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ケモノミチ  作者: たびくろ@たびしろ
ヘクジェア編
66/176

六十六歩目

 許せない。

 何故、こんな風に攻撃されなくてはならないのか。自分らが何をしたというのか。


「……許せない」


 許せない。

 何故、チルフがああして眠っている。得体の知れない力を使用し倒れ、荒い呼吸を繰り返しながら、何故アルフレイドの腕の中にいる。


「許せない。……許せない……!」


 許せない。

 どうして──この腕の中に、キュリオが眠っている。彼も自らの力を費やし倒れ、こうやって目を覚まさずに、意識さえもなくなっている。


 そうだ。

 これが一番許せない。チルフが眠っているよりも、自分の身を守ってくれたアルフレイドがこうして絶望に打ちひしがれ、チルフを抱えたまま立ち尽くすしかない事よりも。


 こうしてキュリオが一番苦しんでいるのが──許せない。


 笑ってしまうほど。




「────ふ、ふふ」




 気付けば、自分は己の中にある何かを引き出していた。

 まるで食欲や性欲、睡眠欲といった抗いようのないそれが目の前にあって、尚且つ自分がそれを極度に欲していたかのように。


 手を伸ばせばそこにあり、その欲で満たしたいのならば、触れてしまうのも仕方の無い事だろう。

 そう、それは本能に語りかけてきたのだから。




(────黒い。黒い──蛇……?)




 これが、本能なのだろうか。

 気付けば自身の目の前には、己の身体からは、黒い煙で作られた、大蛇が存在していた。その巨大な(あぎと)で、集合した魔法を一口に喰らい、飲み込んでしまう。


 楽しい。

 嬉しい。


 快楽が、初めに来た。

 彼ら──レヴォルトの恐れ(おのの)く顔が見られた楽しさ。

 そして、この腕の中の小さな少年を守れたという、本当にささやかな、それでいて何よりも巨大な嬉しさが。


「……ふふふ、ふふ……」


 心無しか、蛇も同調して笑っている様に思えた。あくまで見えただけで、実際にどうなのかは、こんな快楽だけのおかしな精神状態では知る事も出来ないが。


 ────なのに。


「ふ、ふ……ッ、あ……!」


 途端に、胸が引き千切られているかのように痛み出した。副作用というか何というか、極度の快楽の後に埋め合わせて与えられる、強烈な痛み。

 それは、とても耐えられる様なものではない。今まで、こんなに気持ち良かったのに。




「あああああああああああああッッ‼︎‼︎ ああああああああッガ──ああああああああああああああああああああああああああッ、ああああああああッッッ‼︎‼︎‼︎」




 爆発する──痛みが。今までの、快楽の全てを清算するかのように。

 思わず、キュリオの身体を腕の中から放ってしまう。彼の身体よりも、自らの身体による痛みを抑える為に腕が必要になってしまっている。


「……ッ、けて‼︎ 嫌ァッ……‼︎」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「蛇が……消えていく?」


 アルフレイドがそう呟く。


 そこに居る皆が唖然としていた。ヒミの身体から生まれていた黒い煙の大蛇は、彼女の割れるような悲鳴と同時に、分割されるように消失していく。


 どんどん小さく、短く消えていく。やがて蛇が八匹になった時、その赤い瞳を力無く光らせ──煙は彼女の中に巻き込まれ、完全に消失した。


 そしてヒミの意識も失われ、その身体はばたり、と倒れてしまう。


「ヒミッ‼︎」


 アルフレイドが慌てて駆け付ける。彼女もチルフやキュリオと同じ様に荒い呼吸を繰り返し、眠っている。命に別状は無さそうではあるが、先程の現象を思えばそれも確信はできない。


「ヒミ、君は一体……」


 ふと、その時。


「くっ……慌てんなお前ら! あの変な蛇の奴は倒れた! 後はあののっぽ野郎だけだ!」


 レヴォルトは先程の出来事を経ても、未だ戦う意思を失っていなかったようだ。あの巨大な一撃はもう出来ないようだが、それでも彼らは膜を通して多重の魔法を放ってくる。


(……ッ、俺ももう……!)


 アルフレイドも、先程の校舎に剣だけでしがみ付いた時にかなり無駄なパワーを消費したようだ。その上、攻撃を仕掛けた事による疲労も大きい。とても咄嗟に鉄の剣士(ハイメタル・ナイツ)を繰り出せる状況ではない。


