四十三歩目
(やった! チルフが一人を捕まえた……!)
物陰からチルフを見つめ、ガッツポーズで喜ぶヒミ。彼女は皆を同じ場所に避難させており、彼女もその場に居た。そして戦いの場を覗き込んだ時、既にチルフの勝ちは決定していたのだった。
そして彼らの質疑が、ヒミにも聞こえる。
「分かった、話すさ。けど、ここじゃあ危ない。せめて地面に降ろしてくれないかい? もちろん、杖を拾うなんて野暮な真似はしないさ」
「……ふん」
チルフはそれを聞き届けたのか、石の鳥龍をゆっくりと降下させ、その背から降りる。無論、シスイの首元にはナイフを構えたままだ。
念の為、チルフは足元の杖を蹴り飛ばす。ベルトから外した箒も同様。とても、シスイが彼女を振り切って取りに行ける距離ではなくなった。
「さぁーて、改めて聞かせてもらおうか。まずは魔法使いとやらについてだ」
「……魔法使いっていうのは、ボク達みたいな者の事さ。自分の身体の魔力を、杖を経由して放てる人間……それが魔法使いさ」
「まあよー分からねーが、ようはその不思議な杖を使って暴れ回れる奴らが魔法使いってわけだな。へっ、ロクでもねえ奴らだぜ、ったく」
チルフは吐き捨てるようにそう呟く。
「だったら次。てめーらみてえな『人間』と、あたし達みてえな『獣人』との違いは? 獣耳だけじゃねえだろ」
シスイは全く表情を変えずに答える。
「それも結局、魔法使いとそうでない者の違いって事になるのさ。『人間』は遥か昔、世界樹から授かった力をそのまま保ち続けた事によって魔術が使える。『獣人』はそれを守ろうとはせず、獣と身を重ねた者との子孫繁栄の結果、魔法の血は薄らぎ、今じゃ完全に途絶えた。その違いさ」
「何言ってるかさっぱり分かんねえな。──ようは、人間は人間とずっと子孫繁栄を繰り返したから魔法が使える。獣人は人間と獣が子孫繁栄を繰り返したからそれを使えねえって事か?」
「まあ、それで大体は合っているよ。到底、信じられない話だろうけれどね」
「ったりめーだろ。大体、あたしはてめーの落ち着きようの方が謎だぜ。命が掛かってるってのによ」
チルフの言う通り、シスイには慌てる様子が全くない。指の震えも、首元をナイフから遠ざけようとする動きも、何一つ無い。抱き寄せ、こうして拘束しているからこそ伝わる心臓の鼓動も──何一つ、速くなってはいないのだ。
「……ボクは昔から、君に言われた通り『仏頂面』だの『無感情』だのと良く言われる事があってね。自分でも分からないんだが──滅多な事がない限り、慌てたりはしないんだ。もちろん、さっきのように命が掛かっていれば別だけれどね。ボクだってまだ子供なんだし」
「……気持ち悪い奴だな。まあいいさ、それじゃあ最後の質問だ。何故、キュリオを襲ってるのか、それを教えろ」
チルフはそう言い、ナイフを構え直す。シスイはそれにも動じず、無抵抗のままだ。
────そして、彼女は口を開く。
「それは、あいつらに────」
刹那。
チルフに向かって、業火の柱が飛び込んできた。
「ッッ‼︎⁉︎」
彼女は咄嗟にナイフを引き、拘束していたシスイから離れると、地面へと転がりそれを回避した。シスイはそれを見計らって脱出、箒と杖を回収し、その業火の出元へと飛んでいく。
「ちっ……なんだってんだ、一体⁉︎」
チルフは舌打ちをする。────シスイを手放してしまったのは惜しかった。せっかく、最後の情報が聞けそうだったのに。
「シスイ姉さん‼︎ 大丈夫か⁉︎」
「助かったよカレン。正直、かなりピンチだった」
「相変わらず、シスイは真顔でピンチとか言うわね……」
──そして。
チルフの目の前に、先程の三姉妹が揃ってしまう。
三人全てが紫色の瞳を携え、それぞれに異なる『魔法』とやらを宿した人間達。一人でもそこそこ苦労したのに、これでは勝ち目がない。
(キュリオの野郎……一体何やってんだ!)
