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ケモノミチ  作者: たびくろ@たびしろ
ヘクジェア編
61/176

六十一歩目

 ────そして放課後、ヒミの部屋にて。


「……まだやってんの? 根気あるなあ、ヒミ」

「あなたはなんで人の部屋に居るんですか。自分の部屋に戻ってくださいよ」

「だって一人じゃつまんねーんだもんよー!」


 チルフは床に寝そべりながらそうやって退屈を訴える。一方ヒミはいつもの図鑑の為のラフの描き起こしをしている……のだが、チルフがやかましいせいでいつもより若干ペースが遅い。その為、彼女はほんの少し苛ついていた。


「それにしても何枚あんのよ。もう百枚は超えたんじゃねえの?」

「そうですね。街を散策した時にも目を惹かれる物が一杯ありましたし、さっきここの校庭近くの林にも寄ってみたんですよ?」

「物好きなお方ですこと。そうやって机に向かってカリカリカリカリって作業がもうあたしには無理だわ」

「そうですよね。あなたは将来格闘技か何かで食っていったら良いんじゃないですか?」


 冗談交じりにそんな事を言うヒミ。だが、チルフは驚いたような顔をして『それもアリかも……』なんて呟いていた。呆れ顔を隠し切れない。

 ふとそんな時、部屋の扉を叩く音が聞こえた。


「誰でしょうか?」


 ヒミがそれに応じ、立ち上がって扉を開くと────。



「獣人さーんっっ‼︎‼︎」

「「‼︎⁉︎」」



 いきなり大声が聞こえ、そしてヒミに覆い被さる。当然ヒミはそれを支え切れずに転倒した。


「いたた……な、なんです?」

「うわぁー! 本当に獣耳が付いてるよお! うわっ、これスッゴいもふもふして気持ち良い!」

「ひやぁっ……も、もう! やめ……ッ!」


 突然その獣耳を弄られ、くすぐったさに変な声を上げてしまうヒミ。それに耐え切れず、彼女は謎の人物の腰辺りを掴み、後ろに放り投げる。自分でも有り得ないくらい力が出たなあ、なんて思った次の瞬間には、謎の人物は壁に叩きつけられていた。


「おぶう……」

「あ、ああっ! ご、ごめんなさい! 咄嗟に手が出てしまって……」


 謎の人物は、よく見ると女の子だった。カレン達三姉妹と丁度同じくらいの年齢。同じ服装……つまり、緑色のフード付き上着着用ということ。そんな彼女は、地面で伸びた後、ゆっくりと起き上がってこっちをまじまじと見た後、


「……獣人さんってパワフル!」

「えっ⁉︎」

「凄いよー! カッコいいなあ! マリーもそんなパワフルになりたい!」


 マリー、と名乗るその少女は、フワフワと跳ねた金色の髪を持ち合わせていた。額が見えるように前髪は全て上に留めてあり、その温和な表情から、悪い子ではないという事は何となく伝わってきた。


