四十九歩目
「────そう、だ」
刹那、レビルテの大剣。その動きが──ピタリと止まってしまう。まるで……そう、破壊しようもない大地に剣を振るっているかのように。
「なんッ……⁉︎」
レビルテは思わず怯んだ声を上げてしまう。
何故だ。
「……あいつはいつでも……俺にくっついてきて……」
訳が分からない。彼はレビルテの拳を喰らって遥か数百メートルも飛ばされ、更に頭を激しく揺さぶられて意識さえも消滅していたはずだ。
「その度に……ししょー、ししょーって……うるさくて……。でも、それが……寂しさを紛らわせる為、だったなんて……俺、気付いてやれなくて……」
なのに、目の前の彼の意識は、しっかりと覚醒している。それどころか、レビルテの大剣をその長剣一本で受け止め、鉄の剣士の助けを借りずとも押し返している。
それは、どれだけレビルテが力を込めても跳ね返せるような力ではない。それはまるで──つっかえ棒を仕込んだドアが、どう足掻いても開きはしないのと似ている。
「……ありがとう、チルフ。君が教えてくれたから──俺は、こうしてあいつの気持ちを知る事が出来た」
チルフから伸びてきていた手を、アルフレイドから握る。それは例えようもないほど力が抜けていて、出血のせいかどこか少しだけ亡者の冷たさに近付いていて──けれど、確かに誰かを救いたいと、そう願う温かさがあった。
「フ、レイ……ド……!」
「アルでいい。……君には感謝しているんだ。ソニアの気持ちも理解出来ずにさよならなんて……哀しいだろう?」
「ぬう……戯言をッ‼︎‼︎」
レビルテも負けじと込める力を増す。しかしそれでも彼はアルフレイドの剣を押さえつける事が出来ない。
一体この圧倒的な力は何なのだ、この不可解で尚且つ強大なこの力は一体──と、レビルテは焦る心で考える。
それでも、答えは出ない。しかも押し込める力をいくら増しても、アルフレイドの剣はゆっくりとこちらへと向かってくる。
「だが、」
その言葉の詰まりが発せられた瞬間、彼の力は更に。
「────君がそれを伝えてくれた。ソニアの本当の気持ちを……君が、俺に教えてくれたッッ‼︎‼︎」
────増すどころか、数倍になってレビルテの身体ごと弾き飛ばす。
「ぐおおおおおおおッッッ‼︎⁉︎」
獣男の身体はその一撃で数百メートルも吹き飛ばされ、数回地面をバウンドしたのち、地面を抉りながら何とか動きを止める。
「…………!」
チルフは、アルフレイドが握る自分の手から、何か力のようなものが伝わってくるのを感じた。いつの間にか身体は辛うじて動くまでになり、彼女はその身体をゆっくりと起こす。ボタボタと垂れる赤い雫を気にも留めず、チルフはその唇を左手で一気に拭った。
「へっ……感謝されるってのは……気持ちの、良いもん……だな……!」
「そうか。まあ俺が君に感謝するなんてこれから先無いとは思うがな」
「柄にもなく……減らず口なんか、叩きやがって……らしくねーんじゃ、ねーの……?」
「チルフ。そういう君こそ、あれだけボロボロだったわりにはペラペラと喋れるじゃないか」
どこかしら感じていた、重責が一気に消えた。今ならこうして、無駄口を叩く事すらも出来る。それはチルフも同じなようで、こうして立ち上がったアルフレイドにも容赦無く毒を吐いてくる。
だがそれでも、いやそれだからこそ、お互いがまだまだ戦えるのだと実感する事が出来る。
────『力』が、伝わってくるのが分かる。
チルフの力がアルフレイドに。
アルフレイドの力がチルフに。
その繋がれた手から、お互いに何かが共鳴し合っているという事が、何もせずとも理解出来る。
そしてこれからどうするべきか、どう立ち回るべきかも理解でき──その思考が、二人で共有出来ているという事も、理解出来る。
「ぐ、う……いい、だろう……そこまで足掻くというのなら……我も、本気の更にその向こうを見せるしかあるまいな……!」
レビルテは先程見せたオーラを帯びているような状態に移行する。それの正体は分からないが、全てが強化されているのだという事を、二人は肌で感じた。
だが。
「行くぞ……チルフ」
「わかってらあ。……ヘマこくなよ、馬鹿」
瞬刻、アルフレイドの中で、チルフの中で渦巻いていた痛みが全て──消えた。
そしてアルフレイドは小手をその長剣の刃に当て、チルフは剣闘場内壁へと、そのナイフを突き刺す。
