第五夜
「おはよ、お父さん、お光さん」
『・・・おはよう』
『おはよ、灯。
今日は学校かぃ?』
「うん、朝ご飯作っておくから食べて!
お光さんは今日どうするの?」
『そうさねぇ・・・、
出来れば灯が帰ってくるまではいたかったんだけどねぇ・・・』
言い淀むお光に、灯は少しだけ残念そうな表情を浮かべる。
「そっか、しょうがないね。
でも、今度来たときは一緒に遊ぼうね!」
明るく言う灯に、お光は感極まったかのように灯を抱きしめる。
その豊かな胸に、灯の顔が埋まる。
『ほんとにごめんねえええええ!!
必ず近いうちに来るからねえええ!!』
『お光!お光!
主の胸の脂肪で灯が!!』
『はああ!?
・・・灯!?灯!!』
「うううう、胸が、胸が・・・」
****
「灯、今日大丈夫なんだよね?」
理々子が昼休みに灯に問うた。
「あ!!
どうしよ、お父さんに言うの忘れてた・・・」
「えええ!!
じゃあ今日ダメなの・・・?」
しょぼんとする理々子に、灯は罪悪感に捕らわれた。
いくらお光が来てくれてテンションが上がっていたとしても、ちゃんと言わなければならなかったのに。
「・・・大丈夫!
一日くらい、お父さんも怒らない、と思う!!」
「ほんと!?」
「待って、本当に大丈夫なの、灯」
心配そうに陽子が問いかける。
その問いに、灯はぐぅ、と唸った。
出来るのであれば、行く前になんとか父に言っておきたい。
でもそうすると、理々子や陽子を待たせることになる。
それに一度帰ってからまた来るのも面倒だ。
「・・・大丈夫!
でもそんなに遅くまではいられないけど・・・それでもいい?」
「いいよ!!
やった!ウィンドウショッピングは無理でもせめてアイスだけ食べに行こう!!」
「・・・大丈夫ならいいんだけど・・・。
そうね、アイスだけにしておきましょう」
そう言って三人は放課後の予定を決めた。
灯は知らなかった。
どうして、鵺が灯の外出の際、必ず自分に言うようにしていたのかを。
鵺も教えなかった。
どうして、そのようにしたのかを。
「うわああ、確かに最近来てなかったけど・・・、
結構新しいの、入ってるー」
灯は陳列されているお菓子を見ながらつい、こぼした。
目の前には、季節限定と書かれたお菓子たちが灯を誘惑している。
「そっか、灯本当にコンビニとか来ないんだね。
あ!これこれ!!
前も食べたんだけどすっごく美味しくてさー!」
理々子はそう言ってアイスを取り出した。
「見て見て!!
期間限定、超濃厚ショコラバー!!」
「うわぁ、スゴイ美味しそう!!」
「濃厚で美味しかったわよ」
三人はわいわいしながらアイスを買い、外で食べようとコンビニの自動扉をくぐる。
ペリペリとあけ、理々子はすぐにアイスにかぶりついた。
「んんーー!!
おいひーー!」
体全体でそのおいしさを表現する理々子に、二人は笑った。
「そこまで美味しいの!?
・・・やばい、これは美味しいよ、今月一番だよ」
「灯、あなたコンビニ来るたびそれ言ってるわ」
「えーー、そんなことないよー」
灯は来てよかったと思った。
父に言っていないのは心苦しい部分もあるが、たまにはこうして突発的に遊んでみたい。
それに、そんな長い時間ではないから父も怒ったりしないだろうと。
「灯、今度は絶対ウィンドウショッピングだからね!」
理々子が唇をチョコレートカラーにしながら言った。
「うん!
今度はちゃんと言っておく!」
【----鵺の娘だな】
「!?」
灯を、急激な寒気が襲った。
「灯?」
いきなり顔色を悪くした灯に、陽子が心配そうに見てくる。
でも、ダメだと灯は直感してしまった。
ここに居ては、ダメだと。
「・・・あ、その、お腹痛くなっちゃった、
っ・・・、先、帰るね!
ほんとごめん!!」
「ちょ、灯!?」
灯は二人の声を振り切るように走り出した。
食べかけのアイスが、ぼとりとアスファルトに落ちる。
しかし、それを気にしている場合ではない。
走って、走って、走って。
家への道のりが、こんなにも遠いなんて。
―――、本当に家に向かっているのだろうか?
「---っ、はっ、はっ!!」
ざわざわと。
何かが。
蠢いている。
【---鵺の娘だ】
【---人間の、女】
【---ナゼヒトリ】
【---イナイ、鵺、好機、】
「---っ!!」
その時になって、灯はようやく気付いた。
どうして、父がいつも出かけることを言うように、言っていたのかを。
(---ぜんぶ、私をまもるためだ)
灯が一人で出かける際、鵺は灯に呪いを施していた。
鵺の娘だと分からないように、完璧に匂いを抑えて。
そうしないと、灯は出かけることが出来なかった。
学校や家へまでの道のりは、ぬらりひょんたちが施してある。
だから灯は一人でも帰れた。
しかし、そこから一歩でも出てしまうと。
【---むすめ、ムスメ!!鵺の娘!!】
ざわりと、影が動いた。
真黒なそれに、ぽかりと空いた空洞が、灯を飲み込もうとする。
ぬろぬろと、 中で何かが、
「----っ!!助けてっお父さん!!!!」
灯の悲鳴は、目の前の影に飲み込まれて、誰にも聞こえない。
もう、ダメだと思ったその瞬間。
『――――――何をしているのだ、お前は』
誰かの低い声が聞こえたかと思ったら、ばさりとまるで紙のように目の前の影が切れた。
「―――?」
突然の出来事に、灯は目を見開く。
父では、ない。
父は、人型になることは無い。
『―――全く、鵺もしっかりと話してなかったのか?
とりあえずさっさと家に戻るぞ』
「え、あ!?」
小脇に抱えられ、荷物のように灯を男は扱う。
そして背にある大きな翼を羽ばたかせた。
ふわりと、独特の浮遊感。
その真っ黒な翼は、灯の幼き頃の記憶を呼び起こさせた。
「―――っ、まさか、天にぃ!?」
驚きと恐怖で震える灯を、烏天狗の天が面白そうに眺めながら笑っていた。