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ケモノミチ  作者: たびくろ@たびしろ
カリバド編
28/176

二十八歩目

「……はあ」


 病院で一人、窓の外を眺めながら溜め息をつくヒミ。その表情は重く、暗い。

 彼女は入院してからずっとこんな調子である。食欲も湧かず、元気も出ず、ただひたすら溜め息ばかりが増えていく。


 アルフレイドはキュリオに用があると言って、彼の働く喫茶店へと向かった。チルフも今は席を外しているが、あと少しすれば戻ってくるだろう。元窃盗団である為、あまりドゥーラン内を出歩かない方が良い彼女は、キュリオにヒミの面倒を見るように頼まれているのだから。


 そんな彼女も居らず、自分一人となったヒミはこうして、窓の外の美しい景色を眺めていた。石が作り出した、ドゥーランという名の素晴らしいクニ。そして、そこを行き交う様々な文化を持った人々。だが、それらを見てもなお──ヒミの心は、晴れなかった。


 何故なら、彼女には、悩みがあったからだ。


(伝えた方が良いのかな……キュリオに)


 それは、ヒミがこの病院で最初に目覚めた時の事。キュリオに手を触れられて、元気付けられた後の──あの、後ずさりの事についてだった。


(……ううん、言わない方が良い。だって、そんな事キュリオが聞いたって、何一つ良いことなんて無いもの)


 それは。




(────キュリオの瞳と、あのミネスって人の瞳が重なって見えた、なんて)




 確かに、彼らの瞳の色は同じである。真紅の炎がそのまま秘められたかのような赤色。ただ、何故それだけで、あの二人が重なって見えるなんて事があるのだろう。

 そもそも、瞳の色は同じだとしても、彼らのそれが映す感情は全くもって違う。


 ミネスは、残虐性やそれを愉悦に昇華させる歪んだ喜びの感情。


 だがキュリオは、思いやりを第一とし、自分の夢を真っ直ぐと見つめる純粋な感情。


 それはまるで逆。正反対と言っても過言ではない。二人の瞳が赤くても、ミネスのような血に染まった赤とは違い、キュリオは暖かい太陽のような赤色なのだ。


 ────なのに。


 なのにヒミは、あの瞬間に二人が重なって見えて、思わず身を引いてしまった。それが悔しいような恥ずかしいような、自らを戒める様な気持ちへと押し上げる。


(ただの見間違いだったんだ。あまりに、あのミネスという男に恐怖を与えられたから、どうしてもあの顔が忘れられないだけなんだ……)


 ふとその時がちゃりと、木製のドアが開く。その向こうから口笛を吹きながら現れたのは、買い物を終えて帰ってきたチルフだった。その袋の中には、この辺りでは良く採れるらしい林檎が何個も詰まっていた。


「帰ってきたぜ、ヒミ。今林檎剥いてやっからなー」

「……あ、はい。ありがとうございます」

「なんだなんだよ、その急いで作ったような作り笑いは。どうせ、また愛しのキュリオちゃんの事でも考えてたんでしょーん?」

「んなッ! ち、違います!あ、あな、あなたじゃないんですから、そんな下世話な事考えません!」

「お前今キュリオの事下世話って言ったぞおい」


 にやにやと笑いながらツッコミを入れるチルフ。その金色の綺麗な獣耳をぴょこぴょこと動かし、袋から一つ林檎を取り出して掌で弄ぶ。その後、それにがぶりと喰いつき、もう一つを取り出してナイフで皮を剥く。


「……むう。いいんですか、そのナイフで果物の皮なんか剥いちゃって。それ用のナイフなら売ってるでしょう?」

「んー?」


 チルフが皮を剥くのに使っているのは、石の鳥龍(ステイラプト)を作り上げる為に使う、あのナイフである。そのナイフが今は、林檎の果汁で汚れてしまっている。


 チルフはヒミに捲し立てられると、その口に咥えた林檎を食い千切り、シャクリと良い音を立てながら自身の腹の上に乗せる。


「洗ったよちゃんと。別にあるもん使えば良いじゃねえか、勿体ねえ。別に使えないわけじゃあるまいし。大体、あたし達はあのアルフレイドってのに借金してるとこなんだ。そんな贅沢に金なんか使ってらんねーよ」

