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ケモノミチ  作者: たびくろ@たびしろ
カリバド編
54/176

五十四歩目

「結構歩いたよな。まだ着かねえのかよ」

「まだ四週間程度ですよ、チルフ」


 気怠そうに溜め息を吐くチルフを、ヒミはその一言で宥めようとする。キュリオやアルフレイドはまだ元気いっぱいの状態だが、どうやらチルフは飽きっぽい性格らしい。


 ────そう、カリバドから旅立ってはや四週間かそこら。まわりは草木、足元は砂利が多めの道。一応今の所、彼らを案内するようカレンに命じられた火の玉は、ただ砂利道を沿うように彼らを移動させている。


(……とはいえ、そろそろ変化が見えても良いはずなんだけれど。私も、同じような草木が生い茂り続けるせいで、図鑑の資料集めが進まないし……)


 どこか説明的な口調で思い浮かべる。

 同じパターンの植物を延々と見ていては、流石にヒミも飽きがくるというものだ。いつしか筆は置かれ、新しい植物を探すのが彼女の動きとなっていた。


 一方キュリオはというと、アルフレイドと一緒に彼女らの前をずんずん歩いていた。新しい仲間となったアルフレイドは、出発した時とは違い、今は軽鎧を身に纏い、背中には長剣を構えている。まさに剣士、という感じ。


 そんな屈強な仲間に興味津々なのか、最近キュリオはアルフレイドに付きっ切りだ。剣の構えなどについて教えてもらったり、幼い頃の話を聞いたり。


 ────これは随分身勝手な話かもしれないが、ヒミはそんな今の状態が、あまり好ましくなかった。仲間が増えるのは良いことだし、彼もそれを望んでいる。前と比べて賑やかになったし、いつでも楽しいし────。


 でも。

 それでも、以前の二人旅の方が彼との会話量が多かった、というのは否めない。そして、どこか違うのだ。

 言うなら……そう、独り占めが出来ない。これでもヒミは十六歳で、キュリオ、チルフより年上ではある為、流石にそれをどうこうということはしにくい。

 けど──なんだか、寂しいなんて。これだけ仲間が増えて賑やかになったのに、それでも寂しいなんて思ってみたり。


(……って、なんで私がフレイドさんにヤキモチなんか妬いてるの! あーもう、見境無くなってるなあ、私)


 真っ赤になった頬と上気した顔をぶんぶんと振って気持ちを切り替えるヒミ。大好きなキュリオを奪われただなんて、そんな事を考えてはいけない。アルフレイドは、大事な旅の仲間なのだから。


 ふと、長旅で飽きたチルフが面白いものを見つけたという風に接近してきた。


「あらあらヒミさぁん。もしかして、アルにキュリオたんを奪われてヤキモチですか〜? ぷくくっ、ざまあ」

「なん……っ!」


 切り替えた気持ちのレバーがすぐさま戻された瞬間である。

 しかし、ヒミはこの手の論争ではもうチルフには負けない。何故なら、彼女には絶対的なカードがあるからだ。ヒミはふぅ、と溜息を吐き、やれやれと言った様子で首を横に振ると、チルフに言う。


「ふっ、チルフ。あなたも人の事言えないのではなくって? だってあなた、フレイドさんに気があるんで────」


 途端に息が詰まるヒミ。見れば、チルフは真っ赤な顔でヒミの口を塞ぎ、尚且つアルフレイドの方を確認している。


「……次んな事口に出したらコロスぞ。いいか、あたしはそんな事考えてねーからな!」

「ぷはっ。ふっ、そんな事ないでしょう。だってあなたカリバドを出る時、彼に話しかけられて顔を真っ赤にしてましたもんねえ?」

「おまっ、てめえこの……!」


 かああっ、と顔を赤く染めるチルフ。感情丸出しでバレバレなのに、それでもシラを切る彼女にヒミはこれ以上ない優越感を得る。そう、チルフにもまた、弱点が出来たのである。


「ぬふふ。これからはむやみやたらに私をからかわない事ですね」

「あっそう。だったらここで大声出して言ってもいいんだぜ、お前がこないだ寝言で『う〜ん、キュリオに包まれたい〜』って言ってた事をなあ!」

「んがっ、そんな事言ってないです!」

「まあ虚実はどうとしても、確実に嫌われるぜお前。実際あたしはその寝言を聞いたんだし」

「ぐっ……ぐぐぐ……!」

「ぐるるるるる……!」


 どうしようもないヒミはとりあえずガンを飛ばす事にした。チルフもそれに応酬してガンを飛ばす。女獣人の甘酸っぱい争いは、その実、仁義なき戦いだった。

 そんな彼女らを一瞥して、キュリオとアルフレイドは呆れ顔で呟く。


「彼女らは何の話であんなに喧嘩しているんだ」

「さあね。毎度の事だから慣れちゃったよ」


 ここ四週間ほぼ毎日喧嘩しているあの二人は、最早キュリオ達男性陣には手を付けられない程の気迫を纏っていた。こんな時はとりあえず先に進む方が良いと、キュリオもアルフレイドも既に心得ていた。

