第六夜
『灯、灯!!
無事か!?』
天によって運ばれた灯は、そのまままっすぐに山へと向かった。
見慣れた山と家を視界に入れたとたん、目頭が熱くなり、父を見た瞬間にそれは決壊した。
「お父さんお父さん!!」
『馬鹿者!!
出かけるのであれば何故吾に言わなかったのだ!!』
「ひっく、ごめんなさいいいいいっ」
わんわんと子供のように泣きながら、灯は鵺の鬣に顔を埋めた。
ぎゅうぎゅうと抱きしめられながら、鵺は大きくため息をつく。
蛇は、灯を心配そうに見ながら周りをうろうろしている。
『――――天よ、
この度は灯を救ってくれたこと、感謝する』
『私とお前の仲だろう、水臭い事を言うな。
しかしちゃんと説明せねばならぬだろうよ』
『うむ、
今まで守っておったから、大丈夫だと思うてしまった。
主も大事ないか?』
『何、今回は屑の寄せ集めであったからな。
それよりいつまで泣いているのだ、灯』
流石に先ほどまでのような泣き方はしていないものの、灯は鵺の鬣から離れようとはしなかった。
「うぅうー・・・」
ぼろぼろと泣き続ける娘に、鵺は無理やり鬣から離させるとべろり、とその顔を舐めた。
『灯よ、
吾もしっかりと説明しなかったのは悪かった。
して、天に礼はしたのか?』
そう言って鵺はちらりと天を見る。
墨のような真っ黒で長い髪に、真っ黒な着流し。
そしてその背には大きな黒い翼が折りたたまれている。
若くも見え、しかし酷く老成しているかのような顔は、少しだけ心配そうに眉根を寄せている。
灯は、舐められた顔を制服の袖で拭くと、のろのろと天に向き直った。
「・・・天にぃ、助けてくれてありがとう」
『あぁ、無事でよかった。
それにしても久々よなぁ、息災であったか?
あのように小さな赤子が、このように大きくなるとはなぁ。
鵺よ、そろそろ灯も番を得るやもしれんぞ』
『黙れ!!
灯は誰にもやらん!
やっても、吾を倒せるもののみだ!!』
『ふはは!
そうなれば私が番うしかないな』
『貴様にもやらぬ!!
・・・灯よ、もしそのような存在が現れたらまず吾に言うのだぞ』
「え、っと・・・」
『ほぅれ、もういるやもしれんな』
『なんだと!?
どこぞの若造だ、灯よ!!
今すぐ吾の前に連れてくるのだ!!』
「いないいないいない!!!!
天にぃも変なこと言わないで!!」
『あはははは!!』
天はからからと笑った。
それに必死に止めようとする灯に、灯に詰め寄る鵺という変な構造が出来上がった。
『・・・なんじゃ、どうなっとるんじゃ』
灯の異変を悟り、慌ててやってきたぬらりひょんは、一人戸惑いを隠せずに立ち尽くした。
****
『しかしいつぶりだ?
灯が幼かった頃だから、10年ぶりか?
そんなに経ってないな』
『私にも色々とあったのだ。
何回も抜け出そうとしたのだが里の者がな・・・』
『なんじゃ、なんぞあったのか?』
暫くして、大妖怪三人は居間で灯の料理を待つこととなった。
もちろん、その前に灯にはなぜあのように言い聞かせていたのかも話した。
実際、妖怪の中でも灯の存在を快く思わないものはいる。
人間の子供を育てている鵺に対しても。
彼らの言い分としては、人間は驚かす対象でしかなく、なおかつ妖怪という種族の中に異分子である灯が入ることを良く思っていないのだ。
鵺の呪いは、そういったものから灯を守る為であった。
鵺と暮らす灯には、鵺の妖力が染みついている。
それが他の妖怪たちに香りとなってばれてしまうのだ。
灯はそれを聞いた時、心配かけてごめんなさい、と謝った。
そしてそこまでして守ってくれる父や、たくさんの妖怪に改めて感謝した。
『よい、灯が無事であれば。
しかしわかっておくれ、お前を守る為にはこれしか方法がないのだ。
だからこれからはしっかりと吾に伝えるようにしてくれ』
「うん、うん、ごめんなさい、お父さん・・・!」
『にしても、いいオンナに育ちそうだな』
『馬鹿者、灯は既にいい女子じゃ』
『そうだ、そして貴様にはやらん』
「ぬらりひょんのおじさまー、
料理お願いできるー?」
『もちろんじゃ!』
『またぬらりひょん・・・!!』
『どうして私を呼ばないのだ・・・!』
四人で仲良く料理をつつく。
妖怪たちは酒を飲みながら食べているので夕飯というより酒盛りだ。
楽しそうに話す三人を見て、灯は自分が未成年者であることを悔やむ。
成人さえしていれば、この輪の中に入れるというのに。
『灯、折角じゃからわしと飲もう』
『ぬらりひょん、灯は未成年だと言うただろうが!』
『そんなかったい考えの親父なんか嫌だろう、灯。
どうだ、私の番にならぬか』
『『天!!!!それは許さんぞ!!』』
「え、っとー、」
ぎゃいぎゃい騒ぐ大人たちに、灯はくすりと笑みを零した。
灯はちゃんと気付いていた。
怖い思いをした自分を慰めるために、皆が騒いでくれていることに。
たくさん笑わせてくれることに。
ぎゃいぎゃい騒ぐ三人に、灯もだんだんと楽しくなってくる。
「皆だけでずるい!私も入れて!」
その一言で、三人の笑みが深まる。
『おいで、灯。
わしの酌をしてくれ』
『灯、ぬらりひょんの隣ではなく吾の隣に』
『そんなジジィ共の隣ではなく、私の膝の上においで。
可愛がってやろう』
『・・・天、そろそろお主とは決着をつけねばならんな』
『鵺よ、私が勝つに決まっているだろう。
そして灯を番に』
鵺と天がにらみ合っている間に、ぬらりひょんが灯を手招きして呼ぶ。
そしてそのまま隣に座らせ、酌をさせ始めた。
『もう少しで灯も成人になるのぉ、
そうしたら一緒に飲もうな』
「うん、その時は一緒に飲んでね、おじさま」
『『おいこらああああ!!
なにを抜け駆けしているのだ!!!!』』
その夜、鵺の家からは笑い声と怒声が聞こえなくなることはなかった。