三十歩目
「随分書き溜めたねえヒミ姉。今どれくらい?」
「そうですね、えっと……ざっと50、60程度でしょうか。少し重くなってきましたけど……」
道端の花を軽く三分程でスケッチし終えたヒミに、キュリオは背後から尋ねる。それを欠伸をしながら見ていたチルフは、面白くなさそうな顔で二人に聞く。
「わっかんねーな。なんでんな事してておもしれーのかね。それのせいで、こちとら一、二週間で着くところを三週間ちょっと取られてるんだぜ、ちっとは自重しろっての」
「そんなこと言わないでよ、チル。ヒミ姉は将来図鑑を作るんだから、それの材料集めさ」
「図鑑ねえ。そういやドゥーランの近くの植物や動物を書き込んだ図鑑なんかを、よくルーシーが集めてたっけ。今じゃどこいったか知らねーけど、あんなもん一回読んで『こんなのあるんだー』程度のもんじゃねーの。そんなのを作るに人生掛けようとするとは、変な奴だね」
チルフが興味無さげにそう言うと、ヒミは少しカチンときたようで、
「ふーん。まあ、好きな事は食べる事くらいしか無い、女の子らしくもない野蛮なあなたには当然分かるはずもない事でしょーけど」
と、チルフに対してそんなことを言う。
「あ?分かってたまるかってーの。あたしはあんたとは違って草虫イジってスケッチしてるようなウジウジ女じゃねーからなあ、ああん?」
「そうやって言葉遣いも考えずに乱暴な悪口ばかり吐くあなたに比べれば、ウジウジ女の方が随分とマシに思えますけどねえ〜?」
「んだとこの運動オンチが! てめーみてえに露骨な女の子アピールする奴が一番悪質だって相場は決まってんだよ!」
「なんですってこの獣女!」
「なんだと虫女が!」
そんなこんなでキャットファイト。キュリオが止めに入ろうとするがもう遅い、既に彼がどうにかできるレベルの小競り合いではなくなっている。
ドゥーランを出てから、どうにも彼女らは仲が悪い。元々相反するような性格のせいか、どこか噛み合わないところがあるようだ。少なくとも病院に居た時はそれなりに仲を保とうとしていたように見えたのだが、先の一件、つまりチルフがキュリオをそそのかして抱き着かせた時の喧嘩から、そういう関係ではなくなったようだ。その証拠に、今の二人は犬歯を剥き出しにしてお互いを噛み殺すかのような勢いで取っ組み合っている。
「ちょ、ちょっと二人共喧嘩は……」
キュリオはそれでも止めに入ろうとする、が。
「キュリオは黙っててください!」
「てめーは黙ってろ!」
全く同時に怒られてしまった。元々芯が強くないタイプのキュリオは、これに対して全くどうにも言えない。同時に怒るなんて仲が良いのか悪いのか分かんないな、とキュリオは溜め息をつく。
そんな時、少し向こうから寄ってきたアルフレイドが、
「また君達は喧嘩してるのか。ホント、一番歳下のキュリオの前でよくそんな事が出来るな。はしたないというか何というか、女の子らしくないぞ」
アルフレイドは既にこの事態に慣れっこのようだ。何しろこの三週間、こんな喧嘩が何十回と行われたのだから。そしてこの諌め方、ヒミは多少落ち着きを取り戻すものの、チルフは全く関係無しと言うように次のような反論をしてくる。
「元々んな事考えてねーやいこのスマし顔が!」
と。
「なっ……────はあ。キュリオ、ちょっと来てくれ」
「んー?」
キュリオも彼女らを手に負えないと踏んだのか、素直にアルフレイドに従ってついていく。そしてヒミ達は、再び不毛な喧嘩を始めていた。
「ふう、まったくなんで彼女達は仲悪いんだ? ドゥーランに居た時はまだまともだったろうに」
「元々合ってなかったのが、ドゥーランを出て爆発しただけだよ……多分。で? フレイド、なんで僕を呼び出したの?」
「ちょっとイイもんを見せてやろうと思ってな。君は木登りは出来るだろう?」
「うん、大得意さ!」
キュリオが自慢気に言う。実はキュリオ、木登りは普段から行っており、ヒミが高所の花を気になったりすれば、木を登り伝って取りに行っていたものだ。それはアルフレイドがいる時も同様であり、だから彼はそう言ったのだ。
