第十四夜
『———、良くないモノが、おるなぁ』
ぬらりひょんは盃を傾けながらつ呟いた。
自分の領域に突如湧くように発生したソレは、あまり気分のいいものでは無かった。
『・・・ん?
この方角じゃと、灯のほうか・・・?
うぅぅむ・・・。
念の為確認しておくかの・・・』
むらりひょんはそういうと、よっこらせと腰を上げた。
****
「恭一君」
「なんだ」
「完全に寝坊しているんだけど」
「そうだなぁ。
気持ち良かったからなぁ」
「・・・そうじゃないでしょーー!
もう!どうするの!
理々子たちに何て言えばいいの!!」
灯は頭を抱えながら叫んでいる。
「なんだ、別に構わないだろう、
俺と一緒の方が安全だしな・・・」
恭一は、ぼそりと呟く。
その言葉は灯には届かない。
「・・・もう、仕方ないから諦めよ・・・。
恭一君、教室戻ろ・・・」
灯は一通りわめくと落ち着いたのか、とぼとぼとした足取りで戻って来る。
そんな彼女の様子に、恭一は笑みを零した。
彼女のこの感情の代わり具合が、恭一には面白くて仕方ないのだ。
そのまま、灯と恭一は屋上を後にすべく歩き始める。
「・・・」
そして、扉をくぐる瞬間、恭一は屋上のある棟とは反対側にある棟に、目を向けた。
教室の一つが、微かではあるが瘴気を放っている。
量的には少ないので小物だろうと判断する。
たとえ、そこにヒトがいたとしても。
妖怪である恭一には関係の無い事だ。
自分が気にすべきは、灯とその友人のみ。
それが、恭一という妖怪であった。
****
「あ、やっと帰ってきた」
「もう、灯ってば・・・、
心配したのよ?」
「ごめんね!理々子、陽子・・・!
少しのつもりががっつり寝ちゃってさ・・・」
教室に戻ると、理々子と陽子が待ち構えるようにして灯を待っていた。
既に放課後で、灯と恭一は午後の授業を全てすっぽかしてしまっていたのだ。
「すまない、俺も一緒になって寝てしまって・・・」
「いやー、いいんだけどね。
ほら、煩い子とかいるからさ。
ま、気をつけなよ、灯」
「うん、ありがと理々子」
「ノート、貸す代わりに今度お菓子作って欲しいわ」
「うわぁ!作る作る!
陽子はパウンドケーキ好きだったよね!
今度理々子の分も作ってくるね!」
四人でわいわいと話していると。
「ん?
あれ、山城さん?どうしたの?」
不意に、教室のドアのところに女子生徒が一人、立ち尽くすようにいた。
茶髪に染められた髪は緩く巻かれており、化粧もバッチリだ。
どちらか言うと、灯たちのようなタイプとは関わり合いのない系の女子。
「・・・」
何も言わない山城に、理々子が不思議そうに見ながら問うた。
「えっと、山城さん?
何か、用かな?」
そう言って近づこうとする理々子に、恭一は鋭くそれを止めた。
「待て!!」
「え?」
「―――――イ、―――クイ・・・ニクイ、ニクイ!!!!」
その女子生徒―――山城美紀の身体から突如黒い霧が噴出した。
「えええええ!?」
「きゃあああ!!」
理々子と陽子はその光景を見て悲鳴を上げる。
しかし、灯はその見覚えのある光景に身体を震わせた。
「ッチ!
灯!こっちに!!」
恭一が舌打ちしながら灯の手首を握る。
「キョウ、イチ、クン・・・
ドウシ、テ、ソノ、オンナ・・・ナノ・・・
・・・ドウシテ、ワタシヲ、ミテ、クレナイノ・・・!!」
山城の本来目のある部分は、真っ黒な空洞の様になっており、首はかくんかくんと不自然に揺れている。
「なにあれなにあれ!?
山城さん!?
え、エクソシスト的ななにか!?」
理々子はパニックになりながらも変に冷静に分析する。
「おバカ!
そんなこと言っている場合じゃないでしょ!
灯!
山城さんは灯を狙ってるようだわ!
早く逃げて!」
灯は、二人の言葉を聞きながらも呆然としていた。
どうして、としか考えられない。
学校は、お父さんの呪いによって守られているはずなのに、どうして。
なんで、よりによって二人の前で。
固まる灯に、霧は思ったよりも早い動きで灯に伸びていく。
ダメだ、逃げなくちゃ、そう思うのに、身体が動かない。
霧が目前まで迫った瞬間、
「―――っはァ!!」
恭一が一瞬力むと、そこにはヒトでなくなった恭一が立っていた。
真っ黒な角が額から二本生え、口からは大きな牙見えている。
さらさらの黒檀の髪は、背中の中ほどまで一気に伸びて美しくたなびいている。
着ている物も、制服から色鮮やかな赤い着物へと変化していた。
「―――ふん!」
恭一は一言そう言いながら、腰にさしていた刀を一度だけ振り下ろした。
そうすると。
――― ―――――ギャアアアアア―
山城さんに纏わりつくようにしていた黒い霧が、耳障りな悲鳴を上げながら一瞬にして掻き消える。
それは、いつか天がしたような光景とそっくりだった。
霧は一瞬で霧散し、山城はそのまま床に崩れ落ちた。
「えっ!?なに!?
これ撮影!?」
「落ち着きなさい、理々子!
灯!!怪我はない!?」
へたりと座りこむ灯に、陽子は慌てて聞いてきた。
目の前にいるわけのわからない存在を無視して。
「――――うん、だい、じょうぶ・・・」
灯は呆然としながらその一言を吐き出すように言った。