刹那、アルフレイドの隣には鉄の剣士、そして内壁半分の石を使った事により、石の鳥龍は──なんと二体、チルフの隣に創り上げられた。
「「ッ──らあああああああああああああッッッ‼︎‼︎」
「向かってこいッ‼︎ 我を倒してみろッッッ‼︎‼︎」
アルフレイドとチルフの姿、そしてレビルテの姿が──その刹那で、消え失せた。
レビルテはそのオーラにより強化された脚力、アルフレイドとチルフは石の鳥龍の背に乗り、地面を蹴って滑空したその速度により、一斉に中央へと集まり──そして、激突する。
チルフの刃。
そして、アルフレイドの長剣。
それら二つを、レビルテは大剣の一振りで同時に受ける。
大きく湧き上がる観客。もはや戦いの人数などどうでも良い。互角に戦えており、尚且つ今までに見た事の無い次元の戦いを見る事が出来ているのだから。その巨大な歓声は、三人の戦いのアクセントとしては充分過ぎた。
「ちぃッ‼︎」
チルフはその一撃を受け、小さく吹き飛ぶ。その勢いを殺さぬまま、彼女は石の鳥龍を操作し、そのまま周囲を飛び回る。
一方アルフレイドは鉄の剣士と己の長剣で、レビルテに斬り掛かる。しかも──彼の本来の姿──『替え師』としての戦術、剣の入れ替えを使用した、更に密度の濃い剣撃。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼︎‼︎‼︎」
一秒間に数え切れない程の太刀捌きを浴びせる。先程までこの入れ替えを使用していなかったのは、激昂していたからと、それが破られた時の恐れによる重圧のせいだった。
だが、もう迷わない。この獣男を倒さずして、やられるわけにはいかないのだから。
それに彼には、頼もしい相棒がいる。
「こっちだぜ、獣のおっさん!」
背後からの声。
見なくとも、レビルテには分かる。このアルフレイドの剣撃で手を離せぬ隙に、そのナイフで一突きにしようというのだろう。
「……このように姑息だから、力に頼らぬから、女は嫌いなのだッッ‼︎」
レビルテはその脚を地面に叩きつける。その衝撃と暴風により、チルフの身体は押し上げられる。そこに生じる隙を、レビルテは見逃さない。アルフレイドも衝撃により軽く距離が生じた。今ならば大剣を振るおうと、彼に邪魔される事はない。
「死ね、メスガキッッ‼︎‼︎」
「ッ⁉︎ や、ば────ッ!」
バキバキと、盛り上がる筋肉により余計に勢いの増したその大剣は、まるで空気さえも斬り裂き、真空にしているかのような速度でチルフの首をはねる。
それを避ける術は無い。彼女はその眼を見開き、レビルテの大剣を恐れる。
「……なぁーんてな」
「ッ⁉︎」
その時、チルフは笑っていた。
何故なら──剣が彼女を殺そうとしたその瞬間に、彼女の首と大剣の間に、石の鳥龍が割って入ったから。流石の大剣でも石を一刀で切断する事は出来ない。
レビルテはチルフに計り知れない怒りを抱き、それを全身の力を込める事によりそれを解消しようとした。──彼女の死と共に。
だがそれは全て石の盾──烏龍により全て弾かれ、その勢いは軽減される事なく反射される。それが今までに無い以上に遥かに巨大だったからこそ、また巨大に跳ね返され、それは補いようもない隙を作り出す。
「しまっ──⁉︎」
「あたしの事が嫌いだってか。じゃあ──もっと嫌われる事してやんよ!」
チルフは石の鳥龍に手を当て、前への推進力を取り戻す。
そして────レビルテの顔面を、思い切り踏み付けた。
「ぐがッ……⁉︎」
「ざまあみろ、男尊女卑野郎」
そして──それをバネにし、彼女は大きく飛び上がる。それと同時に、大剣を防いだ石の鳥龍が彼女を背に乗せ、そのまま遥か上空へと昇る。
もっと上に。
遥か彼方へ。
もっともっと、剣闘場を吹き抜けて、更に高く。
その隣には、いつの間にかアルフレイドが居た。鉄の剣士を二体同時に連れ、もう一体の石の鳥龍の背に乗りながら、彼女と沿うようにして上空へと────。
そして。
「やるぜ、アル!」
「ああ、これで終わりだ!」
彼女の手に握られた、白く輝く短身のナイフと。
彼の手に握られた、銀色に煌めく鋭い長剣を。
太陽と重なるように──交差させる。
その瞬間、彼らの身体に分けられていた『力』が、再び共有され、そして共振する事によって爆発的に増幅する。
それは眩い光となり、太陽の力をも借りて更に強大な光となる。
