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 クラスの恋愛ブームも一週間たった。


 恋バナの花が咲くだけで話が終わればよかった。でもどんなこともいい事だけでは終わることもないと思う。


 ましてや自制があまり効かない小学生ならなおさらだったのよ。


「なかのくんのすきなひとは! イニシャルYKです!」


 教室中響き渡るような声で西川が叫ぶ。

 

 その声が響き渡ると、西川のところに行ってナカちゃんは


「やめろよ―」


 とふざけながら、西川を止める。


 西川はそれを嬉しげにいなす。


 西川はそれが面白くてしょうがないらしい。


 そんなやり取りを休み時間に毎回繰り返している。


 なんだろう。からかって遊ぶって、子供の頃おもしろかったよな。


 大人になっても面白いのは否定はしねぇし、イジって楽しむっていうやり取りとあんまり変わらないとはわかっている。


 でも何度も何度も繰り返して、からかわれる人が本当に嫌がるっていうのはやっぱり違うと思うんだよな。


 小学生に言ったってしょうがないのも確かだけれど。


 西川は何度も何度も繰り返して、そのやり取りを楽しんでいた。

 ヨウコちゃんもその場にいるし、あんなでっかい声で叫んでいれば、普通に聞こえているはずだぜ?


 ナカちゃん多分ブームになって、つい自分の好きな人を言ってしまったんだろうな。


 でもよりにもよって西川なんかに言ってしまうのは間違えた。

 中学2年生にエロ本与えるようなものだよ。


 それにしても西川もヒドイ。


「いやー、まさかあのナカちゃんがねぇ」


 西川はニヤニヤとナカちゃんを見ながら、ツッこんでとばかりに、見てくる。


「うるせぇよ!」


 笑いながらも西川にツっこみを入れるナカちゃん。


「あれぇ? オレ、だれとはいってないよ?」

「うるせぇって言ってんだろ!」


 ナカちゃんの反応を受けて、本当に楽しそうにする西川。


 ナカちゃんも笑ってはいるが、もう疲れているというか泣きそうになっているというか、とにかく辛そうだった。


 だってナカちゃんとヨウコちゃん同じクラスだし。すぐ近くに当人いるし。

 ヨウコちゃんも聞かないふりしているけど、ちょっと辛そう。それはそうだよね。どうリアクションしていいかわかんないし。


 それを永遠と、20分休みも昼休みもずっと繰り返している。聞いているうちに俺は義憤にかられてきた。しつこいし。


 ナカちゃんは俺の大切な友達の一人だ。友達が辛い思いをしているのに何もしないのはよくない。


「おい! にしかわ! おまえしつこいぞ!」

「はぁー?!」


 一見関係ない俺がいきなりかち込んできたのを、西川はとても気に入らなかったみたいで、けんか腰で俺を睨んできた。


「おまえ、かんけぇねーじゃん!」


 西川の立場からすれば、俺なんて格下だと思っていただろう。


 クラスの立ち位置でいえばだよ?


