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ケモノミチ  作者: たびくろ@たびしろ
ヘクジェア編
63/176

六十三歩目

「どうしたよ、アル」

「おう、チルフか」


 ────それから。


 夕食後、今度は皆で集まろうという事になり、寮の空き部屋で集まっていた。それぞれ菓子なんかを持ち寄り、互いの事について語り合ったり、腕相撲やら何やらで盛り上がったりと大忙しだ。


 ふとそんな中、アルフレイドは部屋を抜け出し、ベランダの手すりへともたれかかった。ゆっくりと夜空を眺めていると、いつの間にかチルフがいたというわけだ。


「……なんか考え事かよ?」

「まあ、な。……ここにいる彼らはみんな良い奴らで、憎めなくて、その誰もがみな個性を持ってる。それぞれも仲良くしているし、これ以上賑やかな場は無いな、と思ってな」


 ふっ、と笑い、アルフレイドはチルフには向かずにそんな事を言う。

 だが、チルフはその真意を見抜いていた。


「────ソニアの事か?」

「……バレたか」


 この賑やかな、それでいてささやかな場と引き換えに、その命を落とした少女が居たのだ。

 ────いや、違う。それはただ役割を、無理やりに当てはめただけだ。本当はそんな事は無く、ただ無駄死したと言っていい。


「あいつは、何の意味も無く死んだ。けどな、こうして守られた街やそこの人々を見ていると、ソニアの死にはやっぱり意味があったんじゃないか、と思えるんだ」


 それは、単なる思い込みでしかない。

 ここが守られた事と、ソニアが死んだ事には全く関係は無いのだ。例えばソニアが死んでいなくても、このムラは守られたかもしれない。逆にソニアが死んでいても尚、このムラは消え失せていたかもしれない。


「……アル、それは……」

「分かってる。ソニアの死とここの平和は関係無いのは分かってはいるんだ。……けど、こうやって思うと、何だか気分が楽になってくる。あいつの死を、受け入れられる気がするんだ」


 アルフレイドは自嘲気味に笑うと、その手に持っていたドリンクを一口飲み込んだ。木製のコップになみなみ注がれていたそれは、アルフレイドの心境を表すかのように、僅かに揺れていた。──不安定な水面(みなも)のように。


「……俺はきっと、今までソニアの死と向かいあってなかったんだな。むしろ、逃げていたんだ」

「…………」

「ソニアは何処かで生きてる。きっと俺の助けを待ってるんだって、そう思ってたんだろうな。墓の下のあいつの骨も、負担を掛けまいとして父さんが見せてくれなかったし」


 チルフには、掛ける言葉が見つからなかった。

 どう声を掛けていいか分からない。励ませばいいのか、同調すればいいのか、それすらも。不器用な付き合いしか出来ない己を、これ程までに呪った事は無いとも言えるほど。


「……アル、あたしは……!」

「いいさ、気なんて使わなくていい。大の男が溜めていた愚痴だと思って聞き流してくれ」


 ────なんで。

 なんで彼は、アルフレイドは。

 何か言おうとしても、何か考えても、すぐに見通してしまうのだろうか。


 察しが良いだけと言えるだろうか。こういう時に限ってだけ、彼はいつもチルフの考えを先に言ってしまう。


 それがどうしようもなく悔しくて、同時にとてつもなく己の無力さとなって襲ってくる。


「……もう、理解したよ。ソニアは──死んだ。もう帰ってこない。この世のものじゃないんだ」


 アルフレイドは、未だチルフに視線を合わせず、向こうを、夜空を向いたままで話を続ける。


「それは、魔法使いの彼らが教えてくれた。ソニアの死の意味を錯覚させると同時に、あいつが死んだ事に現実味を帯びさせてくれたよ。はは、感謝しないとな。彼らにはさっぱりだとは思うが」

