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俺が小学一年生の頃の話。1992年の春。
当時は俺はこの近くに住んでいてさ。
小学生に入学したてでさ。学校が終わった後、公園で遊んだり、家でゲ―ムしたり。毎日毎日よく遊んでたよ。
俺は比較的インドアだったから、ゲ―ムのほうが多かったけど。
いつも休み時間に友達を放課後に遊びに誘って、夕方の五時まで遊んでいた。
もちろん。勉強もしていたぞ。
遊び終わった後に、チャレンジっていう、通信講座みたいな、勉強をやってさ。
そこまで頭がよかったわけではないが、学校の勉強にはついていけるくらいの学はあった。
あれの送られてくるマンガみたいに、成績よくなって運動も出来るようになって彼女が出来るみたいな学校生活を送れたわけではないけど。
でも、遊び呆けていた俺だったわけだが、ある時から友達を遊びに誘うにちょっと違和感を覚えることが多くなってね。
友達とこんなやり取りをしたんだ。
「ねぇ、なかちゃん。きょう、かえり、あそばない?」
なかちゃんってのは俺の友達ね。
「……ゴメン。きょう、公文があるんだよ」
「え―、あそぼうよ」
「だから、ムリだって」
「くもんって、なに?」
「ん? じゅく。ならいごとだよ」
「ならいごと?」
「がっこうがおわったあとに、べんきょうとかスポ―ツとかやることだよ。じゅくはべんきょうだけどね」
「へ―、たのしいの?」
「くもんはたのしくないけど、たのしいならいごとはあるんじゃないの?」
「ふ―ん」
「で、あそべないの?」
「おまえ、はなしきいてた?」
アホ丸出しの当時の俺だったんだが、そこで初めて習い事っていう存在を知ってんだ。
その時はそんなこともあるんだなぁ位に思っていたんだけど、それを理由に遊びの誘いをよく断られることが多くなってね。
そういう会話が多くなって、さすがに俺もわかるよ。習い事っていう存在が身にしみて理解できた。様は俺の放課後をつまらなくするふてぇ存在だって事をさ。
でも理解できたのは、それだけじゃなかった。
おはようからおやすみまでアホだった俺は、なんか習い事をするってことが、みんながやっている格好いいことのように思えてきてね。
同じような症状として、共働きの子だから、家の鍵を首からぶら下げている子がいてさ。それが格好いい ってなった時、同じように鍵を首からぶら下げたんだ。
専業主婦の母親がいんのに。
だから家の鍵じゃなくて、俺の学習机の机の鍵をぶら下げてた。そんな感じの同じ症状にかかりましてね。
両親に僕も習い事やりたい ってなもんで、おねだりをした。
「え? 隆……。習い事やりたいの?」
専業主婦の母さんは台所で洗い物をしながら、信じられない事を聞いたといったように、勢いよく振り返った。
遊ぶ事に百の力のうち百二十の力を使っている息子が……、と、か―さんは戸惑いながらも反応をしていたよ。
「うん。ぼくもみんなといっしょにならいごとをしてみたい」
「そう……。どんな習い事をしたいの?」
「え? どんなって?」
「ほら、スイミングとか塾とか、色々あるじゃない?」
「わかんない!」
「……」
ごめんね。かあさん。当時の俺を思い出すとよく、これ思う。
意味がわからないよね。 習い事やりたいって言った後、やりたい事は決まってないって言うヤツ。子供だからって、何でも許されると思うなよ。って、叱ってやってもいいと思う。
「……そう。そういうこと……」
母さんは俺がアホな事と、さっきの発言をするまでの状況をなんとか理解したようだった。
そこからどう俺に理解させようかと少し考えた後、つっかえつっかえ言葉を口にした。
「隆ちゃん。……でも、それじゃあ、ダメね」
「え―、なんでぇ?」
「自分が、これを、これを特にやりたいって思ったものがなければ、習い事っていうのはやっても意味がないのよ? 」
「そうなの?」
「そうよ。隆ちゃんの習い事をやっているお友達って、誰なの?」
「ナカちゃん!」
「何をやっているの?」
「くもん!」
「隆ちゃんはくもんに行きたいの?」
「べつに!」
「……。ナカちゃんは公文に行っているけど、隆ちゃんは行きたいわけではないのよね?」
「……うん。でも! ならいごとをやってみない!」
「……。隆ちゃん、わかったわ。私も行ってもいいと思う。でもね。ちょっと、考えてからの方いいと思うわ」
「え? なにをかんがえるの?」
「そうね……。あなたが今やっていること以外の、凄くやってみたいことを考えてみなさい。それがわかったら、お母さんに相談しなさい」
「うん。……わかった」
「そう。いい子ね」
母さんは賢者な回答をすると、優しく微笑んだ。
さすがは親だと思う。アホな俺をちゃんと操縦してくれる。
でも俺は返事をしたがいいが、別にやりたいことなんてなくてな。そもそも習い事っていう事をしたいだけで、その内容がどんなものでも別によかった。というかさっきの話の流れで分かると思うけど、習い事っていうものがよくわかっていなかった。
心の中では習い事格好いい。習い事、探そう という気持ちがあったが、結局は一人遊びしてた。
でもやっぱり一人で遊ぶのつまんない。
テレビ見るのだって、学校から帰ってきたばかりの時間帯にやっているのなんて、子供向けじゃないので面白くない。
午後6時からの、東京テレビアニメ無双までなにをやっていればいいのか?