 しかし。




「────『反結晶(クリフタル)』‼︎」

「────『念動力(サイコキネシス)』‼︎」




 突如として、彼の目の前に複数の結晶が現れた。六角形の形をした薄いそれは、クルクルと回転しながら、無数の魔法攻撃を跳ね返す。


 そしてそれでカバーしきれない分は、何故かそのスピードを緩めながら、魔法攻撃自身が地面に墜落していく。


「ッ⁉︎」


 アルフレイドは驚いた表情を見せる。


 そこに居たのは──マリーとルーチンの二人だった。


「マリーの綺麗な結晶の魔法が、みんなを守ってあげちゃうよ!」

「へっ、天才の俺様が、あんな落ちこぼれ共に負ける訳ねーだろーがよ!」

「……君達……!」


 それだけではない。


「悪かったね、助けに来れなくて。そこのゴーグルくんやおてんばさんと違って、窓からなんて飛び下りれないからね」

「箒でも行けましたけど、そんなものに魔力を割いてなんていられないっすからね。スンマセンっす!」

「でももう大丈夫よ! ワタシ達なら、あの不良軍団でもぶちのめせるからね!」

「おいおい……ホントにやんのかよ? 俺は戦闘向けの魔法じゃねえぞ?」

「おいジェフリー、三年なんだからしっかりしろよ。オレなんか二年なんだぜ?」


 シスイ、ベネット、カヤネにジェフリー、そしてカレン。魔法使いの皆が、アルフレイド達四人を守る為に加勢しに来てくれたのだ。


「……ヒミさんだけど、後でよく調べてみる必要があるわね。とんでもない力を持っているわよ、その人」


 カヤネが僅かに戸惑いながら、そう口に出す。

 だが、その表情はすぐに気持ちの良い笑みに変わる。


「まあ、任せておいて! ここはワタシ達が何とかするから!」


 そして、彼女は前を向く。


「シスイ、指揮お願い」

「任せておいて」


 そう告げると、カヤネは単独レヴォルトの方へと駆け出していった。それに続いて、ベネットとカレン、シスイも飛び出す。ジェフリーは引き、ルーチンとマリーの肩に手を置く。


「ベネット、カヤネ、カレン、随時敵を倒していって。 ルーチンとマリーは防御に集中、ジェフリーは二人に魔力を与え続けて。防御優先だ。前のボク達の魔力が無くなったらこっちにもお願いするよ!」


 シスイが指揮を執り、彼女らは動き出す。ルーチンは若干、自分が従わされるのが気に入らないようだったが。


「『(フレイア)』ッ‼︎」


 カレンは杖を振り、連続で火の弾を発射する。しかしレヴォルトのコンビネーションは流石にレベルが高く、いとも簡単に防がれてしまう。

 しかし、カレンはニヤリと笑う。


「へっ、守られるなら──守られねえ程強い弾を撃ちゃあいいだけだ‼︎ 『豪炎(フレイメリア)』ッ‼︎」


 瞬間、先程の火の弾とは比べ物にならない程巨大な豪炎弾が、彼らの砂の盾を打ち砕いて敵に命中する。

 彼らは身体中が燃え出し、灰になりそうな程だった。しかし、カレンが指を一度鳴らすと、炎は消失する。彼らは軽度の全身火傷と同時に、気を失い、無力化される。


「へっ、ざまあみやが────」

「危ないよッ‼︎」


 途端に、彼女の隣に水晶の壁が現れる。それによって何処からか放たれた光のような一撃は弾き飛ばされる。


「マリー先輩!」

「気を付けないとね〜? 何処から攻撃が飛んでくるか分からないから」

「す、すいません……」


 一応は先輩後輩の間柄もあってか、少しおずおずとした喋り方になるカレン。だが今の水晶が無ければ死んでいたかもしれず、カレンは少し背筋がぞわりとした。


「だ、大丈夫よ、カレン。よく見て動けば、ワタシ達なら避けられ──キャッ⁉︎」

「危ッ⁉︎ キャッ、じゃねえよ弱虫‼︎」


 緊張していたカヤネを狙っていた電撃を、念動力によって逸らすルーチン。その頼りなさと前線に出られないイライラが募って、攻撃的になる。


「てめーカヤネ姉さんを弱虫とか後で覚えてろよ‼︎ 姉さんは少し繊細なだけだァ‼︎」

「うるせえシスコン‼︎ オメーもちゃんと戦えよ‼︎ 俺の髪を燃やす暇があったらな‼︎」

「まだ根に持ってんのかよ……!」


 中々にコミカルな口論が繰り広げられている中、着々と戦いを続けるシスイとベネット。シスイは勿論のこと、ベネットもこう見えてかなり落ち着いていた。


「おかしくないっすか、シスイ?」

「やっぱり君もそう思うかい?」

「もち。だってあいつら、一年か二年の段階で学校辞めてるんすよ? なのにこんな魔法を扱えるなんて……」

「彼らは力を『与えられた』と言っていたね。誰かがバックにいるんじゃないかな」

「そうなるっすよね。うーん……ま、私達の敵じゃあ無いっすけどね!」


 ベネットは地面に杖を擦り付けながら走り続ける。そしてそれを敵の方へと向けると、


「『土人形(マペッド)‼︎』」


 敵の足元から土が盛り上がり、彼らを包み込むように生成される。そして数秒経ったのち、彼らは人の形をした土のカプセルへと閉じ込められていた。


「息する穴は開けてありますから大丈夫っすよー。あ、でも魔法が使えない様に固めた土ぶつけて意識飛ばしてるから聞こえないっすかね?」


 あの土人形の中で何が行われているのか分からない分、中々に凶悪な魔法である気がする。そうしてる瞬間の楽しそうなベネットの顔も、また恐怖を誘う。


「全く、悪趣味も勘弁した方がいいよ、ベネット」

「別に趣味じゃないっすよ。こういう魔法なだけっす」

「……そうかい。『水流(ウォーティリア)』」


 話のアクセントというかのように、シスイは杖の先から水流を生み出し、レヴォルトへと向かわせる。その激しい水流はたちまち彼らの杖を奪い去り、そして同時に彼らを包み込む。


