第八夜
「灯、昨日大丈夫だったの?」
「あ、昨日はごめんね、陽子・・・、
びっくりしたよね」
「いや、大丈夫よ。
ただ、理々子と心配したわよ。
いい加減携帯くらい買ったら?」
灯は、陽子の言葉に唸る。
正直、灯の生活に携帯というものは必要ない。
基本的に家と学校の往復しかしないのだ。
しかし友人との連絡が取れないというのも困る。
「んんん・・・、
あったら便利だとは思うんだけどね・・・。
ただ、お父さんそういうの使わないからさ・・・」
灯の言葉に、陽子は驚きで目を見開く。
「この時代に!?
お父さん大丈夫なの!?」
「うん。
お父さんそういう機械的なもの苦手なんだよね。
直ぐ壊しちゃうし」
潰して。
「そうなんだ、
まぁ、個人の自由だしね」
灯と陽子が話していると、理々子がやってくる。
「二人ともおはよ!
あ、灯大丈夫だった?」
「おはよ、理々子。
ごめんね、いきなり帰っちゃって・・・」
「いいって!
また遊びに行けばいいじゃん!
今度はお父さんにしっかり言っておいてね!」
灯は、理々子のさっぱりとした感じに感謝した。
たまに、灯に文句を言ってくる子だっているのだ。
どうしようもないと分かっていても、やはり傷つく。
そんな中、理々子と陽子は灯にとって凄く助かる友人だった。
「わかった!
今度はしっかり言っておくから!」
灯の言葉に、二人は笑顔で頷く。
「あ、そういえばさっき職員室に転校生いた」
理々子の言葉に、クラスがざわめく。
程よく田舎なこの高校では、転校生など珍しいものはない。
「え、え!
女子!?男子!?」
「男子だったよ」
理々子の回答に、女子が悲鳴を上げる。
「まっちゃんとこにいたから、うちのクラスにくるんじゃない?」
ちなみにまっちゃんこと松田 典之は灯たちのクラスの担任だ。
「ええええ!!!
ねぇねぇ!!イケメンだった!?」
理々子の周りに一気に女子が集まる。
男子たちは隅の方で話を聞くようだ。
「ええええ、
ちゃんと見てないよ。
でも背は高かったよ」
理々子はめんどくさそうに、それでもしっかりと答える。
灯と陽子はその女子集団から一歩離れたところから、理々子の話を聞いていた。
「灯、興味ないの?」
「うーん・・・。
友達になれたらいいな、くらいかな。
そういう陽子は?」
「私も同じね。
変な人じゃなきゃなんでもいいわ」
余りにもドライな対応の陽子に、灯は苦笑する。
しかし、きっと理々子も同じような事を思っているのだろう。
だから、灯は二人が大好きだった。
自分の事を、あまり話さなくても聞き出そうとしない二人。
灯自身、分かっているのだ。
自分の立場があまりにも不安定なことを。
妖怪が父と言って、いったい誰が信じてくれるのだろうか。
沢山いる友人や知人は、ほとんど妖怪と言って、誰が馬鹿にしないでいてくれるだろうか。
二人であれば、きっとしないと信じている。
それでも、怖いのだ。
もし、それで自分と父が引き離されるような状況に陥ったら?
灯は、どうしてもそれだけが耐えられなかった。
それでも、いつか話したいとは思っている。
そのいつかが、いつになるかは分からないけれど。
「はーい、みんな席につけー」
そうこうしているうちに、松田が教室に入ってきた。
そして教室内の空気が浮足立っている事に気づく。
「はーい、みんな知っているみたいだなー。
ちなみに誰だー、気付いたの」
「はーい」
「おおう、東か。
あ、そういえばさっき職員室にいたな」
「そうそう、その時見ちゃった」
「はい、てなことで転校生が今日から来まーす。
入ってー」
松田は、語尾が伸ばしながら教室の前方にある扉に声をかけた。
がらり、と開かれた瞬間、教室内を絶叫が響き渡った。
「きゃあああああ!!」
「なにあれなにあれ!?」
「おい、なんだあいつ!!」
「モデル!?モデルなの!?」
「おおおおい!!
はい!
みんな、落ち着いてーーー!!」
松田の悲鳴のような声が何回も響き、教室はようやく静かになった。
「はい、自己紹介」
「はい、京都から来ました。
鬼平 恭一です。
仲良くしてもらえると嬉しいです」
灯は、みんなが騒ぐのも無理はないと正直感じた。
さらりと黒檀色の髪に、すらりとした手足。
身長は180越えているくらいだろうか。
というより、なんだあの頭の小ささは!!
そして鼻の高さは!!
若干妬みすら入った感想が出てくるほど、綺麗な男子だった。
「・・・なにあれ、シャンプーなにつかってんの・・・、
てか肌の手入れしてんの・・・」
前の席の陽子から、呪詛のような言葉が聞こえてくる。
しかしそれくらい、綺麗な肌をしていた。
敏感な肌を持つ女子高生からすれば、羨ましい限りの肌だ。
ちくしょう、と灯ですら思ってしまう。
羨ましい。
「あー・・・。
鬼平の席は・・・、夜鳥の隣でいいか。
夜鳥、教科書とか見せてやってくれないか」
「え、あ、
ハイ、カマイマセン」
先生の言葉に、複数の女子からの(いや、むしろほぼだろうか)視線が灯に突き刺さった。
女子怖いという男子の気持ちが、少しだけ分かってしまった灯だ。
「やとり、さん?」
「え、あぁ、宜しくね、鬼平くん」
「うん」
鬼平は鞄を机の脇にかけると、灯の机に乗っていたノートに目を付けた。
次の授業の為に早々に用意していたのだ。
まだ、朝のHRは終わっていないが。
「・・・夜の鳥って、書くんだね」
ふいにかけられた言葉に、灯はきょとんとした。
そんな灯に、鬼平はふふ、と小さく笑う。
「?」
「名字、珍しいね」
「、そ、そうかな」
「うん。
合わせると、妖怪の鵺って読めるね」
「!!」
どくり、と灯の心臓が脈打つ。
確かにそう読めるだろうが、どうしていきなり。
驚きに固まっていると、鬼平は微笑みながら続けた。
「俺の名字にも、鬼って入ってるから。
なんか親近感が湧いちゃった」
「そ、そうなんだー、
鬼ってカッコいいよねー」
何故かびくびくし始めた灯りを、鬼平は優しげな笑みを浮かべながら見続けた。