四十八歩目
「はあああああああああああッッッ‼︎‼︎」
二体の鉄の剣士と一人の剣士が、獣男であるレビルテへと剣の連撃を喰らわせる。時に突き、時に斬り裂き、アルフレイドは先程とは比べ物にもならない速度を見せ、攻撃する。
それを全て、その漆黒の大剣で受け止めるレビルテ。だがそれも、先程より難度が上がってきたように思える。
(此奴……ッ⁉︎)
「貴様が……貴様がソニアを殺したッ‼︎‼︎ まだ幼いあの子を……貴様がァッッ‼︎‼︎」
「抜かすなアルフレイド‼︎ そいつが貴様の妹だか友達だかは知らんが、そんな者が消え去ったところで怒りに身を任せるなど──戦う男の有様ではないぞッ‼︎‼︎」
吼える両者。レビルテも守りから一転、攻撃へと切り換える。しかしアルフレイドはそれにも臆せず、攻撃の手を緩めない。
攻撃と攻撃のぶつかり合い。お互いに守る事など考えず、ただひたすら相手の隙を突こうと剣を振るう。お互いの力が同格であるということを表しているのか、お互い自身の剣は一撃も相手に届かず、また相手の一撃を許すこともない。金属の打ち合う音が、観客の耳に鳴り響いていた。
「うるさい……! うるさいうるさいうるさいッッ‼︎‼︎ 許さない……あいつが何をしたというんだ‼︎‼︎ あんな純粋な奴が、剣士の面を被った醜い獣の貴様に、何をしたというんだッッ‼︎‼︎ あいつに何の罪があるッッ‼︎‼︎」
「我や我の仲間が殺そうとしたのではない‼︎ 巻き込まれて勝手に死んだまで‼︎ そんなものを乗り越えられぬ女は、この先どう生きていこうが弱者のままよッッ‼︎‼︎」
「ふざけるな‼︎ ソニアが弱者だというのなら……それを巻き込んで殺したお前やお前の仲間は、弱者を貶める最低の存在だッッ‼︎‼︎」
柄にもなく叫ぶアルフレイド。その茶色の瞳から涙が溢れ、それが剣の巻き起こす風によって消えていく。それを鍵としたかのように、彼の剣技は更に力を増していく。レビルテはその大剣に掛かる、アルフレイドの剣の重圧が、だんだん増していくのを感じていた。
────そんな時。
「あたしだって──許せねえんだよ、てめえの事がァッ‼︎」
「ッ‼︎⁉︎」
横から、石の鳥龍に乗ったチルフが、そのナイフを構えて飛び込んでくる。レビルテはアルフレイドの剣撃を弾き飛ばし、自らはそのノックバックで後ろに下がる事で、それを回避する。
────だが、それでかわせたわけではなかった。
チルフは一度舌打ちすると、石の鳥龍がレビルテの目の前を通り過ぎる瞬間、ナイフ片手に烏龍の背を蹴り飛ばす。つまりそれは、レビルテ目掛けて空中に飛び、突撃を図るということ。
「おらあああああああああああああああああああッッッ‼︎‼︎」
「この、小娘がァッッ‼︎‼︎」
かたやナイフ、かたや大剣。
そんなものでレビルテを倒せるはずもなく、彼がぶんと大剣を振るうと、チルフはそのまま後方へ吹き飛ばされる。
「ぐっ……! あ、がァッ!」
地面と数回跳ね回り、最後には肺から全てが押し出されるような衝撃と共にようやく停止する。
「チルフッッ‼︎」
アルフレイドが悲痛な叫び声を上げるが、そうさせてくれる間も無いらしい。すぐ目の前には、レビルテの巨体が剣を構えて現れていた。
「よそ見をするな、アルフレイドォッッ‼︎‼︎」
「ぐっ……!」
鉄の剣士と共に三本の剣でそれを受け止めようと構えるアルフレイド。しかし急に構えたそれでは、受け止めきれるはずがないのは分かっていた。それでも他に術はないと、足を強く地面に踏み込む────。
「────てめーはよそ見をした方がいいぜ、クソ野郎‼︎‼︎」
瞬間。
レビルテの身体が、一瞬にして消え失せた。それの一秒のち、視界の端より少し横の場所で、激しい衝突音と、男の呻き声が聞こえた。
