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カチ、コチと馬鹿でかい柱時計からの音だけが部屋に響く。


 フカフカすぎて、体の位置が定まらないような高級なソファに俺は座らされ、死刑執行を待つ罪人のように縮こまっていた。


 応接室というのを、この時初めて見た。


 素足の俺の脚を優しく、俺どうかしてしまうんじゃないかと思わせるくらいのソフトなさわりごこちで包むカ―ペット。

 高そうなお酒のボトルと上品そうな食器やらティ―カップやらが、いくつも入っている食器棚。

 見事なあめ色の光沢を放つ、黒板みたいなデカさの木目調のテ―ブル。

 そんな立派なテ―ブルを置いても、なおゆったりとした部屋の大きさ。


 こんな異次元に放り込まれて、いつもだったらテンションマックスで柴犬みたいに走り回るのだが、とてもとても。


 はっきり言って、超不安だった。


 この状況は、ババアの行動を探るという行動がばれ、それの報復として、俺はこの部屋に監禁されてしまったのだと思い込んでいた。


 近所では魔女と噂されるようなババア。

 普段は何をやっているのかすらわからない得体の知れない人物。

 うまい棒の粉を巻き散らかしていた相手にどんな報復をするのだろうか?

 秘密にしていた好きな女の子の名前でもばらされるのだろうか?

 でもきっと恐ろしいことをされるに違いない。

 


 というか、生きてもう自分の家には戻れないのではなかろうか。



 チン毛も生えていないガキが、そんな事まで考えていた。

 ガクブルしながら、看守が来て、番号で呼ばれるのを待っていると、部屋に近づいてくる足音が聞こえてくる。


 ギギッと、油をさしていないだろう音とともに、ドアが開いた。


 そこにはお盆を持って足でドアを開ける、横着を絵に描いたようなババアがいた。


 もてなすなら、最後までちゃんとやれよと思うが、当時の俺はやっぱりこれからどんな魔女の必殺技を浴びせられるのか、ただ恐ろしかった。


 ババアはそのままずかずか部屋に入ってくると、お盆をテ―ブルに置き、俺の前にティ―カップをゆっくりと置いた。


 あたたかい湯気と甘い香り。


 中身は飲める飲み物だったのだが、やっぱり俺はこの飲み物を


(きっとこの飲み物はデカイ魔女の鍋にイ―ヒッヒ、イ―ヒッヒ! 練れば練るほど色が変わって! と、一晩中かき混ぜられた悪魔の飲み物に違いない)


 と思い込んでいた。

 実際はミロだった。

 栄養素が六角形で表示されるなら、完璧に六角形になる飲み物でおなじみ。


「飲みな」


 という声が聞こえたかもしれない。でも俺は疑っていたから、カップに口をつけようとはしなかった。


 目の前に置かれたティ―カップをじっと、睨みつけるようにカップを見る俺に、怪訝そうな顔を向けながら、ババアは向かいに座った。

 ババアはソファに深く腰掛け、自分の飲み物が入ったティ―カップを一口啜って、こちらを見る。


 眼光鋭く、おもわずこちらがなにか悪い事をしているのではないかと、勘違いしてしまいそうになる。


 悪い事していましたが。


「あんた、学校終わってなにしているの?」


 普通の質問をされた。


 俺は拍子抜けしながらも、真面目に答えた。てっきり自分の


「え……。うん。あそんだり、べんきょうしたりしている……」


 ババアに情状酌量の余地があるかはわからないが、正直にすれば刑期が短くなるかもしれないし。


 それを聞いて、ババアはさらに質問してくる。


「塾とかは行っているのかい?」

「……なにもしてないよ」


 俺は習い事をやっていないのが恥ずかしくて、見栄を張りたかったが、やっていないものはしょうがない。


「ほぅほぅ。では放課後は暇ね」

「ひまじゃないよ」

「暇じゃないなら、なんでうちの前ではってたんだい?」

「……」


 何も言い返せませんでした。正直に言っても、怒られるし。

 嘘なんてついたらなんか魔女パワ―で看破されちゃいそうだし。どうしていいかわからず、フリ―ズ。


「なんで、うちの前に、はっていたんだい?」


 嫌らしい聞き方だよな。もう絶対自分が正しいってわかっていて、こういう聞き方? 文節ごとに区切って、わかりやすいように聞いてくる。


 もう自分が悪いように思っちゃうよね! いや、悪いんだけどさ!


「はっていたっていうか……。ただけいじごっこしていただけだよ―」

「毎日毎日、うちの家の前で?」

「た、たまたまじゃないかなぁ―」


 はぐらかしているつもりでもはぐらかせていないその回答にババアは一つ溜息をついて、こちらをギラリと睨みつけた。


 ポ、ポアされる。


 そう思うくらい、ババアの眼光は鋭く、迫力があった。

 ポアって言葉の意味は当時は知らなかったけど。


「……嘘はよくないね」

「う、うそじゃないし。しょうこでもあるの?」

「……わたしの呪いの方法として、嘘つき接触不良の呪いっていうのがあってね」

「な、なにそれ」

「嘘をついたやつにだけかけられる呪いでね。これをかけられた奴はファミコンのカセットを入れて電源をつけるが、五分くらい正常な画面にならずに、正常な画面を求めて、永遠と消したり付けたりをためさなければならなくなるのさ。あとカード破産になる」