この時間帯にやっている番組だと、レディス4。子供が見てもなんも面白くもない。バックの通販でテンション上がんないだろ。
そんな退屈な日が続いて、下手すればレディス4すら楽しんでしまうのではないかと追い詰められた状況になって、一人遊びにもブームが来た。
隆探検隊の発足である。
活動内容は近所の不思議スポットへの突入、探索。
子供の頃に有りがちな、秘密基地を作ろうとかっていう発想とあまり変わらないと思う。
でだ。何を探検するかっていうと。
近所の占いババアの家を探検目標に据えた。
周辺の子供達からは占いババアって言われてたって言われてたんだけど、近所に凄く有名な霊能力者? 占い師? 魔女? まぁ、そんな風に言われる婆さんが住んでいた。
もう見た目がガチでさ、もう家からしてそれっぽい。
でかくてさ、高い塀に囲まれている家。しかもその塀から頭が飛び出すくらいの木が何本も、ちょっとした森みたいに鬱蒼と生い茂っている。そんなんだから家の形とかは見えない。
夜はやたらデカイ黒塗りの車がよく止まっている。そこからいかにも偉そうな人が出たり入ったりしている。
ババアの素行も浮世離れしていて、どこか変。
服装とか、いつも黒づくめ。
エブナイっていう深夜番組に出たマツコデラックスって、タレント知ってる?
あんな服着てる。
あ。知らないか。なんかでかいヒラヒラした服。
夜になると活動時間になるのか、ババアの家が騒がしくなる。
近所づきあいも積極的にしようとしないし、そもそもあまり姿を見かけない。
そんなご近所さんがいたら、何者なんだ? って思うだろ?
まぁ、キミはわかっているだろうけど。
低学年小学生男子の心をフェザ―タッチでくすぐる、もうワクワクする要素満載。
でもそんな様子だから、小学生の心はくすぐるが、近所の人間は誰も気味悪がって近寄ろうともしれない。ババアの家に回覧板を渡す家の人は、かなりの貧乏くじだね。
もう一回言うけど、それだけの不思議スポットが近くにあれば、子供が好奇心を刺激されないわけがない。
なんとか家に入ろうと試みたんだが、塀はたけぇ―から上れないし、なんか監視カメラがそこら中に設置されてるわで入れない。
でも隆探検隊としては、そこは折れないわけですよ。ど―にかして、スネ―クしたい。
そこで俺も考えた。
ババアが家から出てきたら、そこの隙をついて、家に入ればいいんだ。と作戦を立てた。
はい、わかってますよ。穴だらけの作戦ですよ。
バックスバニーに出てくるチーズみたいに穴だらけですよ。でも子供だからさ。
それに俺が玄関前ではってられるのは日中だけで、ババアが活動し始めるのは夜だけだし、到底会えるわけがなかった。それにババアが出てきた瞬間に忍び入るとか、どんなタイミングで入るつもりだったんだろうね?
でもあの頃の俺にはなにより時間があったからさ。
レディス4を見るぐらい、ババアの家の前で延々とはっていることが出来たから。
それに怪しい家を監視して、刑事みたいに相手の家の前をはっているっていうシュチエ―ションは、俺の心をどうしようもなくワクワクさせた。
ババアはいつも家に入る時は立派な正面の入り口からではく、ゴミ出しとかする時に使う裏口から出入りしていたとなんとなく知っていた。だから俺は学校から帰ってきたら、お菓子をポケットにつめて家の裏口扉の近くでひたすら待つ。
たまにポケットからお菓子をだして、モグモグとやる。
自分が犯人の家の前に張り込むアンパンを齧る刑事のように思えて、楽しかった。
脳内の中で刑事貴族2。水谷豊。
『ホシは必ず、ここにくる』
『兄貴! 』
『おう。差し入れか』
『買って来ましたよ。アンパン(うまい棒)』
『ありがとよ』
『それにしても、まだ動きませんね』
『いや、俺の長年の勘だ。やつは絶対いる』
みたいに一人芝居をしてた。
うまい棒で口の中の水分を全部もってかれながら(たこやき味)、そんな日々が一週間くらい続いた後だったかな?
