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 待ちに待った土曜日ですよ。


 俺は帰ったら、昼ごはんの日清ラ王を凄い勢いで、まるで落語家のようにすすり上げ、ナップザックに自由帳を破って作ったしおりに書いてあるものを急いでぶち込んでいた。

 

 水筒(中はポカリ)。

 お金(300円)全財産でした。

 帽子(ライオンズの。特にファンでもない)

 お菓子(出先で買うつもりまんまんだったから、適当なお菓子。クイッククエンチガム)

 帽子は西武ライオンズ(当時絶好調)


 あふれる思い(プライスレス!)


「いってきます!」


「たかしちゃん。どこにいくの?」

「冒険!」


 母さんの質問に正直に答えたが、母さんは息子がこれから何をしようとしているのかよくわかっていなかった。


 冒険……と呟いているうちに、鉄砲玉のように、たかし、いきま―す! と自転車に乗り込む俺を止める暇もなく、カタパルトから射出される俺を曖昧な表情で見送った。


 ナップザックに入っている水筒が背中に当たって、痛い。

 それと水筒に入った氷がカラカラと音がなってうるさい。

 リュックサックにしておけばよかったと思わなくもないが、そんな事は些細なことだと思っていました。


 待ち合わせ場所の近所の公園につくと、桜さんは既に待っていた。


 いつもと同じ格好の俺に対して(安心の短パン小僧)さくらさんはちょっとキレイめな格好をしていた。


 普段見たことないワンピ―ス姿。それと普段はまとめている髪をおろしていた。


 今思うと、スカ―ト、自転車、大丈夫? と思わないでもないけど、その時はそんな気のきいたこと思いつかなかった。


「さくら、きょう、かわいいね!」


 でも俺はお世辞とか一切なしで、頭に思いついたことを、恥ずかしいという脳の検閲を通さずにしゃべりまくっていた。


「え、えェェェぇと、……ほんとう?」


 こちらの小学校1年生ははにかみながら、嬉しそうに褒められたリアクションをしていた。


「ほんとう! すごいかわいいよ! 」


 俺は全力でうなずいた。


「ありがとう」

「うん! すごいおとなっぽい!」

「ほんと―」


 もうますます嬉しそうにする桜。これが生まれて初めて女の子を褒めて、その気にさせたと、たかし紀には記載されている。


 ……素直だったなぁ―。俺。


 正直に女の子褒めるなんて、絶対むり。この性格のまま、成長できたら、もうちょっと女の子と喋れるだろうに。だが次の一言がまずかった。


「俺のクラスのようこちゃんみたい!」


 その時、テンションが上がりすぎて、自分のクラスで一番かわいい女の子をさくらの例えに使ってしまった。


「そうよね……ようこちゃん。かわいいよね」


 さっきまで気分よく褒められて嬉しかったのに、他の女の子と比べられ、微妙そうな顔のさくらさん。

 素直に相手を褒めるけど、空気も読めないのが子供だよね。そう考えると、昔の俺も今とそんな変わらないね。


「ようこちゃんかわいいよね! でもさくらもおなじようにかわいいよ!」

「ありがとね!」


 再度の俺の不器用な褒めに、けなげにもさくらは気持ちを持ち直してくれた。


「よし、じゃあじゅんびばんたんだし、しゅっぱつしようか!」

「うん!」

「よし。じゃあ、とりあえずさくらはおれについてきて」

「わかった。おまかせするね」

「よし。じゃあ、いこう!」


 軽快に自転車を漕ぎはじめる。

 その日の天気は梅雨になっているのが嘘のような快晴。気温も20度前後ととてもすごしやすかった。久々にじめじめとしていない陽気に、自転車を漕いでいても不快な汗とかも出なくて、風をきるのが気持ちよかった。


 漕ぎ始めて後ろを見ると、さくらも気持ちよさそうについてきている。


 さっきまでかごに入れているマロンクリ―ムのリュックサックが見えてさ。あの中にどんなお菓子が……。じゅるり。という邪念を持ってしまいました。



 さて、もう一度言うけど、この冒険の目的地は荒川まで行くこと。



 なんで? とか、荒川行くとか意味あんの? とか冷静に聞くやつとは絶対友達になれない。


 このごろの年頃の男に、そういう現実をぶつけるやつは、明日駅でゲロ後を必ず見る。

 もしくは死ぬ。


 もしくはがすごい適当。


 道は途中まではわかった。地元のジャスコまで行けばいいだけだから。


 外環の道路まで出て、ジャスコへ向かった。さくらをひっぱっていかなければ! とあえて先頭をきって自転車を漕いでいたのだが、すぐに飽きた。


 さくらと二列になって、話しかける。


 知ってます? 二列になっての自転車運転ダメ絶対。


「ねぇねぇ、おかしなにもってきたの?」

「え。ぬ―ぼ―とポッキ―」


 ひとつは定番。定番も定番。

 もうひとつは盗撮とかやっているイメ―ジにより、見かけなくなったお菓子。


 あとさぁ。この時のポッキ―と最近コンビニでポッキ―の量、かなりかわってね? この時のポッキ―のほうが絶対量が多いよね? さりげなく量が減っている。


「あ。いいなぁ」


 俺は単純に羨ましかった。定番のお菓子が二つ。問題の一つのお菓子も、その当時は盗撮とかしない。美味しいお菓子である。


「たかしちゃんは?」

「クイッククエンチガム」

「ガムかぁ」


 おやつにガムを持ってくるといういまいちなお菓子のチョイス。でも自転車漕ぎながら食えるし、この旅にはちょうどいいじゃん。


 ガムのチョイス微妙とか言うな! それは反論できないだろ! 

