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8

桜と二人、放課後、ひたすら遊んだ。

 小学生になってから一緒に遊んでいなかったし、俺は久々に友達と遊べるし。

だって、その頃は放課後はババアとの修行ばっかりだったから。

 なんだかんだで、一学期の放課後は、ほぼ丸々桜と遊んでいたよ。


 ばばあとはどうしてたかって?



 自転車、初めて乗れた日って覚えているか?



 ……まぁ、聞けよ。


 公園で乗る練習したよな。補助輪を片方はずして走ったり、父親に後ろを持ってもらったり、ひたすら自転車に乗れる為に練習した。


 結構、苦労しなかった?


 俺は運動神経が鈍いから、大変だったんだよ。


 乗れるようになった時は、嬉しいし、もうどこへでも行けそうな気持ちになった。

 俺、自転車に乗れるようになったのが本当に遅かったからさ。


 ババアと喧嘩した後、久々に男友達と遊んだ時だったんだが、周りの友達がみんな自転車で移動していてさ。これがあせったのなんの。


 プールの時もそうだったけど。

だってみんなが出来ることが、自分だけ出来なかったら、焦るだろ?


 実はその前に俺、一回、自転車に乗ろうとチャレンジして、出来なくて、格好悪いけど諦めちゃっててさ。

 また練習をし始めたきっかけが、桜と一緒に帰り道を歩いている時だったんだ。


「このあいだ、ともだちとあそんだんだけども、みんなじてんしゃにのっててさ」

「へぇ。でもじてんしゃ、はやいよね」

「うん。でもおれのれなくてさ。……さくらはじてんしゃ、のれる?」

「え? う、うん。のれるよ」

「(!)え、ほじょりんなしで……?」

「う、うん。そんなじょうずにはのれないけど」

「へぇ―……そうなんだ」

「みんな、のれるからそんなたいしたことじゃないけど」



『みんなのれる』



 ぐ! さぁ!



 さりげなく俺を刺す桜さん。


 この時、子供ながりに焦ったんだよ。


 正直、運動では、桜のこと舐めておりました。


 だってさ、自転車って乗れるまで結構大変じゃん!


 ドン臭い桜のことだ。俺が乗れないんだから、絶対自転車に乗れるはずなんて……。

 そう高を括っていたのだが。まさかの私、乗れますとの事。


 自分が舐めてた人が自分を上回る……。


 焦るよね。さもしいけどさ。


 そこから、危機感を感じてね。二度目の練習をし始めたんだ。


 一回挫折してから、自発的に初めて夕方から夜に一人で、公園で自転車を漕いで練習した。


 転んで膝とかすりむいてな。半分泣きながらだったよ。


 普通、父親とか手伝ってくれるんだけど、父親帰るの遅いし。


 毎晩、一人。


 しかもタイミング悪い事に夏近いから怖いテレビ番組とかやっててさ。


 ……つい見ちゃうんだよね。


 あなたの知らない世界。


 みのもんたのヤツ。


 なんでおもいっきりテレビ見れるんだよ。学校行けよだけど、なんかのタイミングが重なって、見れるときがあんだって。


 夜、暗いの怖い。帰り道とか嫌だったなぁ。何日も練習してもなかなかうまくいかなくてな。


 かあさんとかも、心配してたよ。


 見に来り、たまに手伝ったりはしてくれてたよ。でも全然うまくいかなくて、そんな自分に情けない気持ちでいっぱいだった。


 そんな日が続いたある日だが、夜いつものように公園で練習していたら、ババアがいつの間にか後ろに立っていた。


「……」

「え!」


 全身黒尽くめの、わかめが人間にデジモン進化している途中みたいな人間が、いつの間にか後ろに立っている。


 一瞬、本当に口さけ女が出たのか思ったわ。


 やべ! しくじった! ポケットにべっこう飴もってなかった! みたいな。


 ババアだったけどさ。


 でもだからといってババアって、思わないじゃん。というか、例え知り合いだったとしても夜中にいきなり黒づくめが後ろにいれば誰でもビックリするよ。


 体の血の流れがおかしくなるくらいビックリしたわ。


 ……それに俺、この段階でババアと仲直りしていたわけではなかったからさ。


 下手をすれば恨みを感じて、俺を闇に乗じて殺害しようと企んでいるとさえ、思ってしまったね。


「お、おばあちゃん……」

「……師匠といいな」


 俺の命の危機を感じた声に、ババアは冷たく返事した。

 そしてスタスタと歩き、倒れて横たわった自転車をおこすと、こちらに向けた。

 乗れとばかりに自転車を差し出された。


 あれ? 手伝ってくれるのかな?


