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 玄関を飛び出した。

 自分が着火したマッチが原因で、赤い働く車が登場した時以来の飛び出しっぷりだった。



「おりやぁぁぁぁああぁああアアぁぁあ!」



 スピードがマックスにのって、いきなり周りの景色が早く動き始める。

 子供らしからぬ気合の声。この時だけボーイソプラノからバスへと声変わりしていたかも。


「ナウマク・サンマンダ・ボダナン・ア・ビラ・ウンケン・ソウカ!」



 いきなり叫び始める近所でアレな評判の小学生。

 地面に着くたびにカカトがカチカチと光るスニーカーがうなる。



「シュラ! マッハケーーーーン!」



 そして必殺技を発動。


 けどさくらさんの家はすぐ近くです。

 30秒もかからず、さくら家へ到着。


 MPの無駄使いでした。クリフトのザラキみたいなもんです。



 さくらさんの家の前には引越会社の大きなトラック止まっていて、屈強の半袖お兄さん達が次々とダンボールを運び入れていた。


 マッハでインターホンまで近づいてく。

 いざボタンを押すとなると、少し怖気づいてきた。


 さくらは会ってくれるのだろうか?


 今更なんだよと、会ってくれてもけんもほろろに追い返されるかもしれない。


 引越し直前に急に押しかけるのも、非常識かもしれない。


 色々、自分の行動を止める言い訳が浮かんでは、俺の動きを止めてくる。



 後日手紙でも送ればいいのでは?