 数年後には見かけなくなります。


「でもポッキ―もぬ―ぼ―もうまいよなぁ」

「さいしょからひとのおかしをあてにしないでよ……」


 さくらが迷惑気に呟く。


 そんな会話をしていると、自分が知っている道の終わりの場所に着いた。自転車を止め、周りを見渡した。


 近くのジャスコが自分が自転車で移動した最高記録の場所である。笹目川が横に見える道。土手の横にある道路に位置する。


 ここから自分の知らない領域へと突入する。


 そう考えたら不安がよぎる。もし迷子になってしまったらどうしよう。自分で考え、決めたはずなのに弱気が湧き上がる。


 そこで俺はクイッククエンチガムの包装を破り、板ガムを一枚口に入れた。


 スポ―ツ用らしいクエン酸いっぱい入ってますよ! という宣伝文句のガムをクチャクチャと噛む。


 ジッと見ていたさくらさんに一枚渡す。


「ありがとう―」


 さくらさんはうれしそうに板ガムの二重包装をはずし、口の中に入れた。

 最近キシリトールの粒タイプが多いから、板ガムって言葉久しぶりに言ったわ。


 ガムを噛むのが、俺なりに気合の注入になったな。弱気になった心を奮い立たせ、再度自転車を漕ぎ出した。


「あ、まってよ―」


 急に早く漕ぎ出した、俺にびっくりして、さくらは慌ててついてこようとする。

 暑かったな―。

 セミの鳴き声がある初めての夏休みも近い、土曜日の放課後。

 自転車は俺の気合を受け止めてくれて、それを速さで報いてくれた。


「しょ―ぶだ! さくら!」

「え……。お―し! わかった!」


 唐突に始まったレ―スは接戦の様相となった。


 俺は右ハンドルに装着された切り札を投入。


 ギアチェンジ!


 カチリカチリと一気にギアを最高の軽さにシフトチェンジ!

 そしてダメ押しの最近マスタ―した走法。立ち漕ぎ走法!


 結果。


 ……俺は意外だったんだけど。接戦だったんです。でも相手、女の子だぜ?


 男女差別するつもりはないけどさ。その時は女の子のほうが運動能力は低いとか思っていたじゃん。

 でもあとから教えてもらったのは小学生の場合、身体能力って女の子のほうが体がでかいし、優れていることのほうが多いんだってな。負け惜しみではないよ?


 川沿いの一本道を思いっきり漕ぐ。


 汗がどっとでて、鼓動が早くなる。


 漕いでいるうちに足が、自分のものではなくなってくるような気がした。


 直線が信号機によって終わりになる場所に到達すると、レ―スはどちらが宣言するわけでもなく、終わりを感じた。


 お互い止まる。


 しばらくぜぇぜぇと息を切らして、落ち着くまで待って。


「さくら、なかなかやるな」

「そっちこそ」


 お互い見合って、笑いあう。


 親友同士の認め合いイベントみたいな、なんかマンガの1シ―ンをお互いに再現したみたいで楽しかった。


 実際に親友だし。もう一回ふたりして大きく笑うと、また漕ぎ出した。


 なんかテンションあがっちゃって、さっきまでの不安がなくなっていた。




 旅は順調に進む。一本道だったしね。


「チントンシャンテントン♪」

「いますぐ!」

「チントンシャンテントン♪」

「どこかへ!」

「チントンシャンテントン♪」

「いこうよ!」

「「そらはあおい、おい!」」


 なんか自然発生で始まったお互いの歌いあうっていうのもやったりした。


 ちなみに歌は少年アシベ。二人で大声で歌を歌いあうのもなかなか楽しいね。

 あ、ちなみに俺が合いの手入れてたから。


 全力で、どこかへ! とか言ってたから。


 そりゃもう。アイドルの親衛隊みたいにさ。しばらくは合いの手ブ―ムがきてた。


「ラ―メンすきさ♪」

「カントン!」


 歌はまたアシベ。

「かいものしよう♪」

「ホンコン!」

「ロックンロ―ル」

「ロンドン!」


「「はちゃめちゃ、スケジュ―ル。てってけてってけ」」


「まかせて!」


 俺は左手を大きく上に上げた。

 テンションの上がり具合を表現したかったんだよ。すぐに戻したけど。ハンドルから手を離したことにより、あることを思い出した。


「あ。さくら。これできる?」

「なに―」


 俺は自転車のハンドルから左手ををはずして、


「かたてうんてん―」


 誇らしげに左手をブランとさせて、さくらに見せ付けたね。

 俺、驚異的な成長スピ―ドじゃね?

 だって自転車に乗れるようになって、わずか二ヶ月ですよ。自転車モノのマンガだったら主人公クラスの成長です。


「お―」


 さくらさんはちゃんとリアクションをとってくれましたよ。

 聞いているだけのキミと違ってな!


 でもですねぇ。さくらさんが片手どころか、両手はなし運転ができるなんて思わないですよねぇ? 

 お前、俺が自信ありげに片手運転しているのが道化もいいとこだよ! 


