6
トラウマ級の思い出だろ?
さすがに俺、この時ばかりはババアに怒ったね。
冷静に考えればババアは何も悪い事しているわけではないし、ババアも戸惑うばかりだっただろうね。
何しろ泳ぎ方を教えたのに、感謝されるどころか怒られるのだものね。
いや、前言撤回。あいつ絶対わかっていた。
子供にトラウマ作ってメシがうまいって、思っていたと思う。
俺はあてつけでその日からババアを無視をしたけど、ババアが
「ごめんねぇ、隆ちゃん。今度からはおばあちゃん気をつけるから……」
みたいな事を年金を生活の糧としている、同居おばあちゃんの様に言うタマじゃない。
無視をするならすればいい。
という気持ちが体中からにじみ出ていて、ババアも歩み寄ろうとせず、こちらを無視してきた。
子供に対する大人の立場としてどうなの?
と思わないでもないけど、別の考えからすれば対等な立場で俺のことを見てくれるとも思えるけどね。
でもそんな対応されて、俺はさらに嫌な気持ちになって、すぐにババアの家にもいかなくなって、占い師の勉強もしなくなっていった。
勉強って言っても掃除ばっかだったけどね!
学校から帰ってきても、この間までは一目散にババアの家に直行していたのにもかかわらず、またもや放課後にレディス4も見る小学生に。
なんだかんだで当時の俺、レディス4、好きなんじゃね? でもやっぱりレディス4はレディス4なので、すぐに飽きてしまった。
下校の帰り道は一人歩く。
俺の住んでいる家は学校からすぐ近くで、みんなの帰り道とは方向が全然違う。一緒に帰るやつとかいなくてさ。とぼとぼ歩いていた。
石なんか蹴りながらさ。
このまま家に行くまで蹴り続けてたら大金持ち、例えば札束風呂に入れると仮定して……と、足を動かしていると前に見知った後姿が歩いていた。
また家に帰って、一人遊びが始まると思いきや、意外や意外。俺と一緒に遊んでくれる可能性がある友達がそこいましたよ!
しかも女。
いますよ。私にも一人くらい女友達が! 馬鹿にしないでくれます!
もしかしたら、その友達とだったら、レディス4も一緒に見たのかもしれない!
その後ろ姿は、赤いランドセルをしょった地味めがとぼとぼと。
……なんか声をかけるか迷ったなぁ。
でも帰り道なんて、あっという間に終わってしまうし、声をかけようって思ったら、自然と声に出ていたよ。
「お―、さくら」
俺の呼びかけに振り向いた顔がちょっと驚いていた。
「たかしちゃん」
「なにしてんの?」
「え? かえってるの」
「そっかぁ」
そりゃ、帰ってますわな。よくわからない会話だよな。
さくらは不思議そうにこちらを見る。
ちょっと心配だった。誘ってもし断られたらどうしようとか。
「……じゃあ、いっしょにかえろう」
構えてはいたが、最初に思ったとおりに喋った。
桜は驚いたように、こちらを見つめると。
「……うん!」
満面の笑みでうなづいた。
俺も笑顔で返した。
誘いに嬉しそうに反応してくれれば俺だって嬉しい。ちょっと勇気がいったぶんなおさらだった。二人並んで、とぼとぼ歩く。
「……」
「……」
一緒に帰っているのに無言が続いた。
だって、恥ずかしかったのです。
小1の、ちんちんにボ―ボ―していないクソガキが立派に女性を意識していたんです! 初めての経験だったから、あれ。なんだこのかんじ……と、当時の俺も違和感感じていたよ。
「さくらぁ」
「な! なに……」
違和感をどうにかしようと、俺が声をかけると、びっくりしたようにリアクションする桜。
こいつもこいつでおかしな雰囲気を感じとっていたんだよね。おっかなびっくりな態度でこちらに接してきた。
「きょうはかえったら、どうすんの?」
「え……。とくになにもないよ」
「ふ―ん」
「たかしちゃんは? やっぱりうらないおばあさんのところにいくの?」
「え! ……ううん。きょうはいかない。レディス4をみる」
「レディス4? レディス4ってどんなばんぐみ? だれがでてるの? テレビなの?」
「まぁ、それはいいよ」
思わぬところに食いつきを見せる桜に、俺は話題を強制的に変えた。
「きょうはならいごと、やすみなの?」
「……うん。しばらくおやすみだね」
自分が後ろめたいことを聞かれて、表情が曇っていくのは、しょうがないと思う。
小学生にポ―カ―フェイスを期待するのも間違っているし、年くったって出来そうもない。
「なんで?」
「……う―ん。まぁいいじゃん」
誤魔化しきれそうもない返答だったが、さくらも何かを察したのであろうそこから会話が終わった。
そこから二人してとぼとぼ歩く、何を喋ったらいいか、またよく分からない時間が始まった。
「さくらぁ」
だからクラスで一番流行っている話題をしようと思った。
「な、なに」
「うんこ味のカレ―とカレ―味のうんこ、どっち好き?」
「へ」
時が止まり、会話が止まる。
しょうがないじゃん!
