第二十一夜
「はあああい、皆席に付けーー」
担任である松田は、出席表をぺしぺし叩きながら自身のクラスの生徒に呼びかけた。
うえーい、と変に間延びした返事をしながら、生徒たちは次々に席へと戻っていく。
正直、松田は受け持つクラスがここで良かったと本気で思っている。
聞くだけでしかないが、まれに高校生と言うのは問題を生産しやすい部類の子たちもいると聞く。
幸いにして、この学校にはそういった輩は少ない。
そしてこのクラスは松田に協力的で、困らされたことなどほぼないに等しかった。
「あ、藍錆ッ、ダメだって・・・!」
・・・稀に変なものを連れてくる生徒はいるが、松田にとっては可愛らしいものだった。
「って!?
ちょ、待て!?
夜鳥!?なんで烏がいるんだよ!?」
「バレた!!
いやぁ、私のペットっていうか、なんていうか・・・」
「へぇ、烏って頭いいって聞くけど、そこまで懐くものなの?」
「うわー、触っていい?」
「すげー、夜鳥魔女っぽい!」
わいわい騒ぎだす生徒たちに、松田は慌てて静かに!と注意する。
「俺も触りたいけど、今はSHRだから!
ねっ!静かになら良いから!」
「それでいいのか、教師・・・」
普通、烏なんてものを連れていたら忌避される対象になり易い。
それでも、このように受け入れられているのは、夜鳥自身の性格と、彼女の周りの友人によるものだろうと松田は見ている。
明るくクラスのムードメーカーの東に、落ち着いた雰囲気で締めるところは締める牧村。
男子でも三国や鈴木など、上手くクラスを纏めてくれている。
だからこそ、自分がこんなにちゃらんぽらんでも大丈夫なんだな、と考えている。
「・・・あ」
「なに、どったの、まっちゃん」
「明日転校生来る」
「・・・はあああああ!?」
烏の事で頭がいっぱいだった。
変な話だが、どうやらまた転校生がこのクラスに来ると朝、校長先生に言われたのだ。
問題児じゃなきゃいいな、と思うのは仕方ない。
「ちょ、まっちゃん!
またこのクラスくんの!?
もう鬼平だけで十分なんだけど!?」
「ちょっと、それはどう意味だ?三国」
「女子ならいいよ!
男子はいらねぇ!!」
「あ、ごめ、男子!」
「「「うわあああああああ」」」
もちろん、この後松田は他のクラスの担任にくどくどと説教されたのは致し方ない事だろう。
「ねーねー、明日、どんな人が来るんだろうね!」
理々子はうきうきしながら陽子と灯に話す。
大きな弁当を突きながら興味津々と言ったように話し出す理々子に、陽子は落ち着きなさい、と優雅に食事を始めた。
「でも、確かに。
転校生なんて一年に一回でも多いのに、恭一君に続いて、なんてね」
「私の情報によれば、女子も他のクラスに来るそうよ」
「嘘!?」
「本当。
珍しいわよね、二人も、一緒になんて」
「―――気をつけろよ、灯」
三人で話していると、恭一が背後からパンを片手にやってきた。
その表情は飄々としているものの、どこか遠くを見つめているようにすら見える。
「・・・どうして?」
「んーー、なんか、な。
変な感じがする、すごく、掴みづらいんだよな」
曖昧な恭一の言葉に、灯は心配になる。
恭一は力を持った妖怪だ。
その彼が、なんとなくでしかないが変な感じがするといった。
つまり、彼の力が及びづらい何かがあるという事ではないだろうか。
「・・・わかった。
何かわからないけど、気を付ける」
「ん、一応他の奴らにも言っておく」
恭一はそれだけ言うと、パンを片手にふらりと教室から出て行った。
どうやら構内を見回るようだ。
「・・・大丈夫なの、灯?」
「うん、恭一君いるし、藍錆もいるから」
「なんかあったら言ってね!
出来る事なら手伝うよ」
「ありがと、陽子、理々子」
****
そんなクラスを見張る、一対の目があった。
それは鳥にしては、あまりにも不自然な存在だった。
羽ばたく事も、餌を探す様子もない。
ただただ、教室のある一室を睨むようにしていた。
「―――!」
しかし、一羽の烏に見つかろうとした瞬間、それはするりと紙となって木の上から落ちる。
今、見つかるわけにはいかないのだと言わんばかりに。
その紙の鳥を通して見ていた少年は、額に汗を浮かべながら深呼吸を一つした。
「―――師匠」
「・・・なんだ」
少年は気怠そうに呼びかけてきた少女に応えを返す。
「なにが、見えたんですか」
少年は、問いかける少女を見る。
ショートカットの明るめの髪に、猫のような大きな釣り目。
制服のスカートからのびる足は、健康的に細くしなやかな筋肉を持っている事だろう。
しかしへの字に曲げられた唇が、彼女が不満を抱いていることをありありと告げる。
「・・・明日から通う学校の風景だ」
「そんなの、わざわざ式使う必要ないじゃないですか」
「たまには練習をしないと、鈍るだろう」
「っ、あたしにも教えてください!!」
「お前には早いと、何度言わせる」
ぴしゃりと言うと、少女は不満そうにしながらも引き下がった。
「――――明日から、楽しみだ」
少年、安陪 皇は眼鏡の奥の目を、冷たく光らせた。