「ぐあああああああッッ‼︎⁉︎」
アルフレイドは急いで振り向く。
そこには、石の鳥龍によって剣闘場の壁に押さえ込まれたレビルテがいた。アルフレイドやチルフより遥かに力は上とはいえ、人ではない『力』にはどうしても勝てないようだった。
────そして、アルフレイドの肩が、小さな手によって叩かれる。
「どーよ、フレイド。あたしの捨て身の策略は」
「チルフ……君は……!」
「おら、さっさと追撃すんぞ。あいつは何しでかすか分かんねえからな」
そう。
チルフは、初めからレビルテを拘束する事だけを考えていた。ああやってチルフだけ単体で飛び出したのも、石の鳥龍に気を引かせない為。その為に彼女は大剣で真っ二つにされる危険を冒してまで、レビルテに立ち向かったのだ。
そして二人は駆け出し、拘束されたレビルテへと向かう。その距離は少し離れているものの、全力で走れば五秒とも掛からない。レビルテがその間、ずっと動けないとも限らないが────。
と。
そんな予測は、すぐさま当たってしまう。
「ふ、ざ……ふざ、けるなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼︎‼︎」
突如、彼の身体から気のようなものを感じると、その直後に石の鳥龍が引き剥がされる。暫し宙に浮いた烏龍に、彼の蹴りが直撃する。
異様な光景だった。例え烏龍が馬より少し大きいくらいのサイズといえど、羽根を広げれば優に七、八メートルはある。しかも材質はまごう事無き石。それが──男の人蹴りで、反対側の壁まで吹き飛んだのだ。
「なっ……‼︎⁉︎」
目を見開くチルフ。そんな彼女の目の前に、大きく牙を剥いたレビルテが現れる。激昂しているせいか、その大剣は既に捨てられ、固い拳だけが握られている。
「この、女がァァッッッ‼︎‼︎」
その瞬間──チルフはその獣に、ミネスと同じものを感じた。圧倒的な速度、力。そして、その乱雑な怒り。空気すらも同じなのだ──あの、悪魔のような男と。
「ぐっ……がァッッッ‼︎⁉︎」
チルフの剥き出しの腹部に、獣の拳が捻じ込まれる。彼女は身体の中で、重要な器官が二つはイカレてしまったことを悟った。
そして意識が消え失せると──その身体は、一刹那にして反対側の壁へと叩き込まれ、石の鳥龍と同じように崩れ落ちる。
「チルフッッ‼︎‼︎」
「よそ見をするなと言っただろう、この卑怯者がッッ‼︎‼︎」
アルフレイドは、次の瞬間──もう一つの拳が、自分のこめかみに叩き込まれたのを感じた。脳の奥まで揺さぶられるような感覚と共に、同じく壁へと吹き飛ばされる。その瞬間意識は消滅、彼を警護する二体の鉄の剣士も消え去った。
そんな二人を見やり、グルル……と獣のそれの呻き声を上げながら、レビルテは忌々しそうに呟く。
「残念だ……アルフレイド。そうやって女に救われてなお勝つ事すら出来ぬ貴様など、男──いや、獣人以下の存在よ」
一度身体を落ち着けた事により、妙に落ち着いた心地のレビルテ。傍らに落ちた大剣を拾うと、軽々しくそれを持ち、ゆっくりとアルフレイドへと近付いていく。
一方、その時チルフは、腹部全体が破壊されたかのような激痛に耐えながら、何とか意識だけは保つ事が出来ていた。
「ごぼッ……あ、ぐ……あッ……が……」
血だまりが口から溢れ出る。内臓の一部をおかしくしたらしく、正常なリズムを身体が保っていないのが分かる。身体がビリビリと痺れるようで、尚且つ、全身が燃え盛るように熱く、そして痛む。
そしてその視界の真ん中には、アルフレイドへと近付こうとするレビルテの姿があった。彼は妙に落ち着いていて、その手には太陽の恩恵を全く受けていないかのような大剣が握られていた。
