三十二歩目
初めに仕掛けたのはソニアだった。
彼女はその竹刀を横に引き、そのまま踏み込んでアルフレイドの目の前へと飛び込む。
「ッりゃあ!」
その動きに、キュリオは思わず口走る。
「速い……⁉︎」
だがアルフレイドはそれを縦に構えた竹刀でガード。衝撃で震える竹刀には目もくれず、ソニアは次なる攻撃を掛ける。
それは──今横に斬り込んだ向きとは逆に、勢いを加えて斬撃をすること。身体の右側をガードしたアルフレイドは、その動きに一瞬たじろぐ。
が、
「良い動きだ。だが、まだ甘いな」
同じように縦に構え、今度は左側へと剣を持ち込んでこれもガード。ソニアはくっ、と唇を噛むと、今度は床を蹴り飛ばして旋回し、アルフレイドの背後へと回る。それは、先程の怠そうな彼女からは想像も出来ない程の俊敏さであった。
「今日……こそはッ!」
そして旋回時の回転を加えた竹刀を、アルフレイドへと叩き込もうとするソニア。その眼差しは、ただひたすらアルフレイドへと向いている。
「ししょーに、勝つんだからッ!」
だが、そうやすやすと願いを叶えてやるような男でもないようである。
「良い心構えだ。だが」
アルフレイドは途端に、その場から跳び上がった。それにより、低身長のソニアから放たれる横斬りを、掠りもせずに回避する。
「────願うようにそんな事を言うのでは、まだお前は俺に勝てない」
着地したアルフレイドは、ソニアの何倍もの速度で剣を振るう。それはヒミがミネスに狙われた時に見た、あの流れるような剣捌きの、更にその上を行くものだ。その速度に、ヒミはひたすら驚嘆の表情を浮かべ、ソニアは思わず瞳を閉じてしまう。
あわや竹刀はソニアの首元でぴたりと止まったそれに、彼女は恐る恐る目を開けながら、へたりと座り込んでしまう。
「目を閉じるな、ソニア。実戦でそんな事をすれば、助かるものも助からなくなる。最後まで諦めるな」
ゆっくりと竹刀を離しながらそう言うアルフレイド。確かに、あそこで目を閉じずに行動していれば、幾分か助かる可能性もあったかもしれない。
だがソニアは、そんな事を考えてはいなかった。
「……なーんちゃって!」
それは、不意打ちだった。
最初から真っ向勝負で勝つ気などなかったソニアは、相手を油断させてから叩こうと思っていた。────つまり、無防備なアルフレイドに対して、ソニアは槍で突くように、彼の胸元へと竹刀を向かわせる。
(うしし。普段やっても勝てないから、今日は新技発動しちゃった!)
技も何も、そもそも反則ではあるのだが、これは正式な試合ではない。更に言えば、実戦ではこんな不意打ちなどごまんとある。ソニアにはアルフレイドが当たる一歩手前で止まるだろうというのが容易に予測出来ていた為、こんな戦法を思い付いたのだ。
────だが。
「これは晩飯抜きだな、ソニア」
アルフレイドはそれを上体を反らすことによって回避、尚且つその竹刀を剣を持っていない方の手で受け止めるという事をやってのけた。そもそも、彼女の不意打ちに彼は、全くもって動じてなどいなかった。
脅威の反射神経。これが、彼の強さの秘密なのかもしれない。
アルフレイドは彼女から竹刀を取り上げると、自身のそれも床に投げ捨て、ソニアの額を軽く小突く。
「痛っ」
「まったく、不意打ちはダメだっていう事くらい分かるだろう? そんなんじゃいつまで経っても俺には勝てんぞ」
「……ごめんなさい」
小さくシュンとなるソニアに、アルフレイドははあ、と呆れた溜め息を吐く。だがその直後に僅かな微笑みを見せた彼は、彼女の頭の上に掌をポンと置く。
「まあでも……その、なんだ。最初の動きは良かったぞ。今までのお前になかった動きだ。これからも精進しろよ」
少し視線を逸らしながら、小恥ずかしそうに呟く。それを聞いたソニアは、彼に向かってぱああっと表情を明るくする。
「……! うん! ししょー大好き!」
「おいこら、くっつくな! ったく……」
褒められたことが余程嬉しかったのか、アルフレイドに抱き着いて体全体で喜びを表現するソニア。あまりにも素直であどけない彼女の反応に、彼は表には出さないが悪い気分はしなかった。
「……これでいいだろ、父さん。もう休ませてくれないか」
「ま、こんなもんでいいじゃろ。よし、休んでもいいぞ」
アースは彼らに休憩するように言い伝えると、キュリオやヒミを見てニコリと笑む。
「どうじゃった? 中々に見応えのあるもんじゃっただろう」
「はい! なんていうか……フレイドさんって、やっぱり強いんですね! 助けてもらった時にも思いましたけど……こんな練習の積み重ねが大事なんだなって感じました」
ヒミは笑顔でそう答える。純粋に素直に、彼の実力にただただ感服していたのだ。