そうしているうちに、二人はとある樹の前に来た。それは生えてから何百年も経っているような巨大な大樹であり、その姿は圧巻、生命の神秘すら感じる。アルフレイドはそれを指差し、
「これをちょっと登ってみろ。一番てっぺんまでな」
「お安い御用っと!」
そう言うと、キュリオは幹に向かってダッシュ、ジャンプしてそれを蹴ると、三角跳びの要領で樹の枝の一つにぶら下がった。彼はそこそこ体重が軽い方である為か、枝は軋んでも、折れる事は無かった。そして、そこからの彼はまるで猿のような身のこなしだった。
枝から枝、幹を蹴って再び枝へと、スイスイと樹を登っていく。思わず、アルフレイドの口から驚嘆の声が洩れた。時にはその樹を操る力を巧みに使い、樹を変形させ足場を作りながら、彼はその大樹を登っていく。
恐らく、三分も掛からなかったであろう──キュリオはその樹のてっぺんへ辿り着き、その太い幹の先へと安定感のある着地を成功させた。
「着いたよーっ!」
「そうか! そしたら目の前を見てみろ!」
およそ十数メートル下から聞こえるアルフレイドの声に耳を澄ませ、その言葉の通り前を向く。
「お、おおお……‼︎」
すると、その彼方には。
────広大に広がる、巨大なクニが広がっていた。
「すごい……! すごいよ! あれがカリバド……⁉︎」
クニのあちこちから煙が上がり、文明の息遣いが遥か遠くのキュリオにさえ聞こえてくる。以前アルフレイドに聞いた、鍛冶職人とやらが、ああして火で鉄を真っ赤に染め、より良い剣やら鎧を創り上げる為に金槌を振るっているのだろう。
そして、ドゥーランと同レベルの広さ。アルフレイドの話ではドゥーランに比べ商人の数はあまり多くないそうだが、その武器生成技術によって引き寄せられる者は後を絶たないそうだ。人混みが出来ているのが、こんなところからでも見て取れる。
更に建造物。見た所、ドゥーランが近くにある為か、石造りと木造りを掛け合わせたような建物が多く見える。
その中でも目を引くのは──クニのちょうど中心にある、超巨大な建物。短い円筒状の形をしており、その中は平坦な地面が続いている。一体どういう目的で造られたのか、かなり気になるところだ。
「どうだー? ドゥーランにも引けを取らないだろう、カリバドの街はー!」
「うん! 本当にすごいよ、ヤマトノムラやドゥーランとは全然違った雰囲気……!」
「ほー、あれがカリバドねえ。話には聞いてたが、見たのは始めてだわ」
いきなり聞こえた声に振り向くと、そこには石の鳥龍に乗ったチルフがいた。
「うおっ、びっくりした」
「おいおい、だからってヘマやらかして樹から落ちんなよ? ……いやー、それにしてもすげえな。借金返しに行くんじゃなかったら尚更すげーわ」
「……忘れてたあ」
おもむろにガッカリした様子を見せるキュリオ。それを大きく笑い飛ばしたチルフは、彼の足を掛けてバランスを崩させ、鳥龍に乗せると、そのまま下へと降りる。そしてアルフレイドといつの間にか合流していたヒミの前まで行くと、その手を伸ばした。
「ほら、もうこっからなら鳥龍に乗った方が速いだろ。乗れよ」
「チル! いきなり足なんか掛けたらビックリするだろ⁉︎」
「悪りぃ悪りぃ。おらヒミ、お前も乗れよ、置いてくぞ?」
「……別に、感謝なんてしませんからね」
「じゃ置いてくわ。行くぞ石の鳥龍!」
「ちょ、ちょっと! 待ってくださーい!」
素直になれないヒミを、無慈悲にも置いていこうとするチルフ。なんとかキュリオとアルフレイドの腕に捕まった彼女は、間一髪でその石の身体に乗る事が出来た。
「ちっ。まあいいや、行くぞお前ら!」
半ば本気じゃなかったか、と少し思ったキュリオはアルフレイドと共に苦笑いを浮かべる。ヒミは相変わらず、ツンとした態度を止めなかった。
────目の前には、鉄と剣士のクニ、カリバド。それが、数多の煙を立てながら存在していた────。
重ね重ねすいません! 投稿忘れてました!