「こらマリー! ヒミさんに迷惑掛けちゃダメよ!」


 これは聞き覚えのある声。そう、カヤネの声である。振り向けばそこに、カヤネ達三姉妹、それと一人見覚えの無い少女が立っていた。


「カヤネ……シスイにカレン。それと……」

「ああ、彼女はベネット。マリーも彼女も、ボクやカヤネと同じ三年生の友達さ」

「初めまして! 私、ベネットって言います! よろしくっす!」


 ベネットと名乗るその少女は、明るくハキハキとした印象を受ける少女だった。髪は茶色、瞳も同じ焦げたような茶色。そばかすが特徴的だな、とヒミは思った。


「こちらこそ。私の名前はヒミと言います。よろしくお願いしますね」

「あたしはチルフ。カヤネ達と同じ学年って事は、あたしと同い年だな。仲良くやろうぜ……ってうおああっ⁉︎」

「わーっ、金色の獣人さんだーっ!」


 今度はチルフに飛び掛かるマリー。獣人はこのムラで見かけない存在である為か、かなり興味を惹かれるようだ。

 ヒミも、こんなに沢山の人間と知り合えるだなんて思っていなかった。沢山の繋がりを実感し、思わず笑みをこぼすヒミだった。


「おやつ持ってきたんすよ、ヒミさん! みんなで食べて騒ぎましょうよ! 女子会ってやつっす!」

「……とまあこんな通り、ヒミさん達の事を話したら二人が食い付いて来ちゃってね。お邪魔してもいいかな?」

「…………!」


 ヒミは、心の中で嬉しさが爆発するような気がした。

 ヒミとチルフ、カヤネにカレンにシスイ、そしてベネットにマリー。こんな大勢で時を過ごすなんて、想像の外の出来事だったからだ。

 その頬を嬉しそうに染め、ありったけの笑顔でヒミは言う。



「────もちろんです! 楽しくなりそうですね!」



 嬉しい。

 こんな事、あのムラに居た時は有り得なかったから。


「こんにゃろ! いつまでくっついて……おい、尻尾掴むんじゃねえ!」

「尻尾気持ち良すぎるよお〜! マリーの抱き枕にしたい!」

「マリーったら! やめなさいってば!」


 ……この三人は、既に(うるさ)すぎるほど騒いでいた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 一方その頃。


「いざ尋常に勝負だぜ、エテ公野郎! 俺様のキューティクルの恨み、今ここで晴らしてやる!」

「いや、それ僕じゃあ……」


 校庭ではキュリオとルーチンが対峙していた。もちろんルーチンの手には杖が握られており、その先は既にキュリオに向いている。


「何とかしてよ、フレイド〜!」

「面白い、俺も魔法使いの戦いって奴を見物したいからな。まあ頑張れ」

「ちょっと! もう、保護者失格だよ!」

「別に保護者じゃないしな」

「ぐっ……!」


 校舎の壁に背をもたれかけてこちらを見物しているアルフレイドには、どうやらこの戦いを止める気は無いようだ。校庭なんて目に付きやすい場所で戦うからか、既に見物人の生徒達が数人集まっていた。それと、


「ルーチン様が勝つに決まってるわ!」

「頑張ってー! ルーチン様ー!」

「そんなガキけちょんけちょんにしてください!」


 十数人の女子生徒達がルーチンを応援する為に駆け付けていた。どうやらカレン達三姉妹や他の数人を抜いた女子殆どが、彼の虜らしい。


「完全にアウェイだな、キュリオ」

「フレイド!」

「大丈夫だ、お前が負ける事はないだろ」

「なんですって!」

「ルーチン様が負けるわけないわよ!」

「このノッポ野郎!」

「なっ……ぐ、ぐ……」


 何気無い一言がルーチンファンクラブの女子生徒の琴線に触れたらしい。無用な言葉の暴力を浴びて、若干精神的に痛手を受けたように見える。キュリオはざまあみろと心の中で毒づいた。


