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ケモノミチ  作者: たびくろ@たびしろ
カリバド編
41/176

四十一歩目

「大丈夫だった、ヒミ姉⁉︎」

「……キュリオ……」

 石の鳥龍(ステイラプト)が大空を舞い、そしてチルフとヒミの二人を地上へと下ろす。そこには、逃げ延びた皆と、キュリオの姿があった。

 キュリオはゆっくりと力無く鳥龍から降りるヒミに駆け寄るが──その背に、二人しか乗っていないという事実を目の当たりにして、驚愕する。

「……ダメ、だったんだね。ソニアちゃん……」

「ああ。あたしが駆け付けた時には、もう……」

 それを聞いた瞬間、周囲の逃げ延びた人々、もちろんアースも含めて──は、各々悲しみの反応を見せる。しかし、その誰もが、同じように涙を流していたのは変わらなかった。

「すまんかったな、チルフちゃん……」

「気にすんなって。それより、ソニアが……」

 今はひどく冷静な様子のチルフだったが、先程までその碧眼には涙が浮かんでいたのを、ヒミは忘れなかった。この状況で取り乱したくもなる感情を抑えつけて、冷静を保とうとしているのだ。

「……アルが聞いたら、なんて思うかの……」

 遠くで指南場がパチパチと音を立てて燃えている事から目を背けるように、アースは呟く。

 ヒミは、その言葉がなんだか、とても残酷な未来を作り出してしまうように思えてならなかった。アルフレイドは冷静沈着で、何事にも動じない男だ。だが、そんな彼であろうとも、まるで妹のように扱っていた少女が死んだと聞けば、悲しみに暮れもするだろう。

「……私、せめてフレイドさんが戻ってくるまで、この事実は伝えない方が良いと思うんです」

「そうだね。今フレイドに伝えれば、大会を棄権してでも戻ってくるだろうから……」

 キュリオは、ヒミの言いたいところを勘付いたのか、そう呟く。そこに居る全員が、同じ意見のようだった。

「剣闘場とここでは結構距離がある。願わくば、こんな事が会場まで噂か何かで伝わらない事じゃのう……」

 アースが、願うようにそう言った途端、



 炎の柱が、キュリオ目掛けて飛び込んできた。



「────ッッ‼︎⁉︎」

 キュリオはチルフに向かって目配せし、その場から離れる。チルフはそれを理解すると、石の鳥龍(ステイラプト)を変形、巨大な石の盾を作り出し、それを防御する。石の盾に突っ込んだ炎はその石を焼き殺してしまうかのように数秒間そこに維持され続けるが、いつしかそれは消える。

「誰だッ‼︎」

 キュリオは炎の出た方向に向かって、大声で叫ぶ。すると、そこは空中。そんな場所には、いつの間にか──三人の少女が、存在していた。

 一人の髪色は赤。ツンと跳ねた短い髪の毛で、紫色の瞳をしている。

 もう一人は青い髪。背中の後ろまで伸ばし、頭頂部で一房だけ髪が上に跳ねている。その怠そうで眠たげな(まなこ)の奥にあるのは、同じく紫色の瞳。

 最後の一人は髪が緑色。後頭部で留められ、肩に掛けられている。頭の天辺にはアホ毛があり、その表情は不安そうだ。同じく、紫色の瞳が特徴的である。

 そんな三人の少女は制服かのように、深緑色のパーカーを着ており、着崩しの違いはあるものの、統一性を感じられる。そして、彼女らは現在、何故か箒に跨って、空を飛行していた。

 そんな少女の中の一人──赤色の少女は、キュリオを震える手で指差して呟く。

「……ッ、なんで……なんで生きてやがるんだよ、テメーは……!」

「は?」

 キュリオは訳が分からないというように首を傾げる。

 すると、青色の髪をした少女が赤髪の少女に告げた。

「恐らく攻撃の際に外へ出かけていたんだろう。ボクらの作戦は失敗したって事だね」

「攻、撃……? ってまさか……この火事は、全部あなた達の仕業なんですか⁉︎」

 ヒミが必死に青色の少女に問う。だが、それに答えたのは緑髪の少女だった。

「……そ、そうよ。ワタシ達がこの火災を起こした。──キュリオ、あなたを殺す為に」

「何だって……!」

「ひぃッ!」

 キュリオがギロリと睨み付けると、その緑髪の少女は怖気づいたかのように青髪の少女の後ろへと隠れる。

 ぐぐぐぐ……と歯軋りとしたその赤髪の少女は、箒とは別に持っていた杖を掲げ、叫ぶ。

「シスイ姉さん、カヤネ姉さん。もうこうなったら直接倒すしかねえよ。やらなきゃ、やられるんだ」

「もちろんそのつもりだったさ、カレン。キュリオさえ仕留めれば良い、それ以外は関係無いさ」

「……っ、い、行くわよ……ッ!」

 赤髪はカレン、青髪はシスイ、緑髪はカヤネというようだった。彼女らは箒に跨り直し杖を持つと、その三つの杖を重ね合わせ、こう叫んだ。


「「「──『三元素砲(トライ・エレメンタリー)』ッッ‼︎」」」


 刹那。

「みんな、とにかくここから離れてッッ‼︎‼︎」

 キュリオが叫んだその瞬間、彼目掛けて三つの属性を纏ったエネルギーが放たれた。カレンは炎、シスイは水、カヤネは草、もしく風のエネルギー。それらが集まり、謎の紫色の渦巻くエネルギーとなって、キュリオに向かっていったのだ。