小学生にとってはもっともホットな話題だよ。小学生、うんことかちんちんとか大好きだから。
「ふっ、ふふふ」
そこで意外だったのは、桜が笑ってくれたんだ。
はにかみといったほうが正しいのかな。でも俺の下ネタにうけてはくれていた。
「うんちって……」
楽しそうに俺の下ネタに笑ってくれる桜。学校で流行ってるネタではあったから、何回も聞いているはずなのにだ。
正直、こいつ笑いのハ―ドル低いな―と、思わなくもなかったが、でも自分が言った冗談で笑ってくれたのは嬉しかった。
「ねぇ、ねぇ、どっち?」
「やめて……ふふ」
調子にのって、さらにウケを狙いにいく俺。時代が時代ならセクハラと謗りをうけるであろう展開でした。でもこのやり取りからちょっと、お互いの緊張がほぐれてきた。
「カレ―って、そうみえるよね。あんまかんがえないようにしてたのかも」
「そうだよな。カレ―、うまいのに」
「たかしちゃんのおうちのカレ―、おいしいよね」
「あまくちだけどな」
桜の褒め言葉に、そんなおいしくないと言いたげに会話を返す俺。なんか自分の家のことを何かしら否定したがっていた時期だったから。
特にうちのカレーの味が、甘口なんてダサいくらいに思っていた。
だって星の王子様カレ―だったから。
ちょっと前にうちに遊びにきたとき、母さんがさくらにカレ―を振舞った時があった。きっとその時のカレ―の味を言っているのだろう。
うちのカレ―は星の王子さまカレ―って言うの恥ずかしいし。
っていうかあんだけ甘いのは何を入れているんだよ。バ―モントのリンゴとはちみつのカレ―を上回る甘さですよ。
「きょうのさくらんちのごはんが、カレ―だったらなぁ……」
「やめてよ。たかしちゃん」
ぼそりと呟く俺に、桜は笑いながらかえしてきた。
冗談まじりのじゃれ合いも楽しかった。
女の子と楽しく喋るなんて、高校生になった俺には遥か彼方……。
この会話ののちに、俺にある考えがひらめいた。
「さくらはきょうはこれからなんかあるの? カレ―をたべるいがいで」
「カレ―のはなしはやめてよ。でも、なにもないよ」
「そっかぁ。……あ! じゃあ! きょういっしょにあそぼうよ」
つまりはレディス4とは遊ばずに、桜と放課後に一緒に遊ぶというひらめきである。
あんまり女の子と遊ぶということがなかったが、別に悪い事でもないし、お互い暇をしているのであったら、遊んだほうが良い。
小学生になってから、あまり男女一緒に遊ばなくなったが、だからといって絶対に遊んではいけないということではない。
「……うん!」
一瞬驚いたようだったが、桜は凄く嬉しそうに笑ってくれた。
俺も遊びに誘って、そんなに嬉しそうにしてくれたからちょっとテンションが上がった。
「じゃあ、ランドセルいたら、すぐにあそぼう」
「どっちのおうちであそぶ?」
「じゃあ、ぼくんちであそぼう!」
「うん! 嬉しい!」