六十三歩目
「どうしたよ、アル」
「おう、チルフか」
────それから。
夕食後、今度は皆で集まろうという事になり、寮の空き部屋で集まっていた。それぞれ菓子なんかを持ち寄り、互いの事について語り合ったり、腕相撲やら何やらで盛り上がったりと大忙しだ。
ふとそんな中、アルフレイドは部屋を抜け出し、ベランダの手すりへともたれかかった。ゆっくりと夜空を眺めていると、いつの間にかチルフがいたというわけだ。
「……なんか考え事かよ?」
「まあ、な。……ここにいる彼らはみんな良い奴らで、憎めなくて、その誰もがみな個性を持ってる。それぞれも仲良くしているし、これ以上賑やかな場は無いな、と思ってな」
ふっ、と笑い、アルフレイドはチルフには向かずにそんな事を言う。
だが、チルフはその真意を見抜いていた。
「────ソニアの事か?」
「……バレたか」
この賑やかな、それでいてささやかな場と引き換えに、その命を落とした少女が居たのだ。
────いや、違う。それはただ役割を、無理やりに当てはめただけだ。本当はそんな事は無く、ただ無駄死したと言っていい。
「あいつは、何の意味も無く死んだ。けどな、こうして守られた街やそこの人々を見ていると、ソニアの死にはやっぱり意味があったんじゃないか、と思えるんだ」
それは、単なる思い込みでしかない。
ここが守られた事と、ソニアが死んだ事には全く関係は無いのだ。例えばソニアが死んでいなくても、このムラは守られたかもしれない。逆にソニアが死んでいても尚、このムラは消え失せていたかもしれない。
「……アル、それは……」
「分かってる。ソニアの死とここの平和は関係無いのは分かってはいるんだ。……けど、こうやって思うと、何だか気分が楽になってくる。あいつの死を、受け入れられる気がするんだ」
アルフレイドは自嘲気味に笑うと、その手に持っていたドリンクを一口飲み込んだ。木製のコップになみなみ注がれていたそれは、アルフレイドの心境を表すかのように、僅かに揺れていた。──不安定な水面のように。
「……俺はきっと、今までソニアの死と向かいあってなかったんだな。むしろ、逃げていたんだ」
「…………」
「ソニアは何処かで生きてる。きっと俺の助けを待ってるんだって、そう思ってたんだろうな。墓の下のあいつの骨も、負担を掛けまいとして父さんが見せてくれなかったし」
チルフには、掛ける言葉が見つからなかった。
どう声を掛けていいか分からない。励ませばいいのか、同調すればいいのか、それすらも。不器用な付き合いしか出来ない己を、これ程までに呪った事は無いとも言えるほど。
「……アル、あたしは……!」
「いいさ、気なんて使わなくていい。大の男が溜めていた愚痴だと思って聞き流してくれ」
────なんで。
なんで彼は、アルフレイドは。
何か言おうとしても、何か考えても、すぐに見通してしまうのだろうか。
察しが良いだけと言えるだろうか。こういう時に限ってだけ、彼はいつもチルフの考えを先に言ってしまう。
それがどうしようもなく悔しくて、同時にとてつもなく己の無力さとなって襲ってくる。
「……もう、理解したよ。ソニアは──死んだ。もう帰ってこない。この世のものじゃないんだ」
アルフレイドは、未だチルフに視線を合わせず、向こうを、夜空を向いたままで話を続ける。
「それは、魔法使いの彼らが教えてくれた。ソニアの死の意味を錯覚させると同時に、あいつが死んだ事に現実味を帯びさせてくれたよ。はは、感謝しないとな。彼らにはさっぱりだとは思うが」
「…………!」
何故だろう。
悔しいのだ。
とても、とても。何者にも代え難い程、これ以上無いと思える程、悔しいのだ。
理解している──それが、笑ってしまえる程に身勝手な理由だということが。
「そろそろ戻るか。ありがとな、愚痴を聞いてくれて。もう、忘れてくれていい」
「…………っ!」
嫌だ。