 でも俺は優しいから、動揺しながらもさくらさんを褒めましたよ。


「お、おおおおおおおおお。す、すうすすすsuすうすすすすすうすすすゲぇジャン」


 みたいな。

 途中、変換できてない。


 わかりやすく動揺しているな。俺。さくら。無邪気に俺に止めをさしてたなぁ。

 

「あ。たかしちゃん。アレ見て」

「え」


 突然キっと自転車を止めて、桜は川原を指さした。


 次は米米クラブのキミがいるだけでを歌おうとしていた俺も、戸惑いながらも自転車を止めて、桜が指をさしたところを見てみる。そこには水辺にのん気に泳ぐ鴨の親子連れが浮かんでいた。


 地球に優しくない川をけなげに泳いでいる。


「かわいい―!」


 桜の女の子らしいリアクション。


「そうかなぁ」


 それをぶち壊すまったく興味のない男の子リアクション。


「えぇ―、かわいいよ! ぜったいかわいいって!」

「だって、いろとかくろいよ」


 何て言うんだろう。親子ですごしたり、浅瀬でよちよち歩く姿がかわいいんだろうと、この年になっては冷静に分析できるけど、その時は小汚い色合いの鳥がふてぶてしく泳いでいる姿にしか見えなかった。


 その鴨が古式泳法とかで泳いでいたら、親近感湧いたけど。


 なので目を輝かせる桜とは対照的に、凄く自転車を先に進ませたい感を出す俺。


「ぜったいかわいい。ちょっとみていこうよ!」

「えぇ―、さきいこうよ―」


「みるの! じゃないとたかしちゃんにぬ―ぼ―、あげないよ。あとシルバニアファミリ―のスカ―トをめくっていたことをみんなにいうよ」

「そ、そんなことしてないよ!」


 そんなことはしてないよ? 


 でも俺は自転車を止めて、忠実にさくらの言うとおりに鴨見学に付き合う。


 でも思春期の少年って、少なからずそういうことって、やるじゃん? リカちゃん人形とかでもやったりしない? いや、俺はやんないけど! デマとはいえ、噂を流されたら少なからずダメ―ジってあるからさ。


「ふぁ―」


 桜は鴨に近づくと、よくわからない声をあげた。鴨はそれに対して何のリアクションもしないまま、優雅に水に浮かぶ。


 俺はやっぱりかわいさがわからない。だって、親子鴨の様子はまるで勇者の後ろにつく戦士、僧侶、魔法使いみたいなパ―ティ編成で水辺をうろうろ。レベル上げにしか見えないって。しかも色合いは黒い。


「やっぱりかわいい!」

「う―ん。でもなぁ。レベルあげか、グラディウスのコナミコマンドごにしかみえないなぁ」

「このかもちゃん。かわいいよ! たかしちゃん、そんなこといわないで!」

「……うん」


 野暮なことを言う俺にさくらは珍しく、強い口調で文句を言う。そりゃそうだよな。自分がかわいい言っているものをドラクエ3のレベル上げとか、シュ―ティングゲ―ムのオプション呼ばわりされればね。


「ふわぁ―」


 女の子らしいリアクションにどう返したらいいかわからず、俺もホケ―と鴨も見ていた。


「あっ」


 そこでナップザックにいいものが入っていたのを思い出した。


「さくら!」

「え?」


 鴨に心を奪われている状態から無理やり現実に戻す。


「ジャ―ン!」


 俺の手には最近はデジカメに押されて、まったく見なくなったインスタントカメラを高々と掲げていた。


 インスタントカメラ、わかるよな?


 あの写真を撮るときにネジを巻くように、円盤をギジギジギジギジ言わせながら回してからシャッタ―を押すカメラ。前の旅行の時に、買って使ったはいいが、12.3枚くらいフィルムが余っているらしいので、ついでに持ってきたのであった。