「ッッッッ‼︎‼︎」

 キュリオはアース達が離れたのを確認すると、その直線上から駆け抜け離れる。飛び込むようにそれから身を翻したのだ。

 しかし、それは余りにも強力だった。三つの力は地面を抉り取って破壊し、その衝撃によってキュリオの身体は弾き飛ばされた。同じ様にチルフやヒミも、直撃は防げても吹き飛ばされる。

「がっ……⁉︎」

 キュリオは地面を這い(つくば)る。あの三人の攻撃は余りに強力で、当然ながら生身で倒せるようなものではない。

 となれば、やはり。

「ッ……‼︎」

「ちっ、逃げんじゃねえ‼︎」

 街を駆け出したキュリオを追って、カレンは低空飛行に入る。その速度は彼よりも格段に速く、すぐに追いついてしまう。

「……終わりだ、死ね!」

 カレンは彼のすぐ後ろに付くと、箒から手を離し、両手で杖を構え、キュリオに向ける。その先端から炎が現れ──そして、彼を襲う────。

 だが。

「──死なないよ、絶対に」

 瞬間、巨大な腕が現れ、カレンが炎を撃ち出す前に、その身体を弾き飛ばした。彼女はそれをもろに受け、数十メートルも石畳の上を猛スピードで転がった挙句、家屋の壁にぶつかって止まった。

「が、ッ……ごはッ……‼︎ な、ん……だよ……⁉︎」

 知らない。

 こんな事、カレンは事前にレビルテから聞いていない。こんな────



「死ぬ訳にはいかないんだ。夢を叶える為にも、ソニアちゃんの無念を晴らす為にも‼︎‼︎」



 ────こんな10メートル超の巨人を使役する、志を持った子供だなんて。

「おかしいだろ……おかしいよなあ、おい。……くそおおッッッ‼︎⁉︎」

 カレンは指の動きで何かを命ずる。すると弾き消えた箒が、どこからともなくカレンの元へと現れる。彼女は頬の血反吐を拭い、口内の血だまりをぺっと吐き出す。そして、遥か大空へと駆ける。

(何なんだよ……⁉︎ あいつが建物に触れた瞬間、建物が巨人に変化しやがった……‼︎)

 距離を取ってその巨人を観察するカレン。キュリオはカレンを追って石畳を自分の脚で駆ける。その後ろに、あの巨人──木の巨人(ウッディン・ゴーレム)は付いていっている。

 するとつまり、あの巨人はキュリオの周囲にしか存在出来ないということだ。それなら逃げ切るだけで、一応は安全なのだが──。

「ッ……オレらは、お前らみてえなお気楽な連中とは違えんだよッ‼︎‼︎」

 カレンは高速移動でキュリオへと接近する。かつ、それは木の巨人のリーチから離れている。そして彼女はその杖から、炎の弾を撃ち出す。

「『(フレイア)』!」

 彼女がそう叫べば、彼女の杖からは、言った通りのものが撃ち出される。これは威力は弱いが、その分速度は段違いである。それをキュリオに直接当てれば、あの巨人も無力化出来るはず────!

 しかしキュリオは、それを巨人の腕で防御する。

「そんなので勝とうなんて百年早いよ!」

「ちっ……粋がってんじゃねーぞ!」

「今度はこっちの番だ!」

 キュリオは周囲の家屋に触れる。このクニの家屋は殆どが木組みと石組みの融合で構成されているため、キュリオの得意な場所である。触れた部分が変化し、手を掛けるような形状となる。キュリオはそれを触れたそばから作り上げ、瞬時に屋根の上へと登る。すれば、自ずと巨人の位置も上がっていく。手を伸ばせば、巨人はカレンの高さにまで手が届く様になった。

