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そんな掃除だか、修行だか、おふざけだが、よく分からない毎日を繰り広げていたんだがね。
いつものように、ババアの家でちょいとしたメイドになって、お掃除の時間でございますご主人様と掃除をかまして、バアさんの家から出る。
ホント、修行って言われたって、掃除以外することがなかったよ。
肝心の修行も前世あてろとか、意味がわかんないし。
人生に疲れた派遣労働者のように、疲れきった顔をしながら蟹工船をでると、ばったりと知り合った顔を見た。
近所の同い年の女の子の桜だった。
幼馴染?
ばっか、ちょっと家が近いだけだよ。でも後でヤクルト奢ってやる。
幼稚園児の頃は通っている幼稚園も一緒だったし、家もあ―そ―ぼ! って声をかけられるくらい近いっていうこともあって、よく一緒に遊んだもんだ。
けれども、この頃には学校の友達っていうのが出来てたし、異性だしで、桜とは疎遠になっていた。
でもそれはただ単に、他に友達が出来たってだけで、その頃の俺はまだまだ異性を意識しないアホな子。
子供だったのでなつかしいな―と、能天気に、久しぶり―と声をかける。
ナウなら、異性との会話なんて挙動不審MAXハ―トだけどね!
「あ、たかしちゃん。うん。ひさしぶり」
「なにしてんの―」
「おてつだいだよ。かいもの」
「ふ―ん。えらいじゃん。」
「えへッ」
俺の褒め言葉に、子供だからのかわいらしさリアクションをするさくらさん。
「もうおわったの?」
「うん。もうかえるだけ」
「じゃあ、いっしょにかえろうよ」
「うん!」
嬉しそうに元気よく返事をしてくれる桜。
疎遠になっていたから、二人で一緒に話をするのは久しぶりで、次から次へと聞きたいことが出てきた。
「さくら、なんくみだっけー?」
「うん? にくみだよ」
「おれ、いちくみ。そっか―。おなじクラスならよかったのにね―」
「う、うん。そうだね」
「ともだちできた?」
「う、うん。すくないけど」
「よかったねぇ。おれもともだちとあそびたいよ」
「……たかしちゃん。おともだちいないの?」
「いないわけじゃないんだけど。みんな、ならいごと、ならいごと。あそんでくれないんだ」
「……そう。あ。ならいごとといえば、たかしちゃん、うらないおばあちゃんのおでしさんになったんだってね。すごいね!」
「……なんでしってるの?」
「みんなしってるよ」
さくらにはいってないんだけど、なんで知っているんだろう。と俺は素直に疑問に思った。
考えてみれば、そんなセンセ―ションなニュ―ス。
そりゃあ、みんな知ってるよ。
あとから聞いたら、そのニュ―スで、とんでもない衝撃が! ご近所に走ったらしいんだよね。
ガチンコだったら、この後とんでもない出来事が! ってテロップが流れる。
あの有名な占いバアさんが弟子をとったって!
誰だ! どんなヤツだ!
たかし君らしいよ。
あ―、納得。
みたいな。
納得ってなんだよ!
「べんきょうはだいじょうぶ?」
「うん。わからないところはおかあさんがおしえてくれるし。わたし、くもんにいってるの」
「でた、くもん……」
「けっこうがっこうのみんな、きてるよ」
「くもんってなんなの? そんないいの?」
もう俺の中では、公文はガンダ―ラクラスの楽園に認定されていた。
だって、聞く人聞く人みんな公文に行ってるとかぬかすんだもん。子供なんて単純だから、そう思っちゃうよ。
「いや、ただべんきょうするだけだよ」
「え―」
「そうだって」
「またまた、うそでしょ? いけば、ソフトめんたべほうだいくらいのいいことがあるんでしょ?」
「ソフトめんとくもんって、かんけいないよ……。それにソフトめん、そんなおいしくないし」
いつも麺が多すぎて、ス―プがたりなくなるし。
でも公文の件ではみんな俺に隠し事しているって思ってた。いけば割り当てが減るから俺に言わないとまで疑っていた。
だから俺に公文を紹介してくれないんだ。そんな風に思っていた。
「でもさくらは、くもんにいかなくてもべんきょうできそうだけど」
「そんなことないよ! わたしばかだし、せんせいきびしいし、じゅくでもいかないとべんきょうについていけないから」
「ふ―ん。さくらのたんにんのせんせいって、たしか、こわいんだよね」
「うん。かとうせんせい。おんなのせんせいだけど、すごくこわい」
「べんきょう、きびしい?」
「テストのてんすうひくいと、まえにだされて、みんなのまえではんせいぶんをはっぴょうさせられるの」
「……ほんと?」
「ほんとなの」
「こわいね。そのせんせい」
学生の頃って、誰が自分の担任になるかって凄い気にしなかったか?