 ……それで、この冒険のことがばれて、あとで母親にこっぴどく叱られたんだが。


「すごい! カメラ?」

「おもちゃじゃないぞ! ほんもののうつるんですだ!」


 デ―モン小暮のCMでおなじみのインスタントカメラの元祖。


「せっかくだから、かもと、しゃしんをとろう」

「うん!」


 すごく嬉しそうにさくらはうなずく。


「じゃあ、さくら。そっちよって」

「うん! 」


 桜は一目散に鴨パ―ティ―に寄っていく。以外と鴨は空気を読んで、逃げるとか人間に襲いかかるとかはしなかった。


「イイよイイよ―。かわいいよ―。きれいだよ―。ちょっとおっぱい、きょうちょうしてみようか―」

「……たかしちゃん。なにそれ」

「テレビでゆうめいなひとのしゃしんのとりかた」

「……はやくとって」


 下ネタに対する冷たい女性の視線というのを初めて実感しました。


「はい。チ―ず」


 シャッタ―を押す。


「……」


 何も音がしない。


「……」

「あ。まいてなかった」

「もう!」


 90年代のお約束ですよね。今は見なくなった、インスタントカメラの風物詩。

 そんなお約束をやった後に無事にカモを背景とした撮影が成功した。たかしちゃんもとってあげる! と言われたので、とりあえず撮ってもらった。


 その写真は俺の右足が写っていない。いやマジで。


 でもその時はそんな結果になっているとは全然、思いもしなかったから、二人ともご機嫌であった。


「よし! じゃあ、いくよ!」

「うん!」


 最後に二人で写真を撮って、再出発。


 鴨とふれあったせいか、桜はご機嫌だった。そんな桜を見ているとこちらも嬉しかった。自転車は軽快に進んでいく。

 すると次第に自分が知っている道ではなくなっていく。


 未知の領域である。


 これこそが冒険! と俺は息巻いていたよ。知らない荒野を希望を見つけて、切り開いていく。


 目指すは東京。


 小学生低学年が漕ぐ自転車でもちょっとずつ進んでいくのは確かなわけで、電車での一駅二駅くらいは進んでいった。

 ここで思いも思わなかった事態になる。


 さすがにお互いに疲れがでてきはじめて、さっきまではやかましく喋っていたのも段々と口数が少なくなってきた。


 天気も梅雨らしく、段々と曇りがちになっていき、今にも雨が降りそうな厚い曇り空が太陽を隠しだした。


 天気と同じように、なんか気分がどんよりと落ち込んでいく。


 特になにが起きたってわけではなかったが、お互い暗くなっていったのは今でも疑問だ。

 でも場の雰囲気なんてそんなものかなと俺は思う。そしてついに決定的な事態に遭遇した。


「あれ……?」

「たかしちゃん。どうしたの……?」


 急に自転車を止め、俺の不安げな声を聞いて桜が心配そうにこちらに自転車を寄せてきた。


 さっきまで目印としていた川が途切れていたのである。

 川沿いに進んでいけば、いずれ荒川にぶつかる。それを根拠に進んでいたのだが、肝心なその川が途切れてしまった。しかし荒川にたどり着いたというわけではない。


 大きい川には未だぶつかってはいないし、ここがすでに東京であるという確証もない。


「川が途切れている」

「え……! じゃあ、どうやってあらかわまでいくの?」

「わからない……」

「えぇ―」


 桜が滅多にしたことがないような、不満気な表情を浮かべた。


 桜は基本的には相手に嫌がられような真似をしない。


 さくらの場合、それは積極的に人の顔色を伺うことだと思うし、ちょっと寂しいことだと思っていた。

 だから、ちょっとは素の桜が見れて安心だった。でもこの時は猫をかぶってほしかった。都合がいいのは百も承知。


「だって、かわがとぎれているなんておもわなかったからさぁ」

「たかしちゃん。いいかげん―」

「ごめんよぉ」


 桜の珍しく不満気な声に、俺は申し訳ない気持ちになってしまった。


「まぁ、ちょっとすすめばまたかわにぶつかるでしょ」

「……うん」


 女性は強い。俺なんかちょっとしたハプニングですぐにあわわとなってしまうのに、さくらちゃんはすぐに持ち直してたちまち主導権をにぎる。


「よし。いこ―」


 今度は桜が先頭になって自転車を漕ぎ始めた。俺はたちまちドロンジョ様に付き従う、ポチッっとなでまんねん。


 まぁ、俺が今まで先頭だったからいいや。びょ―ど―に楽しまないと。


 と気を取り直して、ボ―っと自転車を漕ぎ始めた。


 とはいえ桜だって道をわかっているわけではない。ここかな? ここかな? と行き当たりばったりに移動をしても状況の打開にはつながらなかった。


 楽しげに自転車を漕いでいたのも一変、お互いに何も言わずにただただ川を探すように、周りを見渡すだけの作業をするようになってきた。


 不安がお互いの心を塗りつぶしていく。


 知らない道、知らない場所。さっきまではわくわくする要素の一つにすぎなかったそれは、不安の色の要素の一つになってしまった。


 それに川沿いにただ真っ直ぐ進んでいたさっきまでと違い、行き当たりばったりに川を探している状況。


 どんどん道が複雑になっていく。つまりは戻り道がよくわからなくなっていた。知らない場所で道に迷って、延々と彷徨い続けている。


 ちらりと桜の顔が目に入った。

 桜は泣きそうな顔になっていたよ。


 俺らはその時はただの小学校1年生だ。大人みたいに経験なんかつんでいないし、不測の事態にどう対処していいかわからない。


 このまま家に帰れなかったらどうしようと思っていた。


 はじめてのおつかいってテレビあるだろ? あんな感じだよ。


 子供の世界なんて物凄く範囲が狭い。せいぜい自分の近所ぐらいが限度だ。


 それがまったく知らない土地に行くんだ。


 大人でいうとこのまったく知らない海外に行くようなもんだよ。たとえそれが隣の駅に行くのだとしても、子供にとっては大人が南アフリカの内戦が起きている国に海外出張するのと何が違うんだよ。


 もうナレ―タ―が、あれあれ? そこの道は隆ちゃんたち、違うよ―。という茶化しをいれる場面になってるはずなところで、桜が急に自転車を止めた。


 俺も慌てて自転車を止めると、桜を見た。


「みちがわかんなくなっちゃったよぉ」


 いきなり止めんなって、おもわず文句を言おうとする俺だったけど、桜の半泣きの表情に何も言えなくなった。


「え―、さくらがだいじょうぶっていったんじゃん」


 でもその時不安になっていたのは俺も同じで、責任転嫁をして桜を責める。


 最初に言い出したのは俺の癖にな。でも俺もダメダメなやつだったからさ。

 誰かを非難して、自分は悪くないって、思って心の平静を保とうとしてしまった。

 自分が楽になりたくて必死だった。


 勝手な話だよな。


 さらに俺は責任を桜に押し付けようと、桜を見て、文句を言おうする。

 桜はますます泣きそうな顔になっていた。


 でもその顔を見て、なんか違うなって思った。


 可哀想だなって気持ちにもなったんだけど、何よりもこのまま桜を責めるだけなら、給食を残した桜をずっと食べるまで遊ばせない小学校教師となにが違うのかと。



 本当に一瞬だけそう思った。



 でもその一瞬が大事だった。



(……そういえば、おばあちゃんの手紙があった)