 すると、ルーチンはその金色の髪をふわりと払い、演技がかった声でこんな事を言ってのける。


「ふっ、俺の華麗な戦いを見ていておくれよ、子猫ちゃん達」

「きゃーっ! ルーチン様ー!」

「素敵すぎるわ!」

「私もう死んでもいい……!」


 どうやらかなり心酔しているようだ。あの子達に、キュリオが見た彼の情けない色々を聞かせたらどんな顔をするだろうか。まあ、きっと信じないだろう。


 そんなキュリオが溜め息を吐くと、ルーチンはこちらに向かって咆哮するように告げる。


「俺様は本気で行くぜ! せいぜいメイディ導師の世話にならないように……」


 校庭の砂を集め、固めて弾丸の様な形状にする。そんなに殺傷性は無いように見えるが、もし当たったらかなりマズいだろう。




「────本気で逃げ回るんだなァッッ‼︎‼︎」




 刹那、数十発もあるそれが、一気に撃ち放たれた。


「うわわわわわッ‼︎」


 もちろんキュリオは全力疾走。出来ることなら痛い思いなんてせずに、さっさと終わらせたい。というかあれに当たると割と本当に死ぬ気がする。速度が尋常じゃない。


 確かシスイが言っていた情報によると、ルーチンの魔法の特性は『念動力』。物を触れずに動かす力だ。それによって砂を集め、形作っているのだろう。


 キュリオ自体を動かさないということは、恐らくそれで持ち上げられる重量に限界がある。もしくは、魔力の消費を考えて手加減しているか。


 どちらにせよ、応戦する以外に無さそうだ。キュリオは必死に逃げ回り、砂の弾丸を回避するように試みる。


「おらおらァ! 逃げ回ってるだけじゃ俺様には勝てねえぜ!」


 彼の念動力は何度でも砂を凝固させ、弾丸へと変化し発射する。恐らく魔力の消費が極端に少ないのだろう、それが鳴り止む様子もない。


 そしてついに──キュリオの脚に、砂の弾丸が命中してしまう。貫通まではいかないが、極度の痛みに頭がおかしくなりそうな感覚すら覚えた。


「ぐっ、あ!」

「はっはっはァ! 俺様最強! おら、もっと粘れよムラの救世主さんよぉ!」

「くっそおおおおおおッッ‼︎‼︎」


 キュリオは苦し紛れに、近くにある林の中へと逃げ込む。だが、その身体が宙に舞った瞬間。


「スキありぃ! 全弾発射ァ!」


 数十発の弾丸が、彼の全身を突き刺すように彼に浴びせられた。


「ぐっ……があああああああッッ‼︎⁉︎」


 彼の身体は地面に叩き付けられ、ゴロゴロと数メートル飛ばされ続けた。幸い林だったせいか、樹にぶつかる事で距離は離れずに済んだ。


 ルーチンは彼の身体が林に隠れて見えなくなったとしても、その余裕を崩さなかった。いや、寧ろ全弾命中させた事により、勝利を確信してさえいた。


「こんなモンかよ、ムラを守った男の力は。こんなモンなら、俺でも出来たんじゃあねえか?」


 ゆっくりと、林に近付いていくルーチン。その身体を頑張って起こした時こそ最後だとでも言うように、数十発の弾丸を予め生成しておく。


 だが────。


「……ちょっと怒っちゃったよ、僕」


 その声が聞こえた後、林の樹々から眩い光が発せられる。それはルーチンのみならず観客の目さえも眩ませ、神々しい光で辺り全体を包み込む。


「ぐっ……なんだ⁉︎」

「お仕置きしなくちゃね。さあ────」


 そして、ルーチンがゆっくりと瞳を開いた時。




 そこには、十メートル超の巨大な木人が存在していた。その剛腕は人一人など軽く捻り潰せる程のパワーを秘めている事を、その肌で感じさせられる。




「────行くよ、木の巨人(ウッディン・ゴーレム)


 キュリオはその木人の肩に、もたれかかる様にして乗っていた。彼の掌からは、先程の光を凝縮したようなものが漂っており、それはやがて巨人に吸い寄せられ、消えた。


「なっ、そんな……こいつは……!」


 ルーチンが何か口にしようとする。


 だがキュリオは有無を言わさず、巨人はその巨大な掌を地面に思い切り叩き付けた。瞬間、人一人が耐えようもない程の強烈な爆風が辺り一面に巻き起こる。


 ルーチンの身体は大きく吹き飛び、地面を二転三転した後、大きめの植物の幹に衝突して止まる。内臓がひっくり返るような感覚に、彼は軽く吐き気を催す。


「な、なんで、お前が……なんで魔法使いでもないお前が……『魔影(ファントム)』なんかを使えるんだよッ⁉︎」

「これはそんな複雑な力じゃないよ。でもその代わり、パワーなら……何よりもある!」


 刹那、巨人は大きく両腕を開き、そしてルーチン目掛けてそれを勢いよく狭めていく。その両掌で、彼の身体を叩き潰すつもりだ。


「ぐっ……やべえッ!」


 彼は用意していた砂の弾丸全てのコントロールを捨て、その両腕を開く。どうやら、自身の念動力によって巨人の合掌を止めるつもりだ。

 が。


「なっ……止まらねえッ⁉︎」


 ルーチン一人が操るには、余りにも質量がありすぎたようだ。それに加えて、常に人を吹き飛ばすような風が巻き起こる程の勢いで腕は閉じられていく。止められるわけがなかった。


 瞬間、ルーチンには走馬灯が見えていた。

 そして後悔していた。こんなヤツに戦いを挑むなんて愚かな行為はしなければよかった。いつも通り、女の子と仲良く談笑でもしていればよかった、と。


 だが────。


「……なんちゃって」


 その合掌は、彼の目の前で行われた。彼を叩き潰すのではなく、彼を威嚇する為に。

 流石に怒っていたキュリオでも、殺意まで向けていない人間相手に殺しはしない。当たり前だが。


「これでおあいこだね。君の砂はかなり痛かったけど、これで参ったでしょ? だから……って、あれ?」

「……ふわあ」


 ルーチンは、彼の言葉など耳に入ってはいなかった。

 合わせられた掌から巻き起こった爆風が、彼の管理された美しい髪の毛を抜ける程なびかせたせいで、髪の毛がめちゃくちゃになっていた。

 そのせいでは無いだろうが、彼は既に泡を吹き、極度の恐怖からか失禁してしまい、そして更に極度の安堵により、その場に倒れてしまった。何とも情けない姿である。


「……やり過ぎたかな?」


 キュリオは若干やらかしたという意識を持ちながら、どうしようという感じで頭を掻いていた。

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