く知っていると自負しているユアンは、非常に嫌な予感を覚えた。


「確かにあのネックレスは人の心を歪めるものですが、ゼロから何かを変えるという事ではありませんのよ。その人の中に眠っている感情を数倍、いえ、十数倍にする、それだけのことですわ」


 元婚約者の傍に居た男達が見事に氷漬けにされた。


「現に、あの娘の近くに居て、婚約破棄をなさらなかった男性もいると聞きます」

 アレクシアの背後に控えていたミラもまた、ごく自然に一言付け加えておいた。



 大広間に、消えかけていたはずの『雪女』達が復活する音が響いた、ように思う。




「それでは皆様、御機嫌よう」

 真紅のドレスと艶やかな青の髪をたなびかせながら、この国でも一二を争う公爵家の令嬢アレクシア・エアトンは、静かにその場を去っていった。



「あれが、祓い屋」

 人だかりの中で、誰かがひっそりと呟いた言葉が、静まり返った広間にポツリと落とされた。






 ―――その後、婚約破棄を撤回できた男女の話は、一度として聞えてくることはなかったという。










おまけ(その後と祓い屋メンバー紹介)


「ちょっとアレク!!なんであんな事言ったの!折角すべてが綺麗に収まる所だったのにっ」


 ダンスパーティーが行われていた屋敷を出た所で、ユアンが食って掛かった。

 カルロスは額に手を当てただけで何も言わず、ミラは自分を追い越してアレクに近づいていったユアンを無表情に見上げている。


「何故?と、おっしゃいました?」


 自分を責めるような声音に一瞬眉を顰めたアレクは、まるで魑魅魍魎に出くわしたかのような顔でユアンを見た。

 その表情を見て、この国で第二王子という高い位に居ながらもその有難味を全くと言っていいほど感じることのない可哀想な青年は、またしても嫌な予感を覚えた。

 

 アレクはそのすっきりとした眼差しに少しの憂いを浮かばせ、これ見よがしに溜息をついて、言い放った。


「私はただ、すべての女性に心の底から幸せになってほしい。と、そう、願っているだけですわ。それのなにが、いけなくって?」


 本日二度目の崩れ落ちを体験しつつ、第二王子ユアンは、夜闇の中颯爽と去っていく公爵令嬢の背を見送ったのだった。


●  ●  ●  ●  ●


祓い屋メンバー

アレクシア(アレク):公爵令嬢。通称男前令嬢。趣味、女性を愛でること

ユアン:第二王子。通称不憫王子。必殺技、崩れ落ち

ミラ:アレクの侍女。通称歩く冷凍機。はまってること、人(特にユアン)で遊ぶこと

カルロス:ユアンの護衛。通称一般人。好きな人、城下の食堂の看板娘シュリちゃん





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― 新着の感想 ―
[良い点] アレク様とユアンの(アレク様のが格上扱い)掛け合いが楽しかったです。連載(シリーズもの?)になったら、アレク様とユアンの出会いとか、恋の展開とかも見られるのかな~と思うと、続編すごく読みた…
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