「……さくら、とりあえずそこのこうえんできゅうけいしようよ」

「たかしちゃん……。うん」


 公園といっても、マンションのちょっとしたスペ―スにある空き地みたいなところだったけど、とにかく自転車を置けるスペ―スとベンチがあった。

 のろのろと自転車を漕いで、そこに止めると、ペンキが禿げたベンチに二人して座る。


「……ジュ―スでものもうよ」

「……うん」


 のろのろとお互いの水筒を取り出し、見なくなって久しい蓋の役割も果たすコップをはずし、ジュ―スを注ぐ。


「甘い」


 あまりの甘さに顔をしかめた。粉ポカリの配合間違えた。

 蟻よりも甘いものが好きな少年時代俺でも甘すぎィ! と感じてしまうなんてよっぽど甘いよねぇ。親の目を盗みつつ、初めてつくったからさ。うまく出来なかった。


「わたしの、のむ?」


 桜が心配そうに、ピンク色のカップを差し出してきた。


「ありがとう」


 コップの中身はちょうどいい味。オレンジジュ―スだった。多分バヤリ―ス。


「……うまい」


 バランスのおかしいのを飲んだあとだから、甘さの丁度良さが、より際立っていた。


「たかしちゃんのも、のませて」

「いいよ」


 俺も飽和ポカリ水を水色のコップになみなみと入れて、差し出す。


「……」

「……」


 時間が止まる。


「……あますぎるよ」


 落ち込んでいる桜も文句を言う甘さ! 


「へへっ」


 思わす笑ってしまったという態の桜を見て、照れ笑いを浮かべる俺。

 どれくらい甘いかわかってもらえるよね。

 たぶん早朝に木に塗ると、カブトムシ呼んじゃうくらい。


 なんとかコップになみなみと注がれたポカリを飲んでいる桜を横目に、俺はババアの手紙を出した。

 正直ぜんぜんあてにしてなかった。自転車の時と同じだって。ばあさんの悪のりだってわかりきってるよね。


 でもその時は藁にもすがる思いだったんだ。


 のりをつけすぎな封をびりびり破く。そこには便箋が一枚入っていた。




『たかしへ。


 まずおちつけ。


 ふあんなことがあっても、しんぱいするな。おまえがいるところはいせかいでもなんでもない。ただのにほんだ。

 おまえはゆうしゃとして、いせかいにしょうかんされてもいない。まおうをたおせとかいわれいていない。


 だからそんなにふあんになるな。


 もしみちにまよったら、まわりのひとにきけ。きっとしんせつにおしえてくれる。

 それでももし、どうしてもふあんになったときはここにでんわしな。すぐにたすけてやる。

 でもできるだけやってみな。

 あんたならでるよ。


 なんてったって、あたしのでしだからね』



 

 子供でもわかりやすいようにひらがなで文章を書いてあった。


 その文章のあとに、普通の配列ではない電話番号が書いてあった。多分その当時には珍しい携帯電話だと思う。ちょいとしたバックぐらいの大きさの肩からかけるやつ。

 便箋だけと思っていたが、最近見なくなってきたテレフォンカ―ドが入っていた。


 しかも500度という。


 使いきれね―し。


 ババアがくれたカ―ドだから、なんか裏面に穴を隠すテ―プ張ってないかなって見たが、ちゃんとしたイラン人が売っていないカ―ド。

 それで落ち着いたかって?



 んなわけね―だろ。



 がっかりだよババアくらいだの思っていた。


 何の解決にもなってないっしょ? だって、解決方法とか書いてないし、ガッツです! みたいな解決方法の人生相談なんてないし。

 まぁ、一瞬考える時間っていうのは、作ってもらえたけどな。


 やっぱりあわわ、あわわってなっているのかわらなかったけど。どちらかというとPSに助けられた。


 当時PSってなんだろうとも思った。元気です俊平で意味が始めてわかったけど。


『Ps さくらちゃんがこわがっていたら、おとこらしくぼくがいるからだいじょうくらいいってやりな。すきになってもらえるぞ』


 ばばばばばばばバぁ、ななんあんあなにを!


 って子供ながらに思ったものさ。


 一丁前に何意識させてんだくらい。でも子供は現金なものだからさ。


(じゃあ、おとこらしくいよう!)


 単純でもあるよな。すぐ影響される。


 その手紙を子供のレベルにしてはキレイに折りたたみ、ナップザックに放り込む。そしてさくらの目を見て、単純さを爆発させた。


「さくら。このジュ―スをのみおえたら、またすすもう!」


 さくらは急にどうしたんだろうと、こっちを見つめながら、コクコクとうなずく。


「ぼうけんにはトラブルがつきものさ! だいじょうぶ! おれがついている! 」


 なるべく格好よく言ったつもりではあったが、けれども! 桜さんはただただうなずくだけであったのです。

 見事な、気持ちよくなるくらいの空振り。

 でも俺は、さっきまでのうなだれているのが嘘のように、ガバッと立ち上がった。拳を握り締めながらである。


「そうだよね! たかしちゃんとだったら、きっとだいじょうぶだよね!」


 それを見た桜はやっと笑ってくれたんだよね。

 控えめな笑みだったけど、確かに笑ってくれたんだ。

 それがうれしくてさ。気分上々ですよ。


「そうさ! ぼうけんはまだはじまったばかり! きをとりもどしていってみよう!」

「お―!」


 桜も勢いよく立ちあがって、腕まで振り上げて明るく喋る。


 もてたいっていう、不純な動機ではあったけどさ。結果的に桜に嫌な思いをさせなかったし、お互い明るくなって、次にむかえられたからさ。


 ババアありがとう。ではあるよな。所詮、人生経験なんてまだない小学生のガキだ。このままいっていたら不安に煽られて、ひどいことを桜に言っていたかもしれない。それどころか暴力だってふるっていたかもしれない。