 キュリオはその傍にいる火の玉が、道を外れて林の奥へと向かうのを見て、


「あっ、道から外れたよ」

「これじゃあ置いていけないな。おーい、チルフ、ヒミ! 早く付いて来ーい!」


 アルフレイドが大声で女性陣に呼び掛ける。既にキャットファイトと化していた彼女らは、その声に敏感に反応し獣耳をピクリとさせると、お互いに睨みを利かせながらアルフレイドとキュリオに駆け寄ってくる。


「道から外れたんだ。早く付いていこう!」

「は、はい!」

「うぃーっす」

「怠そうだな、チルフ……」


 キュリオとヒミは意気揚々と、チルフは気怠げに、アルフレイドはそれに苦笑いをしながら、林の奥へと分け入る火の玉の後へと付いていく。

 あの火の玉は恐らく魔力的なものであって、普通の炎のように草木に燃え移る事はないようだ。まあそんな事を言ったら、あのような形で四週間も留まり続けている事の方がおかしいのだが。


 そして────ただ無意識にその火の玉に付いていき、戦闘のキュリオが何気無い一歩を踏み出した時、彼は頭の中に、どこか違和感を感じた。


「っ……?」


 それは他の四人も同様だったようで、皆一様に頭を抱え不思議そうにしている。


「……っ、なんだこれは?」

「なんか一瞬クラっと来たぞ……風邪引いたかな?」

「なんだか、不思議な気分になったような……」


 そしてそこから、えもしれぬ違和感の正体が明らかになる。────違うのだ、何もかも。空気に何か違う何かが混ざったような感覚があり、それが段々と満ちていくような感覚。しかし、それは決して目新しい感覚ではなかった。まるで今まで隣り合っていたのに、それに気付いていなかったような……。


「……なんだか変な気分。それに、なんだか森も騒がしいようだし……」


 そういえば、と他の三人もあちこちを確認する。

 そう、魑魅魍魎が闊歩しているかのように、森には生物の鳴き声やら何やらが増えた。そういえばいつの間にか森自体も薄暗くなってきたように見えるし、なんだか不気味な気分だ。


「…………ヒミぃ」

「なんですかチルフ。……まさか」

「そ、そんな事ねえよ! 怖くなんかねえって言ってんだろ!」

「まだ何も言ってないんですが……怖いんですか。ぶふっ、意外な弱点ですね」

「へ、へん! 何言ってやがる、幽霊なんているわけねえんだ。怖がる事なんて────」


 瞬間。


『おう、みんな! ヘクジェアの魔法領域内に入ったのか!』

「ぴゃッ‼︎⁉︎」


 突然聞こえてきた声に何とも奇妙な叫び声を上げ、ヒミの胸へと頭を突っ込むチルフ。ガタガタと恐怖に震え、そして柄にもなく脚を強張らせている。


「い、い、いまっ、声がっ!」

『……誰だよ、今の奇声は』

「んー? チルだよ。っていうかこれ、カレンの声だよね? 火の玉から声が……」


 キュリオが当然の質問をすると、今度は別の声が聞こえる。


『驚かせてすまないね、チルフ。君がまさかそんな臆病だとは知らなくて……』

「お、おく、臆病じゃねーし! ……なんだ、その声はシスイじゃねーか」

『ワタシもいるわよ。この火の玉はカレンの魔法でね、ヘクジェアの魔法領域内に入ると、微量な魔力を飛ばして声だけそちらに送ることが出来るの。そっちの声も聞こえるわよ、誰かさんの悲鳴とか』

「……ま、まあ、誰にだって苦手なものはあるよな」

「その必死のフォローやめろよアルゥ! 余計悲しくなってくるじゃねーか!」


 ぎゃんぎゃんと己のプライド防護に勤しんでいるチルフは一旦ヒミに預かってもらい、キュリオは色々と尋ねたいことを火の玉へと零す。


「ヘクジェアのまほーりょーいきって何だい? 何が何だかさっぱり……」

『まあ、まだ魔力の説明をしてないから上手く説明出来ないけれど……ワタシ達のムラ・ヘクジェアの周りは、魔法の質が上がるようになってる、って事よ。だから普段は案内しかしてくれないその火の玉も、こうして通信手段として扱えるってわけ』

「へえ〜。何となく伝わったよ」

『ここまでくれば、後はオレ達で迎えに行けるぜ! 今迎えに行くから、あと少し歩いててくれ!』

「僕達の場所が分かるの?」

『この領域内なら火の玉の魔力を感知する事が出来るからな。あ、そうそう。このヘクジェアの周りの森には色んな生き物がいるから、ちょっと注意した方がいいぜ。丁度こないだ、大型のヘクジェアウルフが確認されたばっかだからよ』

「ヘクジェアウルフ⁉︎ なんですかそれ、気になります!」


 妙なところに食いついたヒミが、火の玉に近寄って確認を求めるが、既に彼女らは通信を切ったようで、もう声は聞こえなかった。少ししょんぼりするヒミの顔が、なんだか好きなおもちゃを奪われた子供のようで、少しキュリオは笑いそうになった。


