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ケモノミチ  作者: たびくろ@たびしろ
セリオニア編
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九十五歩目

 ────小さな頃から、優しい母親だった。


 物心付いた時から既に父親は居なかった。彼女の愛を一身に受けて育った自分は、本当に幸せ者だと思える。


 いつも人に親切にしなさいと言っていた。それはいつか巡り巡って、己に返ってくるのだからと。


 こうも言っていた。人を恨んでも得にはならない。けれど、仲良くすれば──どちらも得をするのだ、と。


 怒った時は怖かったけれど、優しい時は本当に優しくて、甘えさせてくれた。


 フリィ・ビストリアもといフリィ・エイボーンという一人の女性は、キュリオという一人の息子に最大の愛を注いでくれた。


 旅に出るといった時も、彼女はこう言った。




 ────やっぱりあの人の息子ね、と。




 そうして渡してくれたのは、母が肌身離さず大切にしていたゴーグルだった。どうやら、父が使っていたものらしい。


 自分はこう聞いた。──大切な物なんじゃないの、と。


 彼女はこう答えた。──親は子へ受け継ぐものだから、と。


 こうも言ってくれた。そのゴーグルをしている姿は、自らを導いてくれたあの人にとても似ていると。瞳の色も、髪の色も、あなたはあの人にそっくりである、と。


 背が低いところもそっくり、と笑って付け加えながら。


 理想の母親。大好きな母親。




 それが、キュリオにとっての──フリィ・エイボーンだった。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「……良いお母さんだったんだね」

「ねえ、どうしてお母さんはこのムラを離れたの?」


 既に日も落ちかけていた。谷底は真っ赤に染まり、ムラの篝火かがりびは一層明るさを増している。練り歩く人々も減り、皆自分の掘った穴に戻っていく。


 そんな中、キュリオはブレイアに質問した。


「これは又聞きなんだけどね。……ビストリアの一族はセリオニアの一族と共に『セリオン』を代表する二大一族で、昔、その跡継ぎはこのムラを出てはいけなかったの。だけど、そんな彼女を旅に連れ出した少年が一人いたんだって」

「……────!」


 その瞬間、ヒミは思い起こすような表情を浮かべた。その正体が何であるかはキュリオには読み取れなかったが、ブレイアは構わず話を続けた。


「ダリオ・エイボーン。話を聞くに、恐らく君の父親だろうね。背が小さくて頭にゴーグルを掛けた少年だったらしい」


 ────背が低いところもそっくりよ、キュリオ。


 母の言葉を思い出し、思わず笑みが溢れてしまうキュリオ。


「詳細は知らないけど、とにかくそのダリオってのはフリィさんを連れ出していった。それからの行方は誰にも分からないんだけど……まさか、フリィさんの息子がここに来るだなんてね」

「なんでキュリオの母ちゃんがブレイアさんより強いって分かったんだよ? 会ったことねーような口ぶりだけど」


 チルフがそう聞くと、ブレイアは思い起こすように答えた。


「……あの人の通り名は『本家を超える分家』、『最強のセリオン』だったらしいもの。まあ『本家を超える分家』はレビオン兄さんも同じだし、私はフリィさんには会った事も無いけど、『最強』なんて箔を押されちゃあね」

「き、キュリオのお母様は凄い人だったんですね……」

「ぼ、僕も知らなかった……全然そんな風に見えなかったし、そんな事も言わなかったよ」


 驚愕するほかない四人。だがそれ以上に気分が高揚しているのは、ブレイアの方だった。彼女はキュリオの手を取るとこう言う。


「ねえねえ! キュリオ君、君は見たところ『セリオン』について何も知らなかったらしいけど、君には『セリオン』を扱える血が流れてるんだよ! あっ、もしかしてあの時のデカい巨人って『セリオン』の応用なの⁉︎」

「え、ええ、えっと……よく分かんないや。魔力じゃないかと思ってるんだけど……」

「魔力? なにそれ? まあいいや、ちょっと今から出てもう一回見せてよ! なんか君に興味湧いてきた!」


 ガクンガクンと握った手を揺すぶられて混乱するキュリオ。それを制止するように、アルフレイドが間に入る。


「おいおい待った待った。もう夜も更けてきたし、キュリオの巨人もおいそれと出していいものでもない。明日にするのはどうだ? 俺たちも落ち着きたいし」

「ダメだよう、興味ってのは湧き上がってきた時が一番なんだから。大丈夫、すぐ終わるから! ね!」

「だっ、だ、ダメです! キュリオが嫌がってるじゃないですか!」

「い、いや僕は別に……」

「キュリオは黙っててください!」

「はい……」


 怒った時のヒミが恐いのは既に知っている。ここまで言われると逆らえないのが道理というものだ。それに、彼女はキュリオの事を気遣ってくれているのだ。それを無下にする事もないだろう。


