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ケモノミチ  作者: たびくろ@たびしろ
ヘクジェア編
62/176

六十二歩目

 ────その日の夕食時。


 ゲンドゥリー魔導学校では、基本的に生徒は寮で生活する事になる。すると当然、食事は寮の食堂で取る。


 キュリオ達もここに居る間、食事はこの食堂で取る事になっていた。かなり広めの部屋で、全校生徒の数と見合わないくらいだった。


 生徒の数の少なさからか、食事を作るのは食堂勤務の女性一人だった。四十代後半くらいで、何とも優しそうなオーラを纏った人だった。


「おばちゃん、パン多め! 他のも大盛りでお願いしまーす!」

「すごい量だね、カレン。いつもこんなに食べてるの?」

「当然。腹が減っては戦はできぬ、ってな。する戦なんてねえけどよ、へへ」


 キュリオはカレンの夕食の量の多さに驚愕する。

 いくら小さめのパンとはいえ普通は二個なのに、彼女の貰ったのは倍の四個。シチューも木製の容器から溢れそうな程注いである。ただ、サラダは彼女の好みじゃない事を知ってか、他の人と変わらない量だった。


「よっしゃあ食うぜー! 早く来いよ、キュリオ!」

「待ってよカレン! 僕まだ座ってないよ~!」


 急いで席に座ったキュリオは、長机に並んで座っている他の面々に苦笑いする。

 キュリオが座った側には獣人であるヒミやチルフ、アルフレイドが。

 カレンが座った側には三姉妹残りの二人や、ヒミとチルフが知り合ったというシスイ達の同級生・マリーとベネットが座っていた。


「あ、悪ぃキュリオ。もう食ってた」

「チルフ……行儀悪いぞ」

「うっせえなアル。どうせ食うんなら早くても変わんねえだろ」

「ったく……」


 チルフは相変わらずだった。

『いただきまーす!』と皆で言ってから、各々パンやシチューを口に含んでいく。


「美味しいですね!」

「そりゃあうちのおばさんの料理は最高っすもん。かなりレベル高いっすよね」

「マリー、シチュー大好き!」


 キュリオやアルフレイドはこの二人と殆ど初対面だが、彼らが校庭で喧しくしていた間、彼女らは女の子同士で盛り上がっていたらしい。


「ふわ~……それにしても、生きてる内に獣人さんと会えるなんて思ってなかったよ~! それも四人も!」

「普段会ったりしないらしいもんね。あれ、でもさ、大人になってからこのムラから出たりしないの?」


 キュリオはマリーの言葉に気になり、そう聞く。すると、既にこの質問をしていたのか、隣のヒミが代わりに答える。


「私も聞いたんですけど、このムラでは外に出る事を禁じられているんですって。なんでも、純粋な人間の血筋が消え失せないようにする為らしいですよ?」

「そうだね。今は人間より圧倒的に獣人の方が数が多い。世界的に見てもね。これは、昔の言い伝えが影響しているんだけれど……知りたいかい?」

「聞きたい聞きたい!」




 ────それは、こんな話だった。


 昔、この地球には人間と獣がいた。彼らはお互いに強さを求めていたのだ。


 そんなある時、人間と獣が恋に落ち、やがて子を産んだ。それが(のち)の獣人となる存在だ。


 その子は獣の聴力や俊敏さ、そして人間の知力を同時に兼ね備えており、驚異の力を発揮し王となった。それを見た他の人間も、獣との子供を作るようになった。


 自分の、強い子孫を作る為に────。




「……とまあ、こんな話。それで、僅かに残った人間同時から生まれた純人間が今の魔法使いとなり、その他大勢は獣人として世に溢れた、っていうお伽話さ。実話かどうかは分からないけどね」