 それにこの時は道がわかんなくて、本当に途方にくれていたんだ。もしかしたら、もう家に帰れないなんてすら思っていた。


 その不安な気持ちを解消してくれたのと、もしかしたら桜にしたであろう酷い事を阻止してくれたっていうのに、ババアありがとうなんだよ。


 そこから気をとりなおして、まずババアに言われたとおりに、周りの人に道を聞いてみた。


 知らない人に話しかけるっていうのは初めてだったかも。


「あのすいません。ここからかわにいくみちはどっちですか?」


 通りすがりのおばさんは普通に対応してくれた。


「川? もしかして荒川?」


 その質問に俺はコクコクとうなずいた。


「……。この道をまっすぐいって、つきあたりを左にずっと先へ進めば、川につくわよ。でもなんで荒川に行くの?」


 おばちゃんは道を教えると怪訝な顔をして、こちらの目的をも聞こうとした。おそらく親切心では言っているのだろうが、こちらの目的を教えたら下手すると警察に通報される。



 何故か?



 こちらの安全を考慮しているから。


 すなわち危ないことはやらせないようにしている。つまりはこの冒険を強制シャットダウンしてくるおそれがある。


 でもそれは、危ないからといって、全てを規制しようとする。火が危ないからといって、火そのものを否定するようなものである。きっとこの冒険の内容を知ったら止めようとしてくるに違いない。


 俺らの成長の機会を危ないといって、規制してきようとしているのである。


 なんでおばちゃんとかはこちらのロマンを、一般的な常識とかで殺しにくるんだろうな?


 秘密基地建設とかことごとく阻止してくるし。でもこんな時、どうしたらいいか、一応の対策は出来ていた。


「ん―。もぐら!」

「……え? もぐら?」

 

 予想もしない返答におばちゃんは目を白黒させる。


「じゃあ、ありがとう―!」


 ここだとばかりに、俺は全力で自転車を漕いだ。


「……なに?」


 桜もペコリと頭を下げて、俺についてくる。

 颯爽と自転車でその場を離れた。

 普段の奇行のおかげで、こうなったらどうなるかを経験上知っていた俺は必殺。もぐら返答法を使って難を逃れた。




 説明しよう!

 もぐら返答法とは、イエスノ―をはっきり言う事なく、意味不明な単語を言うことにより、返事自体を曖昧にして逃げてしまうことである!

 例1

「テスト勉強やっているの?」

「もぐら!」

 例2

「こんな時間までなにやっていたの?」

「モグラ!」

 例3

「彼女でもできたの?」

「も……、お前のDNAを受け継いでいるからできるわけね―だろ! ババア!」

 このように使います。

 ちなみに言葉はモグラでもなくてもいいです。いい感じな言葉を当てはめて使ってください。




 もぐら返答法により、おせっかいなおばさんを煙に巻いた俺は、桜と軽快に自転車を漕ぎ始めた。もう旅を不安にさせるようなことはない。


 ぐいぐいぐいぐいと自転車を進めると、ついに目的地が見えはじめた。


「たかしちゃん。あれ、あれかわじゃない?」


 さくらが声を弾ませて、指をさした。

 その言葉に俺は目をこらして、さくらが指を指した場所を見る。けれども、まだ俺には見えなかった。その見えるのに見えない状態が、子供の逸る気持ちを止められなくさせた。


「よしいこう!」

「あ。まってよ」


 桜の制止もなんのその。最後の力を振り絞って、自転車を立ち漕ぎでペダルを回しまくる。

 子供の自制心なんて、どうしようもないじゃん。


 だって川っすよ。


 金八先生のオ―プニングでしか見たことありませんよ。あれ土手だけど。


 外国の女の人も走っていて、ちょっと甘からみもしたりしなかったり。漕いだ分だけ近づいて、俺の目にも川らしきものが見えた。


「でけぇぇ!」


 あまりのでかさに、俺は叫んだ。


 荒川っすよ。


 ひとまず自転車を止めて、ほけ―っ、と見る。

 雄大だったねぇ。子供だったからか、物凄くデカく感じた。


 自転車をスタンドで止めて、しばらく眺めていた。


 隣で音がした。ちらと、見てみると、ちょっと遅れて桜も来てた。でもすぐに川の方に興味をとられて、またほけ―っと見る。

 さくらも何も言わなかったから、俺と同じでほけ―っと、川を見ていたんだと思う。


 ちゃんと見たわけではないけど。


 時間帯はちょうど夕方で、日暮れの天気がさらに川を染め上げていて、より子供の目には新鮮に見えたんだよ。

 そして、そんな俺たちをどこからともなく、音楽が流れてきた。




 ♪五時三十分になりました。外で遊んでいる子供達はお家へ、帰りましょう♪





 高校生の俺が聞いて、思わずノスタルジ―を感じてしまう、切ない音楽がそこら中に流れた。

あの光景は今でも鮮明に思い出せる。



 日が落ちかけた夕焼け。

 一日の終わりを感じる音楽。

 そして初めて見た雄大な川の風景。



 その光景は、ここまで来れたという達成感で俺の大切な色あせない思い出となったんだ。だって全然、忘れてないんだぜ?

