第十七夜
「そういえば、恭一君の妖怪姿、初めて見たかも」
灯は作った料理を持ってきながらそう言った。
最初は驚きすぎて、それに突っ込む暇もなかったのだ。
『なんだ、惚れたか』
「うん、ないね」
灯は即答した。
そして改めて恭一の容姿を見る。
人型の時より、体つきはがっしりしていて身長も伸びている。
顔つきも幼い感じは全くなく、むしろ大人の色気というものが出ているような気すらする。
額から伸びる日本の黒い角は、十センチほどあるのではないだろうか。
口元から見える白い牙も、よく見れば恐ろしげに見える。
それでも怖く感じないのは、恭一という存在を知っているからだろうか。
カッコいいにはカッコいいが、正直見慣れて食傷気味だ。
それにしても、どうして妖怪というのは着物を好むのだろうか。
ぬらりひょんも、天も、恭一ですら人型の時は着物を着ている。
「それが、酒呑童子の時の姿なの?」
『そうだな。
怒るともっと鬼らしくなるがな』
「でも鬼平って苗字も灯の苗字もそのまんまだったんだねー」
理々子が納得しながらいう。
それに陽子も同意した。
「お父さんが全部決めてくれたの。
名付けてくれたのもお父さんだよ」
『流石の鵺も灯の名を考えている時は一日かかっておったぞ。
あの時の鵺は見物じゃったのぅ』
呵々と笑うぬらりひょんをよそに、鵺は拗ねたようにぬらりひょんの酒を一気に飲み干した。
『あああああ!!
何を!?』
『煩い。
変な事を言うな、色ボケジジィ』
『ほーうううう!?
わしとやるつもりかお主!!』
「お父さん!
もう、ごめんね、おじさま。
今新しいの持ってくるから少しだけ待っててね」
『灯は良い子に育ったのぅ・・・、
鵺の娘とは到底思えん』
『どういう意味だ』
『そのままじゃ』
今にもまた喧嘩をしそうな二人に、理々子も陽子も楽しそうに笑った。
『なんだ、どうかした?』
「鬼平くん・・・、
正直、妖怪ってもっと殺伐としているのかと思っていたのよ。
でも、こんなに楽しそうなら、灯も大丈夫ね」
「うんうん、
灯が楽しそうにしているのが一番だよね!」
二人は、ずっと心配していたのだ。
いくら過保護と言っても、異常なくらいだと感じていた。
それに対して、灯が何も言わなかったから大丈夫だとは信じていたけれど。
それでも、実際に見るとようやく安心できた。
「ここで、灯は大切にされてきたのね」
『・・・あぁ、そのようだな』
そうして、夜が更ける前に理々子と陽子は恭一に送られて帰って行った。
『楽しかったか、灯』
「うん!
本当はあの二人にはお父さんのこと、紹介したかったの!
・・・怖がられなくて、ほんと、よかった・・・」
心底安心したと言うように胸を撫で下ろす灯に、鵺はべろりと灯の顔を舐めた。
『・・・灯の友であるのであれば、吾はそこまで案じてはいなかったぞ』
「!
・・・うん、本当に、いい友達なんだ・・・」
父に認めてもらえたのが嬉しくて、灯はそのままぽすんと鵺の鬣に寄り掛かった。
ふわふわの鬣から香る、かすかな白檀の香り。
灯はそのまま気づけば眠ってしまっていた。
『―――灯よ、
お前はどちらを選ぶのだろうな』
鵺の寂しげな声は、誰にも聞かれることなく溶けて消えた。
****
「んん・・・」
山城美紀は、薄暗い教室の冷たい床の上で、目が覚めた。
どうして、自分はこんなところにいるのだろう。
何故か、記憶が曖昧だ。
「―――やぁ、目覚めたのかい」
「!?」
不意に聞こえた声に、美紀は驚いて飛び上がる。
そして視界に映ったその人に、鼓動が一気に跳ね上がる。
「お、おにだいらくん!」
呼ばれた恭一は、にこりとひとつ笑みを返した。
「えっと、なにかしら、
というか、なんであたしは、ここに?」
「―――あぁ、記憶が混濁しているのか。
丁度いい」
「え?」
美紀は、恭一が何を言っているのかひとつも理解できなかった。
でも、なにか良くないことだと言うのだけは、空気から読み取れる。
「あのさ、悪いけど。
俺、君みたいなの好きじゃないどころか嫌いなんだ。
白粉臭くて喰う気にもならない。
二度と、近づかないでね」
美紀は、きょとんとし、そして激怒した。
どうして、そんなことを言われなくてはならない。
あたしに合う男は、あんたみたいのしかいとないっていうのに!
憤怒の表情をする美紀に、恭一は面倒だなと言わんばかりにため息をつく。
そして。
「んーー・・・、
なら」
そういって、恭一は一瞬で美紀の目の前に移動する。
そして、美紀の顔に手のひらを翳した。
「少しは、謙虚になりなよ」
「・・・え、
っひ、あ、あぁっ、いやっ、やめて!こないで!!
いやっ、イヤ!いやああああああああああああ!!!!」
どさり、と美紀の身体が崩れ落ちる。
びくりびくりと痙攣しているが、恭一の知った事ではない。
「ったく、
面倒なのが出てきそうだ・・・」
そういって、ぬるりと陰にその身を躍らせた。
――――失敗したか、
―――-そのようじゃ
――――やはり人間の小娘なぞ、使い物にならぬ
――――その通りにございます、
――――他に手は、ないかのぉ