「ほーん。ていうか、人間と獣って子供作れんの? 種族違くね?」

「そこも不明瞭なんだよ。まさか本当にやるわけにもいかないだろうしね」

「ま、あたしらがこうして居るわけだし、あながちただのお伽話って訳でもないんじゃねえの?」


 チルフが意外と話に乗ってくる。彼女の目的が力の意味や宿った理由を知ることなので、こういう話にも手を伸ばしているのだろうか。


「ヒミ姉、子供ってどうやって出来るの?」

「ッ⁉︎ ゴホッ、ゴホッ……!」


 キュリオの唐突な質問に、ヒミは飲んでいた牛乳を噴き出しそうになり、そのまま器官に入ってむせてしまう。


「……(ま、まさかキュリオの奴、そういう事に関しては無知なのか?)」

「……(そうかもな。まだこの歳だしな。この中で一番歳下だろうし)」

「……(ぶっは! ヒミの奴マジで困ってやがるぜ! こいつは笑える……!)」


 チルフが面白そうにアルフレイドに聞く。アルフレイドも謎の落ち着きを見せているが、どうやらそんな話題にテンションが上がる時期は既に過ぎているようだ。


「え、えとぉ……それは、その……」

「? ヒミ姉、なんか顔赤いよ?」

「そ、そうですか? いやあ、今日は暑いですからねえ、あはは……」

「全然涼しいだろ、何言ってんだヒミ」

(……チルフ〜ッ!)


 そう指摘したチルフは、ヒミに向かって意地の悪い笑みを浮かべていた。

 ヒミは魔法使い側に助けを求めるように視線を送るが、カレンも同じように赤面し慌てて夕食にがっつき、カヤネも同じように真っ赤になり視線を逸らす。シスイは真顔だが、助け船を出す気も無さそうだ。若干楽しんでいそう。ベネットはマリーと楽しそうに談笑していて、こちらにも気付いていない。


 戻ってアルフレイドに向くが、彼も面白そうに小さく笑う。キュリオの今日の事といい、彼は基本的に傍観者の立場を崩さないようだ。


「ヒミ姉? なんで黙ってるの?」

「す、すいません! ……その、えと……それはですね、お、男の人と……お、女の人が……その……」

「その?」


 頭が真っ白になる。相手がキュリオだからか、余計に意識してしまう。

 大体、本当の事を教えてしまっていいのか。いつも純粋な彼が、少しだけ汚れてしまうような気がする。

 けれど、ここで説明するのも気が引けるというか、そもそも食事中だ。


「そ、その……!」


 その時、思わぬ助け船が来た。




「────キュリオ! 隣良いか?」




 それは、少年の声だった。しかし、足音は二人分聞こえる。

 キュリオが振り向くと、そこには彼がいた。


「あ、ルーチン!」

「「「ルーチン⁉︎」」」


 思わず三姉妹が声を揃えて驚愕する。

 なんと、そこに居たのはあのナルシストな少年、ルーチンだった。しかも事もあろうか、キュリオと親しげに会話している。


「な、何が起こってるんだい……ボクは頭がおかしくなったのか?」

「早まらないでシスイ! きっと現実よ……たぶん」

「やい、ルーチン! なんでこっちに来やがんだ!」


 混乱するシスイとカヤネ、そして喧嘩腰になるカレン。それもそうだ、彼はとある一人の親友以外の男とはマトモに会話などしないからだ。


 だが、カレンに答えたルーチンはこう答えた。


「俺様はお前に会いに来たんじゃねえ! 男と男の信頼を結んだキュリオに会いに来たんだ! なあ、キュリオ?」

「ま、まあまあ……カレン達とも仲良くしてよ、ね?」


 どうやら、何かしらあったらしい。カレンとは普段から仲が悪いため、そこは変わっていないようだが……何故だろう、ガキとまで呼んでいたキュリオと、ここまで仲良くなるだなんて。