 だがブレイアの勢いもなかなかだった。彼女はとある提案をする。


「えー、つまんないよ! じゃあこうしよう、私と……そうだなあ、ノブル君! 君が模擬刀で決闘して、先に一太刀浴びせた方が勝ちとしよう! 私が勝ったらキュリオ君は頂いていく!」

「何言ってるんだ……」

「私が負けたら今日一日私を好きにしていいから!」

「ぶばっ」


 妙な事を口走るブレイアに思わずこけてしまうアルフレイド。


「ここまで女の子に言われてそれでも逃げるなんて男じゃないよ! それか男が好きな男だよ!」

「えっ、フレイドさんそういう感じですか?」

「君はどっちの味方なんだヒミ! ……あーもう分かった! やればいいんだろうやれば!」


 アルフレイドは己の名誉を守る為、戦いを選んだ。キュリオの事は忘れていたのだがそこはご愛嬌。こちとら男好きの男とまで誤解をされたのだ。


 ブレイアは如何にも思惑通りという表情を浮かべると、立ち上がって告げる。


「よっしゃあ交渉成立。じゃあ今からきっかり一刻の後、ムラの崖上に来てね。模擬刀は私が持ってくから。君は見たところ長剣使いでしょう?」

「ああ。そういう君も短剣使いのように見えるが、相手になるのか? あの大猿から逃げていたのに?」

「あんまり私を舐めない方がいいよ。正直、狩りより対人戦の方が得意だから」

「それはこのムラの住人としてどうなんだ……」


 アルフレイドが呆れながら言った時には、既に彼女は居なかった。準備があるのだろう。


「……なんだか面倒くさい事になっちゃいましたね」

「ああ。だがまあ、汚名は返上してみせるさ」

「えっ、僕はもう関係無い感じ?」

「え? ああいや、そんな事無いぞ。ちゃんと君の為にも戦うさ」

「『も』ってのが引っかかるんだけどなあ」


 溜め息を吐きながらキュリオはそう言う。少しだけ場に笑いが広がるが、それを断ち切る者がいた。




「おいアル! この勝負負けろよ!」

「「「はあ⁉︎」」」




 その言葉は一人に掛けられたものではあったが、思わず三人はそう答えてしまった。それはそうだろう、彼らからすれば、チルフが何を言っているのかさっぱり意味が分からないからだ。


「ど、どういう事だチルフ? 俺が男好きという汚名を被ったままでもいいというのか?」

「べ、別にそういう事言ってるんじゃあねえけど……か、勝つなって言ってんだよ!」

「そういう事だろう、つまり。……無理言わないでくれ、これは俺の沽券に関わる」

「もう僕の事どうでもよくなってない? ねえ?」


 キュリオが自身を指差しながらそう言うが、アルフレイドは聞こえないふりをした。段々隠すのが難しくなってきている。


「だって勝ったら……その……えと……」

「は? よく聞こえないぞ?」

「だ、だから……そ、その、あいつの事……好きに……って」

「ああ、なんだその事か。どうせ冗談だろうよ。負けないという自信があるからそう言ったんだろう。その高い鼻をへし折ってやるさ」

「……で、でも!」


 チルフは、恐かったのだ。


 万が一にもアルフレイドが負けるだなんて思っていない。彼は彼女が思う最強の剣士だ。


 だからこそ、彼が勝ってしまったら。もし彼の目が、あのブレイアとやらを追いかけるようになってしまったら。


 そうしたらもう、なんだか耐え切れない。胸の内が切り刻まれるような感覚になる。


「大丈夫だ、俺は負けないから」


 そうやって笑うから、余計に危ないのだ。


 チルフは顔を真っ赤にしながらアルフレイドを指差し、大きな声で怒鳴る。


「う、うるせえ! もしもてめーがあのブレイアって女に勝ったら、てめーの事『ケダモノ』って呼んでやるからな!」

「なんでだよ! おいチルフ、何が納得行かないか説明してくれ! おい!」


 それからの彼女は、だんまりを決め込んでいた。

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