「そして『牢水(ジェイル・ウォーティア)』。──杖が無ければ魔法使いは魔法を戦術的には使えない……という事さ。まあ、使っても暴発するだけなんだけれど……逃れたいなら好きにすればいい。ボクが捕まえた君達は、全員電撃系統の魔法使いだと思うけれどね」


 電撃は、水を伝わる。

 普通の水は言うほど伝わりはしないが、シスイの魔法によって生み出される水は、純度をある程度調節する事も出来る。それによって、一番伝わりやすい純度を設定し、彼女は水の牢を作っているのだ。


「試しに電撃を放ってごらんよ。君達は自らの電撃を浴びて気絶する事になるから。大丈夫さ、暴れなければ何もしない。水の中でも息は出来るように、空間を作ってあげているだろう?」


 シスイは戦いの場全てを見極め、電撃系統の魔法使いだけを選んで牢に閉じ込めている。自身の役割を理解し、そして役目が終わればサポートに入り、指揮に徹する。まさに長に向いている少女だった。


「り、『竜巻(リーフィリア)』ッ‼︎ 」


 一方──おどおどしながらも、カヤネは自らの役目を果たしていた。彼女の風や自然を操る魔法は、その汎用性にこそ価値がある。

 彼女が繰り出した竜巻によって吹き飛ばされたレヴォルト達を、更に空中で別の魔法により捉える。


「『縛草(リーファ・タイ)』!」


 地面から伸びた(つる)が、たちまち彼らを縛り上げる。そして竜巻の後に発生する優しい風で、彼らを静かに地面へと着地させる。それでも、落ちる向きなんて考えていられないので、多少の痛みはあるだろうが。


「ごご、ご、ごめんなさい! 許してね!」


 申し訳無さというよりは恐怖で、そう告げるカヤネ。しかしやっている事は実に有効な戦法で、身体もろとも杖を風で吹き飛ばし、無力化してから縛り上げる。一人で最初から最後までやってのけ、更に相手を選ばない。中々強力である。


「ぐっ……魔力がやべえ……!」


 カレンがそう呟く。先程から高火力の『豪炎(フレイメリア)』を何発も撃っていたせいか、早くも魔力が底を尽きかけている。

 しかし、


「『付与(ギブィラス)』だ、受け取れカレン‼︎ 威力でゴリ押しするな‼︎」


 瞬間、彼女にモヤのような光が吸収され、彼女の魔力が回復する。そのモヤを発したのは、


「サンキュージェフリー! これでまたパワー押しできるぜ!」

「おーい今の俺の助言聞いてた⁉︎ 後先輩には敬語使えーッ‼︎」


 ジェフリーの魔法は、他の魔法使いに魔力を与える、(もっぱ)らサポート用の魔法。だがこういう多人数対多人数の戦いでは、彼の様な役目が必要となる。彼がいる事で、皆が安心して魔力を使えるのだ。ただし、カレンの様に当てにされる事もあるが。


 そして、レヴォルトのメンバーも残り数人と化す。


「てめえらッ……! 優等生ヅラかよ、このヤロー……!」

「君達が努力しないからだろう。……まあそんな事はどうでもいい。ボク達も無駄に魔力は使いたくない。降伏してくれるかい?」

「バカ、誰がてめえらなんかに降伏すっかよ! くらえッ‼︎」


 レヴォルトのリーダーはシスイの提案を足蹴にすると、彼女に向かって杖を構える。そして、彼が何か放とうとする瞬間、




「『三元素砲(トライ・エレメンタリー)』」




 シスイはそう呟くと、いつの間にか杖を重ねていた三姉妹は、その先から三色の光を生み出し、そして融合した三つの光を発射した。


 それはリーダーの頬を掠める様に放たれ、そして背後の林の一部分が、それによって巨大な音を立てながら吹き飛んだ。

 瞬間、レヴォルトリーダーの顔が真っ青になり、尻餅をついて倒れた後失禁する。


「……降伏してもらえるかい?」

「はっ、はい……」


 普段は無表情なシスイのレアなにこやか笑顔でも、この状況では恐怖を助長させるものにしかならない。というか、それを狙っていた。


 レヴォルトのリーダーは、当たり前の様に降伏した。

 そして戦いは終わり、レヴォルトのメンバーは魔導師達により連れていかれ、事態は一応の収束を迎えた────。




 ……関係無いが、ルーチンはレヴォルトリーダーの失禁を見て己の失禁を思い出し、後で恥ずかしくなって壁に頭を打ちつける奇行に出たという。

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