その言葉が、強く脳裏に刻み込まれる。抵抗しろと、鼓膜を直接震わされているかのように意識に押し込まれる。
そうだ、言え。
「────アル‼︎」
「…………?」
言わなければいけないのだ。
これがどんなに身勝手でも。
でなければ、これから彼は……上手く説明なんて出来ないが、大変な事になる気がする。
「……何でだよ。何でお前は……、」
大変な事とはなんだ。
大変な事────それは。
それは。
「────何でそうやって誰にも頼らねえで、一人で勝手に終わらせちまうんだよ‼︎」
……言えた。
言葉に出来た。
これなら、説明する事が出来る。自分で何が言いたいのか、勝手に頭の中で整理されていく。
「そうだ、そうだよ。てめーはいつだってそうだ。ソニアが死んだ時も、誰にも相談しようとしなかった。結局一人で考え込んで、挙句の果てに愚痴だって?」
「チルフ……」
アルフレイドの視線が、初めてチルフの視線と一致する。
チルフは遂に、こう叫んでしまう。
「ふざけんじゃねえよ! 勝手に抱え込みやがって……もっと、もっとよ! 頼るとかしやがれよ! あたし達は、旅の仲間じゃねえのかよ!」
無意識に涙声になってしまう。
瞳が濡れ、視界が緩んでしまう。
「ヒミなんかそういう事はちゃんと考えてくれるだろ! キュリオだって……きっと何か役に立つ言葉を掛けてくれる! それなら、あたし……だっ、て。────最年長だからって、あたしらより数年多く生きてるからって、保護者ヅラしてんじゃねえぞ!」
「…………」
ああ、違う。最後のは違うのだ。言い掛けた言葉の照れ隠しだ。
何でだ。伝えたい事は、その隠した部分のほんの一言だけなのに。
見ろ、アルフレイドは驚いたような表情をしている。
何が言いたい事を整理していく、だ。これじゃあ、言いたい事がしっちゃかめっちゃかだ。しかも伝えたい事は何一つ言えていない。
チルフは言うだけ言ってしまうと、息切れをしながら黙りこくってしまう。しかもその表情は、何処か悲しみに包まれていた。
(……馬鹿野郎。あたしの馬鹿野郎。 これじゃ……これじゃあ……!)
アルフレイドの表情は伺えない。何処か物寂しそうでもあるし、何か含んでいるようでもある。しかし確実に、悪い印象しか与えていないのは確かだ。
「…………」
「あっ……!」
そして、アルフレイドはその歩を進めてしまう。無言のまま、チルフの横を通り過ぎるように。
最悪だ。こんな事を言いたかったんじゃないのに。ただ彼を、励ましたかっただけなのに────。
「────……じゃあ今度からは、君に頼る事にするよ、チルフ」
チルフのその手の中に、ドリンクの入った木製のコップが手渡される。チルフの瞳から滴った涙を、地面に滴らせないようにするかのように。
そして、チルフがゆっくりと見上げると、そこには僅かな笑みを讃えたアルフレイドの姿があった。
「……悪かった、心配掛けたな。君の言う事ももっともだ。まあなんだ……少し疎外感があったというか、君達三人とは出会い方があまり良い感じではなかったからか、少し距離を置いていたのかもな」
「…………」
「今度からは積極的に頼る事にする。……旅の仲間だから、な」
ぽん、と。
アルフレイドはチルフの頭に軽く手を置いて、そして部屋へと戻っていった。その足取りは軽く聞こえ、チルフの言葉が支えになった事を伝えてくるかのようだった。
チルフは茫然自失としたまま、撫でられた頭に自身の手を置くと、そのままゆっくりとしゃがみ込んでしまった。
そして軽く頬を染めると、照れ隠しのようにコップの中のドリンクに口を付ける。
「…………!」
そういえば、と。
チルフはこのコップの持ち主を、そして彼もこの中身に口を付けていた事を思い出す。
それによって今度は顔全体を真っ赤にしながら、チルフはふと思う。
(…………ばかやろー)
少し減ったそれを返すのも恥ずかしいので、チルフはそれを全て飲み干した。
なんだか、自分の物よりも特別な味がするような──そんな気がした。