 素直に差し出された自転車に恐る恐る跨る俺。

 ちょっと嬉しい。

 なんて思っていたが、いざ俺が乗ると。


 ガシャン。


 俺が乗ったら、あっさり手を放しやがった。

 たまらずに転ぶ俺。


「……」


 転んだ際に無意識に取ってしまった雌豹セクシ―ポ―ズで、俺が無言で睨みつけると。


「いや、お約束じゃん……」


そうおっしゃられました。


 違うからね! 子供が一生懸命にやる自転車の練習に、お約束とかないし!


 もう頼りにならんと、自分で自転車を起き上がらせ、また黙々と練習しはじめるとババアは何を言うまでもなくベンチに座って、俺を見守ってくれ、帰りは家まで送ってくれた。 


 久しぶりにポマ―ド、ポマ―ドと呟かずに、家まで帰れたよ。

 

 そこから毎日、何故かばあさんは自転車の練習を手伝ってくれた。


 手伝うっていうか、基本はこちらを見守るだけで積極的に教えてくれるわけではなかったが、頼めば自転車の後ろを持ってくれたりとか、見当違いな助言をしてくたりはしてくれた。


 中学生になった時、まことしやかに流れた話で、赤い服を着ている女の子は、誰にでもやらせてくれるんだって! 的な助言。全然役にたたないやつな。歩くホットドックプレスです。


 ……あとたまにお約束と称して、よくわかんないことやってきた。


 差し入れとか称して、甘酒とか渡してきたり。


 夏も近いのに缶の甘酒なんて、どこで買ってくんだよ。

 

 飲酒運転。 


 でもその時の俺は、それぐらいの距離感がちょうど良いと思ってもいた。


 そんなことになるわけがないが、自転車の乗り方まで古式泳法みたいな変な乗り方を伝授されるかもしれないといった警戒心もあったし、ちゃんと仲直りしたわけでもなかったし。


 でも夜の一人心細い時に、誰かが見守ってくれているのは安心感はあった。


 練習は転んでは漕ぎ、転んでは漕いでの繰り返しだったがね。


 キミが、どう練習したかはわからない。運動神経とかいい人はもっと簡単に乗れるようになるのかもしれない。


 でも俺は生憎、運動神経も鈍いし、ひたすら痛い目にあうしかやり方がなかった。

 

 って言うか、その方法しかわからなかったかというか。


 毎日傷を作っていたよ。


 そうなると嫌なことだからつい、怠け心が騒ぎ出すんだけどね。


 毎日練習しているとなると、あるよね。

 一日雨が降ってた日があってさ。公園の土がグチョグチョ。小雨にはなったが、夕方になっても雨はやまなかった。


(これはなぁ。雨だからなぁ。練習しなくてもイイよね―)


 そんな感じで、その日は家でドラゴンボ―ルの再放送見ていた。正直、今日は練習しなくていいとなると嬉しかった。


 はっちゃんマジいいヤツ。


 みたいな感想と共にテレビを見てた。すると。

 ピンポ―ン。


 と、インタ―フォンが鳴ってさ。


 チェ―ンをかけたままで、ドアを開けたら

 ガッ!


 って、いきなりつま先をドアの隙間につっこんできてさ。


 そのままぬぅっと、ババアが顔を覗かせてきたんだよ。


 シャイニングみたいでした。


「なんで、今日は、来ない、のよ……」


 それも雨によってひどいびしょ濡れで、髪の毛とか顔にべたっと、へばりついた尋常じゃない様子で、息も絶え絶えに喋るからさ。


 より異常感が際立って、キモス!


「だ、だって、じめんグチャグチャじゃん」

「そんなの関係ないわよ……言い訳してんじゃないわ」

「で、でも……!」


 せっかく棚からぼたもちの休日を守ろうと、まだ言い返そうとする俺との問答を終わらせるように。

 ジャキン!

