六十歩目
────次の日。
彼らの街へ繰り出したいという願いは聞き届けられた。というか、既にそれを考慮していたウィジル校長が、昨晩のうちにムラ中に説明をしたという。
というわけで、彼ら四人は、ヘクジェアの街へと降り立っていた。キュリオはそこの景色に目を輝かせる。
「すごい……!」
そこはまさに魔法のムラ、といった街並みだった。
人がごった返す市場には、今までの街とは違い、獣人ではなく人間がいる。しかし彼らも獣人と変わらず、みなそれぞれ思うように売買などのやりたい事をしている。
基本的に市場のシステムなどは獣人と変わらないようだ。紙幣を出し、それに見合った商品を手に入れる。だがその見た目は、まるで獣人のそれとは違った。
空を縦横無尽に駆け巡る、数々の絨毯。恐らく何かを運んでいるのだろう、あんなに薄っぺらい絨毯の上には、色々な荷物が積み重なっている。
様々なデザインの杖も販売されていた。キュリオやヒミは記念に一本、なんて思ったが、どうやら学校の許可証が必要らしい。というか、かさばるだろうとアルフレイドに指摘された。実にその通りだ。
書店の露店もあった。普通の本は勿論、多種多様の魔導書を扱っている。店主の話によると、本店の方では生徒に対する販売が主だという。こちらは特に生徒限定ではなかった為、ヒミが一冊購入した。
「ふふーん、ふーん」
「ヒミ、上機嫌だな」
「自分へのお土産が出来たからだろ。ったく、あれだって杖ほどじゃなくたってかさばんだろーに」
チルフは普段見せない表情のヒミに呆れ顔を浮かべる。心なしか彼女の足取りは軽く、スキップのようにも見える。今はキュリオと共に魔導書をペラペラとめくっている。内容はよく分からずとも、眺めているだけで楽しそうだ。
「……?」
ふと。
チルフは物陰から、何やら視線を感じた。とても突き刺さるような辛い視線だ。明らかに敵意を抱いている。
(なんだってんだ……?)
しかし振り向いた時には、既にその視線は消えていた。その眼光からのしかかる敵意の重さも、何処かへと消失していた。
「……アル」
「ああ。俺も何となく勘付いた」
アルフレイドも視線には気付いていたようだ。キュリオとヒミは……全く気付いている様子は無い。魔導書に夢中らしい。
「追い掛けてみるか? 俺たちは本来このクニにいるはずのない存在だ。もしかしたら何かやらかしてくるかも……」
「やめといた方が良いかもしんねえ。恐らく逃げ足はかなり速いはずだ。別の奴に間違って食って掛かったらここを追い出される危険性もある。あっちから来るまで、穏便な状態を貫くんだ」
チルフの瞳には、普段とは全く違う色が籠っていた。真剣な時はかなり頼りになる、というのは、アルフレイドが既に理解出来ていた事だった。
「……いつもそんなんだったら良いのにな、君も」
「ああ? なんか言ったか⁉︎」
「ふっ。いや、なんでも」
少し苛立つように聞いてきたチルフを、軽く笑ってかわすアルフレイド。そんな彼に敵わないというように、チルフは悔しそうな表情を浮かべる。
「二人とも。何かあったんですか?」
「それよりここ見てみなよ! このページ、魔法使いの偉人とか載って──あれ?」
いつの間にか、ヒミがこちらに疑問を投げ掛けていた。キュリオもそれに気付き、チルフ、アルフレイドの方を見る。
チルフとアルフレイドはお互いに作り笑いを浮かべて、
「いや、何でもない。ちょっとチルフをからかっていただけだ」
「キュリオ、ちっとはあたしにもそれ見せろよな!」
会話を濁した。
ヒミは終始『?』を頭の上に浮かべていたが、キュリオはすぐに魔導書へと向き直る。彼にとっては好奇心が最優先であり、だからこそこの様な性格が形成されるのだ。無邪気な笑顔は、チルフやアルフレイドをも微笑ましくさせる。
動くべきはこちらからではない。
そう考えた二人は、とりあえず今を楽しむ為に、思考からあの凍てつくような視線を取り払う事にした。
そう、今だけは。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「うし、ここに置いとけば……っと」
「……何やってるの?」
「ひぃ!」
キュリオが自室に戻ると、そこにはあの金髪の少年が居た。そう、キュリオ曰くタラシ君のルーチンである。
彼はシスイやカヤネと同い年、つまりキュリオより一つ歳上であるが、今は全く反対の関係と化している。
ルーチンはキュリオに声を掛けられ、体をビクッと震わせた。本来彼がここにいるはずもなく、というか今は学校の時間ではないのか、と問いたくなる。カレン達三姉妹は、今日は学校だから終わるまで暇でも潰しててくれ、なんて事を言っていた気もするのだが。
「学校は?」
「い、今は休み時間なんだよ!」
「何しに来たの?」
「ここに果たし状を置きに来たんだ! 読めよ! 絶対に読めよ! それじゃあな!」
彼は足早にキュリオの部屋を立ち去った。半ば逃げるようなそれに、キュリオはただポカンとするしか無かった。
「果たし、状……? って、何だっけ?」
確か決闘の日時などを指定する為の文書だったような気がする。そんな言葉は普段聞かないので忘れてしまっていた。
「なになに……『今日の放課後、四時頃くらいに校庭に来い。昨日髪を焼かれた恨みを晴らしてやる』……」
どうやら逆恨みを買ってしまったらしい。そもそも彼の髪を焼いたのはカレンであり、キュリオは変なポーズにさせただけなのだが……しかし、どうこう言っても許してもらえそうな雰囲気ではなさそうだ。
「ていうかこれ、僕に直接言えば良かったんじゃあ……」
せっかく書いたのだから読んで欲しかったのだろうか。なんとも可愛げのある少年である。
キュリオは何だかやらかしたような気分になってしまうが、確かに初対面としては最悪だったのだから、こうなってしまうのは致し方ない。話し合いに持ち込むとしても、とにかくこの場所に行くしかなさそうだ。
「……大変だあ」
キュリオは歩いた疲労を回復させる為に、とりあえず寝転がる事にした。