 ふと、アルフレイドが説明してくれた。


「実は今日の午後、キュリオがルーチンの挑戦を買ってな。激闘の末(・・・・)にキュリオが勝利して、こうして親友同士になったというわけだ」


 激闘の末、というワードを皮肉っぽく言いながらそう説明するアルフレイド。ルーチンもそこはもう気にしないようで、キュリオの肩に手を置き、ガハハと笑いながら言う。


「そうさ! 俺様とキュリオは拳を交えて築いた本物の友情で繋がってるんだよ!」

「うっわくっさい台詞っすねえ」

「マリーあんまりルーチン好きじゃな〜い」


 割と辛辣な言葉を浴びせられるルーチン。しかし彼はメンタルが強いのか、そんな言葉には動じはしない。


「ふっ、君達もすぐに俺様の虜になるさ。なんたって俺は天才にして完璧────」

「やめろっつの」


 彼の頭を叩く少年。ルーチンと一緒に現れた、ツンツンした黒髪が特徴の少年だ。


「どなたですか?」

「俺はジェフリー。こいつの幼馴染みで、まあ唯一の男友達だよ。今は唯一じゃないけど」


 ヒミの質問に答えたジェフリーと名乗る少年は、どうやらルーチンと違ってマトモらしい。むしろ彼の友人というなら、中々の苦労人だろう。


「痛えな! 叩くんじゃねえよジェフ!」

「お前がくっさい台詞吐くからだよ。こっちまで恥ずかしくなるんだからやめろ失禁野郎」

「それを言うなァ‼︎」


 男同士の仲の良さというか、お互い慣れた友達付き合いをしているようだ。流石幼馴染みといったところだろうか。


「いつも悪いな、カレンちゃんにカヤネにシスイ。こいつ本当ナルシストな奴でさあ」

「いいよ、別に彼の扱いなら慣れてきた。それより大変だね、ジェフリー。彼の幼馴染みなんて」

「こっちも慣れてるさ。こいつに引っかかる馬鹿な奴が多くて困るよ、ホント。こんな馬鹿でも一応優秀だからだろーな」

「馬鹿馬鹿うるせーよ!」


 流石と言うべきか、これまでの行いの報いとしてこれ以上無い言葉の暴力を受けている気がしないでもないルーチン。そろそろ涙目になってもおかしくないだろう。


 と、そんな時、マリーが獣人側にとある質問をする。


「そういえばさ〜。マリー達が学校ある間、みんなどうしてたの?」

「街を散策してたよ。見た事ないものが沢山あって面白くてさあ……ね、ヒミ姉」

「えっ、あっ、ええ。そうですね」


 なんだかヒミの様子がおかしいが、特に気にしないキュリオ。少なくとも今日中は、彼女はマトモではいられないのだろう。


 それはさておき、キュリオがそう答えると、マリーはニッコリと笑みを浮かべた。


「そうなんだ〜! でも、変な人達に会わなかった?」

「変な人達ィ? なんだそりゃ」


 チルフは咄嗟にそれに喰いつく。アルフレイド共々、何か思い当たる節があるようだ。

 それを説明するのは、マリーではなくジェフリーだった。


「この学校で素行の問題やら何やらで退学した奴らが、よく街に屯ってるんだ。奴らは『レヴォルト』って名乗ってて、何をやらかすか分かんないんだぜ。魔法も使うしな」

「……チルフ」

「ああ。そいつらかもな」

「会ったのか、そいつらに?」

「いや。街中で妙な視線を感じてな。物珍しそうに見るそれなら沢山あったが、それは妙に攻撃的だったんだ」


 キュリオもヒミも『何それ?』といった様子でアルフレイドを見る。どうやら本当に気付いていないようだった。まあ、あの時の態度で気付いていたとはとても思えないが。


「きっと『レヴォルト』の奴らだぜ。もしもまた街に繰り出すなら注意した方がいい。あいつらの中には、差別意識が強すぎて問題を起こした奴らもいるからな」

「差別意識?」

「人間以外は下等生物とみなす考え方をする奴って事さ。きっと、あんたら獣人の事も良く思ってないだろうから、気を付けろよ」

「分かったよ、ありがとねジェフリー」

「良いってことよ」


 ────『レヴォルト』。


 何やら不穏な響きである。

 キュリオの頭の中にはそれからしばらく、その名だけが残り続けていた。

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