「そ、そんな……」


 なんか信じてしまいましたよ。


 はい。呆れた目でこちらを見ない。


 しょ―がないだろ。子供なんだから、あんな真剣な感じで言われれば、信じるさ。最後のやつがとってつけたようだけど最小の呪いと比べものにならないくらい重いし。


「しまいにはあまりにもうっとうしくて、ちょっとバグっている画面でもしょうがねぇなと思いながらも、プレイしてしまいそうになるくらいさ」

「い、いやだ。やめてよ。そんなのろい、かけないでよ」

 カード破産には触れなかった。


「嘘をついていたって認めるかい?」

「み、みとめるよ。だ、だからゆるして」

「そう。認めるの。自分が悪いって認めるのね?」

「う、うん。ごめんなさい」

「謝れば許されると思っているかい? 図々しい子だね?」

「な、なに? なにをすればいいの?」


 そこでババアは口を閉ざして、一拍間をおいて。




「アタシの弟子になれば許してやらないでもない」




 と、言った。


「でし?」



 ……驚きだろ?



 近所でも有名な、色々な著名人がお忍びで訪れるぐらいの占い師が、俺のことスカウトしてきたんだぜ? あんたはあったか?


 あのババアがどういった意図で俺をスカウトしたのか? どのくらいの頻度で回りにスカウトをしていたのは謎だが、これは俺の短い人生の中で数少ない自慢出来ることだ。




 あの妖怪ババアからスカウトされたってね。




「ふーん」


 でも当時の俺はその凄さが、よくわかってなかった。


「なんだい。その覇気のない返事は……。アタシの職業は知っているね?」

「うらないし?」

「まぁ、ちかいっちゃ近いわねぇ」

「月影先輩?」

「霊能力者って言え。でもそれもあっている」

「トランプマン?」

「それは違う。まぁ、とにかくそうゆう科学には説明できないナにかさ。あんたには見たところ才能がある。だからどうだ?」



「ふ―ん。でもいい」




 俺はいとも簡単にそんなレアな誘いを断ってしまった。すっごいおいしい蟹があるのに殻むくのめんどくせぇから食わない…っていう感じ?


「私の誘いを断るなんて、いい度胸しているね。呪いが発動してファミコンやりづらくなるよ?」

「それはいやだから、あやまる」

「ス―パ―ファミコンも同様よ」

「もってないって」

「PCエンジンはすぐCDロムを読み込まなくなる」

「それはもともと」そんなことはないが、そういうイメージがありました。


「……そんなに嫌か?」

「うん」

「実はセガ派だからとか……」

「メガドライブとかもってない」


 なんか興味が持てなかったんだよね。

 それよりその時、ドッジ弾平にはまってたから、ドッジボールを習いたかった。

 ドッジボールのリーグなんてなかったけど。


 そこでお互いにらみ合うように見つめあった。しばらくするとため息をして、ババアが諦めたように呟いた。


「……しょうがないね」


「ごめん。のみものありがとう。もう5じすぎたし、ぼく、かえるね」

「……気をつけて帰りな」


 ババアは疲れきったように、ぼそりと呟いた。あっさりと断られたのがショックだっただろう。よくわからないがババアはその道の権威のはず。そんな大人物の誘いがあっさりと断られるのは、本人にとってはショックな出来事に違いない。


「……あぁ、それと、もし」


 ソファから立ち上がって、部屋から出ようとしていた俺を呼び止めるように、ババアは声をかけてきた。



「もしもだが、占い師やりたいと思ったら、お母さんに相談してから来な」


「ママに?」


「……一応、ご両親の許可が必要になると思うからね」


 そこで俺の頭にひらめいた。


 両親の許可……。


『そうね……。あなたが今やっていること以外の、凄くやってみたいことを考えてみなさい。それがわかったらお母さんに相談しなさい』


 やってみたい事があったらお母さんに相談……。

 やってみたい事があったらお母さんに相談……。

 やってみたい事(まぁ、やってみてもいいかな)があったらお母さんに相談……。

 お母さんに相談すれば習い事。


 メチャクチャだが、俺の中で急速に何かが積み立てされていった。


「つまりこれはならいごと。これもならいごとになるの?」

「習い事……」


 ばあさんはこの表現もお気に召さなかった。複雑な表情を浮かべる。自分の商売を習い事と言われれば誰でもそうなるだろうけど。

 だけどもそのワ―ドは俺の最後の壁をぶち壊す。


「不本意だけど、そうなるねぇ。」


 しぼりだすような声。本当に不本意だったのだろう。ばあさんをここまで追い詰めてたのは後にも先にもこれが最初で最後だったかもしれない。


「……やる!」

「え?」

「やる!」

「……私の弟子、やるの?」


 バアさんもわけがわからなかったのだろう。

 やらないって言ったり、やるって言ったり。処理しきれない感情が押し寄せて疲れてしまったのだろう。


「やる!」


 はぁ……、そうですか。と言いたげな、ババアのポカンとした表情。


「わかった……。でもお母さんに相談してきな」

「やるよ! わかった。またくる!」」



 なんなのあの子……。

 勢いよく帰る俺を見ながら、そんな感じでババアが呟いていました。



 あのババアの素の感情を見れたのは貴重な経験だったと思う。

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