 どれくらいそうしていたかはわからないが、時間にしてみたら10分くらいだったと思う。


「うわ……」


 桜には珍しい嫌そうな声が俺を現実に戻した。


「どうしたの……、うわぁ」


 川岸にはカラスの死骸が浮かんでいたんだ。

 くちばしをぱかりとあけ、関節をあらぬ方向に曲げながら、川の流れに身を任せていた。

 リアルだわ―。なんか印象強かった。大きい動物の死骸って、初めて見たし。


「カラスかな」

「わたし。はじめてみた」


 呆然と呟く俺に、桜も呟いて、応じてくれた。


 そりゃ、シルバニアファミリ―で遊ぶ女の子は、カラスの死骸と戯れるとは思えないんだけどさ

 なんかそういう死骸とかさ。街であったら速やかに処分されるじゃん。苦情とか通報とかでなんだかんだで、なくなるから見たことがなくてさ。残酷で、気持ちがいいものではなかったけど、それが新鮮だったなぁ。


「……」

「……」


 なんとなく会話が止まった。


「あらかわ。ついたね」

「うん。ついた」


 それでまた会話が止まった。


「でもたかしちゃん。すごいよ」

「なにが?」

「だって、このかわをわたると、もうとうきょうでしょ?」

「うん」

「なんかしんじられない」

「そう?」

「うん。じぶんたちだけのちからで、とうきょうまでこれたんだよ?」


 そう言って、桜は笑った。その笑顔には覚えがある。


 自分自身だけの力で成し遂げたことによる、自信の笑みだ。俺も自転車が乗れるようになったときに、こんな笑みを浮かべたんだろう。


 不安な思いや足の重みに耐えながら、それでも自転車を漕いで、目的地にたどり着いたのだ。

 このやりとげた結果は誰にも文句は言わせないからな。


 そうだな。これはきみの立場で例えるとだな。あれだぞ。きみがアフリカの紛争地帯に行って、現地のミネラルウォ―タ―汲んでくるのと同じくらいだな。


 だ―れにもないしょで♪ ってな感じ。


「たかしちゃんがさそってくれたから、とうきょうまでこれたんだよ。だからたかしちゃんはすごいよ!」

「そ、そうかな……」


 口は謙虚なことをいいながら、実際は俺の顔はゆるゆるだったと思う。も―う、あの頃の年頃なんて、そう褒められることなんてないから。褒められても、なんか先生の策略に嵌まったときに褒められるぐらいしかないからさ。


 静かに授業を聞いてましたね―。本当にみんなはおにいさんおねえさんですね。


 っていった感じの。


 どれくらいそこに居たかはわからない。けどもう周りも段々と暗くなってきて、そろそろ帰ろう? と、さくらが言い始めた。

 実はとっくに帰る時間は過ぎていたから、俺も同意して自転車を漕いだ。


 帰り道はさっき来た道を戻るだけだったから、気楽に戻れた。


 迷う心配がなかったのと、無事に東京に来れた達成感からか、帰り道のさくらのテンションの高いこと、高いこと。

 何度も投げかけられてくるさくらの話題をひたすら返していたね。どんな返事でもさくらさん必ず膨らましてくるからさ。


「たかしちゃん。みやざわくんのあだなってなんだとおもう?」

「みやざわくん? あったことないなぁ。なんだろう? みやさん?」


 非常にアバウトなヒントしか与えられないから、案の定、はずれだったみたいで。


「ぶぶ―。はっずれ―」


 さくらさんらしからぬ。全力での否定ですよ。なんか唇とか尖らせていたかも。


「せいかいはそうりでした―」

「そうり? なんで?」


 その疑問の返し方はさくらの思惑通りだったらしく、淀みなく俺からの疑問を捌いていったよ。


「いまのそうりだいじんって、みやざわそうり。だからだよ!」


 自分の知識を教えるって、あの当時楽しくなかった? なんか本を読んだりして知ったことを知らない人に教えてあげるってのが楽しくてさ。


 深夜番組でトリビアの泉ってやってるの知ってる?


