第十三夜
最近、怖い夢ばかりを見る。
いつもいつも、何かに追われている。
走って逃げるけど、逃げ切れたのかはわからない。
でも、とてもとても、恐い夢。
どろりとした何かが、ずるずると。
そしていつも変な事を言ってくる。
聞きたくない事ばかり、言ってくる。
今日も、眠れない。
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「灯、今日は屋上に行かないか?」
昼前、恭一はひそりと灯に耳打ちした。
屋上は安定で立ち入り禁止だ。
しかし恭一はそのような事は一切気にしなかった。
「え、理々子たちは?」
「今日は二人で。
話したい事もあるんだ」
灯は、不思議に思いながらも何かあったのだろうと考え、恭一の案を飲んだ。
「―――本当に、いい天気だ、
こんな日は酒を飲みたくなるな」
「恭一君、そう言って昨日の夜飲んだよね?」
灯と恭一は、理々子たちに断りを入れてからひっそりと屋上に向かった。
二人の仲を勘繰る人は勿論いる。
しかしあくまでも幼馴染と言うスタンスを灯は崩さなかった。
恭一は少し過ぎるスキンシップがあったが。
「酒は毎日飲んでもいい。
俺にとっては酒は命の水だからな!」
呵々と笑っているが、学校でそう言った発言をするのはやめてほしいと灯は思う。
誰に聞かれてしまうかわからないから。
「とりあえず、はい。
お弁当ね」
「おお!
待ってた!
・・・おおおお!!
ちゃんとリクエストしたのも入ってる!」
灯は恭一と仲良くなってから、お弁当を彼に用意するようになっていた。
昼食時に見る灯の弁当に恭一が興味を示したからだ。
作ってくれとせがまれ、一人分も二人分も変わらないと考えた灯はそれに了承したのだ。
「んむ、んまい、
鵺はいつもこのように灯の手料理を食しているのか」
「ご飯は私担当だしね。
でもまぁ、そもそもお父さんあんまり食事要らないはずなんだけどね」
妖怪たちは、総じて食事というものの概念が無い。
気に入ったものを食べる事はあるが、基本的に食べなくとも生きていけるのだ。
一部を除いては。
そして鵺やぬらりひょんも、基本的に食事はいらない。
しかし、灯の料理は気に入っているのかそれだけはしっかりと食べるようになった。
「羨ましい・・・、
灯、俺も一緒に暮らしたい」
「え。
お父さんに聞かないとわからないけど・・・。
多分大丈夫なんじゃないかな?」
灯はそういうが、恭一は絶対に無理だろうなと考えている。
鵺の灯への溺愛具合を考えればわかる事だ。
どうにかして転がり込んでやろうと考えていると。
「そういえば天にぃは最近来れなくなってるけどね」
「?
なんでだ?」
「んー、
最近お父さんと恭一君一緒に出掛けたでしょ?
あの時に天にぃが来てね。
二人でぼんやりしてたら寝ちゃって。
帰ってきたお父さんがひっくり返ってた」
「・・・寝てた?」
驚きの表情をしながら問う恭一に、灯は気付かないままご飯を口に入れながら頷いた。
うん、今日のから揚げの味付けは上手くいった。
「昔、よく一緒に昼寝してたからね。
そん時みたく二人で並んで寝てたの。
起きたら天にぃが私の事だき枕にしてたけど。
それ見たお父さんが叫んでひっくり返って、天にぃを叩き出してた」
恭一はその言葉ににやりとする。
なるほど、だからここ数日期限が悪いのか。
「・・・ごちそうさまでした!」
最後のデザートで用意したみかんを食べきると、灯はそのまま空を見上げた。
日差しは温かく、風も無いから少し暑いくらいだが、夕方になればきっと寒くなるのだろう。
抜けるような青空から、今日は雨は降らないなぁ、と考えていると。
「なんだ、眠くなったのか?
なら少し寝よう」
何かを勘違いした恭一が、そのまま灯の隣に横になった。
「・・・なんで?」
「いいじゃないか。
烏天狗とは昼寝をしたのだろう?
ほら、腕貸してやるから」
そういって恭一はぐい、と灯を無理やり横にならせた。
もしこれが、同年代の男の子だったら灯の心臓は爆破してしまうのではないかと言うくらい早く打っていた事だろう。
しかし、相手は数えることすらできないほどの年上のしかも妖怪。
ときめく要素がない。
たしかに恭一の見目は麗しいが、それをいったら天だってぬらりひょんだってそうだ。
だからと言っては何だが、灯は一切の緊張を見せずに気付けば寝落ちをかましていた。
「・・・ここまで早いとはなぁ」
全く意識されていない事に、恭一は苦笑を漏らした。
それでも、今はそれでいいと思い、灯を腕に抱きしめるとゆっくりと双眸を下した。
―――――なんで。
どうして、あのこばかり。
かわいくもない、なんの努力もしていない、あんなこに。
美紀は、たまたま屋上が見える教室にいた。
携帯を忘れてしまったので、一人で取りに来たのだ。
そして、向かい側に見えた光景に、驚愕した。
そこには、鬼平恭一と、あの女がいたのだ。
立ち入り禁止のはずなのに、どうして、と考えていると。
不意に恭一が横になった。
あの女の隣で。
そして甘えるように手を引き、彼女を抱き込んだ。
重なったように見えるそれに。
「―――――!!!!」
美紀は、言いようのない感情に支配された。
それは怒りであり、
憎しみであり、
羞恥であり、
殺意であった。
どうして、あんなこがわたしよりもいいおとこをつかまえているの
どうして、あんなこにまけたとおもわなければならないの
どうして、どうして、どうして―――!!
――――――憎いのか
不意に聞こえた声に、美紀は何も考えずに絶叫したい気持ちで肯定した。
ころしてやりたいくらいに、にくい!!!!
その瞬間、ずるり、とどこかで聞いたような音が耳に届いた。
どこで聞いたんだっけ、と考えようとし、そして夢を、思いだした。
――――――みいぃつけぇたぁぁ・・・・
そして、ブラックアウトするその時。
どろりとした何かが、覗き込むようにこちらを見ていた。