 そんな嫌なことを回避しようとする思いで、何やらで動きが重くなる。

 もっともな言い訳を作り出して、辛いことを避けようとする。

 でもだ。

 その時の俺はこう思った。




 逃げんな。




 プールの時や自転車の練習だってそうだった。


 泳げる場所がないからと諦めればいつまでたっても泳げないし、雨が降って地面がぬかるんでいようと、それを言い訳にして、逃げていたらいつまでたっても自転車に乗れない。


 俺はさくらと仲直りしたい。酷いことを言ったけどまた一緒に遊んだりしたい。それなら謝るのが正しいんだ。それが例え俺自身をすごく傷つける結果になろうともだ。


 ババアが教えてくれた。だからその機会を生かさなきゃ。



 指を震えさせながら、インターホンを押した。

 普段とまったく変わらないはずなのに、すごく大きな音が鳴ったと思えた。


「……」


 聞きなれた音がする。誰も出てこなかった。


 この待っている時間もとても長く感じた。心臓がバクバクいっていた。

 誰もいないはずなんてないのに、この期に及んで、出かけているのかな? じゃあしょうがないのかな? と思ってきた。


 俺はまた逃げようとしてしまっていた。


「はぁーい」


 ドアがゆっくりと開いてきた。

 この一瞬がすごい緊張した。


 誰かが出てくるのかとか、まぁ、さくら家の誰かに間違いはないのだが、やっぱり緊張した。




「たかしちゃん……」




 そこに立っていたのは幸運なことにお父さんやお母さんではなく、さくらだった。


「さくら……」


 あんなに会いたかったのに、実際さくらを目の前にしたら、言葉が何も出てこない。


「あの…さ…」

「……」


 何か言わなければいけない。

 そう思えば思うほど、言葉が出てこない。


「あのね……」

「……」


 俺は頭の中がぐっちゃぐちゃだった。


 謝らなければいけないって、最初は思っていた。


 でもそれはさくらを見た瞬間にどっかに飛んでいってしまって、どこに引っ越すのかを聴きたくなっていたし、なんで引っ越すのかも聞きたくなった。


 でも謝らなければという最初の想いがまた思い浮かんで、それぞれがグチャグチャに入り乱れて、俺は何を言えばいいのかがわからなくなっていった。


 それでも、伝えなければと。


「だからさ……」

「……どうしたの?」


 俺のあまりにもウジウジした態度に、優しくさくらは次の言葉を促してくれた。


 決して苛立ったりはしてないし。


 謝ろうとしているのに、逆に気を使われている。

 その事実に自分がまた情けなく思えてきた


 自己嫌悪でどうにかなってしまいそうになって、でも現金なことに優しく声をかけられたから、初めてさくらと目があわせることが出来た。


「……」

「……」


 さくらは別に怒る様子でもなく、俺を哀れむようでもなく、ただ静かに俺のことを見つめていた。


「さくら……ごめんね」

「うん……」


 だから少し落ち着いた。



「ぼくさ……さくらにずっとあやまりたかった」

「うん……」

「いっぱいあやまりたいことがあった」

「うん……」

「まずあのときに、さくらのことをブスっていった」

「うん……」

「さくらのこと、そんなふうにはおもってないのにブスっていってしまった」

「でもあたし、ブスだから……」


「そんなことない!」



 俺は全力で否定した。

 急な大声にさくらが怯えるようにこちらを見た後、俺は目を伏せた。


「そんなことはないよ」


 さくらが見せた怯える姿に瞬時に後悔した俺はすぐにトーンダウンして、落ち着かせるように話した。


「さくらはブスなんかじゃないよ」

「でも……」


 意外と抵抗してくる。


「だって、こんなにかわいい」

「え?」


 そこでもう一度さくらを見る。

 さっきとは違い、さくらはこちらをまっすぐと見ていた。

 俺はその視線から逃げないように、見つめ返す。


「さくらはだれよりかわいい」

「……ほんとう?」


 さくらはすがり付くように俺を見ていたと思う。


「ほんと」

「そう……」


 そこでちょっとさくらの表情が緩んだのを見た。


 だから言葉を続ける勇気が湧いた。


「さいきん、さくらとまったくはなしができなかったじゃん」

「うん」

「がっこうでもぜんぜんあそべなくてさ」

「うん」

「きゅうしょくとかもいっしょにたべれなくなって」

「うん」

「それがつづいて、やっぱりさびしくて」

「うん」

「おまつりもさくらとまわれなかった」

「うん」

「ほんとうはさくらとまわりたかったんだ」

「うん」



 そこで俺は一呼吸置いた。



 一気に喋って疲れた。それに俺は自分の気持ちをただただ垂れ流しているだけだと気がついた。だからさくらが俺の言葉をちゃんと理解しているのかっていうのも気になってしまったから。


 さくらはこちらをジッと見つめて、何も喋ろうともせず、俺の言うことをただ黙って聞いてくれていた。


 さくらはいつもそうやって、俺の言葉を聞いてくれていた。


 俺が口下手で何かを伝えようとしているけど、全然理解できないことも辛抱強く俺に付き合ってくれた。


 まだまだ始まったばかりの人生だったけど、大して人付き合いの経験なんてないんのだけど、そんなことをしてくれる友達なんていなかった。


 俺の言葉をそうやって大事に聴いてくれる友達はいなかったんだ。



(そうだよ……! なんでそんなことにきがつかなかったんだろう)



「さくらのゆかたすがたがみたかった」

「うん」


 そう言って、さくらは淡く微笑んだ。

 その表情は今にもなくなってしまいそうと思ってしまうくらい、はかなく美しいまるで満開に咲き乱れた桜のようだった。


「だからさ……。きょうひっこしちゃうってきいてさ……」

「うん」


 こんなにも俺を大事に思ってくれる友達がいなくなってしまう。


「もうあえないってきいてさ……」

「うん」


 しかも喧嘩したまま、仲直りすることなくいなくなってしまう。


「ぼくさ……」

「うん……」


 さくらは何も悪くないのに。俺が全部悪いのに……!