 俺はクラスではおとなしい。見るからにひょろひょろしているとても喧嘩の弱そうな男子である。


 つまりは御飯にいきなり奇襲をうけた、ドドリアさんみたいなリアクションをしてしまうのも無理はない。


「かんけいあるよ。おれとなかちゃんはともだちだもん。ともだちのためだもん」

「……はっはーん。わかった」


 そう言って西川は腕を組んだ。


「お前もヨウコちゃんすきなんだろ? だからそんなこといってんだろ!」


 え! そうなの? みたいな目で俺を見るナカちゃん。


 そんなわけないから。


 冷静につっこめるくらい、そんなわけないから。


「そんなわけないだろ!」


 ありえないことだ。だから俺は力いっぱい否定した。でもこれがよくなかったかもしれない。


「うわ! たかし。マジ? そっかー、たかしがなぁー」


 力いっぱいの否定に、かえって真実味がでてしまったようで、西川はそこをつけこんできた。


「さんかくかんけいかー」


 にやにやと、まるで新しいおもちゃを見つけたように笑う西川。


「そんなわけない!」


 俺は再度、力いっぱい否定をしたが……、なんだろう? 場の主導権を握られているように感じるというか。西川の方が有利に感じられた。


「ふぅぅぅーんぅ。まぁそうかぁ」


 余裕綽々といった様子で西川は嘯いて見せた。さっきまでのおもちゃ、つまりは俺をからかえる材料をいとも簡単に離すその姿に、違和感を覚えた。


「わかったわかった。たかしはさくらがすきなんだよな」


 そして俺が思いもよらないことを言ってきやがった。


「……!」


 本当に思ってもいなかったことを言われた。


 この不意打ちは効いたなぁー。俺、それが恥ずかしくてさ。 途端に顔が真っ赤になっていくのが自分でもわかったよ。


 西川の笑みがどんどん深くなっていく。


「あれたかし。かおがまっかだよ」


 ぐぬぬぬぬぬぬ。


 なんも言い返せなくてさぁ。


 この時、初恋もまだで、女の子というものをまったく意識していなかった。

 でもこの西川の一言で、俺はさくらをばっちり意識してしまった。


 俺、もしかしたらサクラのことが、好きなのかもしれないと一瞬でも思ってしまった。


「な、なん、ななな、なんで、そん、そんさんなこと、ない」

「ふぅぅーん」


 俺はとにかく否定していた。


 さっきのヨウコちゃんのやり取りと同じで、かえって真実味を増してしまっていたと思う。


「よくふたりできゅうしょくくってるよなぁ。しかもさくらのスプーンをつかって、ふたりわけあってくっているよなぁ」

「なっ……」


 周りからは キャー! という女の声が響き渡った。


「あれだろ? さくらがひるやすみをあそべるように、くってやってるんだろ? かえりみちはいっしょにかえってるしね!」


 西川はもう波に乗っていた。ついに周りもそれに加わってきて。


「えぇ! マジ」

「うらやましいー!」


 場は完全に西川のペースだった。いつの間にか俺と西川を囲むように人だかりが出来ていた。ナカちゃんの騒動で集まっていた人間が、前座を経てそのままメインイベントに参加している感じ。


「さくらとたかし、おまえらおさななじみなんだって? もうあいしょうばっちりじゃん!」


 西川のこれが止めだった。


「うわぁー、アツアツー」

「ヒューヒュー」

「けっこんはいつのよていですかー?」


 もう女だけの興味の視線だけではなかった。男共の興味、クラス全体のからかおうとする対象にもなってしまっていた。

 俺は泣きそうになっていた。

 というか実際半泣きだった。



 友達であるナカちゃんをかばった。

 俺は正しいことをしたのに、なんでこんな目になっているのだろう。おかしい

 みんなは俺がやったことを、きっと正しいことをしたと言うだろう。

 でも現実はこうだった。

 


「そっかぁ。たかしのすきなひとはさくらなのかー。それはしらなかったなぁー」


 西川はもう完全に俺に勝った気になっていて、とにかく楽しそう。


「ちがう! おれはすきじゃない!」


 俺は半泣きになりながらも、最早ただ否定しているだけだった。


「うそつくなって。けっこんはいつですかー?」


 実際違うわけだし、それなのに何故こんな嫌な思いをしなければならないのか。 


「ちがう!」

 みんなからイジられるからかわれるのが嫌だった。

 だから俺は頭の中を真っ白にしながらも、とにかく否定したかった。


「ちがう……! そんなわけない!」



 それが俺が言えるわけがない酷いことを言ってしまうことになる。





「おれは……! さくらのことなんか! あんなやつなんか……! すきじゃない! 」




 ついに俺はさくらを貶めるような言葉を吐き出していた。それも自分が楽になりたいがためだった。


「ハハッ! たしかにさくらはブスだよな」


 意外にも、さくらの悪口に西川は食いついてきた。

 とても楽しそうに便乗して話してきた。

 その様子を見て、俺は愚かにも助かったと思ってしまった。


 本当に愚かだ。


 このまま会話を続ければ、西川にからかわれるのが終わると。

 そう思ってしまった。


「そうだよ。あいつシルバニアファミリーとかであそんでいるんだぜ!」 


 西川に追従するように、あんな下種なやつに迎合してしまった。


「うわ! キツ!」

「だろ!」


 話していると死にたくなってくる思い出。

 俺がただ楽になりたいだけで、そんなくだらない理由で俺は自分の大切なものを自ら貶めた。





「さくらみたいな……! だれがあんなブスをすきになるかよ!」





 大きな声で叫んでいた。


 それに喜んでいる西川。

 ただその場が嫌だったから、誰かが傷つくことよりも自分が傷つきたくないから、俺はとても酷いことを言った。



「……!」



 だから神様が俺に罰を与えたんだろう。







 そこにさくらがいた。







 ドアを開けているさくらと目が合った。


「……」

「……」


 さくらはしばらく呆然と俺を見たあと。


「……!」


 走って逃げていった。

 俺はどうしていいかわからなくて、その場に立ち尽くしていた。

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