 初めて聞いたような金属と金属が重なるような音。ババアは今度はなんかでっかいはさみを持ち出して、ドアチェ―ンを切った。


 マルサの女みたいでした。

「あぁ―! チェ―ン!」


無残に力を失いぶら下がるドアチェ―ン。かあちゃんはキれると思う。


「……努力すると決めたのなら、努力し続けるのよ。中途半端に休むと、気持ちが鈍るわよ」


 そう言うと、ババアはドアの隙間……、もうかなり開いていたけど。愕然とする俺の腕を掴んで公園まで連行していきました。

 いつの間にか持ち出したのか、自転車もスタンバってたし。チェ―ンもかけていたのに。


 しっかり、自転車に付けられた鍵代わりのチェ―ンもぶった切ってましたよ。

 

 かあちゃん何も言わないのおかしいよ。後でお金渡されたかどうか、知らないけど。

 そこまで用意されていたんだし、そうなったら覚悟を決めて練習、やりました。


 ……ババアに言われたとおり、サボってるのかなっていう後ろめたい部分も確かにあったからね。


 案の定、何度も転んで泥だらけになったけどさ。


 かあちゃんには怒られなかったけど。


 そこからは放課後は何があろうと、毎日自転車の練習に費やした。


 それになんだかんだ言って、ずっとババアは付き合ってくれてさ。


 ……忙しいだろうに。


 あいつの生活は今になっても、わからずじまいだったけど、相当忙しいっていうのは分かっていた。


 なんだかんだで毎日夜は車でどこか出かけるし、帰ってくるのはとっても遅い。


 だからお昼まで寝て過ごすんだろう。休みなく毎日そんな生活をしている。


 そんな生活しているのに、俺の自転車の練習に、それも忙しい時間帯である夜に、つきあってくれている。


 その意味することは子供ながらにわかっていた。

 すると練習の成果が出てきたのだろうか、1週間くらいしてから段々、転ばずに乗れる時間が増えてきてさ。


「おばあちゃん、うしろもってくれる?」


 その時は自転車の後ろを持ってもらって、転ぶまで漕いで、自転車のバランス感覚を養うって練習をしていてな。


「わかった。絶対に! 絶対に、離さないからね!」

「そんなこといってない」


 あいかわらずの前フリ。きっと最悪のタイミングで、自転車から手を離そうとするババアを牽制する俺。

 もうこの頃は戸惑いもなく、ババアのフリをぶっ壊すくらいは出来てるね。いちいち応対すると疲れる。


「ぜったいに離さないからな!」

「もうよくわからなくなってるよ」


 冷たいとすら思うツッコミをいれて、自転車に跨る俺。


 すると後ろをグっと持たれる感触。


 もうこの頃になると、転ぶことに抵抗もなくなって、ただただ自転車を漕ぐことに集中することが出来た。

 足で地面を蹴って、自転車を漕ぎ出す。


 うまくバランスがとれて、順調にペダルを回す。


 もしかしたらいけるんじゃないかって、瞬間思った。


 その予感は正しくて、自分の中での漕いでいる時間の最高時間を更新した。


 ふと、その場で思った。

 あ。おばあちゃんに掴まれているんだ。

 それなら出来て当たり前だし。


 そう思って、言った。

「おばあちゃん。て、はなして!」


 でもあのババア、一向に離さなくてさ。

 フリだとかそんな感じに思ってるよこいつ。


 人が長い時間かけて、自転車に乗れるか乗れないかって瀬戸際の時にさ! こんな時でも若手芸人みたいなことやってんじゃないよ。

 と苛立ちながら、後ろを見ると。


 ババアがはるか後ろにぼぅっと立っていた。


 そこで気づいた。俺が言うまでもなく、ババアはもう手を離していたんだ。


 あれ。おれ、のれている。


 そう思ったら、当たり前の様に自転車に乗れていた。漕げば漕ぐほど風をきれた。


「やった―!」


 ハンドルを握りながら、顔を上に向け、吼える。



 その達成感ったらなかったね!



 努力が実るうれしさをあの時初めて味わった。

 あれはいい。この後、逆上がりでも似た感動を味わうんだけど、とてもいいことだ。


 若干ふらつきながらも、グルっと公園を一周した後、そのままババアの前まで自転車を漕いで行く。

 ブレ―キをキッとかけ、ババアの前に止まる。

 色々言いたいことはあった。だけど、最初に何を言っていいか分からない。


「……」

「……」


 マゴマゴしている俺にババアは、その時のNHK教育テレビに出てくるビバリーヒルズ青春白書の俳優みたいに、ちょっとした苛立ちを与えるように肩をすくめて、





「フリにこたえただけだよ」





 と言った。

 その次の日から、放課後は俺はババアの家に占いの習い事を再開したんだ。

 毎日行くってわけではないけど。

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