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鵺の娘  作者: 水無月
19/24

第十ハ夜




「ねぇ、おとうさん」


『・・・なんだ、灯』




「・・・どうして、あかりはすてられたの?」





****




「―――、」


悪い夢を見た、灯はそう思った。

気だるげに体を起こすと、嫌になるくらいの汗にまみれている。

これではシャワーを浴びないと気持ち悪くて仕方ない。

ふぅ、と灯はため息をついた。


あれは、昔にあったことだ。

小さいころ、灯は自分の姿と父の姿が違うことに疑問をもつことがあった。

自分には、鬣も、大きな口も、蛇もいない。

どうして、父とこんなにも違う姿なのだろうか、と。


そして鵺は教えてくれた。

お前は、ニンゲンの子供なのだと。

自分とは違う生き物なのだと。


灯は、生まれてすぐぐらいに、山に捨てられていた。

それを、自分が拾ったのだと。


幼いころは意味が良く分からず、そうなんだ、とだけ思った。

しかし、学校に入って、自分の存在の異常さを知ってしまった。


人には人の、親がいる。

そして、親は子供を大切に育てる。

それが、普通。


なら、自分は?

どうして、自分は捨てられたのだろうか。

何かあったのだろうか。


考えても出ない答えに、灯は泣いて泣いて泣いた。

そして聞いたのだ。

父である鵺に。


「―――なんて、言われたんだっけ」


思い出せない。

とても大切な思い出のはずなのに。


灯は思い出せない事に少しの苛立ちを覚えながら、布団から出る。

さっさとシャワーでも浴びて、気分を変えないと。

ここにいる妖怪たちは、灯の心の機微に聡過ぎる傾向があるのだ。

灯は気分を変えるためにも、さっさと浴場へと足早に向かった。




「おはよう、お父さん、おじさま、恭一君」


シャワーを浴び終えた後、灯が居間に行くと、そこには雑魚寝状態の三人がいた。


『おはよう、灯』


鵺は既に起きていたのか、のそりと体を起こしながら灯に挨拶する。

しかしぬらりひょんと恭一はまだ夢の中の様だ。


「昨日けっこう飲んだの?」


『こいつらはな。

 ぬらりひょんのやつ、吾の家に酒を隠しておったらしい。

 どこからともなく持ってきては二人で飲んでおったわ』


きっと恭一君なんて、すごく喜んで一緒に飲んだんだろうな。

灯はそう考えた。

そうでなければ、この酒瓶の数はおかしい。

というよりおじさま、いったいどこに隠していたの。

灯はぬらりひょんを小一時間問い詰めたくなった。


『おー・・・朝かー・・・。

 む、おはよう灯』


ぬらりひょんが伸びながら起き上がる。

妖怪は二日酔いが無いのだろうか。


『・・・、ああぁー、良く寝た・・・』


ぬらりひょんに続いて恭一も起きたようだ。


「とりあえず、おじさまと恭一君はお風呂ね」


『?どうしてじゃ』


灯は凄みのある笑みで答えた。


「ほんとうに、お酒臭い」


二日酔いがなかろうが、酒を飲んだことには変わりない。

居間は、なら漬けでも漬けていたのかと聞きたくなるほどお酒臭いし、妖怪たちはその数倍酒臭い。


「あ、もちろんお父さんもね」


『!?!?』


「出てきたら、ここの片づけ、よろしくね」


そこでようやく三人は気付いた。

灯が怒っていることに。


『・・・あ、灯さん・・・?』


恭一が恐る恐る声を掛けるも。


「・・・なにかな、恭一君」


先程から一切変わらない笑みに、妖怪たちはがくりと項垂れた。






****





「ん?」


洗濯物を干していると、黒い影が灯の前を横切った。


「カァ」


「・・・烏?」


物干し竿に、大きな烏が止まっていた。

山には、基本的に動物は入ってこない。

鵺である父を恐れているからだ。

なのにこの烏は入って来て、灯の前にいる。

すると烏は足を見ろと言わんばかりに灯に差し出した。


「・・・手紙?」


烏の足には、紙が括りつけられていた。

これを読めという事なのだろうか。


「取って良いの?」


「カァ」


こくりと頷く烏に、灯はどういう教育をされたらこのような烏になるのだろうと変な事を考えていた。



―――灯へ


最近そちらに行けていないが、息災か

そろそろ鵺のいう事を守る事にも飽いたので

近々会いに行く

何かあったら手紙を届けた烏を呼べ

名は好きに付けてくれて構わない


――――天



「・・・あなた、天にぃのお使いなの?」


「カァ」


「んと、これらかどうすればいいのかな・・・。

 名前を好きに付けて良いって・・・あなたはそれでいいの?」


「カァ」


灯は生真面目に烏に伺いを立てる。

天のお使いを出来る烏であれば、この頭の良さも納得できる。

きっと自分の言っていることも理解しているのだろう。


「んーーー、

 ・・・あれ?」


灯は烏をじーっと見つめながら唸っていると、不意にその翼が青っぽく見える事に気付いた。


「ねぇねぇ、

 少し翼を広げてもらってもいい?」


「カァ」


ばさりと開かれるその翼は、きっと町や学校で見る烏よりもずっと大きい。

そして光に透かされてからか、黒いと思っていた翼は青紫のように見えた。


藍錆あいさびってのはどう?

 とっても濃い、青色の事なんだけど」


「カァ」


良いのか悪いのかよく分からなかったが、灯は烏を藍錆と呼ぶことにした。


「これからよろしくね、藍錆」


「カァ」




藍錆はまるでペットのごとく灯の傍について回った。

それを知った鵺が、天に対して何をしたのかは想像に難くない。



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