第四夜
灯の生活は、至ってシンプルなものだった。
朝、起きて朝食を作り、家を出る前に鵺を起こして挨拶をする。
そして学校で一日の授業を終え、真っ直ぐ帰宅する。
休みの日は、家で掃除や洗濯をしたり、鵺と一緒に日向ぼっこをする。
偶にやって来る妖怪たちと一緒に遊んだりもする日もあるが、毎日ではない。
正直、女子高生としては枯れていると言っても間違いない生活を送っていた。
「灯ー、明日一緒に遊ぼうよ」
理々子がだらりと机にもたれながら、灯に声をかける。
「明日?
んーと・・・、うん、大丈夫だよ、あんまり遅くならなかったら!」
「やった!
コンビニでアイス食べよ!
あとはウィンドウショッピングも!
陽子も行くよね?」
「もちろん、
でも大丈夫なの、灯?」
「うん、大丈夫。
お父さんには今日言っておくから!」
だから今日はごめんね、と灯は一言謝ると教室を出て行った。
憐れな男子たちが、灯の残り香を感じている。
いつもの光景だ。
「よかったわね、理々子」
「うん!
久々に三人で遊べるね!」
嬉しそうに笑う理々子に、陽子も笑顔で頷いた。
****
「ただいま、お父さん」
『お帰り、灯』
いつも通りに帰宅すると、父は既に玄関にいた。
そしてなぜか少し顔色が悪い。
すると。
『灯~~~!!』
「うわ!?」
いきなり何かが灯に体当たりをしてきた。
「え、え、だ、だれ!?」
困惑していると、その人物は灯をむぎゅうと抱きしめて頬擦りまでし始めた。
灯の顔が、その人の胸に埋まる。
その豊かな胸に、古い記憶が呼び起こされる。
「~~っ、お光さん!?」
ぷは、と必死になって離れると、そこにはにんまりと笑う女がいた。
『久々だねぇ、きちゃった!!』
真っ黒で豊かな髪に、今にも零れ落ちてしまいそうなほどのバスト。
腰はきゅ、とくびれており、ヒップも申し分ない、女の理想。
それがお光だ。
そして彼女は、女郎蜘蛛である。
色々な言い伝えがあるが、お光は生まれてからずっと女郎蜘蛛らしい。
そして、灯が赤ん坊のころに助けてくれた女妖怪の一人がお光だった。
「きゃーー!!
お光さん久しぶり!!
今までどこにいたの、こっちにはしばらくいてくれるの!?」
灯は一瞬で気分が最高潮に達し、ぴょんぴょん跳ねながらお光の手を握る。
嬉しすぎて頬が紅潮している。
そんな灯を、お光は愛おしそうに見た。
『なかなか来れなくてごめんねぇ、
また行かなきゃならないんだけど、今日はここに厄介になろうとおもってね』
その言葉に、鵺がびくりと体を震わせる。
「ほんと!?
わぁい!
嬉しいなぁ!!
今日は一緒に寝ようね!」
『勿論さ、
可愛い可愛い灯、
どうなんだぃ、元気にしていたのかぃ?』
「うん!
ぬらりひょんのおじさまも良く来てくれるの!」
その瞬間の鵺は、見たことが無い位に絶望に満ちていた。
わかっては、いた。
きっと灯は言うだろうと。
それでも。
『・・・へーぇ?
ぬらりひょんが、ねェ・・・』
「?
どうしたの、お光さん」
『いいぃやあぁ?』
笑顔なのに、全く笑っていない。
鵺は、危険を察知して逃げようとした。
この家からは無理でも、せめて、この場から。
―――ぎゅううううううう
『!!!!!???????』
叫びださない自分を、褒めたたえたかった。
それくらい、痛かった。
『鵺?
あとで、ちょいと、話が、あるんだがねぇ・・・?』
にこりと、笑顔を浮かべるお光に、鵺は泣きそうになった。
なぜ、自分の方が、強いはずなのに。
しかし、灯の一件以来、鵺はお光たちに頭が上がらなくなっていた。
その事を、すっかり忘れていたのである。
『わか、った、わかったから、』
―――頼むから、尻尾から手を放してくれ!!!!
お光は、鵺の言質をとるとふわりと微笑んで手を放した。
ヘビの目から大量に水が零れているのはきっと気のせいではないだろう。
『よかった、
灯が寝てから、ね』
『・・・あい、わかった・・・』
死刑宣告というのは、こういうことを言うのだろうか。
鵺はふと未来の自分に合掌しそうになった。
『おや、
灯、腕を上げたね』
「本当!?
お光さんに言ってもらえると自信つくなぁ」
嬉しそうに照れながら言う灯に、その場がほんわかとなる。
今日の晩御飯は、お光が持ってきてくれた野菜をふんだんに使ったものだ。
せっかく持ってきてくれたのだからと、灯は腕によりをかけた。
それを褒めてくると、やはり嬉しい。
「いっぱい食べてね、お光さん、お父さん!」
『寝たのか?』
『あぁ、はしゃぎ疲れたんだろう』
お光は、灯が寝付くまで待っていた。
そして、寝付いたのを確認し、ひっそりと部屋を出てきたのだ。
そして居間に行くと、鵺はひとりで晩酌をしていた。
『ちょいと、あたしも頂戴』
ぐい、と瓶を横から掻っ攫われる。
しかし、鵺は何も言わない。
と言うより、言えない。
『―――で、ぬらりひょんはここに来てんのかい』
『あぁ、来ている』
『そう、かィ・・・』
物憂げなお光の表情に、鵺は一瞬だけ心配になった。
そして、直ぐにそれを後悔した。
『―――あぁぁぁンの!!!!
馬鹿やろぉぉぉぉぉぉぉおお!!!!』
『お光、お光!!
灯が起きる!!』
『馬鹿かィ!?
ちゃんと防音してきたに決まってんだろう!!』
叫びながら酒をかっ喰らうお光に、鵺は深くため息をついた。
二人の間に何があったのかは知らない。
しかし、聞くところによるとどうやらぬらりひょんがお光から逃げ回っている様だ。
何故なのかは、知らないし、知る必要もない。
そう思っていたのだが、こう毎回荒れられると、考えてしまう。
『鵺!!!!
今日はあたしに付き合いな!!!!』
『・・・あい、わかった』
項垂れる鵺を他所に、お光は酒をどこからともなく取り出すと浴びるように飲み始めた。
鵺は遠くを見つめたくなる。
そして幼いころの灯を思いだして頑張るしかないと自身に言い聞かせた。