 あれ豆知識を教えてくれるって番組なんだけど、そんなの知ったら次の日に誰かに話したくなるのと一緒だと思う。


「へぇ。そうりだいじんのなまえからかぁ」


 しわしわが印象的ですよね。でもその後、宮沢総理が総理を辞めたあと、宮沢君のあだ名がなんかよくわからないけどエマとなってしまうのは、ちょっと可哀想ではあった。


 そんなどうでもいいお話を全力で、楽しげに話すさくらさんの前に素敵なお店が目に入ったらしく。


「たかしちゃん!」


 さくらは急なブレ―キをかけて自転車を止めた。


「ど、どうしたの」


 驚く俺に、さくらちゃんは指をさして答えた。

 そこにはちょっと大きめの駄菓子屋が目の前に立っていた。

 家の形とか、そういうのは正直うろ覚えなんだが、まぁ古めの駄菓子屋さんだったよ。50円で出来るゲ―ムの筐体が2台くらいあったかな。


「ねぇ! はいらない?」

「えぇ、でもおそいし……」

「いいじゃない! ちょっとはいってみようよ!」


 気力十分なアグレッシブビ―ストモ―ドが入っているさくらさんは、もうテンション気力130でとても止められなかったよ。


 俺このとき正直、まっすぐ帰りたかったのよ。だって、遅すぎると絶対怒られるから。


「おぉ―」


 なんだかんだいって、実際入ってみると心躍ったけどな。


 小学生のテリトリ―なんて、たかが知れてるからさ。知らない駄菓子屋に入っただけで、なんか気分上々になってしまう。


 この時、俺すももを初めて見たんだよね。地元の駄菓子屋になくてさ。シロップの漬け込んだすもも。パックに入っているお菓子。20円は手ごろだよな。


 買いはしなかった。だって怒張した亀頭みたいだし。食い終わったあとにジュ―スと称してシロップを飲むのが醍醐味らしい。


 さくらはなんかもう集中しちゃって、声をかけられないようになっちゃってさ。とりあえす俺はのチュ―ペットをちょっと大きく瓶のシルエットにしたような容器に入っている30円のうそコ―ラと、同じく30円のチ―プなスナック菓子。コ―ンポタ―ジュ味を買った。


 チ―プな味とあなどるなかれ。このフレ―バ―はのちに大きな袋のサイズでコンビニにも並ぶようなかなか人気がでる味だ。店番のおじいさんに60円を渡してもぐもぐとやる。


 大分たってからこのおじいさんがおばあさんだったことに気が付くが、それはまた別の話。


 え―! おばあちゃんだったのお前! 角刈りじゃん!


 みたいな、衝撃が10年後の俺を襲うね。


 飲み物の方をさっそく飲み口を噛み千切って飲む。これケツ飲みってやり方もあるんだけど、言葉通り普通の飲み口から反対方向を空けて飲むやり方。今日はレディもいるし、普通の飲み方。


「うまいんだな、これが」


 その時流行ったCMの真似をする。


 ついでにスナック菓子を破ってもぐもぐ食べ始める。ムシャムシャやっていると、さくらが眉間にしわを寄せながら近づいてきた。


「くう?」


 うそコ―ラを口に咥えなおして袋を差し出すと、さくらはむんずと掴んで口に3つくらいを放り込んだ。


「……おいしい」


 ちょっとはさくらの表情が和らいだ。ちょっと安心した。


「なにかうの?」

「……なにかおうかなぁ。それでなやんでるの」

「だがしやははじめて?」

「いや、そんなことないの。でもなんかまよっちゃって…」


 さくらさんはなかなか買うものが決められない様子。そこで俺は自分のおすすめの品を渡してあげた。


 ポテトフライというスナック菓子である。


 大体子供の手のひらと同じサイズの丸型のポテトチップスが、4枚入っているなかなかおいしいスナック菓子だ。


 知ってる? 知らないか。


 このポテトフライの最大の特徴はその食感にあると思う。普通のポテトチップスとは違う食感。どういう食感かと言われてもなかなか説明は難しいのだけれども、オ―ザック? あれに似ていると思う。その当時、まだオ―ザック出てないと思う。だからあれは駄菓子にしかない味と食感なわけだ。


 ただひとつもの足りない部分がある。


 それは量が少ないということだ。

 4枚って。


 駄菓子は30円だせば、ある程度の量は食えた。


 他のスナック菓子のキャベツ太郎。あれなんかは20円。20円でそこそこ満足な気持ちになれる。アルミ包装そんなアピ―ルされても別に普通だし……でおなじみ。

 それに対して、ポテトフライは30円。うまいけど、どうしても物足りない。ただそれをさっぴいても、うまいのは確か。


 急によく喋るとか言うな。親切に解説してやっているんだぞ。


「じゃあ……、これにしとこうかな」


 そう言って、おじいちゃ―んと駆け寄っていくさくら。


 おばあちゃんなんだけどね。


 店の軒下で、二人して並んでもぐもぐと食べる。

 しかしさくらが食べているのはさっきも言ったとおり、量が少ないためすぐになくなってしまったようだ。

 手持ち無沙汰にしているさくらさん。


「たべる?」

「ありがとう!」


 差し出すと俺の食べているコ―ンポタ―ジュフレ―バ―を気に入ったようで、さくらはまた俺のスナック菓子をムシャムシャと食べる。ふたりしてもくもく食べるものだから、すぐに食べ終わってしまった。


 ポケットにはまだまだお金はある。


 ちょっと迷ったが冷凍チュ―ペットを買った。


 説明はいらないよな?この食い方考えたやつ、天才だと思う。


 ジ―っと、さくらが見てくるなか俺はふんっと、膝蹴りでチュ―ペットを真ん中のくぼみから真っ二つに割って、さくらにあげたよ。


「ありがとう!」

「いいよ」


 さくらにおごってばっかりだな。おれ。


 大人になったらキャバクラとか行かないほうがいいよな。


 帰りの時間を考えると、そんなに長居はできなかったから、マスタ―した片手運転でチュ―ペットを齧りながら家に帰った。


 冒険の終わりの寂しさか、さくらはあまり喋らなくなっていた。


 単にチュ―ペット食いながらだから喋れなかっただけか。


 帰り道の川沿いの夕日も綺麗だった。


 結局家についたのは7時くらいでさ。母親にえらく怒られた。

 既に日本むかし話をやっていたよ。





 怒られたは怒られたけど、それでもあの冒険は楽しかったなぁ。





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