「それは……そうですけど」

「大体、この林檎を買うための金だって、キュリオが働いて貰ったモンなんだぜ?」


 うぐ、と完全に言葉を無くすヒミ。そうだ、彼が働いているおかげで、このクニに滞在している……というか、ヒミが入院している間、借金が増えずに済んでいるのだ。彼が働いてくれなかったら、またアルフレイドにお金を借りなければならなくなる。生憎チルフもヒミも金なんて持っていない。その辺はキュリオに任せっきりだ。


「ほれ、剥けたぞ。……で、さっきの続きだけどよ」


 皿の上に林檎を剥いて切ったものを乗せると、チルフはヒミにそれを手渡す。ヒミはそれを受け取りざまに、頬を膨らませてぷいっと顔を背けた。


「断じて私はキュリオの事なんて考えませんっ」

「嘘つけ。……あれだろ、まだ考えてたんだろ? キュリオとミネスってヤローが似てるって事をよ」


 キュリオには話せずとも、予めチルフにはその事を話していた。というより、話せずには居られなかった。決定的な矛盾であるはずなのに、それを抱え込んだままなんて、ヒミには耐えられなかった。


「……全然、似てませんよ。ただちょっと……ちらっと重なったって、そう見えたってだけです」

「そっか。まあただの思い過ごしだよ、気にすんな。アルフレイドの野郎に聞いた話じゃあ、お前最後までキュリオを守ろうとしてたんだろ? その時に目に焼き付いたんだよ、きっと」


 殆ど苦笑いのような笑みを作りながら、チルフは言葉でヒミを支える。だがヒミの表情は曇ったまま、ただその唇だけが静かに動き、


「……そうでしょうか」


 と、自信なさげな言葉を紡ぐ。そのどっちつかずな返事も、もう入院してから何十回もチルフにぶつけている気がする。毎日毎日、その事だけが気掛かりなのだ。


「ったく、どっちだと思いたいんだよお前は。大丈夫、きっと何の関係もねーよ」


 ごくんと林檎を飲み込み、ヒミを元気付けようとそう言うチルフ。そのままヒミの隣に椅子を置くと、どかりと座り、ベッドの傍に肘をつきながら話を進める。


「そんな何回もした会話なんてやめだやめ! そうだな……キュリオの事について語ろうじゃねーか」


 途端、ぽっと顔が赤くなるヒミ。


「えっちょっ、なん、なんでですか⁉︎」

「良いじゃねーか良いじゃねーか。まだ仲間になって日の浅いあたしに、あいつの良いところの一つでも教えてくれよ、ひ・み・ね・えっ」

「あなたがその名前で呼ばないでください! ……ですがまあ、教えてあげなくもありません」


 少し怒った後、照れ顔でそう呟き、流し目でチルフを見るヒミ。


「キュリオの良いところは何と言ってもあの見た目です! 男の子らしい小柄な身長と、でも可愛い女の子みたいな顔。それでいて、私を守ってくれるあの強さ。あの子には全部備わっているんです! それと、普段は手袋だから分からないですけど、あのすべすべしててもちもちした手。あれなら何時間でもにぎにぎしてられます……はっ」


 得意げに語っていた彼女は途端にチルフのニヤニヤとして視線に気付き、更に顔を真っ赤にする。しまった、これじゃあ私が好きなキュリオのポイントを箇条書きしただけじゃないか、と。そんな彼女にチルフは『あっらあらぁ〜あらあらあらあらぁ〜』どこぞの若奥様なみたいなおふざけを入れて茶化すと、