そしてアルフレイドはというと──殴られた衝撃か、既に意識を失っている。脳震盪か何かを起こしているのか、起きるようにも見えない。鉄の剣士が意識の消失によって消えたおかげでアルフレイドには鉄の鎧が纏われたが、レビルテの前ではあったところで何も変わらないだろう。
「……ふ、フレ……ッ、イド……!」
再びごぼりと血反吐の塊を地面へ零す。動かない身体を無理やりに動かし、彼の元へと進む。レビルテの何分の一程の速度かも分からないが、それでも確実に、確実に彼の元へと。
(目を……覚まさせ、ねえと……あの野郎に、殺され……ッ、ちまう……)
石の鳥龍は既にコントロールが効かない。意識が朦朧としているせいか、それとも死にかけているからか。とにかく、いくら指示しようとも、動き出す様子は無い──だから、こうやって這ってでも、アルフレイドを救う為に動く。
失いたくない。
キュリオが自分を助けた時、彼はこう言ったのだ。──僕が仲間だと思った人はみんな仲間、と。
そしてこうも言った。──仲間が死ぬのを止められないなんて嫌だ、と。
そうだ。
彼なら言うに違いない。そして救うに違いない。どれだけ自分が傷付いていても、どれだけこれから傷付くと分かっていても。
あの時──チルフを庇って、処刑の斧に自らの身を差し出したように。
だから救うのだ。いいや、救うだなんて大義を掲げたような言い方でなくとも良い。ただ、自分の身を呈してでも、彼を、仲間を──守る。
それでも、レビルテは近付いていく。もう後数メートルも無い。あと何歩かで、彼の元へと辿り着いてしまう。
「……フレイ、ド……んな所で、くたばって……いいのかよ……」
「……?」
レビルテは歩を進めながら、訝しげにチルフの発言に眉をひそめる。
「あいつ……独り、ぼっちだったん……だよ……親父もお袋も、いねえ、でよ……。けど……あい、つ……全然、寂しそうには……して、なかった……」
「フン、女が戯言をブツブツと。女々しいにも程がある」
チルフはそれでも続ける。ゆっくりと進みながらも。伝えなければならない事があるから。
「────お前が……お前が、いたから……だよ! ……言ってた、ぜ……ししょーが、いるから……全然、寂しくねえって……な……」
自身が吐いた血だまりの上を、ずりずりと這いずり回るチルフ。それがどんなに惨めでも、どんなに情けなくても、アルフレイドを守れるのなら……彼女は、醜くても彼の元へと近付いていく。
「わかんだよ……親がいねえのは、あたしも……同じ、だから……! だから……親がいない事の……寂しさだって……痛えほど、わかる……! それでも……それでも、ソニアが寂しくなかったのは……ッ、」
やっと、その手が目の前にある。アルフレイドの力無い手が、目の前に──転がっている。それに震える腕を伸ばしながら──彼女は、口を開く。
「馬鹿が。そんな女々しい世迷言で、此奴が起き上がるとでも思うか。それは弱者が考える事よ! 大人しく──我の剣で、逝くがいいッッ‼︎‼︎」
レビルテが大きく剣を振り上げる。太陽と重なり、それは希望の光を覆い隠す暗黒のようにさえ感じる。アルフレイドに影が差し込み、それはチルフも同じであった。
だが。
だが──彼女は、チルフ・シーロウバーは。
その血だまりの溜め込まれた喉の奥から。全てが押し出されたように見えた肺の、その奥の奥の、さらに奥から。
「……寂しく、なかったのは……ッ‼︎」
ありったけの空気と力とを込めて────叫ぶ。
「────お前の事が、本当にッ……大好きだったからなんだよッッッ‼︎‼︎‼︎」
それがどんなにか細い声だったとしても。
大きく叫んだかのようで、しかし小さい声だったとしても。
彼は。
彼は────。