 それでもさくらは黙って、俺の懺悔を。俺の後悔を。俺の過ちを黙って受け止めていてくれる。



 俺はさ。

 俺はなんて情けない男だと。



「さくら……、これ……」


 俺はポケットに入っていた長細い袋差し出した。


「これ……」



 さくらはそれを見ると、驚いた様子で俺を見返してきた。

 あの荒川まで行った時の記念写真が入った紙袋。

 現像が終わって、焼きまわしをしたんだ。

 汗とちょっと力が入って、クシャってなっちゃったけど、俺とさくらが並んでピースしている写真。


「これ、あげる」

「……ありがとう」


 さくらは涙ぐんでいた。


「とおくにいっちゃうんだよね」

「うん」

「あえなくなっちゃうけど、いっしょにあそべなくなっちゃうけど、ぼく、さくらにとってもひどいことしたけど」



 俺はもう半泣きだった。

 さくらも半泣きだったと思う。




「ぼくらはまだ、ともだち、だよね?」

「うん……」




 二人して泣き顔。


 いつの間にか、さくらの両親が立っていた。

 車の前に立っていて、いつでも出発できるようだった。


 俺はまったく気がついてなくてさ。

 さくらは両親とゆっくりと車に乗って、ウインドウを空けてこちらを見た。


「てがみ……、かくから」

「うん」


 今度は俺が聞き役。


「たかしちゃんもちゃんとへんじかえしてよ」

「うん…」

「それとね」


 ここで一拍時間を置いた。


「うん」




「……ううん。なんでもない」




「うん」


「……」

「……」


 そこで初めて会話が途切れた。

 それがきっかけのように、ゆっくりと車が動き出した。


「じゃあね……」

「うん。じゃあね……」



 車が動く。

 俺はさくらから目を離さない。


 車はどんどんと小さくなっていく。


そしてついには見えなくなった。

 俺はそれでも車から目を放せなかった。






 終わってしまえば、あっけなかった。


 悩むよりやってみたほうがいい。

 あんなに悩んだり、どうしようと悩んだが結果、やってみてよかったと思っていた。

 自分に熱があるなんて思えない清々しさだった。




 ……でも悲しかったな。




「おばあちゃん。ありがとう」




 いつの間にか隣に立っているババアに、もう俺は驚かなくなっていた。


 バットマンみたいだなとか思わないでもなかったけど、それがおばあちゃんだなって、俺の中で完結していた。


「どういたしまして」


 あっさりとした回答だった。俺は最大級の賛辞を込めたつもりだったのだが。全然わかってくれなかったし。




「じゃあ、たかし。あんたは今日から破門」




 いきなりだよ?


 あっさりからもの凄くこってりな、背脂でどろどろな言葉をぶつけられた。



「はもんって?」


「もうあたしの弟子じゃないってこと。フリー? フリーアナウンサーってこと? 生島ヒロシです」


 痛みが散るお湯と書いて痛散湯。



「……え!」



「そんな顔すんな。弟子ではないけど、今までどおりに家には遊びに来ていいから」

「……うん。でも…えぇ?」


 いきなりな展開についていけなかった。

 さくらの時とはまた違った頭の中がグチャグチャにさせられたよ。


「なんで、いきなり……」



「そんな顔すんな。後でエアジョーダンとGショックとスーパーファミコンとエフゼロ買ってやるから」

「……」



 物で釣られそうも無い納得いっていない俺に押されるように、ババアはため息を一つついて、理由を言った。



「もうあんたは私の弟子にならなくても、自分で困難を乗り越えられるからね」

「……」



「自転車とかも自分で乗れるようになったろ?」



 それはそうだけど、何が関係するのか?

 よくわからなかった俺に未だにわからない言葉を投げつけた。




 ババアは、そこでちょっと溜めた後。




「この選択をしたあんたなら大丈夫」




「このまま生きていても、いつか自分のFACEBOOKの、恥ずかしいリア充アピールを午後のワイドショーに晒される事態にはもうならないから」



「……? ふェイスぶっく? リアじゅう? なにそれ?」



「もしくは卒業文集を晒されない」


「え?」


「……将来わかるわよ」



 わかんないだろ?



 この言葉の意味。いくら調べてもいまだにまったくわからない。高校生になった俺でも理解できない。キミ、意味わかる?

 何言っているかわからないけど、

 ババアだから。それで納得できるけどさ。


「なんだかわからないし、もうでしじゃないのもかなしい。でもあそびにいっていいならいい」

「そんなあっさり納得されるとこっちが悲しいねぇ……」


「でもね。おばあちゃん」


「なんだい?」

「これだけはいっておきたいんだけどね」


 訝しげにババアは俺を見た。





「とっても、とってもありがとう!」





 俺は感謝を込めた笑顔をまっすぐ、こちらを見たババアにぶつけた。


「……」


 面を食らったような表情をするババア。ハトが豆鉄砲をくらった顔ってやつ?


 後にも先にもそんな表情のババアは初めて見た。




「……悲しいけど、あんたは私の弟子だったからねぇ」








ババアは俺から顔そむけて、珍しいことに小さな声でぼそぼそと呟いた。


 恥ずかしかったのかな?(笑)


 セリフ自体はスレッガー中尉みたいだったけど、ババアらしいって思うよ。


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