「ふん、それならそれ以上高くまで行けば良い話じゃねーか」

 カレンは指をパチンと鳴らすと、箒はスピードを上げて上昇する。

 が。

「それだけじゃないッ‼︎」

 キュリオは、木組みの屋根に手を当て、その形状を変化させる。それは、急(ごしら)えで作られたバネのようなものだった。

 それに脚を掛ける。すると、予め設定させていたのか、そのバネはキリキリと縮み始める。やがてそれは屋根と変わらない程度まで縮み切り、そして。


 キュリオの身体を、上空へと弾き飛ばす。


「なッ……⁉︎」

「おあああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ‼︎‼︎」

 拳を固め、渾身の勢いでカレンへと急接近するキュリオ。そしてその拳が────彼女の身体へと、捻じ込まれそうになる。

「ッ……『(フレイメア)』アァッッ‼︎‼︎」

 だが、カレンもそれをむざむざ受けるほど馬鹿ではない。先程よりも威力の強い炎を生み出し、その威力で力を相殺しようと試みる。

 ──が、そんなもので相殺出来るほど、木の巨人(ウッディン・ゴーレム)の拳はヤワではなかった。多少威力は弱まったものの、その木製の拳は炎を突っ切り、そのままカレンへと破壊力抜群な一撃を喰らわせる。

 だが、その前に、カレンは気付いてしまった。先程まで巨人に当てた『(フレイア)』の跡が、予想以上に広がっていたことに。そしてこの『(フレイメア)』は、巨人の拳を炎で朽ちさせているということにも。

「がッ──ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼︎‼︎」

 まるで身体全体を巨大な金槌で潰されているかのような衝撃。そして風を切っていると自覚した時、既に何処かの壁に叩きつけられて血反吐を吐いていそうな危機感。分かった事があるのに、これでは意味が無い。

(ちく、しょう……!)

 ────だが。

 そんな身体が潰されるような衝撃を受ける事もなく、彼女の身体は、何か柔らかい物に受け止められて止まった。それでも、身体を襲う痛みは計り知れないものではあるが、随分とセーブされたように思える。

「……ッ。なん、だ……?」

 その真上から聞こえてくる声は、知っているもの。

「大丈夫、カレン? ワタシも手伝うわ」

「か、カヤネ姉さん!」

 そこにいたのは、緑髪の少女であるカヤネだった。カレンを受け止めたのは草のツルで作り上げられたネットであり、それを二重にして編み込んだものを瞬時に出す事により、彼女を受け止める事が出来たのだ。

「で、でも……あの石の鳥の女の方は?」

「あれならシスイ一人だけでも大丈夫よ。それよりワタシ達が倒すべきは、命令されたのはこっちなんだから」

 カヤネが前を見据える。そこには降り立った木の巨人(ウッディン・ゴーレム)、そしてその肩から降りたキュリオがいた。

「……二人になったって構うもんか。ソニアちゃんの敵を取らなきゃ……フレイドに顔向けできない」

 鋭い眼光を二人に向けるキュリオ。その顔は真剣そのもので、意地でも倒さなければならないという光を帯びていた。

「フレイド? ああ、あの剣士の方かよ。あれならあの獣頭の方が相手してる。今頃戦ってんじゃねーの? あいつに勝てる奴なんか居ねーさ。オレはあいつが大嫌いだけど……力だけはあるって分かってる」

 箒を指で呼ぶ。カレンは、紫色の瞳をキュリオに向け、草のネットの上に立った。

「獣、頭……?」

「カレン、この子に言っても分からないわよ、きっと」

「それもそうか。さて、さっさとこいつをブッ飛ばしちまおうぜ、姉さん」

 ネットから降り、杖をキュリオの方へと突き付け、そう宣言するカレン。

 だが────。



「────やれるものならやってみろ。僕は、お前らを絶対に許さない……‼︎」



「ッ⁉︎」

「ひッ……⁉︎」

 刹那。

 カレンとカヤネの中に、あの時(・・・)の恐怖が蘇る。


 痛い。押さえ付けられる。絶対的な力で、この力を持ってしても足元にも及ばないような力を持った二人組に、自分達のムラが叩き潰される過去のビジョン。その中の一人はレビルテであり、もう一人。もう一人の瞳は、まるで────目の前の少年と、まるっきり同じだった。

 敵に対して容赦しないという目。あの見据えるもの全てを恐怖させる、赤くて血で染まったような瞳────。


(ッ……そ、クソ! オレ達を……どうするつもりなんだよ……あいつらは……‼︎)

 カレンは歯軋りする。その瞳に見据えられただけで、全身の毛穴から汗が噴き出し、気分が異常に悪くなる。だがそれを杖を握り締める事で抑え、戦う姿勢を作る。

「姉さん、いくぞ‼︎ やるしかねえ……‼︎」

「……っ、そ、そうね……‼︎ ムラのみんなの為に……‼︎」

 キュリオの方も、並々ならぬ覚悟があった。

(なんでソニアちゃんが死ななきゃならなかったんだ。こいつらも僕を狙ってるっていうし……僕は……僕が、一体何をしたっていうんだよ‼︎‼︎)

 怒り。

 どうしようも、耐えようもない怒りが、彼を支配していた。

「許さない。周りを巻き込んでいくなんて……ミネスも、その獣頭って奴も、お前らも‼︎‼︎」

 彼の悲しくも轟く咆哮が、カリバドの街に響き渡った。

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