「…………!」


 何故だろう。

 悔しいのだ。

 とても、とても。何者にも代え難い程、これ以上無いと思える程、悔しいのだ。

 理解している──それが、笑ってしまえる程に身勝手な理由だということが。


「そろそろ戻るか。ありがとな、愚痴を聞いてくれて。もう、忘れてくれていい」

「…………っ!」


 嫌だ。

 その言葉が、強く脳裏に刻み込まれる。抵抗しろと、鼓膜を直接震わされているかのように意識に押し込まれる。

 そうだ、言え。


「────アル‼︎」

「…………?」


 言わなければいけないのだ。

 これがどんなに身勝手でも。

 でなければ、これから彼は……上手く説明なんて出来ないが、大変な事になる気がする。


「……何でだよ。何でお前は……、」


 大変な事とはなんだ。

 大変な事────それは。

 それは。




「────何でそうやって誰にも頼らねえで、一人で勝手に終わらせちまうんだよ‼︎」




 ……言えた。

 言葉に出来た。

 これなら、説明する事が出来る。自分で何が言いたいのか、勝手に頭の中で整理されていく。


「そうだ、そうだよ。てめーはいつだってそうだ。ソニアが死んだ時も、誰にも相談しようとしなかった。結局一人で考え込んで、挙句の果てに愚痴だって?」

「チルフ……」


 アルフレイドの視線が、初めてチルフの視線と一致する。

 チルフは遂に、こう叫んでしまう。


「ふざけんじゃねえよ! 勝手に抱え込みやがって……もっと、もっとよ! 頼るとかしやがれよ! あたし達は、旅の仲間じゃねえのかよ!」


 無意識に涙声になってしまう。

 瞳が濡れ、視界が緩んでしまう。


「ヒミなんかそういう事はちゃんと考えてくれるだろ! キュリオだって……きっと何か役に立つ言葉を掛けてくれる! それなら、あたし……だっ、て。────最年長だからって、あたしらより数年多く生きてるからって、保護者ヅラしてんじゃねえぞ!」

「…………」


 ああ、違う。最後のは違うのだ。言い掛けた言葉の照れ隠しだ。

 何でだ。伝えたい事は、その隠した部分のほんの一言だけなのに。


 見ろ、アルフレイドは驚いたような表情をしている。

 何が言いたい事を整理していく、だ。これじゃあ、言いたい事がしっちゃかめっちゃかだ。しかも伝えたい事は何一つ言えていない。


 チルフは言うだけ言ってしまうと、息切れをしながら黙りこくってしまう。しかもその表情は、何処か悲しみに包まれていた。


(……馬鹿野郎。あたしの馬鹿野郎。 これじゃ……これじゃあ……!)


 アルフレイドの表情は伺えない。何処か物寂しそうでもあるし、何か含んでいるようでもある。しかし確実に、悪い印象しか与えていないのは確かだ。


「…………」

「あっ……!」


 そして、アルフレイドはその歩を進めてしまう。無言のまま、チルフの横を通り過ぎるように。


 最悪だ。こんな事を言いたかったんじゃないのに。ただ彼を、励ましたかっただけなのに────。




「────……じゃあ今度からは、君に頼る事にするよ、チルフ」




 チルフのその手の中に、ドリンクの入った木製のコップが手渡される。チルフの瞳から滴った涙を、地面に滴らせないようにするかのように。


 そして、チルフがゆっくりと見上げると、そこには僅かな笑みを讃えたアルフレイドの姿があった。


「……悪かった、心配掛けたな。君の言う事ももっともだ。まあなんだ……少し疎外感があったというか、君達三人とは出会い方があまり良い感じではなかったからか、少し距離を置いていたのかもな」

「…………」

「今度からは積極的に頼る事にする。……旅の仲間(・・・・)だから、な」


 ぽん、と。

 アルフレイドはチルフの頭に軽く手を置いて、そして部屋へと戻っていった。その足取りは軽く聞こえ、チルフの言葉が支えになった事を伝えてくるかのようだった。


 チルフは茫然自失としたまま、撫でられた頭に自身の手を置くと、そのままゆっくりとしゃがみ込んでしまった。


 そして軽く頬を染めると、照れ隠しのようにコップの中のドリンクに口を付ける。


「…………!」


 そういえば、と。

 チルフはこのコップの持ち主を、そして彼もこの中身に口を付けていた事を思い出す。

 それによって今度は顔全体を真っ赤にしながら、チルフはふと思う。




(…………ばかやろー)




 少し減ったそれを返すのも恥ずかしいので、チルフはそれを全て飲み干した。

 なんだか、自分の物よりも特別な味がするような──そんな気がした。

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