学校から帰ってきてから、ババアの裏門の前をはって、暗くなってきたくらいの時間帯で家に帰る。
そんな行動を一週間以上、意味もなくやってるなんて、冷静に振り返って見ると、ちょっとお薬の時間が必要な子供だなと思わなくはない。
その日も飽きもせず張りつづけ、たまたま近くを通りかかった近所のおばさんに声をかけられた。
「た―くん。何をやっているの?」
「いま、はりこみちゅうだから、はなしかけないで!」
「……そう」
そんな会話を繰り広げ、その日のおばさん宅の夕食をにぎわす話題を提供したりした。
『今日ね。お隣のた―くん。また珍奇な行動してたのよ? 』
『へぇ、あの子。変わってるからな―。』
『でしょ? あなたもそう思うでしょ?』
みたいな。
でも俺は相変わらず。
「ホシはまだ出てこねぇな……」
と呟いてみたりしてた。これも大分楽しかった。
でもやっぱり住人としてみたら、どうしたって不審者なわけで。
「ちょっと?」
「……(もぐもぐ)」
「そこのガキ」
「……(もぐもぐ。キャベツ太郎ってアルミほうそうをやたらおして、アピ―ルするけど、もうあたりまえだよな)」
「そこのガキ!」
「うわぁ!」
大声をかけられて、驚きながら後ろに振り向くと、件の占いババアが立っていた。
その姿、噂そのまま!
ぎょろりとした大きい目。原色塗りたくってるんですかって言いたくなるケバイ化粧。全身を包む黒づくめのドレス。樽みたいな体型。
スタジオジブリの映画に出てくる魔女にしか見えない、謎の占い師登場。
その見た目に隆少年の頭の中、パニック。
冷静に考えれば当たり前の話です。だって、自分の家に毎日、子供が入り口の前で立って、お菓子のカスを散らばしていれば目立ちますよね。
「な、なに? ぼくはここに立っているだけだよ……」
「なにが立っているだけよ。一週間もひとんちの裏口で菓子食いながらうろうろしやがって」
ですよね―。
大人だったら職質レベルの奇行をしているのだから、ババアの言うことももっともだった。
「な、なにもするきなんてないさ――」
おおげさな、大きな声をだす俺。誤魔化そうとする気が満々だけど、全然誤魔かせていない。
「嘘をつけ! 罰ゲ―ムか? 度胸試しか? お前らクソガキにとってはアタシの家はわかりやすいダンジョンか! クリスタルタワーか!」
「ご、ごめんなさい」
なんとかシラをきって、逃げ切ろうと思っていたが、大人の剣幕と怒られているのを自覚すると、俺は簡単に自供をしてしまった。
「なにがごめんなさいなんだい? それがわからないわよ!」
なんも考えてない隆の自供にさらにヒ―トアップするババア。
毎日家の裏口にハトの餌をまき散らかされているので、そうなるのも無理はないかも。
「いや、あの、あのね。ごっこあそび……」
「ごっこぉぉ? ほぉぉう? アタシは何の役かね? 悪い魔女? 魔王? それともドン・ハルマゲかい?」
「え、う、うんとね」
最後はアニメNG騎士ラムネ&40の敵。ババア、マニアックだな。
どう言い訳したらいいかと、口ごもっていたら、さっきまでのつばを出す勢いとはうってかわって、口が止まった。
で、こちらをじ―っと、見てきた。
「……」
「……」
俺もババアに問い詰められた時から、まな板の鯉だったから。ただ単に見返すだけ。そしてババアはじ―、とはこちらを見ているだけ。時間が経っているのか、たっていないのかわからない時間が過ぎた後。
俺の顔を自分の胸にうずめた。
「む、むぅー!」
やたらタバコ臭かったのを覚えている。
うわぁ。ババアの胸、とっても柔らかいナリィ……とかそういうのは一切なかった。
うずめられた後、グリグリと俺の顔を左右へと動かされ、ババアの胸の感触を堪能させられた。
後日これをおっぱい占いという、とても素敵な響きの占い方法だと知るが、相手がラスボスみたいなやつだとただの最終奥儀にすぎない。
永遠と思える時間が経過したあと、ようやく俺は解放された。
「な、なにするの……」
俺は息も絶え絶えに、とにかく空気を吸おうと苦しみにあえいだ。だがそれだけで終わらず。
「小僧。ちょっと来い」
有無を言わさない目線を突きつけられながら、これからやる行動も押し付けられた。
「え、えぇ―」
「いいから、来い! こい!」
首根っこを掴まれて、引きづるように裏口に連れてかれた。
そうやって俺は思いも寄らぬ方法で、結果的にはババアの家に見事、スネ―ク出来ましたさ。