「助けてもらった? アル、お前なんかこのお嬢ちゃんにしてやったのか?」
「詳しい事は後で話すよ、父さん。今回彼らに働いてもらうのもそれが原因で色々ややこしくてさ、二人で話した方が早い」
「そうか……まあ、アルも剣士として一皮向けたって事じゃな! ガハハハ!」
案外嬉しそうに、アースは大きく口を開けて笑い出す。父親としては、彼が活躍したのは嬉しい事なのだろう。そんな二人の掛け合いを見て、ヒミはつられて笑ってしまう。
「ししょー、ししょー! お水いる? 持ってくるー!」
「あ、ああ。ありがとうな」
ソニアの行為に感謝しながら、まずは一息つこうとしていたアルフレイドが、ふとキュリオ達の方を振り向く。
すると、チルフはアルフレイドに向かって、何とも言えないニヤニヤとした笑みを向けていた。アルフレイドはそれに対して、
「……何だ、その顔は」
「いんや〜フレイドさんも隅に置けませんな〜。あんな可愛い女の子に『ししょー』とか呼ばれちゃって! うひー、こりゃ将来安泰じゃねーのかよ?」
ぶふー、と噴き出すアルフレイド。
「何を言っているんだお前は。ソニアは歳の離れた幼馴染みたいなもんで、別にそういう関係じゃないぞ」
「あれ、でも仲は良さそうですけれど。特にソニアちゃんなんか、あなたに良く懐いているんじゃないですか?」
「ヒミ、何故君まで会話に加わるんだ……。確かに幼い頃から剣術を教えていたから懐かれているのかもしれないが、別にチルフ、お前が考えているような事は一切無いぞ」
「そうかね。おーい、ソニアちゃん。ししょーの事どう思ってんの?」
ぎょっとするアルフレイド。いつの間にか、水筒を持ったソニアが、彼の後ろに立っていた。どうやらイタズラかなんかするつもりだったのが、チルフにバラされて少し驚いていた。
が、彼女はすぐに満面の笑みを浮かべると、
「ししょーはねー、ソニアのお婿さんになるの!いつかソニアがししょーに勝ったら、結婚してもらうの! ちっちゃい頃約束してもらったもん!」
ぶふふぶー、と再び噴き出すアルフレイド。チルフはヒューヒューと口笛を吹き、彼を茶化す。
「ソ、ソニア。いつの間にそんな事言った……?」
「えーとね! うーんと、ししょーに初めて剣術教えてもらった時だから……えーと、五年前くらいかな?」
アルフレイドは必死にその時の記憶を思い出す。過去を振り返らない性格の彼は、あまりそういう物事を覚える獣人ではない。だが──そんな重大な事なら、どう考えたって残っているはず。
と、不意に彼の脳内に五年前の記憶が蘇る。
『俺の事は師匠と呼べよ、ソニア! 俺は絶対無敵の最強剣士だからな、絶対に負けないぜ!』
そう、あの時は粋がっていてヤンチャなガキだった。師匠と呼ばれているのも、確かあの時自分でそう呼ばせたのが残っているからだ。
『えへへ、ソニア強いもんね! ししょーなんか、一発で倒しちゃうから!』
『お前なんかに倒せる訳ねーだろ! 俺は絶対無敵だからな!』
『そんな事ないもん!倒すもん!』
『へっ、無理無理』
『じゃあ。もしソニアが勝ったら、ししょーになんでも言う事聞いてもらうからね!』
『別にいいぜー! ただし、勝・て・た・ら・な!』
────ああ、確かに言っていた。直接的ではないにしても、何でも言う事を聞く、と。
(何言ってんだあの頃の俺えええええええええええええええええええええええええええ‼︎‼︎)
思わず床に頭を打ち付けうずくまるアルフレイド。あまりに昔の事だったから、すっかり忘れていたのだ。
「あーら、これは訳ありらしいですなあ?」
「思い出した、ししょー?」
「思い出しました……」
何故か敬語になってしまうアルフレイド。身体をビクビクと震わせ、なんだか生まれたての仔馬みたいになってしまっている。
「い、いや! でも、それはお前が俺に勝った時だけだ。そう、俺は絶対無敵の最強剣士。ソニア、お前などには負けるわけがない」
「なんか変なキャラ入ったな」
「あー、それ初めて会った時に言ってたやつだー!」
いつの間にか三人でワイワイと楽しげにしていた。そんな三人を見やり、ヒミは楽しそうに笑む。
「いいですね、なんかロマンチックで。ああいうのって、少し羨ましい気も……」
キュリオに向かってそれを言う最中で、ヒミは言葉が詰まる。何故なら──キュリオは、全然楽しそうな笑みを浮かべていなかったからだ。
「……キュリオ……?」
下を俯いたまま、返事さえしないキュリオ。それは、ヒミが何度気を引こうとも、返事が返ってこない気さえしてくる。
キュリオはそれからアースに、ヒミやチルフ共々別の部屋に連れられるまで、ずっとその状態を保ち続けていた。
遅れてすいません! 最近忙しくて……
明日から土日の二日は一日二話更新です!




