第二夜
「灯、今日放課後遊ばない?」
「ごめんね、理々子、放課後は駄目なの・・・、
前もって言ってくれると、多分大丈夫だから!」
灯は申し訳なさそうに言うと、鞄をもって颯爽と教室を去っていった。
彼女の歩いた後には、ほのかに残り香が残る。
それを一部男子たちは必死になって嗅ごうとしていた。
「ちょ、男子キモイ!!
でもやっぱダメかぁ、今日こそはいけると思ったんだけどなぁ」
東 理々子は残念そうに唇を尖らせながら零した。
灯と理々子の子のやり取りは、結構な頻度で行われている。
本人が言った通り、前もって言えば放課後に遊ぶことはある。
しかし、当日にいきなりだと彼女は必ず断るのだ。
しかも理由が”お父さんが待ってるから”。
これだけ聞くと、どんだけファザコンなんだと思われるだろう。
しかし、灯の凄いところはそれでからかわれたとしても、本人は一切気にしていないところだ。
むしろ、嬉々として父の事を話してくる。
曰く、父は大きくて強い。
そしてとても優しい。
優しいだけではない、いつも自分の事を気にしてくれている、等など。
彼女に語らせようものなら、一時間では済まないだろう。
ちなみにそれでからかったものは、一時間以上父の自慢話をされたことにより、二度とそれでからかうことはなくなった。
「無理でしょー、
最近灯パパ、忙しくてあんまり話せてないって言ってたし」
理々子にそう言いながらしだれかかるのは、同じクラスの牧村 陽子だ。
理々子はショートカットの髪に、適度に日焼けした肌を持つスポーツ系女子だとすれば、陽子は胸元までの髪を緩いおさげにし、儚い系の文学少女、と言ったところだろうか。
実際はお腹真っ黒である事を知っているクラスメイトは、彼女に夢見る男子に合掌している。
「そうだっけ?
あーあ、今日駅前のコンビニに新しいアイス入ったって聞いたからさー。
まぁ、でもしょうがないか」
陽子は、理々子のこのさっぱりとした感じを好んで一緒にいる。
他の女子であれば、グチグチと文句を言っていても、理々子はそういったことはしない。
無理なら仕方ない、また誘えばいいと考えているからだ。
「そうね、また誘いましょ。
理々子、もう行く?」
「行く行く!
待って、準備すぐするから!
他に誰か一緒に行きたい人いるー?」
理々子がそう声を掛けると、何人かの女子が手をあげる。
陽子は、理々子のその性格を知っているので何も言わない。
楽しい事は皆で、と地で行く彼女が好きなのだから。
「ただいまー、お父さーん」
灯の家は、学校から少し離れた山にある。
山の麓から階段があり、それを登っていくと昔風の家屋がある。
それが鵺と灯の家だ。
しかし、それは他の人には見えない。
妖怪や、力をもつ人間しか見えない様に鵺が細工をしている。
『帰ったのか。
お帰り、灯』
鵺はのそりと体を動かしながら灯を出迎える。
何かをしていても、顔を合わせて挨拶をする。
それが、二人の間の決め事だからだ。
「ただいま!
今日は会議ないの?」
『・・・あぁ』
少し口ごもる鵺に、灯は怪訝そうな表情を浮かべる。
そんな二人に、第三者の声がかかった。
『灯、帰ったのか、久々じゃのぅ』
「ぬらりひょんのおじさま!!」
居間からひょこりと顔を出したのは、二人にとって恩人とも呼ぶべきぬらりひょんだった。
ぬらりひょんは、この地域一帯の妖怪の長だ。
掴みどころのない彼は、いつの間にかいて、いつの間にか消えている。
灯が赤ん坊だった時に、鵺に色々と助言し手助けしたのは、何を隠そう彼なのだ。
『おおぅ、大きくなったのぅ。
どうじゃ、鵺との生活は?』
「おじさま、そう言っているけど先週も会ったよ」
『呵々っ!!
これは手厳しいのぉ。
なんぞ困った事はないか、泣かされてはおらんか?』
話だけを聞くと、祖父と孫のような会話だが、ぬらりひょんの相貌は全く年老いていなかった。
長い髪は背後の宙に浮き、毛先はゆらりと陽炎のように揺らめいて消えている。
そして彼はどう見ても、20代から30代ほどの容姿にしか見えなかった。
初めて鵺がその容姿を見た時、灯を抱き込みながら叫んだものだ。
色呆けたかこのジジィ、と。
もちろんそんな鵺の頭には、ぬらりひょん手ずからたん瘤を作っていたが。
妖怪とは、本来の姿はもちろんあるものの、長い年月を生き妖力を持つものは、その姿かたちを変えることが出来る。
ぬらりひょんかて、本来の姿はもっと年老いており、後頭部分は人の数倍の長さを持っている。
そしてぬらりひょんは考えた。
人からかけ離れた姿を持っていると、灯が怖がるのではないかと。
もちろん鵺にも同じことを言い、同じように人型になるように言った。
それを速攻で跳ね除けてくれたが。
そうして気付けば、灯の前ではその姿になる事が当たり前になってしまっていたのだ。
逆に、鵺の容姿を恐れない灯に、自分も最初からそうしていればよかったと後悔したのは秘密だ。
「今日おじさまがここにいるってことは会議はないのね!
おじさま晩御飯はどうする?」
『おお、もちろん灯の美味しい飯は頂こう』
ぬらりひょんがそう返すと、灯は跳ねるように台所へとその姿を消す。
そして居間にはぬらりひょんと鵺が残された。
『―――、なぜ来た』
『わしかて灯と一緒に居たいわ』
『だからと言って一週間に二度三度は多いだろう』
『わしも暇でのぅ。
それに灯を見ている方が会議をするよりよっぽどええわぃ』
『ジジィ!!
ここは吾と灯の住まいだ!!
もっと来る回数を減らせ!!』
『黙れ小童!!
わしがおらねばろくに育てられんかったくせに何をほざく!!』
わぁわぁ言い合っていると、ひょこりと灯が顔をのぞかせた。
「お父さん?おじさま?
何かあった?」
『『何もない』』
二人の大妖怪は、今までの言い争いが嘘のように大人しく居間でくつろぎ始めた。