そして烏龍達が縦に弧を描き、彼らの頭が地面に向いた状態で、彼らは烏龍達の背を強く蹴る。瞬間、それは雷纏いて、地面を穿つ天災のように────遥か地面のレビルテへと向かって、降下していく。
「これが、俺達の『力』ッッ‼︎‼︎」
「これが、あたしらの『力』ッッ‼︎‼︎」
それと同時に──石の鳥龍と鉄の剣士は、太陽の元で交差し、そしてそれを抜け出る頃には。
────石の翼を広げ、石と鉄、二つの剣を携えた鉄石の剣士がいた。それが四体現れ、我先にと落ちる小さな電光石火となり、剣を振るう為に戦獣の元へと飛び去っていく。
「「────鉄石の龍騎士ッッッ‼︎‼︎‼︎」
「な、んッ────‼︎⁉︎」
レビルテはようやく弾かれた反動による痺れが解けた。しかし総勢四体、更に強化された音速の龍騎士が、アルフレイド達が落ちるよりも遥か先に、彼を包囲する。
前から、背後から。
右から、左から、上から。
二本の剣を持った騎士が四体、全て合わせて八本もの長剣が、レビルテを襲う。
「ぐ、うッ、うううううううがああああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼︎⁉︎」
右から来たかと思えば左から。上から来たかと思えば背後から。いくらその重い大剣を短剣のように振るえるからといって、自らの八倍の剣に対応出来るわけがない。
「数で圧倒など──ふざけるなよ、貴様らああああああああああああああああああああああああああッッッ‼︎‼︎‼︎」
レビルテのオーラが、更に増す。それはまるで実態を持つかのように彼の肩から大きく伸び、三本目、四本目の腕と化す。そして彼はその大剣を構える。
なんと────その四本の腕で、まるでアルフレイドが剣を入れ替えるように、何度も持ち替えながら全ての龍騎士の剣と打ち合っている。金属音が剣闘場中に鳴り響き、それはまさに四本の腕による四重奏と化していた。
(ぐっ……‼︎ これだけの量と打ち合うのが我の精一杯とは……‼︎‼︎)
躍起になって渡り合うレビルテ。
だが、彼は忘れていた。
「よそ見をした方がいいって──忘れたのかよ、あたしの忠告をよォッッ‼︎‼︎」
あまりに激しすぎる打ち合いの中で、頭からすっかり消し飛んでしまっていたのだ。
この二人が──アルフレイドとチルフが、その刃を持って降りてきている事を。
「これで終わりだと言っただろう、レビルテッッッ‼︎‼︎」
まずい。
今更この二人の刃など受けてしまえば、他の八体の龍騎士達によって八つ裂きにされてしまう。
かといってこのままでは、この二人の降下による勢いのついた刃をまともに喰らってしまう。
どちらを取っても死ぬ。
そう──レビルテは既に、彼らの『力』によって包囲されてしまっていたのだ。
「「終わりだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼︎‼︎‼︎」」
その交差した刃が、雷を纏ったかのようにレビルテに振るわれる。彼らの心からの叫びが、鼓膜を突き破るかのように響き渡る。
そしてそれはあまりに巨大な落雷となり、戦獣の脳天へと叩き落とされる。
────その時レビルテは、心の中でこう思っていた。
(その『力』によって我を嵌めるか──面白い‼︎)
瞬刻、レビルテの纏うオーラが僅かに雰囲気を変える。バチバチと何かを発し、そして──蓄積されていくのを感じる。
「我と打ち合ってみろッッ‼︎‼︎ その『力』をもってッッッ‼︎‼︎‼︎」
そして、爆発する。
それはそう──まるで、破壊だけを目的とした獣。彼の帯びし力によって創り上げられた、巨大過ぎる獣の顎だった。彼の存在をその力としたような、凶暴という言葉ではとても足りない暴力の嵐が、その力となって天へと昇る。
アルフレイドとチルフの叫びと。
レビルテの叫びが。
ここで、天地を揺るがすように激突する。
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ‼︎‼︎‼︎」」
「ぐるあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼︎‼︎」
交差する剣と、大きく開かれた獣の顎。
天災の雷鳴と、凶暴過ぎる暴風。
それが激突し、全く同等の力を吐き出し合い。
そして、喰らい合う────お互いの力が、本能が、導くままに。