「チル‼︎ 大丈夫⁉︎」
彼女がそんな事を考えていると、すぐに巨人を携えたキュリオが駆けてきた。チルフは少し苛立ちを見せると、
「てめーちゃんとブッ倒しとけよこの野郎!」
「ご、ごめん……空中を飛び回れるあいつらとは分が悪くてさ……ってそんな場合じゃないよ! チルフ、急いでフレイドの元へと向かって! 速度的には、絶対チルフが一番速いから!」
「はあ⁉︎ いきなり何言って────」
チルフが訳も分からず噛み付くが、キュリオは真剣な眼差しで声を叩き付ける。
「────フレイドが危ないんだ! もう一人の、あいつらとは比べ物にならないような強い敵が、フレイドを狙ってるらしいんだよ!」
チルフはそれに、驚いたような表情を見せる。
「そいつは頭が完全に獣になってるらしいから、見れば一目瞭然さ。レビルテとかいう名前らしい。お願いだよ、もう戦ってるかもしれないんだ‼︎‼︎」
キュリオが今にも泣き出しそうな表情で叫ぶ。しかしチルフはこう言いたかった────お前一人で、三人を相手に出来るのか────と。
だが、そんな事言っている場合ではないのを、チルフも分かっていた。
「よくもシスイ姉さんを……! このクソアマァッッ‼︎‼︎」
途端に、チルフに向かって業火が飛んでくる。
『豪炎』と彼女が叫ぶと、キュリオが戦っていたよりも何倍も速く、かつ高威力の柱がチルフへと突き刺さろうとする。
「ッッ‼︎‼︎」
チルフはナイフで瞬時に地面を傷付け、石の鳥龍の削られた分を修復、それに乗って柱を回避する。そしてそのまま、飛び立っていく。
「分かったぜキュリオ‼︎ ──絶対負けんなよ‼︎‼︎」
「──当たり前だろ‼︎」
石の鳥龍の最大速度。まるでキラリと光る流れ星かと見紛う程に、その速度は異常だった。直線的なスピードであれば、彼女に敵うものなど存在しない。
「クソッ、待ちやがれ‼︎‼︎」
「落ち着くんだカレン。一人くらい、あの獣頭は何とかするに決まっている。それに、あいつが負けたところでボク達には害は無いだろう」
「でも……あいつはシスイ姉さんを……‼︎」
「大丈夫、別に怪我も何もしていない。それより、今はあの巨人を倒す事に集中するんだ。元々、ボク達の目標はあいつだろう?」
「そうよカレン。感情に任せて目的を見失わないで」
シスイとカヤネが優しく諭すと、やっとカレンは大人しくなり、落ち着くよう溜め息を吐く。そして────キュリオへと、向き合う。
「……キュリオ、とか言ったよな。お前のせいで、オレ達魔法使いのムラは危険に晒されてるんだ。だから大人しく────」
その杖を構え、キュリオへと向けて叫ぶ。
「────死ねよォッッ‼︎‼︎」
カレンの『豪炎』が、キュリオを襲う。
キュリオは巨人の腕によってそれをいなし、弾き飛ばす。だが──その丸太の腕は燃え、朽ち、既に黒い焦げと化していた。
「へっ、てめーの攻略法はもう分かったんだ。もう、てめーには殺される道しか残ってねえ。だったら、オレ達の為にさっさと────」
「ふざけるな‼︎‼︎」
瞬間、その叫びにより、空気中がビリビリと震え、思わず三姉妹は怯んでしまう。そしてそれを放ったキュリオの瞳は、必ず倒すという意思の力によって赤い揺らぎが増していた。
「お前らはもう僕の友達を殺したんだ。みんなを悲しませるような事をしたんだ。なのに、なんで僕が死ななくちゃならない。なんで、僕のせいで君達のムラが危険に晒されなくっちゃいけないんだ‼︎」
「ッ……⁉︎」
シスイはその少年の赤き瞳に、ムラを襲った男の面影を感じずにはいられなかった。それは、先程カレンやカヤネが感じたものと同じであった。
「お前らは絶対に倒す‼︎ どんな理由があってでも、絶対に‼︎‼︎」
キュリオの瞳の中には──炎が揺らいでいた。血を元にして作られたような、血塗れのような、そんな悲しき真紅の炎だった────。




