プロローグ
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桜の前に、幼き少年は立っていた。
なぜここにいるのか。親と逸れてしまったのか。どうやってここに迷い込んだのかわからない。空は黒く月明かりだけが照らすだけ。けど、少年は不思議と恐怖を感じていなかった。
ただ、目の前で美しく花を咲かせる桜を眺めていた。
綺麗に太いしめ縄が張ってある桜の大樹。周辺の桜より一線を隠すほどの迫力があった。
月明かりに照らされる桜は光を放ち、街灯のような役割を担っていた。暗がりでも先が見えるほどに明るく、妖しくも美しい幻想的な世界を作り出している。
これを見た少年は生涯忘れ難い衝撃が記憶に残るだろう。
桜に酔いしれる少年は大樹に近づいた。
とくに理由はない。身体が勝手に動いた。それだけだった。
そう思った。が、少年はどこか懐かしい気持ちになった。
「来たのですね」
声が聞こえた。その方向に少年は視線を送ると、声の主は先程までなにもなかった場所に美しい女性が静かに立っていた。
少し変わった巫女装束を身に纏い、長い白髪を靡かせていた。
不思議そうに小首を傾げる少年に、女性はどこか切なそうに微笑んだ。
女性は舞い落ちる桜の花弁を手に乗せて、少年に近づいた。
少年はいつのまにか盃を手にしていた。並々を注がれた無味無臭の透明な液体は青白い光を放ち、とめどなく溢れ、ぽたぽたと盃から零れ落ちていた。
女性はその盃に、手に乗せた桜の花弁を浮かべた。
その行動に、少年は理解が追いついていなかった。けど、これは大切なことなんだと自分自身が無意識に受け入れていた。
女性もいつのまにか盃を用意していた。少年の持つ盃よりひときわ大きい盃だった。
にっこりと申し訳なさそうに笑う女性も、桜の花弁を青白く光る透明な液体に浮かべた。
少年もまたともに笑う。初めて出会うというのに、慣れ親しんだかのように。
軽く笑い合った少年と女性は盃を軽く当て合い、酌み交わす。
ふぅ、と一息つく頃に女性は少年を乱暴に抱き寄せていた。
持っていた盃は少年の手から離れ、並々と入った盃が地面に落ちると同時に透明な液体はお互いの足元を濡らした。
女性の行動に少年はよくわかっていなかった。
けど、強く抱き締める女性の身体は震えていた。まるで怯えているようだった。
泣いているのだろうか。少年には顔が見えないからよくわからない。けど、そんな女性の震える背中を撫でた。落ち着かせるように。宥めるように撫でた。気が済むまで。
長く、そうして、少年の意識が遠のくまで続けた。
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