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鵺の娘  作者: 水無月
13/24

第十二夜




どろりどろりと、何かが這いずっていく。


ソレ(・・)は、形を成さないもの。


ソレ(・・)は、意味を成さないもの。




 ――――――、




不意に、それは何かを感じ取った。


それは、それにとって心地の良い物。


歓迎すべきもの。


ずるり、ずるりと。


それは。







****





さわさわと木漏れ日が灯の頬を照らす。

耳に届くのは、微かな川のせせらぎと、葉擦れの音。

目を瞑れば、瞼が赤く、いつかの歌の様だと灯は一人感じた。


灯は一人、縁側で日向ぼっこをしていた。

いつもであれば、学校の休みの日、鵺は灯と共に日向ぼっこなどをしてくれる。

しかしその日、珍しく鵺は恭一と少し出てくると言ってきたのだ。


勿論それに駄々をこねるわけはない。

わかったと一言言うと、何故か鵺の方がおろおろとし始めた。


『ひ、一人で寂しくはないか?

 直ぐ帰ってくるから、いい子にしておるのだぞ』


そんな彼の様子に、灯はつい笑ってしまう。

父は自分の事を幾つだと思っているのだろうか。

でも、心配してくれるのは嬉しい。


「うん、大丈夫だよ。

 ちゃんと家で待ってるから、早く帰って来てね」


鵺はその言葉に何度も頷き、すぐに帰ると言い残して飛び立った。


そして灯は一人で昼食を食べ、そして縁側で日向ぼっこをし始めた。

女子高生としては、枯れている。

それは本人も感じていた。

しかし、ゆっくりとするのが一番好きなのだ。


確かに、町へ行けば心躍る綺麗な物や楽しいものが沢山あるだろう。

でも、そこに鵺は行けないし行かない。


なら、灯は父と一緒に入れる方を選ぶだけなのだ。

それに灯自身、沢山の人がいる町に行くより、山で静かにしている方が好きなのだ。


そうしてぼんやりとしていると、不意に羽音が耳に届いた。

鵺の住処であるこの山には、基本的に人も妖怪も立ち入らない。

立ち入るとしてとしても、鵺や灯の知り合いの妖怪ぐらいしか来ない。

あとは、父である鵺より強い妖怪か。

だけれど、その音に灯は聞き覚えがあった。


『―――灯、こんなところで寝ていると、風邪をひくぞ。

 人の子は弱いのだろう?』


「―――天にぃ」


そこには、烏天狗の天が、漆黒を纏いながら降り立っていた。






「今日はどうしたの?

 お父さんいないよ?」


『なに、灯に会いに来たのだから鵺はいらん』


灯は訪ねてきた天を居間へと招き、そして今は二人で茶をすすっていた。


「そうなの?

 何か用でもあった?」


灯は自分で用意した茶菓子に手を伸ばす。

洋風のお菓子ももちろん好きだが、緑茶には和菓子は外せないとひそかに考えている。


『いやな、酒呑童子が来ていると、聞いてな』


「恭一君?

 来てるよ。

 今日はお父さんとお出かけしてるけど」


灯の言葉に、天はその端整な顔に皺を寄せた。


「?

 恭一君と仲悪いの?」


『そのような事は無いが・・・、

 なんだ、そのキョウイチクン、とやらは』


どうやら自分が彼をそう呼んでいることが気にくわないらしい。

父も同じような反応をしていた。


「名前?

 そうやって呼ぶようにって言われたの。

 変かな・・・」


『・・・あの色ボケロリコンじじぃめ・・・。

 ぬらりひょんで十分だと言うのに・・・』


天は小さく何かを呟いたが、それが灯の耳に届く事は無かった。


『最近は何もないか?』


「うん、お父さんの呪いから出てないし、学校では恭一君がいるし」


『まぁ、酒呑童子ならまず大丈夫だがな。

 なら、灯は今一人で留守番中なのか』


「そう。

 ぬらりひょんのおじさまも最近来てないし」


灯の言葉に、天はふむ、と考える。

鵺もいない、ぬらりひょんもいない。

そして酒呑童子もいない。

なれば。


『なれば灯。

 今日は私と過ごそう。

 幼いころに会って以来故な。

 今までの事を教えておくれ」


灯は天のその提案に即座に頷いた。

前は父が居て少ししか話せなかったのだ。


灯にとって、天は大人の男の人、という括りに入っていた。

そうでなければ、初恋の対象としてみなかっただろう。

それゆえに、天と二人で話せる状況に少しだけ浮かれた。


「天にぃと別れたのはいつだっけ?」


『そうさなぁ・・・、

 あれは灯がまだ十になる前だったな』


「そっかぁ、ならもう五年以上は最低でも会ってないんだね。

 天にぃがいなくなったあとね・・・・・・」


天は、灯の耳あたりのいい声に目を閉じた。

小さいころは、もっと高かったと記憶している。

それが、少し会わぬだけでこうも変わるのか。


可愛い可愛い灯。

天にとっての温もりの総て。


「でね、その時お父さんってば、」


『―――なるほど、それは面白い状況になったのだな』


「でしょう!

 あとね、学校でね」


天は灯の話を聞きながら考えていた。

どうしたら、彼女を自分の元で守れるようになるのだろうか。


正直、酒呑童子の出現は天に危機感を覚えさせた。

酒呑童子と灯に面識が会ったとは聞いていない。

ということは、つい最近あったにも関わらず名を呼ぶ仲になっているという事だ。


学校でも一緒にいると聞いた。

そして、それを鵺が了承しているとも。


自分はそんな事は無かったと言うのに。

悋気を、覚える。


「・・・それにしても、良い天気だね」


『そうだな。

 こんな日は昼寝でもしたくなるな』


ごろんと床に寝そべる灯に、天は同じく横たわった。

鵺が居ればはしたないと怒られるかもしれないが、今はここにいない。


「―――ふふっ、

 小さいころ、よく一緒にお昼寝したね」


『・・・懐かしいな』


小さな灯を抱きかかえ、よく昼寝をしていた。

子供の体温は高く、そして心地よかった。

全幅の信頼を寄せられていると、感じられた。


『少し、寝よう、灯』


天は、小さいころと同じように灯をその腕に抱えた。

やはり、暖かい。


「・・・ぅん・・・」


ポカポカとした陽気のなか、二人は眠った。




それを発見し、絶叫する鵺の声に叩き起こされるまで。



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