「随分入れ込んでますねあなたぁ、これだけ言っといてただの仲間で済ませる関係なんですかねぇ〜」

「そ、そうですよ、ただの仲間です。特別な気持ちなんて、これっぽっちも持ってませんよ」

「ふーん、ただの仲間とはいえ男女が手をにぎにぎっていうのは些か気になりますなぁ〜」

「何もおかしくありません! ただちょっと……ちょっとね、ちょっとだけ触りたくなって……」

「あっらあ〜! 動機が不純なのではなくって⁉︎ そのちょっとだけのまま、その内キュリオに『僕に任せなよ』って言われて求め合う展開が……キャー!」

「ちょ、ちょっと! そそそ、そんな事あるわけないでしょう⁉︎ そんな事あるわけ……」


 瞬間、もわもわと彼女の脳裏にそんなシチュエーションが浮かぶ。キュリオの手を両手で握っていたら、キュリオが急に飛び掛かってきてうんたらかんたら。ヒミはこれ以上ない程顔を真紅に染め、激しくアレな思考の果てに顔から湯気が飛び出てしまう。


「こんな感じだろ、『僕だってヒミ姉に握られっぱなしじゃないぞ!』『きゃーやめて、そんなとこ握っちゃーあーん』」

「やめてくださいよ変な会話付け加えるの!」


 チルフがケラケラと腹を抱えながら笑う。ヒミとは別の要因で顔を真っ赤にしながら涙を流し、大きな笑い声と共に床に転がる。その変に低音にアレンジされたキュリオの声真似と、明らかに似せる気の無いヒミの声真似なのに、何故か無性に恥ずかしくなってくるヒミ。


「もう! 本当に何でもないんですったら!」

「『僕のも握ってよ、ヒミね……ふがっ⁉︎ おい、林檎投げつけんな、痛えッ⁉︎」

「ち、ちち、調子に乗るなァーッッ‼︎‼︎」


 何百台も備え付けられた固定砲台の如く、袋を奪い、中の林檎を次々と投げつけるヒミ。しかもかなりの命中率で、チルフの頭やら何やらにごつんと当たる。しかも何か飛び出した果汁がチルフに掛かってベタベタになってしまう。


「もう許しませんよ、チルフ! そうやって変な事ばっかり言って、あなたの頭ん中はそれしかないんですか⁉︎」


 実は似たような事を入院中にあと五回くらいは言われた記憶のあるヒミ。チルフは以前からこの二人には何かありそう、というかこの年齢の男女なんだから無い方がおかしい、なんて感じで疑ってくるのだ。


「お前らは賢者様か‼︎ なんであんたらみたいな年齢の男女が乳繰り合いしようと思わねーんだよォォ‼︎‼︎」

「逆ギレしないでください鬱陶しい‼︎」

「しかもよくも林檎ぶつけてきやがったなそこそこ痛かったぞこのォーッ‼︎‼︎」


 もはや許せんと、ヒミの寝るベッドの上に飛び掛かるチルフ。どうせ明日退院なのだ、もう既に怪我なんて完治しているのだろうと、その身体の上にのし掛かる。林檎をぶつけられたところから付着した果汁が滴って、非常に気持ちの悪いチルフ。それをこいつにも味あわせてやろうと、頰に付いていたそれを指先で取る。


「なんですか、ちょっと! うわっ、気持ち悪っ!」

「黙ってろ! もっとこの気持ち悪さを味わうがいい……!」


 と、その時。




「休憩時間だから戻ってきたけど。ヒミ姉、大丈夫ー?」




 がちゃりと扉が開き、制服のまま病室に戻ってきたキュリオ。普段と違ってゴーグルもなく手袋もなく、どこかリラックスしていた彼だったが、


「あ」

「「あ」」


 目の前にはベッドの上で絡み合うチルフとヒミ。しかもよく分からない液体をお互いに塗りつけ合っている。しかも何故だかは分からないがえらく呼吸が荒く、二人の頰は上気しており真っ赤である。さらにさらに言えば、普段はきっちりとしているヒミの服(今は巫女服ではない)が、これ以上無いと言っていいほど乱れている。なんならあと少しで、見えちゃいけない部分も見えそうなレベルである。


 つまり、キュリオは何をすべきかというと、よそよそしそうな表情で一歩引きながら、


「お取込み中失礼致しました……」

「ちょっと待ってえええええええええええ‼︎‼︎」


 病室に、ヒミの悲痛な声が響き渡った。ちなみに、チルフは大して問題ではないとでも言うように、ヒミへの攻撃を再開していた。

投稿忘れてました! すいません!

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