「不思議な事が出来るんだね、魔法って」

「魔法、だからな。しかしムラ全体に魔法の領域があるとは……あの時、普通の獣人はヘクジェアを知れないと言ったのも、これが原因なのかもしれないな」

「と、言うと?」


 ヒミが首を傾げる。


「大方、領域内に無断で立ち入った者は、何らかの方法でその者に気付かれずに領域内から吐き出されるのだろうな。例えば、いつの間にか元の道に戻っていた、みたいな」

「……便利ですね、魔法って。私も使ってみたいです」


 そんな願望に想いを馳せる四人。

 その時、何処からか足音を感じる。かなり大きな足音だ。まるで、大地そのものが揺さぶられているかのような。


「……さっき、大型のヘク……なんとかが確認されたとか言ってなかったか?」

「ヘクジェアウルフ⁉︎ まさか、本当にお目にかかれるんですか⁉︎」

「おいおい、はしゃがない方がいいぞヒミ。この足音、相当巨体と見える。しかもこの森は視界も悪い、今襲い掛かられればこちらが不利だ」


 アルフレイドがそう言うと同時に、その足音はどんどん近付いてくる。それに、走っているようにも聞こえる。まるでこちらの居場所を理解しているような────。


 黄色い眼光が、煌めいた気がした。


「みんな、危ないッ‼︎」




 瞬間、キュリオが瞬間的に繰り出した木の巨人(ウッディン・ゴーレム)が、三人の身体を持ち上げ、尚且つもう片方の手で眼光煌めく生物の突進を止めた。




「きゃあっ⁉︎」

「な、なんだよこいつ!」


 ヒミは悲鳴を上げ、チルフはその生物の巨躯にその目を血走らせる。アルフレイドはただ、その体躯の分析の為にブツブツと呟いていた。


「身体の大きさは高さ的には八メートル程か……それにしても巨大だな」


 その生物は、やはり巨大な狼。それも銀色の体毛を生やした、文字通りの銀狼だ。アルフレイドの言った通りその身体は高さ八メートル程、身体の長さは十メートル超え、と言ったところか。

 黄色い眼光はギラリとして木の巨人(ウッディン・ゴーレム)の方を見ており、その口からは涎が溢れんばかりに滴り落ち、更にその牙は万物を砕き散らせそうな程に鋭い。


「あれがヘクジェアウルフ……! スケッチしないと!」

「こいつ、緊張感ってモンが抜けてやがる……」


 おもむろに紙と鉛筆を取り出しスケッチを始めるヒミ。たちまちラフが出来上がり、その傍に『ヘクジェアウルフ』と名前を記す。

 ────と、その瞬間。



 銀狼の口から、何やら気持ちの悪い液体が発射された。



「危ねえ、ヒミッ‼︎」


 瞬間、ポケットから、拾っておいた石ころを取り出しナイフで斬りつけるチルフ。咄嗟に石の鳥龍(ステイラプト)が現れ、その液体が四人に当たるのを防ぐ。


「おいおい気持ちワリーなあいつ……ゲロなんかブチまけやがって……」

「うっわ、ちょっと腕にかかっちゃいました」


 その毒々しい色をした液体が一滴、ヒミの腕に付いてしまう。まあ別に放っといてもいいか、と彼女が軽視した瞬間──彼女の身体が、ぐらりと揺らぐ。


(……あ、れ。これって……)


 だが、既に彼らの視線はあの銀狼、ヘクジェアウルフに向かっている。ヒミはそのぐらつきを堪え、同じようにヘクジェアウルフを凝視する。

 雄叫びを上げる銀狼は一度距離を取る。そして木の巨人(ウッディン・ゴーレム)を見ても臆せず、そのまま向かってくるようだ。


 そんな愚かな銀狼の様子に、チルフとアルフレイドはニヤリと笑い、ヘクジェアウルフを見やる。


「……やってやろうじゃないか、なあチルフ?」

「おうよ。ゲロ浴びせやがって、一泡吹かせてやらなきゃ気が済まねえ」


 それと同時に、チルフは烏龍の身体に付着していた液体を、全て振り払わせる。石で出来た烏龍は、銀狼に対抗するように高らかな雄叫びを上げる。

 そしてアルフレイドも自らの鎧を糧に鉄の剣士(ハイメタル・ナイツ)を二体呼び出す。その鎧は銀狼の輝きよりも更に美しく、鉄の輝きを見せる。


 いつの間にか空は黒く染まり、月が見えていた。二体の剣士はその身体に月の光を反射させ、その刃を構え出す。石の鳥龍(ステイラプト)は更に気高き鳴き声を上げ、ヘクジェアウルフへと向かっていた。


「……キュリオ……!」

「分かってるよ、ヒミ姉」


 キュリオはヒミの隣で得意げな笑顔を見せ、秘めたる力を持つ樹で作られた巨人にこう命じる。




「────行くよ、木の巨人(ウッディン・ゴーレム)! あのでっかい狼を懲らしめよう!」




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