第零夜
―――――気まぐれでしかなかった
長い時を気ままに過ごし
気まぐれに人を助け
気まぐれに殺した
それが、吾の在り方だからだ
吾は、人から妖怪と呼ばれていた
鵺、と
吾を見る人は、皆揃いも揃って悲鳴を上げた
醜い、と
その様な事を言う人は、喰ろうてすらやらず、四肢をもぎ取ってやった
猿の頭を持ち、虎の胴体に蛇の尾をもつ吾が、醜いなどとあろうはずもない
しかし柔い人は、皆吾を見ると悲鳴をあげた
ぬらりひょんに聞いた
人は、自分からほど遠い姿をしていると、恐れるものだと
百鬼夜行の主がそういうのであれば、そうなのだろう
吾は、それからも気ままに過ごした
山一つを吾の根城とし、やってくる妖怪をもてなしたり喧嘩をしたりした
いくつかの時代が過ぎ、
何人もの人が生まれては死んで
しかし吾ら妖怪は、何にも干渉することなく、自分達の世界で生きていた
気付けば、鉄の塊が空を飛び
鉄の塊がものすごい勢いで走ったりする
そんな時代へとなっていった
吾の山を切り崩そうとした人はいたが、もちろんこちらから攻撃をして止めさせた
死人が出たかどうかなど、どうでもいい
これは、吾の根城
人如きに侵されるはずの無い、吾の神域なのだ
しかし、妖怪の中には人に追いやられたやつもいた
そんなやつらは、人に復讐しようとし、結果気付けば消えていた
しかし、吾には関係の無い事だ
そうして、数え切れないほどの時を過ごしていた
不意に、山の麓から
耳障りな音が聞こえた
意味を成さないその言葉は、吾の耳に響いて聞こえた
何を言っているのか
ただただ泣き叫んでいるのか
吾は、その声の主が気になり、暇潰しがてら空を駆けた
そこにいたのは、人の赤子だった
顔を真っ赤にしながら、泣き叫ぶ赤子に、吾は戸惑わざるを得なかった
この山は、吾が昔から根城にしている事もあり、人は立ち入らない場所となっていた
そのはずなのに、なんだ、この赤子は
なぜ、ここにいるのだ
ぱちりと開いた眼は、真っ黒だった
もっと泣き叫ぶかと思い来や、赤子はわけのわからない言葉を発しながら吾に手を伸ばしてきた
必死に何かを掴もうとする赤子に、吾はきっとやきが回っていたのだ
自身の毛を、赤子に触れさせてやった
その瞬間、赤子はふにゃふにゃと笑い始めた
その瞬間、何かが吾の中を走った
それが何なのか、いまだにわからない
しかし、悪いものではなかったと思う
そんな子供が、吾を呼ぶ
「お父さん!」