特に小学生の頃なんてさ。もうそれからの2年間の学校生活がどうなるかって決まってくるじゃん。
変に厳しい先生にあたったもんなら、もう憂鬱。
みんなそうなったらそうなったで、なんだかんだで学校生活をこなしていくんだけどさ。
俺なんて根っこが社会不適合者だからこなせるかどうか心配。
「あれ、たしかきゅうしょくのこしたら、せきにのこされて、そとにあそびにいけないんだよね」
「……うん。わたしすききらいおおいから、よくのこされるんだ」
桜は食べれないものが多かった。よく幼稚園の給食を残しているのを覚えている。おまけに食べるスピ―ドも遅い。
きっと周りがどんどん食べ終えて、遊びに行くのを見ながら、でも食べれなくて、ただ座っているだけなのだろう。
自分に置き換えると嫌でしょうがないと思う。
周りに置いていかれる感覚はとても嫌だ。高校生になった俺でも思ってしまう。
自分がついていけない、おちこぼれなのを自覚させられる。
「そうなんだ……こわいなぁ。おれのせんせい、しんどうせんせいだからやさしいんだ」
桜の担任の加藤先生とは違って、俺の担任は凄く優しかった。色々かまってもらったけど、思い出すだけで、涙が出そうだ。
「いいなぁ」
「しゅくだいとか、しょうがないわねぇとかいって、ださないときとかあるんだよ」
「ほんとに?」
「いっしょにあそんでくれたりさ」
「ほんとうらやましい」
「いいでしょう」
「いいな―、わたしもいちくみがよかった」
ほんとに羨ましそうに、口を尖らせる桜。
「でもさ。なやみがないわけじゃないよ? おれのうらないしのならいごとまいにちだから、かえってともだちとあそべなくなった」
「ほぇ。たいへんだね」
「うん。ほんとたいへん」
大変と言ってもみんな理解できなかったり、聞き流したりするのが多かったが、桜は真面目に話しを聞いてくれた。
それは俺の気分をかなりよくしてくれた。
人間、興味のない事にはそれほど関心も持てない。でも桜は優しいから、ちゃんと俺の愚痴を聞いてくれた。
「さくらはともだちとあそべてる?」
「うん。あんまり……」
「やっぱり、まわりもならいごとなの?」
「そういうわけじゃないの……」
「ふ―ん。じゃあ、なんなの?」
「……」
桜は何も言わず、会話が止まる。
その時ふと思いついたんだ。
何も考えずに話したんだけどさ。これがきっかけだったんだ。
「あ、さくら。じゃあ、おたがいならいごとがおわったら、いっしょにあそぼうよ」
「え?」
「さくらはいえがちかいから、あそびやすいじゃん。さいきんいっしょにあそんでなかったしさ」
「ホントに! ……いいの? で、でもあたしおんなのこだよ。いっしょにあそんでもつまらないんじゃないの」
この頃からだったか、俺は女の子と一緒に遊ばなくなっていた。男は男同士。女は女同士で遊ぶのがごく普通になっていた。
「いいじゃん。あそんでくれよ。ぼくまいにち、ばあちゃんのしゅぎょうなんてつまんない。あ、そういえば、おんなのこってなんのあそびをするの?」
でも俺はアホな子だったから、普通とかそこの空気を読んでなかった。
「まぁ、そんなにはかわらないとおもうけど……」
「おままごと?」
「そんな、こどもなことはしないよ」
ちょっとサクラさんのプライドを傷つけたみたいで、サクラさんが珍しく嫌な顔をした。
「ゲ―ムとか?」
「まぁ、おとこのことそんなかわらないよね」
「じゃあ、ザリガニできんじょのいけをしのいずみにしたりとか?」
「……なにそれ?」
桜さん。ドン引き。
俺、昔、アメリカザリガニの驚異的な繁殖力を駆使して、近所の池の生態系を破壊したことがあってね。
駆使っていったら、おかしいかな? ただそこに池があるから……。放してみたく……なるじゃん? 悪気はないよ! あと詳しくは喋りたくない。
そのあと理科の授業で生態系について勉強したけど、まぁ! わかりやすいこと! わかりやすいこと!
なにより実体験だからね!
「あとは……、ふつうにおにごっこしたりする?」
「ふたりじゃあ……」
「まぁ、とにかく! あそぼうよ! きっとたのしいよ!」
「……うん!」
桜のその時の笑顔はとてもうれしそうだった。